おれがまったく絵を描きたくなかったのは「描けるイメージ」がないから  ゆえに漫画家・増田薫さんに教わる【iPadお絵かき修行 #5】

こんにちは、ライターの神田(こうだ)です。絵を描いたことない素人がiPadを使ってうまい絵を描こうと奔走する企画第5回目。

もう5回目になりますよ。1回目の記事の公開が2024年6月なのでもう1年が経とうとしています。ミニブタを描いたり、漫画家・なか憲人さんに絵を描き続けるためにはどうしたらいいか聞いたりしたことがもう遠い思い出です。

第1回「絵を満足に描けるようになりたいけど何から始めたらいい?」
第2回「レイヤーを駆使してブタちゃんを描いてみる」
第3回「漫画家・なか憲人さんに教わりキャラクターを描いてみる」
第4回「生まれて初めて漫画を描いて、配ったら、楽しかった」

ちなみに前回はGENSEKI編集部の斎藤充博さんに漫画の描き方を教わりました。物語をどう展開させどういうセリフを入れるかを考えるのはとても楽しく、コマ割りとセリフ割りのダイナミズムに新たな発見をしました。絵がうまくなくても漫画は描ける!

書いた人

神田
かわいいものが好きなライター・編集者。オモコロなどで活動中。普段は絵を描かないが、自分のたましいに絵が描ける自分のことを見せつけてやりたくて企画に挑戦する。

ということで迎えた5回目。「絵がうまくなりたい」「とりあえず描けるようになりたい」とiPadを購入して連載を始めましたが、今はなんか目標がよくわからなくなってしまいました。キャラクターを作ったり漫画を描いたりするのは非常に楽しかったのですが、それを日常的にやるとなると非常に……あの、言葉を選ばず言えば“めんどくさい”んです。

こういう連載って回を重ねるごとに絵がうまくなっていって、ひたむきな成長を見せつけ、読者や協賛のCLIP STUDIO PAINT(以下、クリスタ)さんに「ホンマにありがとう」と伝えて大団円になるはずなんですが、私はまったくマジで何もやっていない。描きたいものや伝えたいこともあんまりない。

ということでGENSEKI編集部の斎藤充博さんにどうしたらいいか尋ねたところ、「一回、ちゃんと絵が描ける人にモチベーションも含めて相談してみたら?」と返事をもらいました。

絵を描ける人って、ずっと絵を描いた末に描けるようになったわけですよね。たゆまぬ努力を続けたからだと思うんですが、その中で“めんどくさい”と思ったことだって、きっとあるはず。そういうとき、どうしていたんだろう。

聞いた人

増田薫(X:@masudakaoru_
増田薫(ますだ・かおる)/多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。8人組ソウルバンド「思い出野郎Aチーム」のサックス担当。マンガを描いたり、フリーランスでイラスト、デザインなどの仕事をしている。元・児童向け絵画教室の先生。

手前が神田、奥が増田さん(お酒を飲みながら話を聞きました)

ということで、デザイナーやイラストレーター、漫画家、ミュージシャンとしてマルチに活動する増田薫さん(以下、増田さん)に話を聞いてもらいました。増田さんは以前、子ども向けの絵画教室の先生をしていたこともあるそうです。たまに飲みに行くのですが、絵について聞いたことはありません。

まずどうしたらいい?

神田
ホタルイカのカルパッチョうますぎる……。


増田
おれホタルイカ大好き!


神田
食材の取り合わせもいいですよね。ミョウガの香味とそら豆のホクホク感、ビールのアテに考え尽くされている……。


増田
で、どうしたの。


神田
いまiPadで絵をうまく描けるようになろうとがんばってるんです。絵を描く人や描き始めの人ってみんな「絵がうまくなりたい」とかすぐ言うじゃないですか。


増田
そりゃ言うよ。


神田
でもそのためにめちゃくちゃ努力してる人ってそんなにいないんじゃないかなって思うんです。自分も含めて。


増田
努力っていうか、絵を描くこと自体が好きな人は勝手にやるからね。5年くらい絵画教室の先生してたけど、そういう子は教えたことすぐやるから、1教えたら放っておいても10できるようになってたりした。


神田
絵画教室ではどんなことを教えていたんですか?


