GENSEKIマガジン

モノづくりを広げる・支えるメディア

「デジタルイラストの価値を上げる」印刷方法とは。展覧会にUVプリントを使ったイラストを制作した

こんにちは。ライターの斎藤充博です。このたび僕はGENSEKI展覧会に作品を出品することになりました。

こんな作品です。中心部は鏡になっていて、鑑賞者が映るようになっています。

いつもの自画像もいます。

あかちゃんもいるよ。

 

さて、GENSEKI展覧会とはなんなのか? どうして僕がこんな作品を作ることになったのか? そして「デジタルイラストの価値を上げる方法」とは……? 今日はそのあたりのことを説明させていただけたらと思います。

ライター(絵も)

斎藤充博
ライターだけど絵やマンガも描く。GENSEKIマガジンの編集部員でもある。毎日がんばっている。

GENSEKIとはこのマガジンの運営母体で、イラストレーターを中心としたクリエイターの支援をしているサービスです。そのGENSEKI運営スタッフからこんな依頼がありました。

 

GENSEKIスタッフ
今度、GENSEKIでイラストのリアルな展覧会を行います。そこに斎藤さんもイラストの作品を出品してみませんか? そして作品制作の過程を記事にしちゃいましょう。

 

GENSEKIがイラストの展覧会をやるというのは知っていたのですが、僕にオファーが来るとは思ってもみませんでした。なにしろ、このGENSEKI展覧会、けっこうちゃんとした展覧会なのです……。

  • さいとうなおき先生など、超有名イラストレーターの描き下ろしイラストが展示
  • 他にもGENSEKIのコンテストで選ばれた、超うまいイラストが展示
  • 場所は原宿!!!

そんなところに僕の絵を飾っていいのか? 一瞬そう思いましたが、まあ、僕からしたら断る理由なんてないですよね。

うまい絵と並べて飾ってもらえたら、僕のイラストにもハクがつくかもしれない。その結果、イラストの仕事もジャンジャン増えたりして。

GENSEKIスタッフの気が変わらないうちに(モタモタしているとやっぱり場違いだと気づきそう、なんせチャンスの神様の後頭部はつるっぱげだから……)「出します!」と返信しました。

「作家の想いや表現を実現させる場所」へ

後日、GENSEKIスタッフからこんなメッセージが来ました。

GENSEKIスタッフ
ありがとうございます。今回の展示にあたって、制作していただきたいのは「特殊プリント」を使った作品です。特殊プリントに協力していただくのはプリント会社「FLATLABO」さんです。

 

特殊プリント? FLATLABO? わからない言葉が出てきました。それってどんなことができるんでしょうか……?

 

GENSEKIスタッフ
とりあえず、FLATLABOさんを見学してみてはどうでしょう?  そこで、何ができるかを聞いてみて、どんな作品にするかを考えてみては?

というわけで、よくわからないまま、FLATLABOさんにやってきまして……。

実際にプリントを行っていただく中本達也さんにお話を伺いました。

 

斎藤
GENSEKI展覧会に出品することになりました斎藤です。FLATLABOさんで「特殊プリント」をすることが、出品の条件になっておりまして……。FLATLABOさんは、どんな所なんでしょうか? 普通の印刷所と何か違うんですか?

中本
FLATLABOを一言でいうと「作家の想いや表現を実現させる場所」です。

たとえば、イラストレーターさんが作品制作に関してなんでも相談できます。「こういうものを作ってみたい」と言っていただければ、いろいろな資材で試していただけます。

他にも額装もできますし、キャンバス張りもできます。展示に関する空間デザインの提案もできます。

 

斎藤
いろいろな資材……? キャンバス張り……? ちょっと待ってください。プリントというと「紙」にするものだと思っていましたが、必ずしもそうではないんですね。

 

中本
そうですね。FLATLABOでイラストレーターさんからとくに評価いただいているのは特殊プリントの一つである「UVプリント」です。これは本当にいろいろなものにプリントが可能です。

 

斎藤
わからないことだらけだ。「UVプリント」ってなんですか?

