イラストレーターに大事なのは「役割を把握する」こと。書籍の表紙を多数手掛けるヤギワタルが語る

イラストを描くことを仕事にしようとすると「イラストスキルとは別のスキルが必要かも……」なんて思うことはありませんか。
この連載では現在活躍中のイラストレーターさんに「『イラストレーターに必要なイラスト以外のスキル』を教えてください」と聞いています。

三宅香帆/集英社
今回はヤギワタルさんです。多数の書籍の表紙を手掛けており、近年では大ヒットした新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆/集英社)の帯イラストを手掛けられています。
お話を聞いた人
ヤギワタル(X:@yagiwataru/Web)
2011年からイラストレーターの活動をスタート。書籍や雑誌の表紙をメインに、広告や企業のメディア用イラスト等を手掛ける。図解・漫画など、複雑な情報をキャッチーにまとめるのが得意。
紆余曲折を経て、30代でイラスト専業に
――まずは、イラストレーターになるまでの経歴を教えてください。
ヤギワタル
かなり点々としておりまして……。大学卒業後、最初はアルバイトをやりながらお笑い芸人を目指したり、放送作家の見習いをしたりしていました。その後、雑誌に掲載される記事広告をつくる制作会社に入りました。
でも制作進行の業務が主で、自分の性格には合っていないと思って1年ほどで辞めてしまいました。ただ、この会社でフリーランスのカメラマンやライターと出会えたのが、フリーランスを意識するようになったきっかけです。
それでフリーライターになったんですが、食べていけるくらいの仕事が来るはずもなく、すぐに生活費がなくなってしまったんです。生活費を稼ぐために、英日翻訳のアルバイトを始めました。
――業種も職種もさまざまなご経験をされてきたんですね。イラストレーターになったきっかけは?
ヤギワタル
もともと絵を描くことが好きで、制作会社でも、ラフコンテを描く仕事は楽しかったんです。会社のパソコンにAdobeのソフトが入っていて、それでデジタルでも絵が描けることを知りました。退職するとき、よく一緒に仕事をしていた外部のデザイナーさんに、イラストを見てもらったんですよ。それ以来、年に2回くらいのペースで定期的に見てもらうようになりました。
――そのデザイナーさんからはどんなコメントをもらっていましたか?
ヤギワタル
最初に見せたときは、「絵が暗いね」と言われたんです。それで、「仕事になる絵」を意識して、描く題材や表情、色使いなどを明るくしていきました。また、紹介で知り合ったデザイン事務所の方からは「女性が描けないと仕事が少ないよ」と言われて、女性を描く練習もしました。


制作会社を辞めてから3年くらい経ったころ、ずっと見てもらっていたそのデザイナーさんからようやく「これなら仕事になりそう」と言われて、雑誌の仕事がもらえたんです。クレジットカードの会員向けのもので、世の中一般に出回るものではないんですが、自分のイラストが印刷されるのはうれしかったですね。
――その後、どんな風に仕事を広げていったんでしょうか?
ヤギワタル
装丁家の鈴木成一さんのイラスト塾に行き始めました。一線で活躍しているデザイナーにイラストを見てもらうことが大事だと思ったからです。これが2011年のころですね。
その翌年にはgallery DAZZLEの実践装画塾にも行きました。この塾では最後にギャラリーで展示を行い、そこで多くのデザイナーさんにイラストを見てもらえたことで仕事にもつながりました。このころにはポートフォリオ営業も始めていて、順番にというよりは、それぞれが実を結んだ形です。
――英日翻訳の仕事はまだ続けていたんですよね。イラスト専業になられたのはどのタイミングでしたか?