増田
幼稚園児が多かったから、基本的には道具の使い方とかかな。幼稚園児から小学生まで幅広い年代の子がいたけど、技術的なことを教えて上手になろうっていうよりは、描いたり作ったりを楽しんでもらおうって感じだった。


神田
通いて〜〜。


増田
幼稚園から小学校低学年くらいまでは「楽しい〜!」だけで結構やれるんだけど、小学校高学年くらいになるとそれだけだとつまんなくなってくるし、一通り道具も使えるようになって逆に何やったらいいかわかんなくなってくるから、デッサンとか簡単な油絵とか技術的なことをやってもらったりしてた。それでいうと神田くんは今、小学校高学年と同じ段階にいると思うね。


神田 
たしかにiPadは使えるようになったけど、技法は知らないです。描くのは楽しいけど、何していいかがわからない。


増田
特にiPadってなまじオールインワンでなんでもできるけど、準備万端だからじゃあ描けと言われても難しいとは思う。油絵の道具だけ揃えて「じゃあどうぞ」で描ける子なんていないもん。

神田
本当にそうなんです。“道具がないから描けない”という言い訳ができない状態だし、「描けない(描かない)のはやる気がないからだ」と問われるのって苦しい!


増田
そうなるとたぶん何かしら教わったほうがいいよ。モチベーションも大事だけど、何をするのかがイメージできてないんだと思う。イメージできてたら絶対描けるから。


神田 
おれが言いたいことを全部言ってくれるぜ。


増田
わかりやすいのはデッサンとか基礎的な技術だよね。基礎は何かと応用が効くし。


神田 
自分はその辺をまったくやらずに「おれ素質だけでやってて天才かも」という薄い実感で描いてきました。


増田
何もしてない人特有の万能感じゃん。そしたら基礎とかは一旦置いといて、とりあえず「描ける状態」になってみようよ。ある程度やってみれば、何ができるのかできないのかもわかるようになるし。教えてあげるからiPad出して。


神田 
やるか………。生ビール追加でお願いします!

絵は手ではなく“目で描く”

増田
第一回で描いてた子犬が描けたらアツくない? あれ描いてみよう。

上が元画像、下が神田の描いたもの

神田
なんか今見るとすごいな。線もバババッと描いて粗いし、線が下手でふわふわして気持ち悪いかも……。


増田
確かにちょっと線がキモいね。もうちょっとコントロールしたほうがいいよ。絵は手で描くと思ってるかもしんないけど、実際には目で描いてるし、もっと言えば脳で描いてる。


神田
脳? 


増田
例えば丸って描けるじゃん。でも丸を描くのって相当高度なことをしてて、最初にペンを置いたところからいくつかのポイントを通過して戻って来るっていう、空間を把握してないとできないことなのよ。

増田
これって子どもにとっては激アツ大発見だから、一部界隈では「丸の花が咲く」とか言うくらい、丸を覚えた子はめちゃくちゃ丸ばっかり描くようになる。ちなみにこの丸が3つ集まってさらに丸で囲むと顔になるのも激ヤバ。意味付けが始まる。「これママ!パパ!」とか言い出す。


神田 
じゃあ丸で構成されたアンパンマンって相当すごいんですね。そりゃ子どもが熱狂するわけだ。


増田
ということでまず丸を描いてみよう。


神田
えっ! そんなの簡単すぎて……

神田
こういうことですよね?


増田
そうそう! すごい! 丸描けてる!


神田 
うれしっ。丸を描くだけで褒めてくれるってなんていい先生なんだ。


増田 
この丸は線がキモくないじゃん。ちゃんと意思を持ってイメージして描いてるから。もっと言うと目をつむっても描けると思う。脳で描いてるっていうのはそういうこと。

増田
ほらほら丸の花。


神田 
なんかポン・デ・ライオンに見えてきた。これが“意味づけ”か。


増田
ちょっとズレたけど、大切なのは「目で描く」こと。頭の中でイメージしたものを、目で確認しながら手で出力する感じ。

増田
この犬はかなりなんとなく描いてるね。毛とか直毛じゃん。


神田 
そうですね。「こんなもんだろ」と毛の流れはテキトーにやってしまった部分があります。


増田
しっかり観察して描いてね。

もう一度犬を描いてみる

神田 
もう一度こいつに巡り合うとは……。


増田
動物は毛並みを描画するのがやや大変かもだけど大丈夫でしょう。この写真は体がわかりにくいから顔だけ描こう。おれiPadとか使ったことないからわかんないんだけど、これグリッドって出せる?

