GENSEKIマガジン

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本業も副業も絵を描く。構想10日・制作4日で手掛けた最優秀作品の制作秘話・イラストへの思いーイラストレーター・岸べぇ

広告系の会社員イラストレーターとして働きながら、個人でもイラストレーターとして活動、公私ともにイラストを描き続ける岸べぇ氏。

さまざまなカルチャーやユーザー目線のトレンドを創作物に取り込み、引き出しを増やすために日々アンテナを張るストイックな姿勢が印象的だ。 

今回はGENSEKIコンテスト8月テーマ「それぞれの美」優秀賞の受賞作品や、常に絵の「本質」について考えていること、これまでの創作活動についてなど、未公開のラフスケッチとともに詳しくお話いただいた。

インタビューに答えてくれた人

岸べぇ(べぇ)(Twitter:@404kishibeleHP
会社員イラストレーターとして広告やwebのイラスト制作をしながら、個人でもイラストレーターとして活躍。書籍のカットイラスト、コンテストイラストなど、さまざまなスタイルで制作し、依頼に対しどのような提案もできるよう、引き出しを日々意欲的に増やし続けている。

 

「自分らしい美しさ」をモチーフに描いた

Frame of Life
GENSEKIコンテスト8月「それぞれの美」 優秀賞

ーーこの度は、優秀賞のご受賞おめでとうございます。今回の受賞作品のコンセプトや制作までの過程を教えてください。

岸べぇ:このコンテストは既存の絵でも応募が可能ですが、私がご活躍をずっと見てきた中村佑介先生がテーマを出されているので、中村先生の目線でどういう思い・考えでこのテーマにしたのかを考えた上で、描き下ろしました。
テーマの「それぞれの美」については、「美」というものを身近に感じてほしい、普通に生きてる人が「自分が好きなものを美しいと思っていいんだ」と感じられる構成にしました。また、タイトルの「Life」は人生というより「生活」の意味で、シンプルに「生活の中を切り取った」ようなイメージでつけています。

 

ーーそれで絵のコメントに「人々のいろんな生活にあるそれぞれの美」と書いてあるのですね。

岸べぇ:はい、いろんな立場や年齢の方が感じる「それぞれの美」を表現しています。被写体としては3人の人物をモチーフにしています。

1人目の男の子は風船を見て風景を「切り取る」ジェスチャーをしています。後ろに東京タワーというランドマークがありながらも、風船に注目していることでこの男性の興味がどこにあるかを示唆しているようにしました。

2人目は推し活をする女の子です。自分の好きなアイドルやキャラクター、自分の好きな「美しさ」を追いかける姿もまた、美しく、「推し活」が現代で市民権を得た今だからこそ描きたいと感じました。

3人目の年配の女性を描くきっかけは、自分自身はまだおばあさんといえる年齢ではないのですが、以前PIZZICATO FIVE(ピチカート・ファイヴ)の野宮真貴さんの著書『赤い口紅があればいい』を読み、「女性がずっと輝くためには赤い口紅が必要」という一節が頭に残っていたからです。化粧をする女性の姿に、現代らしい何歳になっても「自分らしい美しさ」を持ち続けよう、というポジティブな思想を投影しました。

また、『メタモルフォーゼの縁側』『海が走るエンドロール』といった漫画が人気になっていることからも、自分のできごとではないですが、そういった作品からインスピレーションを受けたのかなと思います。

 

ーーテーマの考察や構想をしっかりとされるのですね。

岸べぇ:今回は特にアイデア出しに時間がかかりました。
以前、「美」と言う漢字は「大」と「羊」でできていると何かで見た記憶があり、大きな羊のラフもありましたが、大きな羊=「美」が共通認識にないので連想しづらいと感じ、ボツにしました。
いろんな価値観の象徴として良く使われる「りんご」を切り取るイメージのラフは、色々な角度から沢山の人物を描くのは締め切り(=納期)に合わせるのが難しいだろうと、実際に仕事で描くことも想定して案を絞りました

アイデアラフスケッチ

ーーどれも面白い発想ですね!蓄積された情報からテーマを連想するのでしょうか。

岸べぇ:そうですね。実はラフの段階では「現代らしい美しさ」を意識しジェンダーをモチーフにした構想もありました。でも、私自身が今まで自分のジェンダーについて強いギャップを感じたことがないので、経験のないことを描くのは嘘になってしまうのではないかと感じたんです。「ジェンダー」は今回のテーマにはマッチしていましたが、絵の説得力がなくなってしまうかもと葛藤した結果、今のモチーフに落ち着きました。
今回の作品は良い意味で「わかりやすい美」を表現できたと思います。

