「そもそも漫画って何?」ジャンプ作家の凸ノ高秀さんに漫画の基本を聞いた 【初心者漫画修行 #1】

こんにちは、ライターの神田(こうだ)です。以前私はGENSEKIマガジンで、全6回にわたるイラスト修行の連載をしていました。
ライターなので普段は文章ばっかり書いているのですが、自分の創作の可能性を広げるためにもイラストが描けたらいいなとずっと思っていたんです。

漫画家やイラストレーターの方々に教えを請いつつ、おかげでなんとか“絵が描ける”手応えを得ることができました。イラストはまったくの素人でも描けるし、試行錯誤するうちに自分なりの個性や味わいが出てくることがわかりました。上手下手はさておき、「絵を描くこと自体に特別な才能は必要ない」という気づきは幾分か私の心を落ち着けました。
また、絵を描く人はみんな絵を描くのが好きすぎて絵を生業にしているわけではなく、やっぱり、ちゃんとしんどいという当たり前の感覚を知ることができたことも大きかったです。そりゃそうだ。

イラスト修行の連載で、漫画に挑戦したことがありました。もちろん私はそれまで漫画なんて描いたことはありませんでしたが、描いてみると意外におもしろかった(自分の漫画が、ではなく個人的な経験として)。これ以来、たまにSNSで漫画を描いてアップするようになりました。
文章と比べると漫画は、
- 絵と文章をかけ合わせてさらにおもしろさを作り出すことができる
- 文章よりも伝わるスピードが早い
- 情報量を多く詰め込めるし強弱もつけやすい
といったフォーマットの利点があるように思います。しかもストーリー漫画やギャグ漫画などいろんなジャンルがある。マンガという新たな表現手法を知って、自分が何を作れるか気になるし、どうやったらうまくなれるのか知りたい!
ということでこの連載は、わたくし神田が漫画の上達を目指して汗かきベソかきがんばる物語です。
第1回目はまず「漫画とは何ぞや」ということをプロの漫画家さんに教わることにしました。

お呼びしたのは、漫画の金字塔『週刊少年ジャンプ』でも連載経験のある漫画家の凸ノ高秀さんです。よく飲みに行く友人でもあります。
漫画家。となりのヤングジャンプ『she is beautiful』少年ジャンプ『アリスと太陽』、エッセイ漫画『おもしろがり屋でいきましょう』など著作多数。2025年6月公開の映画『ドールハウス』公式コミカライズ、9月公開の映画『ブラック・ショーマン』では劇中に登場する漫画全般を担当。
漫画を描き始めたきっかけって?

神田
今回お呼びしたのはほかでもなく、凸ノさんに私が漫画をやっていく決意を見届けてもらいたいと思ったんです。
凸ノ
それはけっこうな心がけですわ。そもそもなぜ今漫画を描こうと思ったんですか?
神田
なんか、描いてみたら楽しかったからです。
凸ノ
漫画を描くにあたって一番いい原体験ですね。
神田
そもそも凸ノさんはなぜ漫画を描くようになったのか教えてください。
凸ノ
元々漫画が好きで漫画家になりたいなと思ってました。当時大阪にいたころデザイナーをやってたんです。でも何かこれ一生の仕事じゃないなと思ってて、そのときに「オモコロ」で「オモコロ杯」っていう投稿コンテストがあってイラストを応募したら賞をもらって。そこでオモコロに加入して、「何か本気で自分の制作をしてみるか」と思ったのがスタートですね。
神田
オモコロがきっかけだったんですね。
凸ノ
もう一つあって、大学の同期が漫画家だったんです。そいつは卒業後に上京してすぐ漫画家になってて、久しぶりに会って飲んだときに「なんか本当にやりたいことを避けてるように見える」って言われてグサッと来て。
神田
いい友達だ。
凸ノ
そこからマジで漫画を描きはじめて、「あいつが描いてるジャンプに載ったらあいつビビるだろうな」と続けて、とうとう読み切りがジャンプに載ったんです。集英社の廊下ですれ違ったときにめっちゃ驚いてましたね。
神田
めちゃくちゃ熱い物語だ。このストーリーが漫画になりそう。
凸ノ
いろんな出来事がありましたけど、オモコロと友達のきっかけは大きかったですね。
これは漫画ですか?
神田
それじゃあ自分が描いた漫画を見てもらおうかな。ジャンプ作家に自分の漫画を読んでもらうことってなかなかないから。

神田
最近家でステーキを焼いて、出た脂でアロゼしたことを漫画にしました。
凸ノ
は??????

