こんにちは。ライターの斎藤充博です。普段はライターや編集の仕事を主にしているのですが、ときどきSNSなどにアップするための漫画も描いています。……ただ、日々の仕事や家事に追われていると、原稿をやっている時間がなかなかとれません。
そんなときに、漫画家のピエール手塚先生の存在を知りました。ピエール手塚先生は会社員にして商業連載している漫画家。会社には漫画家をやっていることは知らせておらず、あくまでも空き時間で連載をしているそうです。
漫画を一度でも描いたことがある人なら思うはず。どうやってそんな時間を作っているんだ?
そこで今回はピエール手塚先生にインタビューをさせていただきました。漫画に限らず「クリエイティブにおける仕事術」について知りたい方は必見の内容になっています!
お話を聞いた人ピエール手塚
会社員兼漫画家。著作に『ゴクシンカ』『いじめ撲滅プログラム』など。ヤングキングにて『ひとでなしのエチカ』を連載中。
インタビューした人斎藤充博
ライターや編集をしながら漫画を描いている。……でも、なかなか描く時間がとれなくて……。
管理職に就きながら商業連載をこなす
斎藤
あらためて現在の状況について教えていただけますでしょうか。
ピエール手塚
漫画家としてはヤングキング(少年画報社)で『ひとでなしのエチカ』を隔週で連載しています。ボリュームとしては1話で16ページです。この連載は3回描くと1回はお休みなので、平均すると月に24ページほど描いていることになります。
会社員としては、長いこと研究開発の仕事で、論文などを書いていました。最近になって新規事業立ち上げの管理職をしています。一般的な名称だと課長です。一般的な会社員と同じように週5で出勤しています。帰宅はだいたい22時くらいですね。
斎藤
僕だったら、普通に会社の仕事だけでいっぱいになりそうですが……。どんなふうに漫画を描いているんでしょうか?
ピエール手塚
原稿はすべてiPad Proで描いています。描いている時間は基本的に、電車での通勤時間と会社の昼休みです。
まず、朝に電車に乗っている時間で40分くらい漫画が描けます。昼休みには30分くらい。帰りの電車でも40分くらい。平日でもトータルで2時間近く漫画を描く時間があるんです。これでも終わらないときは、夜や休日にやっています。
斎藤
あくまでも、会社の仕事の空き時間に描いているというイメージなんですね。
ピエール手塚
そうですね。商業連載を始めるときも、会社を辞めるという選択肢はありませんでした。連載の前の読み切りで自分の生産量を把握できていたので、会社と並行して連載できるだろうと思ったんです。スケジュールを立てて淡々と進めると、だいたい思った通りには着地します。
斎藤
スケジュール管理はどんなふうにされているのでしょうか?
ピエール手塚
Googleのスプレッドシートで、1話の中で描かなくてはいけないコマ数と、進捗状況がわかるような表を作っています。例えば、1話の中に60コマあって、それを14日間で描くとなった場合、1日に4.2コマ描ければ、締め切りまでには完成するでしょう。
もちろん、時間がうまくとれない日もあるし、時間がかかるコマもありますから、完全にこの通りに行くわけではないです。それでも、目標に対して、遅れているのなら多めに仕事をして、進んでいたらそれをキープできるようにする。そうするとそんなに大変なことにはならないですね。
斎藤
聞いていると、すごく単純に聞こえますが……。進行がうまくいかないときもあると思います。大変なのでは?
ピエール手塚
基本的には自分にやれる範囲のことをやっているだけなので、そこまで大変と思うことはありません。
ただ、昨年の年末は大変でした。よく漫画家は「年末進行が大変」と言いますよね。でも、そうではなくて会社の飲み会が多くて大変だったんです。
斎藤
飲み会! 課長だったら出ないわけにはいかないですもんね……! 管理職って大変だ……。
ピエール手塚
そうなんです。ちなみに飲んだ後の電車でも、できるだけ作業を進めるようにはしています。トーンを貼ったりとか、あまり精度が必要でない作業ですね。
迷わずにすばやくネームを作るテクニック
斎藤
漫画のストーリーを作るのって、スケジュールにうまく落とし込めないところもあると思います。どうされていますか?
ピエール手塚
一気に長い話を作ろうとすると悩んでしまうので、4 ページぐらいで 1 つの構成を作るようにするんです。4ページの間に何かが起こって、読者にはそれを追いかけてもらう。すると次の4ページでもまた何かが起こって、また追いかけてもらて……ということを4セット作れば16 ページのストーリーがとりあえずは埋まります。
斎藤
確かに4ページを4つだったら、かなり考えやすくはなりそう。
ピエール手塚
そして、この段階では話がおもしろくなくても問題ありません。むしろ「つまらないネームを一度完成させる」くらいの気持ちがあった方がいいと思います。
斎藤
えっ。どういうことでしょうか……?