 

ーーそういった紆余曲折があるからこそ、すっきりテーマが伝わる作品にたどり着くのですね。

岸べぇ:描き込みが多いほど目を惹く絵になるかもしれませんが、絵の上手さに時間をかけるだけでなく、伝えたいことをいかに構成して行くかで出来上がるものが変わると感じています。
ただ、pixivやTwitterで「よく見られる絵」は、サムネイル時点でも無意識に見たくなる絵だと思いますが、他の皆さんが自分の感じた美を鮮やかに表現されている中、私の今回の作品は色数も少なくシンプルだったので、見てもらえるだろうか?という不安はありました。受賞のご連絡を頂いた時は驚きました。見る人に届くかどうかは、自分では意外とよくわからないものです(笑)

ジェンダー案と最終案のラフ

ジェンダー案と最終案のラフ

ーー制作時間はどれくらいかかったのでしょうか?

岸べぇ:コンテストを見たのが締切3週間ぐらい前で、そこから2週間ほど頭の中でテーマを構想しました。その中で制作自体は3~4日で、1日目が線画、2日目に色塗り、3日目で調整…という感じです。作業時間だけなら合計9~10時間ですが、一気にやらず、日を置いて客観的に見るようにしています。
なので作品ページで制作時間を14日と書いたのは、もしこのようなイラストを発注いただく場合、全体でこれくらいの納期があると理想的という意味です。

 

ーー大変わかりやすい制作時間で、発注側からも有難い提示ですね。今回は、どういう経緯でGENSEKIのコンテストにご応募下さったのでしょうか?

岸べぇ:元々、自分の仕事の訓練も兼ねた実践として、よくコンテストに応募していたので、外部のコンテスト紹介サイトでGENSEKIを何度も見かけて知ったことがきっかけです。その後も中村佑介先生やさいとうなおき先生が顧問就任したことで「イラストレーターさんの立場を意識して力を入れているサービスなんだな」と感じました。GENSEKIは絵の作風が様々で流行の偏りなどがなく、運営さんとイラストレーターの距離が近いのが、他にない魅力だなと思っています。

 

ーー「仕事の訓練も兼ねた実践」というのは、具体的にどういったことでしょうか?

岸べぇ:お仕事で描くイラストは、発注の目的や解決したい課題がある一方で、納期は決まっており作業できる日数は限られています。その条件の中でできる限りのことをするので、コンテストはそれに近く仕事の実践として取り組むのに最適だと思っています。
自分が普段描かないテーマを描くきっかけにもなりますし、期日があるものなのでイラストのボリュームが締切に収まるようにアイデアやモチーフの調整をしたりと仕事のイラスト作りに似ているので、普段から積極的に応募しています。

 

「仕事」を意識することで、世の中のトレンドを取り入れたオリジナリティを形成する

夏休み

ーー絵を描き始めてから現在までの経緯を教えて下さい。

岸べぇ:子供の頃から絵を描く事が好きで、そのままずっと描いてきたタイプです。絵を描く作業自体がとにかく好きなので、それができる職に就けたらいいな、と思っていました。
美術大学に進学するのは環境上難しかったので、自分の学びたい事に近い大学を探し、社会系学部のメディア関連コースという、美術系のカリキュラムも多い所を選びました。

 

ーー美大でなくても、同じように絵やデザインを学べる学科や進路があるのですね!

岸べぇ:文系学部ですが、デッサンやデザイン、ソフトの基礎などの授業も受けられて、卒業課題も卒論ではなく卒業制作でした。藝大を卒業された先生のゼミがあり、そこに入って学ぶうちに、美術系の大学院を勧められて、大学卒業後に進学しました。大学院を出たあとは広告や色々な絵の仕事を受ける会社にイラストレーターとして入社し、今に至ります。

 

ーー途中で画風が変わったようですが、お仕事がきっかけだったのでしょうか?

