GENSEKIマガジン

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落ち着いた色合い、フラットな描写。自分が好きなものを自然に伝えていきたいーイラストレーター・洗


落ち着いた画風・どこか懐かしい風景、少年や青年を中心に作品を制作する洗(アライ)氏。

今回は、GENSEKIコンテスト9月「ささやかな愉しみ」優秀賞を受賞した作品への思い、絵を描くときにご自身で決めている人物の描写ルールや、上達に繋がった1年の目標のこと、趣味の写真や古書収集についてなど、詳しくお話いただきました。

インタビューに答えてくれた人

(Twitter:@4633ka7HTML名刺
落ち着きや自然な良さを感じるイラスト表現を目指し、SNSでの発表を中心に、コンテスト応募や関西コミティア参加など精力的に活動中。WEGO放課後アート部第4回「SNSアートコンテスト/おとこのこ」審査員賞を受賞。

 

好きなモチーフに、挑戦も加えた1枚を

食器棚
GENSEKIコンテスト9月「ささやかな愉しみ」優秀賞

ーーコンテストの受賞作品と、受賞の感想についてお聞かせください。

:このイラストは既存の作品です。コンテストの直前ぐらいに描きあげました。
普段から、誰かの日常を空想して描くことが多いのですが、この絵とコンテストのテーマが偶然にも繋がり、応募させて頂きました。
自分では、とても気に入っている作品なのですが、人にも気に入って貰えるのか知りたかったので、受賞を聞いた時は驚きとありがたさでいっぱいでした。

 

ーー「誰かの日常を空想して描く」とは、このイラストではどういうイメージだったのでしょうか?

:この絵は高野山(こうやさん)金剛峯寺で撮影した、大きな食器棚の写真が元になっています。その場所の静かな雰囲気が好きで、それを表現できるように描きました。
普段から、「この風景に人物を入れるとしたら?」と考えながら、趣味と取材を兼ねて、たくさん写真を撮っています。
実際の食器棚には、同じ急須だけが何十個も並んでいました。そのままだと見る人に違和感を与えてしまうので、絵の中では食器棚に並べるモチーフを変えています。いろんな食器や物を細々と並べましたが、見る人に自然に入ってくるように、パッと見て違和感がないように描いています。

 

ーーこの人物がどれを見てるのか?と想像するのも楽しいですね。背景がしっかり描かれている中で、人物の後ろに薄くライトを入れ、引き立たせているのが印象的です。

Procreateでのハイライト有無の比較
Twitterではメイキングやタイムラプス動画も見ることができる

:私は今年、背景を頑張るという目標を立てていました。しかし、これは背景を見てほしいという意図ではなく、人物を引き立てる存在としてより際立った背景を描きたいという思いから立てている目標です。

 

ーー洗さんの他の絵にも見られる手法ですが、とても効果的ですね。人物のモデルはいらっしゃいますか?イメージやコンセプトに合わせて考えられるのでしょうか?

:いるときもありますが、この作品に関してはいないです。イメージやコンセプトは、自分の好みや、物語を入れることもありますが、自分が好きなモチーフだけではなく、苦手な要素も入れ、常に本番と練習を兼ねて描いています。
今回だと、後ろ姿はあまり描かないので取り入れよう、食器棚の木目の練習をしよう、直線が苦手だから直線を多く入れよう、などです。自分が上手くなりたいもの、以前上手く描けなかったモチーフをもう一度描こう、というようなチャレンジを入れながら制作しています。

無題/『KIDS
植物の表現を繰り返し描き、進化している例

ーー過去と現在の絵を見て、自分の成長を見つけるのも楽しいですね。
洗さんの絵は、色使いが統一されていて、日本画のようで素敵です。

:たまに「日本画に似てる」と言われます。自分でも意識はしていて、例えば空の色に悩んだ時に日本画や浮世絵を見て参考にしています。
もっとポップな色やキラキラした男の子など、絵に目を引く要素を入れると、SNSでも見てもらいやすいのでしょうが、私自身がもともと静かな雰囲気が好きなのと、天邪鬼なので(笑)伝えたい要素以外は引き算して生まれた絵柄です。
ただ、「縦型の絵の方が投稿した時に見やすくなる」というような、絵の内容以外での見映えの意識はしています。

 

ーー今回のコンテストにご応募いただいたきっかけは何だったのでしょうか?