ピエール手塚
重要なのは、とにかく一度ページを埋めることなんです。一度完成すれば読者目線で見れるようになるので、改善点も見つけやすくなります。
そして、編集者さんに送ります。編集者さんからのフィードバックが返ってきたタイミングで、自分でもブラッシュアップします。とにかく人に見せておいた方が、トータルでのスケジュール進行が早まるんです。
斎藤
完成度が低くてもいいから、一度人に見せられるところまでスピーディに持っていく。……これって、会社の仕事にも通じる話ですよね。
ピエール手塚
そうですね。完璧なものを作ろうと思うと、スケジュールが延びて、プロジェクト全体がおかしくなってしまいますから。
こうしたスケジュール管理は、会社の仕事の方が難しいです。スタッフが遅れてしまうといろいろ複雑な調整をしなくてはいけません。でも、漫画は基本的に自分の作業だけなので、自分がどうやるかを押さえておくだけです。
斎藤
会社のプロジェクトに比べたら、漫画は小さなプロジェクトですもんね……。とはいえ、それでもやっぱり話を考えるのって、大変じゃないですか? 思いつかないときもあると思います。
ピエール手塚
細かいコツはいろいろあるんです。私は原チャリを走らせて、家から30分くらいのところにあるショッピングモールまで行く、っていうことをよくやっています。
運転って身体は自由にできませんが、頭はけっこうヒマですよね。だから頭の中でキャラ同士を自由に会話させたりしていると、いろいろなアイデアが湧いてくるんです。ショッピングモールから帰ってくるくらいには、ストーリーで重要そうな場面も思いつきます。あとは、それをつなぎあわせるようにすると自然とお話になるんです。
斎藤
なるほど~。移動時間って、いろいろなことを考えますよね。原付ならスマホに触れないのも良さそうです。
ピエール手塚
ちなみに、同人誌を描くときには「ネームを描かない」ということもやっていました。いきなりペン入れしてしまう。描いた以上はもう戻れないから、考えることが絞れるんです。
斎藤
めちゃくちゃすごいです! ……でも、それで話がまとまるんでしょうか?
ピエール手塚
自分でも「これどうやって終わるんだろう?」って思いました。そこで、残りページが少なくなってきた段階で「読者として」それまでの話を読み返してみたんです。すると後付けではありますが、その漫画のテーマのようなものが見えてきます。それなら、テーマに従った話の結末を用意すればいいんですね。
斎藤
確かに、読者として漫画を読んでいるときって、無意識のうちに先の展開を予想していたりしますよね。
素早く絵を描くテクニック
斎藤
絵を描く方法もお伺いしたいです。どんな機材やソフトで描いていますか? iPadを使っているとはすでにお伺いしましたが……。
ピエール手塚
使っているのはiPad Pro(12.9インチ)とApple Pencil、使っているソフトはCLIP STUDIOです。
斎藤
電車の中で描いているんですよね。どんな体勢で描くんでしょうか?
ピエール手塚
電車の座席は、場所によってはかなり振動が来るので、立って描いています。膝を軽く曲げ、身体全体で電車の揺れを吸収する。そして、iPad Proを左手で身体と挟んで固定して、右手で描いています。
斎藤
すごすぎます……! これで原稿がやれるんだ……。
ピエール手塚
重要なのは電車の中のポジションです。出入り口の近くは人が動くのでよくないです。連結部の扉のあたりが人があまり来ないのでいいですね。迷惑にもなりにくいかなと思っています。
そのポジションをどうやって取るかも問題ですね。これもいろいろやってみて、高校生が通学している時間に乗るといいことがわかりました。彼らは同じ駅で一斉に降りるので、そのタイミングで電車がガラっと空くんです。
斎藤
電車に乗るところから原稿が始まっているんですね。僕は家でデカい液タブで描いているのですが、原稿がはかどらないのが、なんか恥ずかしくなってきました……!
絵を描く工程を分割する
斎藤
電車の中で描く方法は理解できましたが、それでも描く時間は限られていますよね。どんな工夫があるのでしょうか?
