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自主出版、ベルリン移住、マンガの準備マンガ。独自の生き方を試し続ける香山哲に聞く

 

こんにちは。ライターの斎藤充博です。『ベルリンうわの空』というマンガをご存じでしょうか。日本からドイツのベルリンに移住した香山哲さんが、自分自身のベルリンでの経験を元にして描いたマンガです。

 

『ベルリンうわの空』(イースト・プレス)より

『ベルリンうわの空』(イースト・プレス)より

ベルリンに行ったからといって、特になにもしていないというところから始まるこのマンガ。一見単なる日常系エッセイのように見えますが、登場人物に人間はほとんど出てこずに、みんなモンスターのような姿で描かれています。内容も事実と創作がまだらのように混じり合っています。

このおもしろさが世間に受け入れられて、『ベルリンうわの空』は「このマンガがすごい!2021年版オトコ編」や「第24回文部科学省メディア芸術祭第24回 マンガ部門 審査委員会推薦作品」などに選出されました。

さて、僕は10年以上前からそんな香山哲さんのファンです。香山さんが世間に知られつつあることががうれしいような、さみしいような。例えるなら、インディーズで活動していたバンドが一気にメジャーデビューしてヒットを飛ばしているような……。そんな気持ちです。

今回はファンの視点から、香山哲さんと一緒にこれまでの仕事について振り返ってみました。この記事を読むと

  • 仕事の取り方
  • 持続的に作品を作り続けるコツ
  • お金と自分の作りたいものとの折り合いの付け方

などが、なんとなく(あくまでもなんとなくです)分かるかもしれません。

お話を聞いた人

香山哲

漫画やコンピューターゲームやエッセイなどを制作。2008年から漫画、絵、デザイン、文章、アプリやソフトウェア開発をフリーで行う。2001年から本やソフトウェアなどを発行するレーベル「ドグマ出版」を主催。2013年から拠点を適当に動かし続け、現在はドイツのベルリン。


ライター

斎藤充博
指圧師、指圧師、マンガ制作など。昼寝とビールが好き。香山さんと同じ1982年生まれ。

※インタビューはリモートで行いました

自作のゲームから始まった

斎藤
香山さんはこれまでいろいろな仕事をしてきたじゃないですか。マンガを描いたり、雑誌を作ったり、スマホゲームを作ったり。他にもいろいろありますが、こういう仕事をするようになったきっかけって、なんだったんですか?

香山
中学生の頃からゲームを作っていて、パソコン通信にあげていたんですよ。そしたら高校生のときにパソコン雑誌から「あなたの作ったゲームをCD-Rに収録させてくれませんか」って依頼が来て。

斎藤
CD-Rに収録。90年代から2000年代の、古き良き時代ですね……。

解説:CD-Rに収録
昔のパソコン雑誌にはCD-Rがついていて、フリーソフトやフリーゲームがたくさん入っていた。みんなネット回線が貧弱だったのだ。

香山
そうしたら、そのパソコン雑誌の編集者が僕のホームページも見てくれて。「フリーイラスト集を作るので、そこにイラストを描きませんか?」っていう感じで言ってくれました。年賀状の素材集みたいなやつだったと思います。原稿料が振り込まれたときは感動しましたね……。

初めてのマンガの依頼はパリッコさんから

斎藤
その流れでマンガの仕事も来るようになったんですか?

香山
僕が最初にマンガの仕事をもらったのは、大学院修士の時で、パリッコさんからなんですよ。

斎藤
酒飲みライターのパリッコさんですか?

解説:パリッコさん
お酒や酒場に関する記事を多数執筆している人気ライター。著書に『天国酒場』『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』など多数。

香山
そうです。パリッコさんは当時『UNGA!』っていう、レコード屋さんに置かれるフリーペーパーの編集者をしていました。その雑誌にちょっとしたマンガを依頼されたんです。

斎藤
そんな過去があったんだ……。香山さんはどんなマンガを描いたんですか?