ふろむだ/ダイヤモンド社
ヤギワタル
ふろむださんの『人生は運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている』という本の表紙と挿絵を担当したことを機に、仕事がぐっと増えました。それで英日翻訳の出勤を段々減らし、イラストレーター専業になりました。
この本は確か10万部くらい発行されています。やはり本が売れると、同時にイラストの認知度も高まるんだと思います。実はこの表情に決まるまでに何度も修正がありまして、どこまで煽りぎみの表情にするか、不快感が出すぎないようギリギリのラインを狙って微調整しました。
何より杉山健太郎さんのデザインのおかげで、カバーイラストにも注目していただきましたし、本文のイラストもすごく効果的に入っているんです。いまだに、「この本で僕のことを知った」という方から仕事の依頼があります。
自分の絵を客観視して、役割を把握する
――ヤギワタルさんの考える、「イラストレーターに必要なイラスト以外のスキル」を教えてください。
ヤギワタル
基本的には、イラストスキルが一番大事だと明言しておきたいです。その上で、役割を把握するスキルが必要かなと思います。
イラストの仕事にはいろんなものがあって、すべての場面で同じようなイラストが求められるわけではありません。自分に依頼が来たときに、どういう役割を求められているかを把握できていないと、的外れな提案をしてしまう可能性があります。
逆に言えば世の中に存在する役割の中で、どの役割なら自分は描くことができるかを考えられれば、営業の効率も上がりやすいということです。
――なるほど、何か具体例をいただけますか?
ヤギワタル
たとえば書籍の仕事だったら、挿絵と表紙では役割が違います。挿絵は本の内容をわかってもらうためのものが多いですが、表紙は見る人の目に留まって、「読んでみたい」と思ってもらうという役割があります。
今の自分の絵が挿絵の役割に当てはまるようなテイストだったら、仕事の依頼も挿絵に偏るかもしれません。でも表紙の仕事をやりたい場合は、意識的に表紙向きのイラストを描けるようにしていく必要があります。

アンドリュー・O・スミス・著/桜田直美・訳/SBクリエイティブ
――ポートフォリオでも活かせそうな考え方ですね。
ヤギワタル
それで言うとポートフォリオに入れるのは、必ずしも仕事の実績である必要はないと思っています。実績としては挿絵の仕事しかなくても、表紙にも使えそうなオリジナル作品を入れて、「自分は表紙用のイラストも描けます」とアピールしても良いんです。
――となると、自分の作品がどの役割に向いているのか、客観視するスキルも必要そうです。ヤギワタルさんはどのようにして、自分の作品を客観視していますか?
ヤギワタル
自分の作品と向き合うというよりは、他の人のイラストを見る経験が活きています。書店に行くと、イラストを使った本がいっぱいありますよね。その中から、どういうイラストが表紙に使われ、どういうイラストが挿絵に使われているかを見ていくんです。
それから、ワークショップなどに行くと、他の人の作品へのフィードバックを聞く機会があります。他人の作品に対して自分が思ったことと、講師の評価のズレを意識すると、客観性が身につくかもしれません。
もちろん、自分の絵を人に見せることも大切です。それもワークショップでもいいですし、出版社やデザイナーさんにポートフォリオを持ち込んで、対面で見てもらうのもおすすめです。そして、相手がどんなふうにポートフォリオを見ているかを観察するんです。
――どんなふうにポートフォリオを見ているか、ですか。
ヤギワタル
パラパラとはじめから終わりまで一回見て「はい終わり」だったら全然刺さっていないということだし、手が止まって「これだったら……」みたいなことを言っていたら、その絵に似た作品を増やすなど、オリジナル作品の制作方針を微調整することができます。もちろん、「どの絵なら仕事につながる可能性があると思いますか?」など直接聞いても良いですね。
郵送やメールで送ると楽ではありますが、見ている人の観察ができません。できればアポを取って、対面で見せることをおすすめします。
イラストスキルアップのため映画の登場人物を描き起こす
――一方で、先ほど「イラストスキルが一番大事」とも仰っていましたが、ヤギワタルさん自身はどのようにしてイラストスキルを伸ばしていますか?
ヤギワタル
一口にイラストスキルといってもたくさんあるので難しいですね……自分がふだん練習としてやっていることならあります。映画を家で観るときに、お絵描き帳を持って、映画に出てくる人物をばっと描き起こすんです。スピードスケッチのようなイメージですね。映画の中には、ネットでも街中でも見ることのできない仕草、表情がたくさんあります。