ピエール手塚
絵を一気に描こうとすると、まとまった時間が必要になってしまいます。だから、描く工程はかなり細かく分割して、ちょっとした空き時間にできるようなタスクをたくさん作っておきます。アタリになるような3Dモデルだけ配置しておく、パースの補助線を作っておく、キャラ1体のペン入れだけする、トーンだけを貼る……みたいな感じです。
斎藤
なるほど……。一人で分業している(?)みたいなイメージですね。
ピエール手塚
また、下描きはあまり厳密にはしていません。アタリからほぼほぼいきなりペンで描いて、あえて迷い線を残したような画風にしています。それでいったんは完成させておく。時間が余って、荒いと思ったところは修正します。
斎藤
ストーリーのときと同様に、絵も納得していなくても完成を目指すわけですね。
ピエール手塚
そうですね。一旦仮の完成をしておくと、焦らなくて済むようになります。また、私は写真を加工して背景に使うこともよくあるんです。その背景を使っても違和感がないような画風に調整しています。
斎藤
とにかく「完成させる」ためにいろいろな手段を使っている、という……。
ピエール手塚
本当はもっと 1 ページに時間をかけた方がいいかもしれないと思うときもあるんですよ。でも、自分の時間と相談して、ギリギリのラインを見極めているところもあります。
私の場合はこんなふうにしていますが、時間かかる人が悪いわけでもありませんよね。ちゃんと必要な時間をかけているわけですから。
「手を動かしていない時間」をいかに少なくするか
斎藤
お話を聞いていて、ストーリーも絵も、工程を細かく区切って、淡々とやっていく、というピエール先生のスタイルがよくわかりました。
ピエール手塚
漫画って、基本的には手さえ動かしていれば、いつかは完成するんです。その中で一番の問題になるのは「やろう」と思っているのに、手を動かしていない時間ですよね。私は計測したことがあるんですが、意識していないと、これが本当に長くなってしまうんです。
工程を細かく区切るのは、一つ一つの作業をあまり重たくしないように、という意味もあります。小さな作業なら、あまり気負わずにすぐに始められますからね。工程を細かくしておくと、達成感を小まめに味わうこともできます。
今日15コマ描けたら、締切に対して安全ライン。安全ラインとは、自分の実績的をかんがみて最低レベルのパフォーマンスしか出せなくても締切には間に合うという意味です。
— ピエール手塚🍙 (@oskdgkmgkkk) July 28, 2024
こんなpostもされています
ピエール手塚
1ページで考えると仕上げまで行くのに何時間もかかるじゃないですか。でも、1コマで考えるとそこまでかからない。できたらスプレッドシートのチェックを埋めていって、集計したグラフをみると、なんだか楽しくなってくる。
逆に、ちょっとした達成感を味わうような作業が他にあると、そっちをやりたくなってしまうという問題もありますよね。請求書を出す、みたいな事務作業があるとか。
斎藤
すごくよくわかります。私も請求書を出すのだけは早い……。
ピエール手塚
ありますよね。その中でも最悪なのがSNSを見ることだと思います。更新したら小さなコンテンツが出てきて、見たらまた次のコンテンツを見てしまうという……。でも、SNSを見るのと同じくらいの気楽さで漫画の作業も進められたらと思うんです。そこまで工程を細かく考えて、いつでもできるように用意しておく。
斎藤
ここまでいろいろと考えられるモチベーションがすごいです。
ピエール手塚
モチベーションに関していうと、モチベーションを上げようとするのではなくて、モチベーションに関係なく作業をするということも必要だと思っています。
電車に乗ると、みんなそれをきっかけにスマホを出して見始めるじゃないですか。私の場合は電車に乗ることをきっかけに、iPad Proを出して作業をする。そういう条件付けをしてみるのっていいと思います。けっこう進みますよ。
斎藤
ピエール先生の中に、作業者としてのピエール先生とマネージャーとしてのピエール先生がいるという感じですね。
ピエール手塚
そうですね。作業者としての自分はすぐサボろうと思っているんですよ。管理者として、このサボりがちな人に作業させるやり方があるのかな?っていうことをずっと考えています。
Webラジオを録りながら作業したりとか。漫画家仲間とカラオケボックスに行って、自分が歌う番が回ってくるまで原稿をやるとか。限られた時間と思うと集中力が湧くんです。
会社員をやりながら週刊連載をやりたい
斎藤
今後やってみたいことなどはありますか?
ピエール手塚
どこかのタイミングで会社員と掛け持ちしながら週刊連載をやりたいという気持ちがあります。商業連載を始めたころには月に24ページがギリギリかな、と思っていたんですが、いまだと50ページくらいはいけると思うんですよね。
斎藤
すごすぎます!
ピエール手塚
ちょっと前まで『ひとでなしのエチカ』と並行して月刊で『ゴクシンカ』(KADOKAWA)も連載していました。別に無理をしているわけではなくて、空き時間から逆算すると多分できると思うんです。
僕は商業誌にデビューしてから3年で、漫画家としては新人です。だからいまの段階では、仕事をいただける限りはどんどん受けて、生産量を増やしたい。そして仕事の中でスキルアップしていきたいと思っています。
会社員をしながら商業連載をするなんて、一見すると不可能そう。でも、計画を立てて、ひとつひとつ細かい積み重ねをしていけば、やれるんですね……!
もちろん僕にピエール手塚先生と同じようなことができるかというと、難しいでしょう。下描きを極力省いて、電車の中で絵を完成させていくなんて、そうそうできることではありません。
でも、今回お話しいただいたいろいろな工夫を、ちょっとでも自分の中に取り入れることができたら、いまよりももっとやれそうです。
そして、何よりも見習うべきは「やりたいことを諦めないで冷静に自分の時間を見積もる」という姿勢です。お話を終えた後に、なんだかちょっと元気が出てきたような気がしました!