香山
若者が……っていうか、ネズミが集まってバンドしようとする。でも、話し合いばっかりで終わっちゃって、ぜんぜんバンドにならない。そんなネズミの話し合いを12年間くらい描いてました。

『バンドやろうぜ!なんて言わないぜ!!』より

斎藤
初のマンガ仕事にして長期連載だ……。あと、この時点で香山さんの作風が確立されているのもすごい。

香山
その雑誌は隔月の発行だったんですよね。だから回数としてはそれほどでもないかも……。

音楽つながりで、ギターマガジンからマンガの連載の依頼がありました。『弾けないレイラが弾くんだぜ』ってタイトルで、妖精に助けてもらったり、怪人と戦いながらギターのメンテナンスを学んでいく内容です。

会社で「おはようございます」って言っている自分がキツい

斎藤
すると、学生や院生をやりながら、ちょっとずつイラストやマンガの仕事をしていたんですね。

香山
そんな感じですね。その後は、大学院修士を中退して、研究補佐の仕事につきました。ただ、僕のやりたいことではなかったし、どこかに通って人と一緒に働くのがどうしてもキツくて……。

たとえば、会社に行って「おはようございます」って言っている自分がだいぶキツい。多分、誰しもが少しは感じることだと思いますが……。

斎藤
いや、みんながそうではないと思う。そういう雰囲気が好きな人は大好きかもしれません。僕は完全に香山さんの側ですが……。

香山
確かにね。型にはまるのが好きで、それで安心できる人もいるのかも。でも僕にはどうしても無理で、会社勤めしているときは月に3回くらい風邪をひいたみたいになって。明らかにストレスじゃないですか?

斎藤
月に3回か……。キツい状況に対して、体が拒否反応を出している感じがしますね。

お金を貯めて自分の出版社とマンガ雑誌を立ち上げる

香山
会社勤めは1 年半ぐらいやって、辞めましたね。ある程度お金が貯まったから、自分の出版社『ドグマ出版』を立ち上げて、マンガ雑誌の『漫画少年ドグマ』を創刊しました。これで活躍しよう、みたいな。

『漫画少年ドグマ』第2号(ドグマ出版)

斎藤
僕も『漫画少年ドグマ』を持っていますが、こんなことが書いてあります。

『漫画少年ドグマ』第2号(ドグマ出版)の目次ページより

『漫画少年ドグマ』第2号(ドグマ出版)の目次ページより

「将来なんて知るかっ!!ドグマと心中して無限再チャレンジじゃ!!」

香山
あー。そうそう。本当にこういう心境でした。やけくそというか。

斎藤
確かこのときの肩書きが、「自分で作った漫画賞を自分に与えて、マンガ家としてデビュー」というものでした。そして、自分が作ったマンガ雑誌で連載をする。


斎藤
この発想も行動力もすごすぎて、当時感動したのを覚えています。……出版社に漫画を持ち込みするとか、マンガの賞を狙うとか、全然考えなかったんですか?

香山
『コミックビーム』と『アックス』には持ち込んだんです。「こういうことも一度体験しておいた方がいいかな」と思って。でもいま思えば、そこまで真剣にはできていなかったかもしれないです。。

ジャンルを横断するクリエイターになりたかった

香山
そもそも、マンガ家やイラストレーターにあこがれていたというわけではなかったんです。前衛的な作家やクリエイターが好きで、自分もそういう人達にあこがれていました。ユニークでありたいし、目立ちたい。

ジャンルを横断して活動する、よくわかんない人って、社会に一定数いるじゃないですか。例えば、みうらじゅんさんとか。ああいうイメージですね。

斎藤
ああ……。みうらじゅんさんは「クリエイター」としか言いようがないですよね。なんとなく香山さんの目指していたものが見えてきた気がする……。

香山
『漫画少年ドグマ』を作ったのは、仲間が欲しかったというのもあります。僕と同じような熱量を持っている人と、本気でやりたいって思っていました。

斎藤
雑誌ってそういう「仲間集め」の機能もありますよね。

香山
でもこれが難しくて。僕は人生賭けるつもりでやっていたんですが、誘われても、周りはそういう熱量ではやらないじゃないですか。

斎藤
……自費出版のマンガ雑誌ですもんね。普通は趣味の延長で接しますよね。それはしょうがない。

香山
だんだん周りとズレてきちゃっているのを感じて。そこで「いったん一人でやっていこう」って思ったんですね。『漫画少年ドグマ』は休止して、『香山哲のファウスト』、『心のクウェート』など、自分のマンガを自費出版でどんどん出すようになります。

『香山哲のファウスト』(ドグマ出版)