岸べぇ:そうですね。大学院卒業後ぐらいまでは、色と形で抽象的な画面を作る感じの作風が好きで描いていていました。自分の中で作品としての納得感はあったのですが、自分でもどう描いているのかわからない・完成の見当がつかない、もし仕事の発注が来ても間に合わないし上手く再現できない…と課題が浮かび上がり、このまま続けても頭打ちになりそうだと感じていました。

一方、会社でさまざまな仕事をこなし、Web環境も変わってきて多くの情報に触れる中、「もっと色々なイラストがある」と思う機会が増えて、私は「イラスト」をまだやりきっていないかも?と気づきました

他のイラストレーターさんほど色んなものを私は描けていない、抽象ではなく具体的に「ものを描く」のはどういうことか理解したかったんです。そうすれば元の画風に戻ったとしても、より理解が深まるだろう、と「仕事のイラスト作り」を突き詰めることで、今の絵になっていきました。

以前の絵『春の欠けたところ』/最近の絵『月の女王とお茶会

ーー「ものを描く」については、何か勉強されたのですか?実践の中で磨いたのでしょうか?

岸べぇ:会社で働き始めた頃、仕事で色々なものを描くのに行き詰ることがないよう、デッサン教室に週2ぐらいで通いました。その時はデッサンは「ものを描く」技法だから、位のきっかけでしたが、学校の授業でただ描くのと違い、教室に通って「ここは手前に物があるから…」など先生の具体的な指導で一から教えてもらうことで、表現するための「ものの見方」の理解が深まりました。教室で他の人のやり方を見ることも学びになりました。

 

ーー会社でも個人でもイラストレーターとしてご活躍される中、デッサン教室に通ったり、コンペにも応募するなど、意欲的に描き続けられているのはすごいです!

岸べぇ:特にここ2~3年は、提案できるイラストの幅を増やしたいと思っています。絵柄やモチーフを自分の引き出しだけで描くのではなく、表面的な流行りではない、でも日常の中でよく目に留まるモチーフや表現、今に適した絵なのか?をしっかり意識して描いていきたいです。

 

ーー最近の絵は線がはっきりと綺麗なストロークですが、パスではなくフリーハンドでしょうか?現在お使いの機器やソフトなどを教えて下さい。

岸べぇ:イラストは全てフリーハンドで描いています。機器はWindowsのデスクトップPCWacom Intuosの板タブで、ソフトはCLIP STUDIO PAINTPhotoshopを使用しています。
基本的にはCLIP STUDIO PAINTでイラストを描き、細かい色補正はPhotoshopです。調整はPhotoshopの性能が絶妙で良いと思います。
最近iPad Proを購入したので、Procreateなど、他のソフトを使うのが楽しみですね。

 

つじつまが合わなくても「イラストらしさ」で表現する

卒業するのは

ーーこれまで描いてきた作品の中で、思い出に残っているイラストはありますか?

岸べぇEIZOイラストコンテストで大賞を受賞した『卒業するのは』です。「春」がコンテストテーマで、新生活への不安と明るい期待の紙一重を表現したくて、女の子の静かな表情と部屋、対になる鏡の中の明るい表情と色彩にこだわりました。
「モチーフやものを通して表現する」というのはこういうことか、と掴めた作品です。
コロナ禍、家で過ごす時間が多くなり色々なことを考えたり家で映画をたくさん観ました。そこで考えたり・観たことがきっかけで、今まで挑戦したことがなかった16:9の比率で絵を描いたり、自分自身が体験して考えたことを、これまでになく上手く絵に落とし込むことができました。

 

ーーそれまでとは違う感覚だったのでしょうか?

岸べぇ:完成の満足感はその都度ありますが、それだけでなく「出来上がった瞬間に自分が納得する作品はこうなんだ」と、作品の意味が立体的に繋がったような、カチっとはまった感覚でした。
ただ、あとからその時と同じテンションで描いても、同じような感覚は掴めず、「その時じゃないとできないことがやっぱりある。そのタイミングを掴むため、何度も繰り返したくさん描こう!」と改めて気づかされました。

 

ーーパワフルですね…!他に、作風や描く上でこだわっていること、意識していることはあるでしょうか?

岸べぇ:沢山描くことで今自分が何を意識しているか理解したいと思っていて、最近少し分かってきた事が3つあります。
1つ目は「イラストならではの表現」。2つ目は「わざとらしくならない表現」を意識する。3つ目は「今っぽさを取り入れる」。その3つを抑えられると良いのではないかと思います。毎回全てクリアするのは難しくても、どれか1つでもクリアできるよう心がけています。

 

ーーそれぞれについて、詳しくお伺いしたいと思います。

岸べぇ「イラストならではの表現」というのは、アニメや実写でもいいのではなく、「これはイラストでないと表現できないことか?」というのをいつも考えて描いています。EIZOさんのコンテスト作品では、実際ではありえない角度の映り方ですが、現実と鏡の中の表情がどちらも見えるよう描きました。
現実では辻褄の合わないことも表現として描けるのが、イラストや絵画の表現の面白さだと思います。

2つ目はGENSEKIさんのコンテストで、自分の経験や世の中の情報を踏まえてモチーフを選んだ時のように、違和感を残さず「わざとらしくならない表現」を意識すること。

3つ目の「今っぽさを取り入れる」は、自分の引き出しだけで描かず、本屋やネットでよく見かける色調やモチーフなど、今のトレンドを意識することで、イラストが目に留まりやすくなり、なるべく多くの人が親近感を持てるイラストに近づくと感じます。

「イラストならではの表現」の例『魔法使い

ーー絵が上達したと感じたタイミングや、転機はありましたでしょうか?