関西コミティアに参加した時、mechanismさん(Twitter:@machanism0001を知り、フォローしたのがきっかけです。mechanismさんがGENSEKIコンテストで賞を取られたツイートを見て、コンテストの事を知りました。
もともと何かのイラストコンテストに応募しようという目標もあり、実はひとつ前の月例コンテストにも応募したかったのですが間に合わず、まず何か応募しなければ、と今回に繋がりました。

 

ーーGENSEKIをお使いいただいて、いかがでしたか?

:著名なイラストレーターさんが見てくれるコンテストが複数あり魅力的だと思いました。実際の企業からの公募で、そこから仕事に繋げてもらえる機会があるのもいいなと感じます。絵をどう仕事に繋げていくのかあまり分からない時に、お酒のラベルや、バスケチームのイラストなど「こんな絵の使われ方もあるんだな」と知ることができ面白いです。

 

年の初めに、数値も入れた目標を立てる

午睡

ーー絵を本格的に始めたきっかけや、現在までの経緯を教えて下さい。

:子供の頃から絵を描くのは好きでした。高校では美術部に所属していましたが、卒業後は文系の大学に進学して、その時は特に絵のサークルなどには入らず一人で絵を描いていました。今は教育関係に就職し、今年から休みの日に絵画教室に通っています。クロッキーもデッサンもそこで始めたので、そういった意味では本格的に始めたのは今年からだと思います。

 

ーー学生時代~現在までで作業環境はどう変わりましたか?

:高校生の時は、部活の備品から選んだ油彩や、ボールペンで細かく描いた絵を展示に出していました。大学からデジタルに移行し、パソコンと板タブレットで絵を描いていました。Twitterを始めたのもその頃です。2020年あたりからiPad ProとProcreateで描いています。

 

ーー絵の教室以外では、どのように勉強されてきたのでしょうか?参考にされたものはありますか?

:参考にする本は家に沢山あり、写真集が多いです。風景の写真集や、アイドルが好きなのでアイドル雑誌やファッション誌など。標準体型の感じが好きなので、よく写真が参考になります。参考で買う時もありますし、好きで買ったものも最終的に参考になりますね。

日常的な写真を撮る梅佳代さんの『男子』(リトルモアブックス )という写真集などを見てインスピレーションを受けたり、線の形などを参考にしたりします。展覧会の図録や漫画からも影響を受けています。

 

ーーどういった漫画から影響を受けましたか?

:絵の参考にするという点では、浦沢直樹先生や水木しげる先生です。水木先生は自然や美人画もすごく綺麗です!手塚治虫先生を模写していた時もありました。
老若男女を描き分ける人がすごく好きで、そういう漫画家さんの絵を見て参考にしています。

 

無題

ーー今までの作品の中で一番思い出に残っている作品を教えて下さい。

:2021年に描いたこの絵で、自分の中ではじめてしっくり来た「背景のある絵」です。高知県に旅行に行った時の風景をもとに、役者(人物)を当てはめて描きました。

それまでは人物をメインに描いた絵が多く、今ほど背景は意識していませんでした。この絵が描けたことがきっかけで、「背景をなるべくしっかり入れよう」と思うようになりました。

 

ーー背景はやはりご自身が行かれた場所や、撮った写真がモチーフですか?

:自分で撮った写真を参考にする時もありますし、他の本や資料を参考に再構成というパターンもあります。
基本的には旅行の時を中心に、同じ場所でも前から、横から、下からなど、スマホでとにかく本当に沢山、写真を撮りますね。資料フォルダを作って、スマホに入れてあります。

このススキの絵は自分が描きたいインスピレーションが先にあり、山や景色の資料と写真を集めて、組み合わせて描きました。
先程お話した「挑戦」もしています。この絵では以前描いた麦畑の絵であまり納得いかなかった部分をもっと上手く描こう、と考えて描きました。

ススキの絵麦畑の絵

ーー絵が上達した大きなタイミングや転機はありましたか?

:今年から、1月に1年の目標を立てるというのを始めたことが転機です。「背景を描く」「一枚絵を年間50枚描く」「いいねやリツイートを〇〇ぐらいもらう」など、数値も決めて書いています
職場の先輩が毎年100個の目標を立てているのを見て、私も100の目標を作ろうと思って始めました。その中に絵の目標を立てています。今年始めたばかりですが、効果があって自分がいい方向に行っていると感じます。
映画を何本観る、本を何冊読む、水族館に行く、なども目標に入れていますが、色々なことが間接的に絵と繋がっていると思います。

 

ーー数値目標が大事なのですね。1年の中で、〇月までにここまで達成!など進捗もこまかくチェックするのでしょうか?

