バイオレンスも愛も、ぜんぶ詰め込めんで──アストラ芦魔のルーツと創作の突破法

アストラ芦魔先生は『ハンサムマストダイ』や『ラブイズオーバーキル』など、過激な表現を用いる人気のギャグ漫画家です。
そんなアストラ芦魔先生の表現のルーツはどこにあるのか。これまでの作品を振り返ってもらいました。そして、描くことに迷っている漫画志望者向けに創作の突破法を教えていただきました。
お話を聞いた人
アストラ芦魔
漫画家。代表作に『ラブイズオーバーキル』など。
30ページに半年かかかって漫画家を諦める
――先日『ラブイズオーバーキル』が完結したばかりですね。今回は改めてアストラ芦魔先生の漫画家としての道のりをうかがいたく、まずは漫画を描き始めたきっかけから教えていただけますでしょうか。
アストラ芦魔
最初に漫画を描こうと思ったのは大学生4年生のときでした。甘い考えなんですが、就職したくないので漫画家になれないかと思ったんです。
そのとき描いたのは『うるわしの害虫男』というギャグ漫画です。家に害虫みたいな男があらわれるので、それを撃退するという。
これを描くのがものすごく大変でした。30ページくらいあるんですが、描くのに半年くらいかかったんです。この頃はテーブルを持っておらず膝の上でトーン貼りをした結果、太ももをカッターで切断してしまって血が止まらなくなり、二度とやりたくないと思いました。挫折です。就職活動に戻りました。
――いったんは諦めてしまったんですね。その後はどうしたんでしょうか?
アストラ芦魔
趣味として漫画を描いて、コミティアに出していました。コミティアでは前日の深夜ギリギリまでコピー本を作っているような状況で、しかも当日にお客さんが来るわけでもない。……すると、すごく眠くなるんですよね。
あんまりにも眠いので、出版社の出張編集部のブースに持ち込みをしてみようと。そこで厳しいことを言われたら、目覚ましになるかもしれないと思ったんです。
でも、行ってみたら編集者の人が意外と優しくて、希望を持たせるようなことを言うんです。それが楽しくなって、コミティアに出るたびに出張編集部に持ち込みするようになりました。
会社で働きながら商業漫画を描くように
――ここでまた漫画家を目指すようになったわけですね。
アストラ芦魔
本格的に目指そうと思ったのはこの後ですね。就職した会社にリストラがあったんです。自分も人員削減の対象になって、職を失いました。でも、いい機会なので漫画を描いていろいろな出版社に持ち込みしてみようかと。
並行して就職活動もしていました。ハローワークに行ったり……。まあ、せっかくなので、のんびりと過ごしていたんです。出版社の担当さんがつくか、就職の内定が出るか、どちらか先に決まった方で、ここからの道を決めようと思って。
そうしていたら、同じ週に、両方とも決まってしまいました。このタイミングだと、どちらか片方にするという決断もできなくて……。会社員をやりながら商業誌に挑戦することになります。
担当さんがついてからは「デビューのためには大きな賞をとった方がいい」ということで、たくさん読み切りを描きました。いまから思うと、ギャグ漫画で大きな賞をとるって、かなり難しいような気がします。
結局、賞はとれなかったんですがヤングマガジンサードという雑誌の代原(原稿が間に合わなかった作品の代わり)でデビューができました。担当が決まってから2年後ですね。ギャグ漫画家は代原が狙い目かもしれません。

デビューしてからの作品の振り返り
――ここからはデビューしてからの作品を発表順について振り返っていければと思います。
『教えて!サバトさん』
佐谷サバトは大手出版社のナンバーワン書店営業マン。しかしその正体は悪魔だった! 人間には思いつかない悪魔的なアイデアで書籍を売りまくる。
アストラ芦魔
ヤングマガジンサードで商業デビューしたのですが、別の雑誌にも持ち込んでみたくなりました。ヤングアニマルは『デトロイト・メタル・シティ』の印象が強くて、ああいう強烈なギャグ漫画で当てている出版社なら、私の漫画も見てもらえるんじゃないかな、と。持ち込んでみたらこちらでも担当さんがついてくれました。