岸べぇ絵が出来上がって、反省点や「次はこうしよう」などの気付きが得られた時です。特に「上達」とは上手に描くことじゃない、と気づいたことは大きかったです。
絵が上手くなる事に執着してしまうと、技術を上げる事ばかりに目が行ってしまい「何を伝えたかったか」というのを忘れてしまいますが、イラストは正確に描くことだけが良いわけではありません。好きな作品を見つけた時、技術の上手い下手はあまり考えていないような気がするんです。
心に響くのは何かが「伝わってくる」イラストで、伝えたいことを技術を使って表現しているだけだ、と気づいた時、作品作りが上達しました。
今回のコンテストも、描き込みすぎず「伝える」ことを意識して、挑戦できた作品でした。

 

締め切りを駆け抜けるエンジンは作業前のステーキ!?

レトロ喫茶

ーー本業は会社でイラストを描き、プライベートでも岸べぇ様としてイラストを描かれていますが、息抜きやリフレッシュはどうされているのでしょうか?

岸べぇ:常に締め切りが迫っているので、締め切りが終わるまで特に息抜きはしません。最近はきちんと休んだ方がいい気がしているのですが(笑)何かしている時間があったら絵を進めたいですし、途中に何かを挟むことは絶対にできないです。
でも、絵を描く前に、気合を入れるためステーキを食べています!これからやるぞー!という気合いが入ります(笑)

 

ーーリフレッシュがないのは驚きましたが、描く前に走り切る気合を入れるんですね!食事全般でなく、ステーキがいいのでしょうか?

岸べぇ:ステーキがいいです!サイゼリヤだと1000円位でステーキが食べられるので、オススメです。

 

ーーこれまで、イラストレーターとしてお仕事する中で楽しかったことや、逆に辛かったことはありましたか?

岸べぇ:楽しいのは作業中全部ですね。集中して作業できている時間がすごく幸せです。
なので、描いていて辛いということはあまりないのですが、やっぱり締切りは辛いなと感じますね。「締め切りに間に合わない!」という意味ではなくて、締め切りを思い出して我に返る瞬間が辛いというか。集中して描いている状態が終わってしまう…という寂しさに近いです。

 

ーーずっと絵を描き続けるのが日常になっていらっしゃるんですね。多くのことに挑戦されていると思いますが、これからやってみたい仕事はあるでしょうか?

岸べぇ:基本的にはご依頼いただけるお仕事は、媒体を限らず何でも挑戦したいですが、強いていうなら、新しいビジュアル作りのお手伝いを提案したいです。
普通だと「こういう画風にしてほしい」「このモチーフを描いてほしい」とクライアントから依頼が来るのですが、それ以前のコンセプトから、一緒に作り上げていくお手伝いができたらと思っています
色々な提案ができるよう、今後もコンテスト応募などで作風やモチーフの作品実例をたくさん作りたいと思います。今よりもっと、まだまだ様々なイメージや表現方法があると思うので、色々な人が楽しいと思える表現を沢山描いて探して、身につけていきたいです。

 

 

創作活動に対してストイックな姿勢で向き合い、自身の経験や思想からイラストで表現する内容の「本質」を考え抜き、等身大の作品作りをすることで、受け手に伝わる作品を生み出している岸べぇ氏。

会社員イラストレーターとしての経験を生かしながら描くべぇ氏とその鮮度のあるイラストは、これからのトレンドの一端を担う存在になるだろう。

執筆者


なかじまはるな (Twitter:@tuesdaywassunny/Instagram:@haruna_nkjm
イラスト/デザイン/ライティング
育児絵日記、今日の服、絵本、教材挿絵、コラムイラスト、ロゴ作成、グッズ制作…
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編集

kao(Twitter:@kaosketchHP
イラストレーター・ライター。かたまり肉とうなぎの重要性を感じる年頃。サイゼリヤのステーキ通いは定期的にしようと思っている。