「うまさ」より、なぜ作るのか。アートディレクター・戸塚憲太郎氏に聞く、偏愛を作品にするということ

こんにちは。GENSEKIマガジン編集部です。

株式会社viviONが、クリエイターの活動と活躍の場を広げる新たな取り組みとして立ち上げた「viviON CREATOR AWARD」。第1回は「偏愛」をテーマに、ジャンルや形式を問わず、展示空間で発表可能な作品または展示提案を募集しています。

今回は、本アワードのアドバイザーを務める戸塚憲太郎氏に、表現の出発点にある「好き」、デジタルとリアルの境界、そして本アワードで出会いたい作品についてお話を伺いました。

聞き手はviviON CREATOR AWARD責任者の生原優介と、viviON・GENSEKIのスタッフです。

完成度や周囲からの評価にとらわれず、「なぜ自分は作り始めたのか」に立ち返ること。すでに作品を発表している方にも、これから新しい表現へ踏み出したい方にも届けたい、創作の原点をめぐるインタビューです。

戸塚憲太郎氏 プロフィール

アートディレクター/ギャラリーディレクター

武蔵野美術大学で金属工芸を学んだ後、ニューヨークで彫刻家を志して活動。帰国後はアッシュ・ペー・フランスのアート事業の立ち上げに携わり、「hpgrp GALLERY TOKYO」を開設しました。
現在はニューヨークのギャラリー「NOWHERE」のディレクターとして、現地を拠点に活動する日本人クリエイターの発信や活動を支援しています。「viviON CREATOR AWARD」ではアドバイザーを務めています。

評価される前にあった、純粋な「好き」に立ち返る

——今回のアワードには、どのような方に参加してほしいですか。「自分が応募してもいいのだろうか」と迷っている方もいると思います。


戸塚:
まず、表現は「人に評価されたい」とか、「誰かに見られたらどう思われるだろう」と考えるより前に始まっているのではないでしょうか。

好きな絵があったから真似して描いた。好きな作家がいたから模写してみた。子どもの頃、先生やクラスメイトの似顔絵を描いたら、みんなが喜んでくれた。人によって形は違いますが、何かしらのきっかけがあって始めていると思います。

その最初の時点では、必ずしも「評価されたい」「褒められたい」という気持ちだけで動いていたわけではないはずです。だから、そこへ立ち返って、そのときの純粋な気持ちで応募してほしいですね。

評価は、見る人や場所によって変わります。ある場所では評価されなくても、別の場所では届くかもしれない。もちろん受賞は一つの大切な評価ですが、それだけが作り手にとっての価値ではないと思うんです。

自分にもう少し素直になって、最初の動機や原体験に立ち戻る。評価を気にしすぎず、そこから生まれたものを見せてもらえたらと思います。

——どの表現者にも、何らかの「偏愛」や原体験がありそうです。「そういえば、自分は風景を描くのが好きだった」「人を描くことが好きだった」と振り返り、その原点から生まれた作品を見せていただけるとうれしいですね。


生原:
そういう作品を、僕たちも純粋に見てみたいです。どんなものが集まるのか想像がつかないからこそ、第1回が楽しみですね。

「デジタル作品を見ること」も、すでにリアルな体験

——viviONと関わりのあるクリエイターには、デジタルで漫画やゲームを制作している方も多くいます。そのため、自分の作品をリアルな空間へ展示するイメージを持ちにくい方もいるかもしれません。展示空間から考えるべきなのか、まずは好きなものから発想するべきなのか、戸塚さんはどう考えますか。


戸塚:
デジタルとリアルを、そこまで明確に分けなくてもいいのではないでしょうか。

小説や漫画をパソコン、スマートフォン、タブレットで読んでいるとき、作品の中身はデジタルでも、それを見ている人間はフィジカルな世界にいます。端末を持ち、画面を見て、何かを感じている。その状態も、すでにリアルな体験なんですよね。