:今年から始めたことなので、まだ様子をみています。完璧を求めてもしんどいですし(笑)職場の先輩も「7割ぐらい出来たら良しとする」と言われていたので。

目標も変わっていくし、たまに見返してもっとやりたいことを思い出して追加したりと、今年や来年の検討をしています。

 

自分の良いと思うものを、自然に描いて伝えたい

無題

ーー自分の作風について、意識していることやこだわりはありますか?

:「落ち着いた絵」を描くために、なるべく苦しい表情や泣き顔は描かないというマイルールを設けています。無表情〜笑顔の間で描くようにしています。
ネガティブな絵を見るとネガティブに引き込まれてしまう、というようなことがあると思うので、なるべく淡々とした絵を描くことを意識し、攻撃的な表現、血や傷など刺激の強いもの、汗や涙のような生々しいものも描かないようにしています。

 

ーーかなりフラットでドライな印象を受けますね。

:ドライですね。ウェットな感じがあると、時に煽情的にも感じてしまうので。絵の見方は見る人の自由でいいのですが、なにより私自身がフラットでいたいので、自分のこだわりでそうしています。特に子どもの絵はフラットに感じで見てもらえるように意識しています。

 

ーーお考えが深いですね。少年や青年などの人物モチーフに対しても、好きで描く以外に意識されている事があるのでしょうか?

:それは自分でもよく考えます。女の子を描かないわけではないのですが、「女の子」というのはそれだけで、色々な評価や見え方が付随するので、フラットに描くのが難しかったというのはありました。ただ最近は女の子も自然な感じで描けるようになっています。
女の子も男の子も、絶世の美男美女は描かないようにしています。それは他の人がいっぱい描いてくれていますし、私自身、美男美女じゃなくても好きな顔がたくさんあるので。
例えば一重の目が好きなので、大体の絵が、一重もしくは奥二重です。日本的な感じ、モンゴルの人のような顔つきも好きです。ただそれをあえて説明するのは野暮なので、自分がいいと思うものを、見る人にも違和感なく、絵を見れば自然に伝わるようにしたいと思っています。

 

ーー良さを自然に伝えたいというこだわりが、洗さんの絵の特色になっていて素敵です。

WEGO放課後アート部 第4回「SNSアートコンテスト/おとこのこ」

審査員賞 受賞作品

ーーSNSについて、フォロワーが増えたきっかけや、どう活用しているかについて教えてください。

:Twitterの数字は記録しています。「#PortfolioDay」などの盛り上がっているハッシュタグを付けて、沢山見たりリツイートして頂いた絵が月に1枚ある時は、フォロワーが増えました。今まで私の絵を見たことがない人に見てもらえる機会があると、増えると感じます。どの作品が伸びるかはわからないので(笑)描いていく中でハマったらラッキーだな、ぐらいの感覚でやっています。

 

ーーWEGOのコンテストで入賞された絵のタイムラプス動画の反応も多かったですね。

:絵の良さだけではなく、「画像と動画が一緒に投稿出来る」という機能が実装されたタイミングだったので、「こんなことも出来るようになったんだ!」とリツイートした方もいらっしゃると思います。

 

ーーSNSはタイミングが大事なんですね。

:タイミングだと思います。ただ考えすぎると、がんじがらめになってしまうので乗れる時に乗っかるという感じにしています。

 

ーー関西コミティアに参加された時も、SNSに変化はありましたか?

:コミティアに参加したのは今回が初めてなので、SNSの効果はあまり分かりません。ただ「お品書きのツイートを見ました」と言ってスペースに来てくれた人はいました。

 

ーーSNSがリアルに繋がった瞬間だったんですね。

:はい。私は見る側としてイベントに参加することも多いのですが、イベントで作品を購入したことがきっかけで作家さんと、相互で繋がる、ということもよくあります。
そうして繋がりができた作家さんには、DMやリプライ、コメント等で作品の感想を伝えています。

 

ーー交流にも積極的に使われているんですね。

 

絵を通して、不安や悩みがある人に寄り添いたい

朝顔

ーー創作のための情報収集やインスピレーションを受けているものは、写真などの他にもありますか?

:古書収集が好きです。大人向けの本は漢字が難しいので、昭和・戦時・戦後・戦前・明治ぐらいまでの教科書や文学集のような子供向けの本ですね。表紙の絵やお話、70年前ぐらいの昔の映画雑誌の服や髪型、顔つきなどが可愛くて、眺めながら絵の構想を考えたり、色使いも参考にしています。

 

ーー漫画家さん以外に、尊敬する作家やイラストレーターさんはいらっしゃいますか?