グリッド線はクリスタの機能にあるかもしれませんが、酔ってよくわかんなかったので直線ツールで引きました

神田 
このグリッドが何であるのかよくわからないんですが、線を引くことでどうなるんですか?


増田
これはね、アタリをつけるためです。グリッドで照らし合わせて見ると、目がどこにあるか、輪郭はどうなっているかが掴みやすくなるでしょ。

大発見!

神田
そういう用途だったのか。いつもなんか邪魔で、グリッド消して感覚でやっていました。


増田
初心者はあったほうがやりやすいと思うよ。アタリは誰でも付けるし。


神田 
長年の疑問が解消した……。


増田
じゃあ目と鼻の位置を決めて、輪郭のアタリをとってみて。

神田 
そうするとこうなるわけだ。


増田
いい感じ! 耳とか全体もやってみよう。

神田
こういう感じ……?


増田
いいね。はみ出たところはすぐ消せるし気楽にやっていこう。あくまでアタリは輪郭を掴むためだからざっくりで大丈夫。

スマホで写真を見ながら描いています

増田
耳がちょっと垂れて膨らんで、垂れた耳が目のあたりで終わってる、口元がもこっと丸い感じだね。そしたら目の下や顎の陰影をつけてみよう。

神田
表情すぎる……。


増田
できてきてるよ! 目で観察しながら落とし込んでね。あっ、影を線で描かないで。明るいところと暗いところがぶつかるところを稜線って言うんだけど、それは陰影で表現したほうがいいね。


神田
あんま自分の描く輪郭に自信がなくて、線をいっぱい描き込んで誤魔化そうとしちゃうけど気をつけます!


増田
じゃあレイヤーを追加して、アタリを元に描き込んでいこう。とりあえず目と鼻を塗りつぶしちゃおうか。一番黒い(暗い)ところを決めると一気に絵になるから。


神田
どれどれ……?

神田
すごい。急に絵になった。

増田
もうこれ以上暗いところはないから、どんどん毛を描き込んでいこう。鼻の上は光が当たって明るいけど、下顎は影になってるから暗い……って立体感も意識しつつ毛流れを追って描いてみてよ。

神田
こいつは目の上が眉毛みたいな毛流れで、頭は上方向に、耳は斜め外側に、口周りは鼻を中心に放射状に毛が生えていますね。


増田
流れと向きを意識して、手癖じゃなく自然な線になるようにやってみよう。こいつ目尻がアイシャドーかってくらい暗くない?こういう暗いところをはっきり暗く描くと安定するよ。輪郭も毛の生え方を意識してある程度描いちゃって。


神田
紙だったら濃く描きすぎると修正むずいけど、デジタルだと修正が簡単なのも気楽でいいですね。……え!?

神田
犬がこっち見てる……。自分が描いたとは信じがたい。


増田
雰囲気出てきたね。


神田
毛を一本ずつしっかり描いていくことでかなりリアルになりました。根気と観察力だな〜。


増田
一部だけにこだわりすぎるとバランスとれないから、全体を俯瞰して捉えていくことが大切ですね。


神田
じっくり対象を見ると、ここが暗い明るいとかふわっとしてるとかシャープになってるとかがわかってきます。最初描いたときはアタリはおろか陰影も毛流れも気にしてなかったから「目で描く」ってめちゃくちゃ大事だな〜。どんどん線を乗せていきます。

増田
この犬には目の光以外白いところはないから、もっと容赦なく描き込んでいいよ。なんだこの白い左耳! 早く毛を生やして!

神田
サボり癖があるからよくないな……。丁寧にやります。

神田
こんなんもう誰が見ても犬じゃん。輪郭と毛の流れを丁寧に追うことでいい感じになりました。

増田
線もよくなったね!「こういう毛を描く」っていう意思を持って描いてるから。漠然と描くよりも観察する対象があるとやりやすいよね。こういうのをいっぱい訓練してアタリを付けて形をとるとか、特徴を線や絵に落とし込むとか一連のことが感覚的にできるようになるといわゆる「絵がうまい」状態だよね。せっかくだから色も付けちゃおうか。


神田
色を!? それはめちゃくちゃ難しいんじゃないですか?