『香山哲のファウスト』(ドグマ出版)

『心のクウェート』(ドグマ出版)

『心のクウェート』(ドグマ出版)

いいインプットを求めてベルリンに移住する

斎藤
『心のクウェート』では香山さんがベルリンに訪れている様子が描かれています。その後に日本を離れてベルリンに移住していますよね。

香山
ベルリンには1か月とか、3か月くらいの滞在を5回くらいやりました。移住を意識しだしてから決定まで5年くらいはかかったと思います。

いいところだとは思ったんですが、僕はドイツ語がそこまでできるわけではないし、それだけ見えていない部分も多いだろうから、かなり迷いました。現地でいろんな苦労をしている人も見ましたし。

斎藤
それでもベルリンに移住したというのはどんな理由ですか?

香山
生活をする中で、いいインプットができる場所に行きたかったんです。そうすれば制作でいいアウトプットができる。

インプットと言っても、ギャラリーや作家たちだけじゃなくて、公園とか、スーパーマーケットとか、近所の人とか、落ちてるゴミとか、そういうものも含めてのインプットです。五感で受け取るもののすべてを変える。

斎藤
印象に残っているインプットはありますか?

香山
たとえば、家の前にある公園で、音楽好きの人たちが遊びながらミュージックビデオを撮っていたり、ヒジャブを巻いている4人組がポテトチップスを食べてピクニックをしていたり、そこで僕はスマートフォンで文章を書いていたり。

みんなぐちゃぐちゃに人の目を気にせずに好き勝手なことをしていて『ウォーリーを探せ!』の中にいるみたいな感じです。

斎藤
そういう雰囲気、日本にはなぜかないですね。日本でも「やっちゃだめ」ということはないはずなのに……。

確かに受ける刺激は変わって、気分や行動も変わりそうです。メリットがあることはわかりましたが、それでも海外移住はかなりの決断だと思います。

香山
日本から逃避したかったというのもあると思います。日本にあるいろいろな問題に耐えがたかった。

実はドイツも日本と同じくらい問題があります。でも、産まれてからこれまでずっと対面し続けてきた日本の問題よりも、これから新たに対面するドイツの問題の方が、まだ自分にとっては新鮮味があるから耐えられるかもと。

ベルリンでも日本と同じように仕事ができる

斎藤
ベルリンに移住するときに仕事の不安はなかったんでしょうか? 

香山
この頃は自主制作で食べていけるくらいはありました。自費出版をすると、出版社から出すときにくらべて、収益が数倍入ると思います。それを引き続きベルリンでもやっていました。

斎藤
そうか、自分で作った仕事をすれば、どこでも働けるわけか……。現在は自主制作に加えていろいろな発注があると思いますが、やはり日本からの仕事が多いんでしょうか。それともベルリンで仕事を得ているんですか?

香山
ほとんどが日本からの仕事です。連載や、本の表紙や、ゲームの絵などをやっています。打合せもオンラインでしているので、一度も対面しないで進めていますね。これは日本にいるときからそうです。

『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』(ヤマザキOKコンピューター著)の表紙を制作

『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』
(ヤマザキOKコンピューター著)の表紙を制作

香山
ベルリンで仕事を得るというのがあまりなくて、たまたま現地で知り合った人に頼まれるくらいです。やっぱりまだオンラインでドイツの人に知ってもらうというのができていないんです。ドイツ語で発信している内容がほぼないから。

いまは円安がすごいですよね(2022年6月時点)。現地での仕事も増やしたい気持ちもあります。でも、いまのところは日本での連載マンガの仕事がずっとあるので、まずはそっちですね。

プロジェクト発酵記について

斎藤
現在、香山さんがebookjapanで連載しているのは「プロジェクト発酵記」。これはすごく変わったマンガですよね。「これから連載をするファンタジーマンガの準備について語るマンガ」なんて聞いたことないです。

『プロジェクト発酵記』(ebookjapan)より

『プロジェクト発酵記』(ebookjapan)より

香山
たとえば、テレビでやっているビジネスドキュメンタリーがあるじゃないですか。ああいう番組って、見ておもしろくするために、時には誇張や嘘も含まれているかもしれないと僕は思うんです。

それなのに、自信がない人がこういうテレビを見ると「僕もマネしなきゃ」って思ってしまうかもしれない。

斎藤
「成功している人はみんなジムに行って筋トレしているから、僕も筋トレしたほうがしなきゃ」みたいな感じですかね?