本を持ってページをめくることと、タブレットを持って作品を見ることは、体験としてそこまで遠くない。デジタル作品だからリアルな展示に向かない、と最初から線を引く必要はないと思います。


生原:
確かに、僕たちがデジタルの世界へ完全に入り込んでいるわけではなく、作品を見る自分はここにいるんですよね。


戸塚:
そうです。一方で、作りたいものがフィジカルな空間でなければ実現できないなら、そこはどんどん広げていい。

例えば、壁に紙の作品を展示し、そばに扇風機を置いて、風を感じながら見てもらう。ページがめくられる音を聞かせる。照明を暗くしたり明るくしたりする。匂いや温度を取り入れる。そうした体験は、画面の中だけではできません。

タブレットを置き、来場者が触れると画面の中のものが変化する作品も考えられます。それはデジタルとフィジカルの融合であり、ネットで見るだけではなく、その場にいなければ体験できないものです。

展示だからといって難しく考えすぎなくていいと思います。「自分は何を伝えたいのか」「どんなふうに体験してほしいのか」から、自由に想像してみてください。デジタルとリアルのあいだに線を引かないほうが、発想も自由に生まれてくるはずです。


——漫画やイラストをそのまま展示するだけでもいい。一方で、音や光、風、触れるという行為まで含めて作品にすることもできる。デジタルとリアルを掛け合わせると、表現の可能性は大きく広がりますね。


生原:
僕たちはデジタルの会社なので、無意識に「デジタル作品」「リアルな展示」と分けて考えていました。固定観念にとらわれていたことに気づかされましたね。

時代ごとに形を変える「救済」

——第1回は「偏愛」をテーマに、「#ドット #ピクセル #解像度」「#癒し #回復 #救済」「#異世界転生 #ファンタジー」の3部門を設けています。戸塚さんが特に気になったタグはありますか。


戸塚:
僕は「救済」に一番しっくりきました。とても時代性のある概念だと思います。

救済は、今だけでなく、どの時代にも必要とされてきたのかもしれません。ただ、その時代によって救済の形は変わります。それが宗教であることもあれば、今なら漫画かもしれない。アートであることもある。さまざまな救済があると思うんです。

「異世界転生」も救済に近い部分があるかもしれません。想像の世界に身を置くことで心が軽くなることもあれば、作品との出会いが現実の見方や行動を変えることもある。救済にも、さまざまな形があると思います。「救済」という概念が、今の時代にどのような形で現れるのか。作品を通して見てみたいですね。


——私たちにとって身近な言葉も、アートの視点から見ると違う広がりが生まれますね。応募者によって「救済」の捉え方がどう変わるのかも楽しみです。

「上手い」「きれい」だけでは測れないもの

——本アワードは、完成作品だけでなく、企画やアイデア段階の展示提案でも応募できます。完成度の高い作品と、荒削りでも熱量のあるアイデアを、どのように見ますか。


戸塚:
完成度の高さが、技術的に上手いかどうかという意味なら、僕はそこだけを重要なポイントにはしたくありません。

上手いからいいのか、きれいだからいいのかと言われたら、それだけではないと思います。技術的な上手さは大切な要素ですが、作品の魅力はそれだけで測れるものではありません。

それより、荒削りでも、アイデアや「なぜこれを作っているのか」という根底の部分が見えるほうが面白い。その人の生の思いや、作品の出発点にある偏愛が見えるものに惹かれます。

もちろん、思いが見えて、完成度も高ければいいんですけどね(笑)。でも、きれいに整っていることが最優先ではありません。


生原:
viviONとしても、今回見たいのは「偏愛」です。これまで、上手い・上手くないという一つの尺度では捉えきれない、さまざまなクリエイターの熱量に触れてきました。