神田
これはサイゼリヤで食べたコーンスープのクリームが「あたしンちのお母さん」に見えたから漫画にしたものですね。
凸ノ
ちょっと待って………。

凸ノ
これ、漫画と思って描いてる?
神田
そうですけど……。
凸ノ
非常に悩ましいんですけど、これは、漫画ではないと思います。
神田
え? じゃあ私が描いてるやつって何なんですか?
凸ノ
そう言われると……。これは写真を2つ並べて文字を付けたもので、漫画じゃないけど、漫画という枠に無理やり押し込むしかないというか……。
神田
じゃあ漫画っていったいどうしたら漫画になるんですか?
凸ノ
悩ましい。漫画を生業にしている身としては表現を狭めちゃうから「漫画とはこうじゃないとダメ」とは絶対に言いたくないんですよ。
強いて言うなら「コマ割りがあるのが漫画」くらいですかね。

神田
えっ? これコマ割りありますよね?
凸ノ
2つの写真の切れ目を“コマ割り”と呼んでるなら見上げた根性ですね。
神田
ぜんぜん漫画自体描いたことなかったからコマ割りもよくわからなくて。
凸ノ
コマの中に人物などのキャラ絵があって、漫画の中で空間や時間が連続しているのが漫画の基本要素だと思いますね。まあ肉の漫画はスプーンで脂かけてるから連続性がわかるんですけど。
神田
なるほど。ストーリーがあって絵があって時間の流れがあるのが漫画だと。それに当てはめると私は絵ではなく写真を載せてるから当てはまらないですね。
凸ノ
まあ、名前がついていない新しいジャンルなのか、平面作品の上位カテゴリの一形態なのか。でもなんで絵じゃなく写真を載せてるんですか?
神田
エッセイについてのなにかの評論で「文章は主観だけで書けるけど、エッセイ漫画は自分で自分の姿を描くから完全に主観のエッセイ漫画はありえない」というのを見かけたんです。
凸ノ
それは確かにそうかもね。
神田
だから、私は漫画も完全に“主観”で行こうと決めたんです。私は作品に自分の姿は必要ないと考えているので、自身が内在しない、よりフラットな形で何か作れたらなと。
凸ノ
小賢しいことを言いやがって。
神田
あとはやっぱ絵を描くのって大変でしんどいので、自分の見たものを正確に伝えられる写真のほうがわかりやすいし楽だと思ったからです。
凸ノ
あんなに絵が描けるといいなとか言ってイラスト修行してたのに。絵が描いてある漫画はないの?

神田
これですかね。外に出たら隣人がいたのであいさつをしたら無視されて、2回目に目を見て大きなあいさつをしたのちに漫画『MONSTER』の“銃を撃つ時は必ず引き金を二回引け 二度撃つことで、とどめをさす確率は飛躍的に高くなる”というセリフを思い出したことを漫画にしました。
凸ノ
文字多いな。でもこれは漫画ですね。絵もあって時間の流れもあって漫画として成立しています。
神田
それはよかった。Xにアップしたんですが、確かにこの漫画が一番閲覧数も反応も多くて反響がありましたね。
凸ノ
ただ、全部こうしろというわけじゃないです。絵がないと漫画じゃないとも言いたくない。写真の漫画(?)も味がありますし、そのスタイルを続ければ神田くんの唯一無二の個性になるはずですし。
神田
オンリーワンになりて〜。
凸ノ
だからいま見せてもらったけど、世の中全員がこれを漫画と認めるかはさておいて、立派な作品だと思います。ここからどうしたいかを決めていくといいんじゃないでしょうか。
「おもしろい漫画」ってどういうこと?

神田
どうなりたいかはわからないけど、漫画がうまくなりたいです。でも「漫画がうまい」ってどういうことなんでしょう。
凸ノ
これもまた難しいですね。ただひとつ言えるのは、作者の伝えたい意図や情報をわかりやすく伝えることができるのがうまい漫画の条件だと思います。
神田
いかにノイズを少なくして情報の純度を高めるかが大事だと連載で教わった気がします。
凸ノ
たとえば「お腹が空いた」というキャラの感情を表現するときでも、セリフだけじゃなく「何日食べてないのか」「どういう状況なのか」を絵や背景で説明するとより意図がコンパクトにわかりやすくなります。感情やメッセージなど読者が感じる印象をコントロールできるようになれば漫画が上手いと言えますね。
神田
なるほど。確かに文章と同じで、余計な文章が減るだけで読みやすくなりますし、インパクトも生まれやすくなりますね。
凸ノ
画力が高くても何を伝えたいのかわからない漫画は、漫画としてはイマイチです。だから、そこまで絵が描けなくても良い漫画は作れます。
神田
なんか自信になるかも。じゃあ「おもしろい漫画」って何なんでしょう。
凸ノ
僕は読んだ人の心や感情を動かせる漫画が「おもしろい漫画」だと思います。僕も誰かの感情を動かしたいなと思って漫画を描いていますし。
神田
人の、心……?
凸ノ
人の感情を知ったゴーレム?
神田
私はゴーレムだったかもしれません。読む人のことはあんまり考えてなかったので。
凸ノ
……総合すると、情報や意図がわかりやすくて、読者の感情を揺さぶるような漫画が理想ですね。体裁はどうあれ、読んだ人がおもしろいと感じる漫画はすばらしいと思います。