中本
普通のプリントは紙にインクを染みこませて色を出していきます。UVプリントは、資材の上にUVインキの粒を乗せていくんです。このUVインキは紫外線で瞬時に硬化されます。

 

斎藤
なるほど。色を「乗せていく」というイメージはわかりやすいです。

 

中本
色を乗せることができるために「半立体」のような作品を作るイラストレーターの方も多いです。

中本
たとえば、UVプリントを1回すると、インクの厚さで0.03ミリくらい盛り上がるんですね。UVプリントの上にUVプリントを重ねていくということを50回やると、1.5ミリくらい盛り上がってきます。

 

斎藤
UVインクの厚さで立体を出していくんだ! おもしろいですね。

 

中本
デジタルで描いたイラストを「作品」として出力して展示したいという方はたくさんいます。そういった人達の中で、UVインクで厚さを出していく手法が流行しているんですよ。

 

斎藤
確かに、ちょっと立体になるというのは、デジタルイラストを出力するメリットになりますね。……ただ、立体的な効果を考えて絵を描くというのは、すごく難しそうです。

 

中本
イラストレーターさんだけで半立体的のイラストの構成を考えるのは、なかなか難しくて、できるのは限られた人だけという印象です。一般的なイラストとは考えることがまったく違ってきますから。そんなときのために、僕らが相談に乗るんです。

 

斎藤
ちなみに、50回重ねてUVプリントするというのは、よくあることなんでしょうか……?

 

中本
プリントは普通だったら1回です。インクを盛り上げたい人でも5~10回くらいですね。50回の重ねてのプリントは、1度だけやったことがあります。8時間以上かかりました……(遠い目)。イラストレーターさんも、作業する我々もかなり大変です。先ほどは厚さを出すたとえに話を出しましたが、50回はオススメはできません……。

 

斎藤
ちなみに、お話いただいた半立体のような作品を作っているのは、どんな方なんでしょうか?

 

中本
イラストレーターの米山舞さんとは、以前から作品作りをお手伝いさせていただいております。

米山舞さんのGoogle画像検索

 

斎藤
米山舞さん……! 知っています。いまものすごく人気のあるイラストレーターさんですよね。

 

中本
現代アーティストの中西伶さんにもFLATLABOをご利用いただいています。

中西伶さんのGoogle 画像検索

 

斎藤
ユニクロとコラボされているようなアーティストの方なんですね。……あの、そんなすごい方々の作品をプリントされているFLATLABOさんに、僕のような絵をプリントしていただいていいんでしょうか?

 

中本
一般の方にも普通に使っていただいております。ハードルを上げてしまったかもしれませんが、なんでも相談してみてください。

 

斎藤
そうなんだ! ありがとうございます。

 

こんな話をした後で、FLATLABOさんの工房の中にある特殊プリントのサンプルを見せてもらいました。

アクリルブロックへのプリント。

銅の腐食を利用したプリント。写真でどこまで伝わるかわかりませんが、プリントとは思えない質感です。

でかい。水滴の表現もプリントです。ちなみにこれまでにFLATLABOが一番大きなプリントは「3m×33m」だそう。

こちらは逆に小さいプリント。2ポイント相当の文字をプリントしています。すごいのですが「実際に使われることはほぼない」そうです。

FLATLABOさんってすごいな~。特殊プリントっておもしろいな~。そんな感想を持って帰りました。しかし、問題はここからなんですよね。

自分になにができるのだろうか? 考える日々

こうした技術を使って、自分にはどんなことができるのだろうか。ものすごく悩ましいです。

とにかく何日も考えて、それでもなにも浮かびません。

どうしよう……

本当になんにも思い浮かばないので、散歩に出掛けることにしました。

散歩の途中で入った家具屋さんでひらめきました。

既製品の「姿見」の鏡の部分に、イラストをUVプリントできないだろうか。UVプリンタはいろいろなものにプリントできるというし、鏡にプリントすることもできるかもしれない。

それに、これなら鑑賞している人が、作品と一体になったような雰囲気が出せそうです。おもしろいかもしれない。

 

問題は「本当にFLATLABOさんが姿見にプリントできるか?」というところ。中本さんに問い合わせてみると、以下のような答えが返ってきました。

  • 既製品の姿見にプリントするのは難しい(縁でズレる可能性がある)
  • アクリル板でできた鏡にプリントするのはどうか
  • シンプルな木の額縁をつければ、姿見のように見えるはず

なるほど~! 僕の意図を理解してくれて、完璧なソリューションを提示してくれました。「イラストレーターさんがプリントに関してなんでも相談できます」と言っていたのは、まさにその通りでした。

 

こんなふうにイラストを作っていった

プランは決まった。あとは僕が絵を描くだけです! がんばるぞ。

1.まず、姿見の中でイラストを入れる範囲を設定します。

2.そして、入れるイラストは「いろいろな人や生き物がニコニコしているところ」です。これを1体1体描いていきます。

3.人にはそれぞれ設定があります。でも、こうした設定をどこかに描くわけではありません。ただ単に描くよりも「こういう人間を描いている」と思いながら描いた方が楽しいのでやっています。

4.人を一体一体、配置していきます。

5.人を全部配置して、データの完成です。 真ん中の透過部分は鏡になっていて、鑑賞者が映るというわけです。

 

手順を説明するとこれだけなんですが、実際は長かった……! まず、100体近くの人のバリエーションを考えるのは大変でした。そして、描いていて「本当にこれでいいのだろうか?」という思いが消えませんでした。人物の配置もしつこく何度もやり直しています。

イラストを出力する

FLATLABOで実際にプリントしてもらいます。

スイス製の「Nyala3」という超高性能なUVプリンタで、アクリルミラーにプリントを行います。ちなみにこのUVプリンタ、ものすごい金額するらしいですよ!