:中学生の頃に「イラストレーター」という職業を知ったきっかけになったのは竹画廊さん(Twitter:@takegarou)です。元々本を読むことが好きで、西尾維新さんの小説の表紙を見て知りました。それから中村佑介先生。ミステリー小説『謎解きはディナーのあとで』の挿画がきっかけです。
お二人とも色塗りはフラットで、影や光はシンプルな絵柄ですが、だからこそ配色が重要な絵だと思います。デザイン力が高く、自然な感じもあり、色選びや、それらを絵としてきれいにまとめることができる高い技術をすごく尊敬しています。

私自身、色を選ぶ工程が一番好きで、線画を描いて色を置いた時点でその絵が良い絵になるかどうかわかります。配色が上手くいかなかったらそのまま進んでもよくないので、色を入れ替えたり、一旦その絵は寝かせたりします。色を選ぶのが一番大事だと思っています。

 

ーーアイデアや絵に詰まった時のリフレッシュ方法や、絵以外の趣味はありますか?

:絵が描けない時は、資料集めに外出したり、本、例えば仏像の本などを読んで勉強しています。あと、意外かもしれませんが、ももいろクローバーZが好きで10年以上ファンをやっています。エンターテインメントが好きなので、プロレスを観戦しに行ったり、お笑いも好きでM-1グランプリの予選をYouTubeで全部観たりしています。

 

ーーイラストのイメージとはまた少し異なる、洗さんの一面が伝わってきました。
絵を描いていて幸せに感じること、辛いと感じたことはありますか?

:コミティアなどで直接「この絵が好きです」と言っていただける事や、自分のイメージ通りに絵が仕上がった時は幸せを感じます。私は自己評価が高くて自分の絵がとても好きなのですが(笑)気に入ってる絵を人からも「いいね」と言っていただけると、手応えも感じられて嬉しいです。

辛かったこと、絵で悩むということは殆どありません。描けない時はインプットが足りないのでその機会、と思いますし、考えてもどうしようもないことはあります。幸いなことに絵に否定的なことを言われた事もないですし、すごく気持ちが落ち込んでる時に絵を描いて、後に出来上がった絵を見て辛かったと思い出すような絵を描きたくないので、そういう時は無理に絵を描きません。楽しいと感じる時に絵を描いているので、辛い記憶はないですね。

 

ーー今後、絵でやってみたいことや抱負、お仕事についてなど、どのようにお考えでしょうか?

:絵画教室で日本画が学べるので、日本画を描いたりデジタルも続けて作品を増やし、個展が開けたらいいなと思っています。絵の仕事はまだ経験がないので、声を掛けてくださるお仕事があれば何事でも経験と思って挑戦したい、と考えています。
それから、絵を描いている人は様々な葛藤・不安を抱えている人が多いなと感じことがあるので、そうした人が少しでも心のモヤモヤを解消できるような活動があればお手伝いしたいと思っています。
例えば、絵のお仕事をどうやって獲得してよいのか分からないという不安に対しては、GENSEKIさんのような場所も解決策のひとつかもしれません。最近、中村先生が夜通しTwitterのスペースでライブ配信をされているのですが、そのスペースを聴いて救われる方もいると思います。これもまた不安を感じている人を救う手段の一つですよね。

 

ーーいろんな可能性を考えられているんですね。

:私自身も、がんじがらめに「どうしても絵を描かなければ!」となるよりは、リラックスしながら描ける今のペースをつづけて、個展を開催できるよう準備を進められたらと思っています。
また、2023年1月の関西コミティアにも申し込みをしました。新しいイラスト集を出す予定です。絵の数は足りているのですが、さらに納得がいくよう調整したり、新作を描いたりと、現在制作中です。

 

ーー今後のご活躍も、楽しみにしております!

 

 

洗氏の、自分のこだわりや考え方をとても丁寧にしっかり言葉で伝えようと話される姿勢が印象的でした。

落ち着いたどこか懐かしい空気感、私は特にススキのイラストの秋の夕暮れの静けさ、そして少し物悲しい空気感が気になりました。

「自分の好きなことを描いていきたい、共感してもらえたら嬉しい」という思いはクリエイターであれば誰しも思うことだと感じます。

執筆者

間 早菜木 (Twitter:@Aldebaran_oO 
親しみのあるキャラクターやちびきゃら多めのイラストレーター。主にweb用キャラクターイラストを制作しています。

編集

kao(Twitter:@kaosketchHP
イラストレーター&ライター。老若男女動物まで入り混じる大河ドラマや群像劇仕立てのエンタメが好き。油画科出身、名古屋在住。