担当さんと案出しをする中で「属性と属性を組み合わせて、ギャップのあるキャラクター」を出そうということになりました。「忍者」や「悪魔」のようなクセのある属性を「会社員」や「学生」のような親近感のある属性に組み合わせていくという感じです。その中からネタが出てきやすかったのが「悪魔」と「営業職」という組み合わせでした。
初めての連載で、会社員も並行していたので、隔週でもものすごく大変でした。アシスタントさんも入れていなかったので、背景を描くのが本当につらかったのを覚えています。
『ストーカー女と暗殺者の話』
女子高生が路地の隙間で暗殺者の犯行現場を偶然目撃してしまう。女子高生は暗殺者に一目惚れするが、まったく相手にしてもらえず……。
アストラ芦魔
商業連載を一度経験したので、次は完全に好きに描いてストレスを発散しようと思って。自分が描きたいことをノーガードで描いて、SNSにアップしていました。
思い切りやったら意外と評判もよくて、商業連載していたころよりも読まれているかも……という体感もありました。同人誌を出したり、グッズを出したり、好き勝手にできて楽しかったです。
『チーズ・イン・ゴッドファーザー~仁義なき男たちの晩餐~』
北海道の牧場に、イタリアから大量のチーズの注文が入った。しかし、現地に商談に行ってみると、注文したのはギャングだった。
アストラ芦魔
少年ジャンプ+の募集に『ストーカー女と暗殺者の話』を送ってみて担当についていただき、読み切りを一本描きました。

(『チーズ・イン・ゴッドファーザー~仁義なき男たちの晩餐~』より)
当時はNetflixで麻薬を扱うギャングのドラマばっかり見てたんです。『ブレイキング・バッド』とか『ナルコス』とか『グッドフェローズ』とか。だから麻薬ギャングを描きたいなと思ってたんですが、少年を対象にしたメディアで麻薬を描くのは、やっぱりちょっと難しいんですね。その代わりにチーズにしてみたという作品です。
『ハンサムマストダイ』
アイドルオタクの璃上悠里はアイドル養成学園に潜入する。そこで行われていたのは絶命必至の過酷な試験だった。
アストラ芦魔
担当さんから『ストーカー女と暗殺者の話』みたいなキャラがいいねと言われていたので、それを踏襲して話を作ろうとしました。
でも、ストーカーや暗殺者が出てくると、ちょっと法に触れてしまうので……。アイドルとその追っかけということにしてみました。アイドルなら女性に追いかけられていても、それほど問題にはならないだろうと。
それまでは一話で話が完結する漫画ばかりを描いていたので、話が続く漫画にしてみました。とくに影響を受けたのは『忍者と極道』です。スリリングな展開が続いて、キャラクターが魅力的で、笑いも感動もあって、圧倒的な熱量で……もう本当にショックを受けました。
こんなスリリングなストーリー漫画を描いてみたいと思い、ショートギャグから描き方を変えストーリー展開のある漫画に挑戦してみたいと思いました。
当時は『プリズン・ブレイク』という海外ドラマを見ていました。刑務所に入っている囚人がいっぱいいて、どれもキャラクターが濃いんですよ。彼らは協力しながら脱獄するんですが、囚人たちが刑務所でワチャワチャしているのがおもしろくて。そんな状況を出せないかなと思い、刑務所を学園におきかえて、キャラクターの濃いアイドルをたくさん出してみました。

(『ハンサムマストダイ』第3話より)
『ラブイズオーバーキル』
研究者のスモアは刑務所で会った死刑囚のペインキラーに一目惚れ。さらに、死刑が執行されたペインキラーをうっかり蘇生させてしまう……。もう結婚するしかない! 2人の生活が始まる。
アストラ芦魔
最初はゾンビものを描こうと思っていました。ゾンビに対抗するために、より強いゾンビを作ろうとする。そこで、最強の殺し屋の死体をゾンビとして復活させる……みたいな。
ただ、担当さんからはラブコメにしてみてはと言われて、現在のような形になりました。ゾンビにする予定だった殺し屋のキャラは、そのまま主人公のペインキラーに流用しています。
アストラ芦魔作品のモチーフ
――先生の作品に頻出する、以下の3つのモチーフについてうかがいたいと思います。
- 黒髪ロングの男性
- 天然なヒロイン
- 殺人を含むバイオレンス描写
黒髪ロングの男性
――かなり多くの作品に黒髪ロングの男性が主人公として出てきている気がします。これはなにか元ネタのようなものがあるんでしょうか?