増田
簡単な方法があるのよ。レイヤーを足して、乗算にして、毛色に近い色を塗ってみて。

神田
あ、なんか自然にいい感じになってる。陰影を線ではっきりさせたから塗りにも出てきますね。


増田
濃淡を先に描いて上から色を乗せる油絵の技法で、「グリザイユ画法」っていうの。絵画教室でも初めて油絵を描く子にやらせてた。混色する必要がないから、誰でもいい感じに描けていいんだよね。自信になるし。


神田
「グリザイユ画法」って名前かっこいっ!

神田
おれって天才か?


増田
いい感じ! 暗いところは色を濃くするといいかも。陰影が足りなかったら下のレイヤーに戻って影を足せばいいし。白いところを残さないようにもっと大胆に塗っちゃおう!


神田
これホントにおれが描いたの?

神田
1年前これだったのに?


増田
仕上げにアタリのレイヤーを消して、はみ出したところを整えて……。

おれって画家?

神田 
家族のグループLINEに送ろうかな。感動を分かち合いたいから。

無視されました

増田
もうちょっとエッジをしっかり出してあげるとグッと完成度が上がるよ。


神田 
より輪郭が際立った!

増田
これでとりあえず描けるようになったじゃん。こういうことを繰り返していれば感覚的にも描けるようにもなると思うよ。ここからどういう絵を描くのかは神田くん次第だけど。もともと描いてた絵もアジがある絵ではあったし、べつに模写がうまくなったところでそれが“いい絵”ってわけでもないし。


神田
もう勝手にゴールだと思ってました。


増田
残念だけどスタートだね。


神田
スタートかあ。この絵が描けた以上「やっぱおれは絵が描けないんだ」という言い訳ができなくなったので悩んでいます。


増田
卑屈なヤツだな。


神田
才能とか資質じゃなくて、よく対象を観察して線を追って丁寧にやれば絵って描けるんだな〜。結局努力になってくるから“絵がうまくなる魔法”ってないんだなと身にしみました。


増田
まあ、絵で仕事をしたいとかなら話は別だけど、たまにこういう絵を描くのはいいかもね。ここからちゃんと基礎を勉強してもいいだろうし。


神田
描ける実感と描けた手応えを得られたのはめちゃくちゃ大きかったです。ありがとうございました!

まとめ

というわけで、増田薫さんに絵の描き方を手取り足取り教えてもらいました。すごく褒めてもらえるから気楽に描けてうれしかった……!

「目で描く」「意志を持って線を引く」「細部だけじゃなく全体を意識する」といった絵を描くにあたって大事なことを学びました。また、意外とおれ描けるんじゃんという実感を得られたのは大きかったです。

それに上手に描けた絵を見ながら飲むお酒、格別でした。

家に帰ったあとお気に入りのカエルのぬいぐるみを描いてみたのですが、

意外とうまくできた気がします。1本1本細かく毛を描いていく作業はなんか楽しい。描けば描くだけ迫力が出るから。私は迫力のある絵を描きたい気がする。色は勘でそれっぽいのを選んだので、塗り方や色使いに詳しくなりたいです。

学んだことを生かして、しっかり観察しつつ根気よく線を引けばそれなりにはできるんだなとわかりました。増田さんの助けなしにここまでできれば手前味噌ながら上出来なんじゃないでしょうか。

基礎的な絵の描き方や姿勢、技法を教えてもらった第5回。ようやく5回目で基礎を学びましたね。大切なのはここからどうするか、私はいったいどうなりたいんだろう?

日常的に描かなくても「いつでも描ける状態」にありたいんじゃないんだろうか。なんかそういう気がしてきました。でも描くのは楽しいんだよな。次回、いよいよ最終回です! 乞うご期待!!!!!

編集者より

この取材には僕も同行していました。ビールを飲みながら1時間くらいで、ちゃんとした絵ができあがっていくんですよ。これが技術というものですね。驚愕しました。増田さんもすごいや。
次回は最終回です。描けるようになってしまった神田さんは、どうするのでしょうか……? 楽しみ。

協賛

CLIP STUDIO PAINT

CLIP STUDIO PAINTは、3,500万人以上が利用したイラスト・マンガ・Webtoon・アニメーション制作アプリです。 タブレット、スマートフォン、パソコンといったあらゆるデバイスに対応し、気持ちの良い描き味と豊富な機能を備えており、世界各国のエントリーユーザーからマンガ家、イラストレーター、アニメーターなどのプロのクリエイターまで幅広く愛用されています。

執筆・イラスト

神田匠(X:@gogonocoda

編集

斎藤充博(X:@3216WebGENSEKI

協力

増田薫(X:@masudakaoru_

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