悩んでいるときの人の姿勢や、空を見上げたときの顔の見え方などを確認していく感覚です。これをやっていると、仕事でアイデア出しをするときの選択肢が増えるんです。
――なるほど、「何かを見て描く」ということが大事なんでしょうね。自分で考えた題材だと、自分の発想の域を出ない。見たものを強制的に描くことで、描けるものが増えていくと。逆に、ご自身に足りないと思っているスキルは?
ヤギワタル
色構成や光の捉え方、複数の情報を観察して一枚の絵にまとめる力、そうしたスキルはまだ足りないと思っています。あとは、「絵の強さ」みたいなものがもっと持てるといいなと思います。観た人がパッと見た瞬間に「良い!」と思う絵を描けるようになりたいですね。
――思っていた以上に謙虚でいらっしゃるというか、次々出てきて驚きました。それらもどなたかからのフィードバックですか?
ヤギワタル
いや、これらは自己分析で感じていることです。他のイラストレーターさんの仕事を見ていると、こうしたことにも気づくことができます。
「気持ちよく仕事できる人」であることが大事
――ヤギワタルさんはイラストレーターになる前にもさまざまなお仕事を経験されてきましたが、現在の仕事に活きている経験はありますか?
ヤギワタル
英日翻訳のジャンルが国際ニュースだったので、国際政治や経済、地理の知識がつきました。経済本なんかを担当するときに、本文を読んで理解できないと、アイデアも出せないので、これは翻訳の仕事をしていてよかったことです。

井堀利宏/ダイヤモンド社
――制作会社にいたころは外部のカメラマンやライターに仕事を発注する立場だったとうかがいましたが、依頼しやすい人の特徴などはありましたか?
ヤギワタル
これは仕事の内容にもよりますが、仮にうまかったとしても、接していて気難しい人にはちょっとお願いしづらいですよね。当時の僕はまだ20代半ばで、勉強不足だったというのもありますが、ベテランで自分のやり方が決まっている人には質問もしにくくて。
一方で、すごく気さくに話せるからといって、納品された成果物が微妙な人にも頼みづらい。プロとしての最低ラインを超えていることを条件に、気持ちよく話せる人に依頼していましたね。そういう人とは、「もうちょっとこういう風にできますか?」というブラッシュアップもしやすく、結果的に満足の行く仕事になる気がします。
――職種問わず、フリーランスの仕事全般に言えることかもしれませんね。では、今イラストレーターとして、「頼みやすい」と思ってもらうために心がけていることはありますか?
ヤギワタル
イラストレーターの場合、対面の仕事が少ないのでそこまで影響はないかもしれませんが、修正の要望には基本的にすべて応えるようにしています。言われた瞬間は理不尽だと思うものでも、クライアントは何か理由があって修正依頼をしてきているはずですから。的確な修正をするために、「どういう理由で修正が必要なのか」というヒアリングはしますけどね。
あとは、クライアントの意図を汲みとって、複数の案を出すようにしています。複数あるうちから一番良いと思うものを選んだ方が、先方も納得感があるのではないでしょうか。
――最後に、読者の方に向けてアドバイスをお願いします。
ヤギワタル
人にアドバイスができるような立場じゃないので、これは自分自身に対して向けた言葉でもあるんですが……。イラストの仕事がしたいなら、イラストレーターのまわりにいる人たちがどういう仕事をしているのかも、あわせて知っておくことが大切だと思います。書籍で言うと、著者、ライター、編集者、デザイン、印刷、校閲、営業などです。
すると、イラストレーターが全体の中で求められる役割もわかってきますし、提案の仕方も変わってくるような気がします。スケジュール感を掴みやすくなったり、クライアントが扱いやすいデータ作りができるようになったりします。こういうことは、イラストのことだけを考えていてもなかなか見えてきません。ただこういう知識が活きるのは、イラストのスキルがあってこそ。イラストスキルがしっかりある上で、+αとして身に着けておくと効果的なスキルだと思います。
インタビュー・執筆
ヒガキユウカ(X:@hi_ko1208)
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