香山
まさにそういうことですね。人のやり方をインストールするよりも、自分流のやり方を突き詰めていった方がいいかもしれない。そういう思いを込めて、僕はこれから始まるマンガの連載の準備をしている様子を描いています。

斎藤
『プロジェクト発酵記』が終了したら、本当にファンタジーマンガを連載するんですよね? 

香山
本当に『プロジェクト発酵記』に描いてあるとおりに計画して、ファンタジーマンガを描きます。その結果、そのマンガが売れるかどうかは、いまの段階ではわからない。

斎藤
普通だったら「すごく売れたファンタジーマンガの裏側についてマンガで語る」という企画になりそうですよね。それならよくある。


香山
それだと「成功した企画の裏側」だけしか世の中に出ないことになってしまいますよね。まさにビジネスドキュメンタリー的だと思います。

うまくいくかどうかわからない物を出すから、失敗して笑われるかもしれません。……そう思うと正直つらいけど、この方が正々堂々としていて僕にはあっていますね。

自分の描きたいものから、みんなが喜ぶものへ

斎藤
ずっと前から香山さんの活動を見てきていると、ちょっとずつ作品のテーマが変わってきているように見えます。言葉にするのが難しいんですが、昔の方が香山さん自身の主張が強かったといいますか。

香山
昔からずっと「いまの常識じゃないところへ逃げたい」という気持ちが僕の中にあって、それはわりと共通していると思うんです。

斎藤
初期作品の『香山哲のファウスト』は、現実からノスタルジーの世界に逃避する話ですよね。『ベルリンうわの空』も日本からベルリンに逃避しているというふうにもとれる。そう考えると同じか……。

香山
特に『香山哲のファウスト』はマンガ作品を作り出した初期の方で、「自分が描きたいもの」が強く出ています。

その後はもっと「みんなが喜ぶもの」や「遠くに届くもの」を作りたいと思うようになりました。マンガのスキルも上がって、世の中のニーズを自分の作品に取り込むことができるようになってきています。

『ベルリンうわの空』に関しては、日本から移住したいって思う人がすごく多そうだな、っていうのは感じていました。

そういう人が『ベルリンうわの空』を読んで、自分の気持ちについて話し合ったり、貸し借りしてもらったりして、コミュニケーションツールみたいに使ってもらったら、と思って描いたんです。

斎藤
なるほど。

香山
ただ、最初から「みんなが喜ぶもの」や「遠くに届くもの」を目指してしまうと、僕の場合は作家としてのアイデンティティーがなくなってしまうと思います。世の中のニーズありきで始まってしまうと、本当に日和見的になってしまう。

それに、「みんなが喜ぶもの」を作るときに、自分の主張が生かせていないかというと、そんなことはないんですね。かなり生かせている。

自分の我を出すことに、一度は全力で取り組んでおくと、その後は未練がなくなって出力調整しやすくなる。「卒業」みたいな感覚だと思います。

斎藤
こうした過程が「テーマが変わっている」ように見えるわけですね。

自分の作品をまとめて画集を販売する等、継続的に収入が入ってくる仕組みを

斎藤
ここからは、マンガやイラストを描いている人に向けてのアドバイスを聞けたらと思います。ずっとマンガやイラストを仕事として続けるコツみたいなものはありますか。

香山
僕の場合は、書籍の印税のように、一度仕事した後にも何回か継続的にお金が入ってくるような仕事に助けられています。

ただ、たとえばイラストの仕事ってなかなかそういう風になりにくいと思うんです。一回使われたら終わりになってしまうことが多い。どうにかして自分の仕事を本にしたり、電子書籍にしたりするといいです。DLsiteみたいな場所で、デジタルコンテンツとしてダウンロード販売するのもいい。

ソーシャルゲームのイラストを描いている人は、そのイラストを使って画集を出したりしますよね。そういうことができると、いいんじゃないでしょうか。

斎藤
僕もライターとして書籍の重版で印税をもらったことがありますが、あれはかなり余裕ができますよね。

香山
イラストやマンガの話からはちょっと外れてしまうんですが、僕はプログラムが少しだけできるので、ケータイゲームやブラウザゲームのプログラムを請け負ったりしてもしていました。