まず、線と色をプリント。鏡にプリントしているので、こんなふうになります。

次に、その上から絵の描かれている範囲を真っ白にプリントします。

最後に、真っ白な上から、再度絵をプリントします。つまり、UVプリンタで3重のプリントをしているんです。

なぜわざわざ3重のプリントをしているのか。それは、鏡とイラストの境目に「視差」が生まれるからです。あえて白地の下にも同じ絵をプリントしておくことにより、視差を生かした立体感のあるデザインになります。

これは僕が計画したことではなく、中本さんのアイデアです。なるほど、僕のイラストをよりよく見せる方法を考えてくれて、ありがたい!

試し刷りの結果はこんな感じ。……なんというか、デジタルで描いていたときに想定していた100万倍くらいはいいものになっています。ニヤニヤが止まらない!!! 

作品タイトル『街』

人は姿見を見るときに、街の中にいる自分をイメージしています。それならば、姿見に街の中の人が描かれていてもいいんじゃないでしょうか。きっとみんな、こんなふうに楽しそうな顔をしているはず。この姿見を使って、部屋から街に出るときの小さな「変化・変容」が楽しくなればいいなと思います。

デジタルイラストを出力して「売る」ということ

プリントをした後に、中本さんと少しお話をしました。

 

斎藤
中本さん、ありがとうございました。なんかもう、想像以上にいいものになって、本当にうれしいです。

 

中本
喜んでもらえてよかったです。

 

斎藤
ちなみに、僕の絵のプリント代はおいくらくらいなのでしょうか。今回はGENSEKIが負担してくれるのですが、気にはなっています。

 

中本
今回のプリント代は38,000円です。

 

斎藤
おお~。僕が思っていたよりは安いですね!

ちなみに額縁は以前記事でお世話になった世界堂さんにお願いしようかと思っています(この記事です

世界堂に額装の考え方を教わる!「おれのイラストが額に入れた途端にこんなに輝くなんて……」 

)。この絵に家具屋さんで売られているような「姿見」のようなシンプルな額をつけると34,100円になるそうです。

こんな額をつけます

斎藤

プリント代と額縁代の合計で72,100円。個人でも手の出る範囲かもしれないですね。以前、個人的に同人誌を刷ったことがあるのですが、それよりもずっと安い……。

 

中本
実は、デジタルで描いたイラストをこのように出力して「作品」として販売するという動きが、最近出てきているんです。

 

斎藤
そうなんですね。自分の絵を売るなんて、まったく考えていなかったな……。ちなみに、今回僕が描いたこちらを売るとしたら、いくらくらいですかね?

 

中本
このくらいのサイズで、このくらいの材料費だと……。ギャラリーでは30万円くらいで売られることが多いですね。

斎藤
えっ……? 僕の絵が30万円ですか……? すごっ!!!

(注:あとで気づいたのですが、中本さんはギャラリーなどで売られている作品の相場を話しているだけで、僕の絵に30万円の価値があると言っているわけではないです)

 

中本
昔だったら「作品を買う」って、大変なことと考えられていたじゃないですか。でも、いまは気持ちのハードルが下がっているのか、意外と20代くらいの若い人が買うことが多いんですよ。

 

斎藤
マジですか。ぜんぜん知らない世界だ……。僕の絵が売れるためにはどうしたらいいでしょうか?

 

中本
作品を買うということは、第一に「作品を所有したい」ということですが「作家自身にお金を払いたい」ということでもあります。だから、ファンを増やしていくことです。いつかは熱心に応援してくれる人が出てきて、そういった人が買ってくれると思います。

 

斎藤
それでは、僕はイラストを描き続けて、作品や僕自身を、みんなにおもしろがってもらえればいいということになりそうですね。これが作品を作って売っていくということか~。興味深い世界だ……。

どうぞGENSEKI展覧会にお越しください

というわけで、FLATLABOさんに協力していただいて、どうにか僕の作品ができあがりました。興味を持ってくれた方は、GENSEKI展覧会に来て、そして見てくれるとうれしいです。

この記事の冒頭にも書きましたが、もちろん僕のイラストだけでなく、他にもすばらしいイラストが展示されます。

 

それから……今回展示する僕のイラストを本気で「買いたい」という人、連絡待ってまーす!

協力
株式会社フラットラボ
Web:FLATLABO
企画・取材・執筆:斎藤充博