神田
Xにこの漫画を投稿したときはリポストした人が「すごすぎる」と言ってくれましたね。誰かに自分の感じたことが伝わったんだと思ってうれしかったです。
凸ノ
水を差すようだけどこれは写真に文字載せてるだけで漫画じゃなくない???? いや、でもホントはそういうこと言いたくないんだけど……!
神田
私の漫画はすべての漫画家の喉元に刃物を突きつけてる状態なんですよね。
凸ノ
そんな大げさじゃないけどね! なんかユーモアを即物的で軽薄なインターネットに寄せすぎてるからそこはもったいない気がする。
神田
(聞こえていないふりをしている)
凸ノ
型を覚える前にフォーマット崩すのがおもしろいでしょみたいなことすると良くないよ。
おい!! 漫画をサボるな!!!!
神田
でも、業界に新しい風を吹き込むのは「若者」と「バカ者」ですから……。
凸ノ
居直り方すごっ。でもまあ今漫画描いてて楽しいと思えるならそれでのびのびやったほうがいいと思います。
神田
漫画というより、絵や写真に文章を入れることによるビジュアルの効能がすごすぎるからそこにハマってる状況なのかも。でも楽しいんだよな〜。
漫画を良くするには「絵で伝える」のをサボらないことが大切
神田
ともかく私はもっと「良くなりたい」んです。自分の漫画の改善点があれば教えてください。

凸ノ
う〜ん、下手にテコ入れして今の持ち味を損なうのも良くないから、さっき見せてもらった漫画に基本的なアドバイスをしてみます。

凸ノ
さっきの漫画は文章が多くて、読者が疲れちゃうし、読み飛ばされちゃうかもしれないので、まずは文章を少なくする方向で整えたほうがいいと思います。
神田
ライター業界も今そんな感じになっていて危機感を覚えています。

凸ノ
「家を出たら隣人がいたこと」はもう絵で表すことができます。それぞれの登場人物がドアの前にいれば、家を出たところなんだなということはなんとなくわかりますよね。スーパーの袋とか小道具を描くともっと臨場感が増します。
神田
一気に漫画になっている……。
凸ノ
そして誰が何を言ってるかを明示するのも大事です。話者がわかりにくいと読むのがストレスになって内容が入ってこないから。吹き出しは話者の近くに入れましょう。

凸ノ
それで最後のコマに「遠い目をしている人物」と“MONSTER”のロゴを入れれば、何かを思い出していることが伝わります。文字を入れなくても状況描写することで、何が起きているかを伝えられるしその方が伝わる速度も早いです。

神田
絵を描くのがめんどくさすぎて全部文章にしてしまってました。絵があるほうがなんか読んだ満足感もありますね。
凸ノ
最初だしまずは文章じゃなく絵で伝える練習をするといいかもですね。漫画は余白すべてを生かせるので「まだここ使えるやん」と手数を増やすことにもつながります。
神田
確かに武器は増やしたほうがいいですからね。でもできるだけサボりたい。
凸ノ
連載をしてるときは締め切りまでに絶対出さなきゃいけないので、どれだけ削っても魅力が伝えられるかを考える必要がありました。
神田くんは「手数を減らしてどう成り立たせるか」を考えるよりも、足して良くなるほうで考えてみてもいいと思います。
神田
ちゃんと絵に向き合うか……。
凸ノ
いろいろ試すうちに自分の型もできてくるはずです。今の写真漫画のスタイルが伸びていくのか、それともオーソドックスな漫画のスタイルが伸びていくのか。将来的に漫画を描いて何をしたいかの展望はありますか?
神田
私は正直「漫画でどうにかなるぞ!」という切実な思いはないんですよね。ハングリーさもなければ描きたいものもまだ見つかってないので、漫画とは何ぞやの輪郭を知りたい気持ちが強いです。
凸ノ
それもいいですが、いつか漫画を100%でがんばっている人に負けちゃうときが来ると思います。そのとき神田くんがどうするかが楽しみかも。
神田
自分に絶望したとき、本当に奮い立つかもしれません。
おわりに
ということで、漫画家の凸ノ高秀さんに自分の漫画を見てもらい、「漫画とは何ぞや」ということを伺いました。
私はとにかくサボりがちなので「絵で説明すること」から逃げないように積み重ねが大事だと感じました。何事も上達するには、結局何度も繰り返し練習することが大事なんですね。近道はない。あと私には漫画を描く切実な動機がないことがわかりましたが、今は描くのが楽しい(めんどくさいけど)のでとりあえず続けてみようと思います。
今の写真漫画のスタイルも気に入ってるし、次回はどうしたらいいのでしょう。ギャグ漫画、ストーリー漫画、エッセイ漫画と漫画にはいろんなジャンルがあるので、それぞれの漫画の文法に興味があります。まずはそれらを知って、漫画の輪郭をつかんでいきたいかも。行き当たりばったりの本連載、次回をお楽しみに!
GENSEKIにマンガ投稿機能が実装されました。みなさんぜひ自分で描いた漫画を投稿してみてください。
執筆・イラスト
神田匠(X:@gogonocoda)
協力
凸ノ高秀(X:@totsuno)
この記事を読んだ人におすすめの記事
-
2023.8.30
-
2024.2.8
-
2023.5.23
-
2023.2.21
色の綺麗さを確約され、テーマとモチーフに集中ができる! 定められし配色から広がる無限の可能性! 「パレット縛り」イラコンを振り返る!
-
2023.5.16
-
2023.2.22