大切なのは、今回のテーマを通じて、その熱量がどこまで伝わるか。「あなたの『好き』を見せてください」というのが、このアワードの核です。

見たいのは、既存の「スタンダード」にとらわれない作品

——戸塚さんが、本アワードで特に出会いたい作品について教えてください。


戸塚:
今回の特徴は、いわゆるアートシーンやギャラリー、美術展とは異なるジャンルで制作している人たちも応募してくることだと思います。

ただ、アートの世界に暗黙のルールがあるように、漫画やゲームなど、ほかのクリエイティブの領域にも、それぞれのスタンダードがあるはずです。「今はこんな絵が流行っている」「このジャンルが受ける」といったものの中で、知らず知らずのうちに作ってしまうことはあると思います。

でも、新しいクリエイティブは、今あるスタンダードに疑問を持ち、そこから少し外へ踏み出すことで生まれることがあります。「本当にこれでいいのだろうか」と考え、自分なりの表現を探している人の作品は、きっと面白いと思います。

音楽でも、新しいジャンルが生まれるときには、それまでの価値観から少し離れ、自分たちなりの表現を探す動きがあります。成長するなかで自我が芽生え、親や先生への反発からパンクを聴き始めるようなことも、その一つかもしれません(笑)。

何かに満たされていない気持ちや、今あるものへの違和感が、表現の出発点になることがあります。既存の枠の中でうまくやろうとするだけではなく、そこから少しでも外へ出ようとする作品、その人なりの視点で新しい見せ方を試そうとする作品が見たいですね。


生原:
今回は「偏り」を肯定する「偏愛」がテーマです。分かりやすい正解へ右にならうのではなく、型にはまらないものが生まれやすいテーマでもあると思います。

どんな作品が来るのか、僕たちにもまだ想像できません。だからこそ楽しみです。

アートの世界にいる人も、境界線を越えてほしい

——漫画やゲーム、同人などの領域だけでなく、すでにアートの世界で活動している方にも応募してほしいと考えています。そうした方へ、どのような言葉を届けたいですか。


戸塚:
本来、アートは自由なはずです。ルールに縛られず、好きなことをしたい、自由な発想で生きていきたい。そう考えてアートを志す人も多いと思います。

でも、予備校へ行き、美術大学へ入り、卒業後にアート業界で活動していくなかで、いつの間にかその世界特有のルールや暗黙の了解に縛られることがある。そして、「アートっぽいもの」を作り、「アーティストらしい活動」をするようになってしまう。

それは、ほかの業界やジャンルにも言えることかもしれません。

「自分は美術大学を出たアーティストだから、このアワードには応募しない」と線を引く理由はありません。ファッションデザイナーでも、建築家でも、ミュージシャンでも、それぞれが何かしらのこだわりを持って作っているはずです。

ギャラリーで展示することも、このアワードを通して多くの人に見てもらうことも、自分の表現を伝えるという意味では同じ線上にあります。肩書やジャンルに境界をつくらず、参加してほしいですね。

これまで多くの人に作品や活動が伝わってきた人も、自分なりの視点や方法を少しずつ形にし、それを人へ届けてきたのだと思います。「このアワードだから」「このジャンルだから」と最初から線を引かず、自分の表現を届ける選択肢の一つとして考えてもらえたらうれしいですね。


生原:
普段とは違う場へ踏み出すことが、次の活動につながる一つのきっかけになればうれしいです。

順位よりも、自分の表現を誰かへ届けること

——自分の偏愛を外へ出すのが恥ずかしい、認められないのではないかと不安に感じている方へ、メッセージをお願いします。


生原:
他の人にとって価値があるか、売れるか売れないかではなく、「自分にとってはこれだ」と思えるものを出すきっかけにしてほしいです。

「CREATOR AWARD」という名前を見て、ハードルが高いと感じる方もいるかもしれません。でも、普段同人誌を作るような気持ちで、気軽に応募していただきたいですね。