たとえば、昔「サンシャイン牧場」ってあったじゃないですか。

斎藤
サンシャイン牧場、ありましたね! 人の牧場に虫を入れるやつ。

香山
あんな雰囲気のゲームを作る手伝いです。こういったプログラミングも「プログラム使用料」が入ってくる契約だったので、その後かなり助けられました。

斎藤
なるほど……。イラストやマンガにこだわらずに、自分のできることで積み上げていけばいいって感じですかね。

気持ちを落ち着かせるための大事なのは、やっぱり現金

香山
あとは、仕事が少なくなってしまう時期ってありますよね。人間って生きていくだけでお金がかかるから、どうしても貯金が少なくなってしまう。

そうすると伸び伸びとした制作ができなくなって、落ち着きがなくなってくるんですよ。そんな時は、マンガやイラストに限らず、どんな仕事でもいいからとりあえずとってきて、当座のお金を稼いで、自分の気持ちを落ち着かせることを優先した方がいいですね。

斎藤
すごく現実的な話だ。

香山
僕も最初の頃はお金が必要で、ほとんど単純作業みたいな画像処理の仕事を大量にやったこともありました。やりたい仕事をするために、そういう作戦も必要。

斎藤
「仕事をするための仕事」って感じですね。一見遠回りにも見えますが、そういうことをしなくちゃいけない時期って絶対にあるし、ヘンなプライドを持たずに取り組めた方がいいですよね……。

一つのことに秀でた一流の人だけが専門家じゃない、オリジナルなやり方で自分の居場所を作る

香山
「イラストレーター」や「マンガ家」ということで、今回の取材を受けていると思うんですが、僕はどちらかというと、文章やプログラムで生きてこれたと思っているんですね。

斎藤
確かに、『すこし低い孤高』のような対談集もありますし、さっきプログラミングでお金を稼いでいた話もありましたね。『利子20階』のような香山さんが制作したスマホゲームもありました。

『すこし低い孤高』(ドグマ出版)

『すこし低い孤高』(ドグマ出版)

『利子20階』(ドグマ出版)

『利子20階』(ドグマ出版)

香山
だからイラストだけじゃなくて、もし複数のことが得意ならそういう生き方もあると思います。

世間には「一芸に秀でる人がよい」って考え方があるじゃないですか。だからイラストでお金を得ようとすると、「とにかく絵がうまくなくちゃいけない」って思ってしまいがちです。

でも社会はいろいろ複雑で、世の中の需要って多様なんですよね。一番うまい絵だけが望まれるわけではない。一流だけが専門家ではないし、そうでない人もどこかに居場所を作ることができるはず。

斎藤
それはめちゃくちゃわかるし、本当にそう! ……こんなふうに前のめりに賛成しているのはインタビューとしてはよくないんだけど。さっきのビジネスドキュメンタリーじゃないですが、「成功者のステレオタイプ」を無意識に想像したり、目指してしまうことってあると思うんです。でも、それだけではないはず……。

香山
自分とちゃんと向き合って、オリジナルな生き方を作ることを、試してみる価値はある気がしますよね。試してみた経験は裏切らないし、多分それでうまくいく人は一定数いるんじゃないかな……。

斎藤
インタビューを読んでる人からすると、「僕もオリジナルな生き方を目指してベルリン移住した方がいいのかな?」って思っちゃうかもしれませんが、きっとそこまで大きなことじゃなくて、多分何でもいいんですよね。

香山
本当に細かいことでもいいんじゃないですかね。「 1 日 2 回歯磨きをきちんとする」とか、そういうちっちゃいことでもね。自分がそれでうまくいくかどうか、なんでも試してみることだと思います。

ーーー

というわけで香山哲さんでした。

香山さんはどんなときでも、自分のやり方を徹底して貫いていて、具体的な行動に移しています。そして理想やきれいなことだけではなくて、マイナスなことについてもちゃんと表現するという誠実さがあると思います。

僕が香山さんの活動をずっと追いかけている理由がなんとなくわかってもらえたでしょうか……。


お話を聞いた人

香山哲
Web:kaymatetsu.com
Twitter:@kayamatetsu

連載中
香山哲のプロジェクト発酵記
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