受賞するかどうかとは別に、応募したこと自体が、その方の創作にとって一つの転機や、次へ進むきっかけになればと思います。


戸塚:
「アワード」と付くと、どうしても順位や評価が先に立ちます。でも、作ることは表現することです。そして表現は、誰かに伝わることで生まれる意味があります。

伝わり方は、受け取る人によって違うかもしれません。それでも、自分の表現が伝わっていくことは、とても大切です。

このアワードを通して、自分の表現がより多くの人へ届くことに価値を見いだしてほしい。その先の順位や評価だけにとらわれず、まずは自分の思いを伝えてほしいと思います。

戸塚氏の「偏愛」は、展示の合間に現れる真っ白な空間

——戸塚さんご自身の「偏愛」についても教えてください。


戸塚:
改めて聞かれると、趣味と言えるものはあまりないんです。アートは好きですが、仕事でもある。休日にギャラリーや美術館へ行っても、それは仕事でもあります。好きなことと仕事の境目がないのは幸せですが、「趣味は何ですか」と聞かれると、なかなか答えが出てきません。

あえて挙げるなら、僕はあまり物を持ちたくないんです。アート作品を扱う仕事をしていて何なのですが、自分で大量に物を集めたり、所有したりすることは得意ではありません。できれば、スーツケースに収まるくらいの荷物で引っ越せる状態にしておきたい(笑)。

ギャラリーでは、展示が完成すると、広い空間に作品が並び、圧巻の風景になります。作品から刺激を受けますし、密度の高い空間はもちろん好きです。

でも、展示が終わって作品を搬出し、壁をきれいにして、次の展示を待っているあいだの、何もない真っ白なギャラリーが一番好きなんです。そこにいると、すごく落ち着く。「ここに住みたい」と思うくらい(笑)。

長くギャラリーの仕事を続け、展示と撤収を繰り返してきましたが、真っ白な空間を見るたびにそう思います。


——作品で満たされた空間をつくる仕事をしながら、その合間に現れる何もない空間を愛している。まさに戸塚さんならではの「偏愛」ですね。

サークル名やペンネームでも、表現の本質は変わらない

——同人活動では、個人名ではなく、サークル名やペンネームで活動する方も多くいます。個人を前面に出さない表現活動を、戸塚さんはどのように見ていますか。


戸塚:
サークルにその人やメンバーの個性が投影されているのであれば、個人で出ることと、そこまで違わないと思います。

アートの世界にも、ユニットやグループで活動する人たちがいます。個人名を出さない人や、匿名で活動するアーティストもいる。どの名前で活動しているかによって、表現の価値が変わるわけではありません。

今回、サークルやグループでの応募も可能なのであれば、それを理由に諦めるのはもったいない。サークルとして参加していいのかと迷っている方にも、ぜひ応募してほしいですね。


生原:
「アートのアワードだから、ペンネームで活動している自分は違うのでは」と感じる方もいるかもしれません。でも、個人名を出さず、サークルとしてなら作品を届けられる方もいます。そこを障壁に感じず、応募条件を確認したうえで、ぜひ参加していただきたいです。

最初の「好き」を、作品として外の世界へ

評価されるかどうかを考えるより前にあった、純粋な「好き」。デジタルかリアルか、アートか漫画か、個人かサークルか。戸塚氏のお話から見えてきたのは、そうした境界線を引きすぎないことで、表現はもっと自由になるということでした。

なぜか見続けてしまうもの。繰り返し考えてしまうこと。今あるものへの違和感。自分を救ってくれるもの。まだ言葉になっていない問い。そうした一人ひとりの偏りや熱量が、作品の出発点になります。

きれいに整っていなくても、完成形がまだ見えていなくても構いません。「なぜ自分はこれを作るのか」という思いを、まずは外へ伝えてみる。その一歩が、これまで出会わなかった鑑賞者や、次の創作につながるかもしれません。

「viviON CREATOR AWARD」は、既存の評価軸だけでは測れない表現と出会い、作品が新しい場所で発見される接点をつくるためのアワードです。

自分の「好き」を外へ出すことに迷っている方も、最初の動機や原体験を振り返るところから始めてみてはいかがでしょうか。

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