アストラ芦魔
1970年代くらいの漫画って、黒髪でベタッとしたロングヘアーみたいなキャラがよくいるんです。『聖闘士星矢』の紫龍とか、『パタリロ!』のバンコランとか。
当時は実際の人もこういうロングヘアーが多かったんじゃないでしょうか。いまみたいにレイヤーを入れていない、重たいロングヘアー。女性ですが、俳優の梶芽衣子の若いころがわかりやすいと思います。
――黒髪ロングの男性がノースリーブのシャツを着ているというパターンも多いですよね。
アストラ芦魔
これは単純にカッコいいと思ってなんとなく描いたんですが……。強いて言えば『ジョジョの奇妙な冒険』(以下、ジョジョ)のディオも着ていますよね。
――(スマホで調べる)本当ですね! 第3部のディオはノースリーブだ……!
アストラ芦魔
髪型や服装などは、私の好きな要素がいろいろなところから集まってきた結果、こうなっているという感じです。
天然なヒロイン
――先生の作品に登場するヒロインは極端な天然で、一途に好きな男性のことを追い求めることが多いですよね。
アストラ芦魔
これはジョジョの4部に出てくる女性たちからの影響があるかもしれないです。まずは川尻忍。夫が殺人鬼の吉良吉影にすり替わっているのに、「いつもの夫と違う、かっこいい……!」ってなってしまう。
――たしかに殺人者に惚れてしまう女性というのは、アストラ芦魔先生の作品に出てくるヒロイン像にかなり近いですね。それにしてもジョジョから来ているとは……!
アストラ芦魔
山岸由花子もそうです。康一君に対しての好意はちょっとおかしいレベルというか、ストーカーそのもの。
あと、「噴上裕也の取り巻きの女の子たち」ってわかりますか? キャーキャー言いながら入院している噴上裕也の面倒をなんでも見てくれる。それがすごくかわいくて好きです。
殺人を含むバイオレンス描写
――かなり激しめのバイオレンス描写が出てきますよね。作品のストーリーにも殺人が深く関わってくるものが多いです。
アストラ芦魔
あくまでもフィクションに限りますが、人が人を殺すバイオレンス描写はかっこいいですよ。『ジョン・ウィック』とか『マッドマックス』みたいなアクション映画を見ていて、そう思いませんか?
もちろん、世間からは反対の声もあるでしょうが、私はかっこいいと思うので、その通りに描いています。それが正直な気持ちです。
――明確な信念があるんですね。バイオレンスが好きになったきっかけはなんでしょうか?
アストラ芦魔
最初に衝撃を受けたのはジョジョですね。中学生のときに『ワンピース』を読みたくて週刊少年ジャンプを買い始めたのですが、ジョジョの6部が当時載っていて。
あるキャラクターの背中から肋骨がトラバサミみたいに出てきて、もう一人のキャラクターがそれに腕を挟まれるという強烈なシーン(補足:グッチョとDアンG)が見開きであって。そんな絵を初めて見て、ものすごくショックを受けたんです。
でもそれがきっかけでジョジョが気になりだしてしまって……。その後にコミックスを買ってきて、親に隠れてこっそり読んでいました。これは読んでいるところを知られてはいけないと思ったんです。
作品において自分の好きなことを表現するには
――漫画を描きたいと思っても、先生のように「自分の好きなモチーフ」がわからない人は多いと思います。なにかアドバイスをいただけますか。
アストラ芦魔
自分が何かを見ているときに、楽しかったり、好きだと思う瞬間があるはずなんです。それを自覚するところから始めるといいんじゃないでしょうか。
映画『ジョン・ウィック』を見たら、主人公のジョン・ウィックをかっこいいって思いますよね? そのかっこいいと思ったところを素直に取り入れて描けばいいと思います。
――鑑賞するときに、自分を観察することが必要になりそうですね。
アストラ芦魔
そうですね。なんとなく見たり読んだりしないようにする。いいと思う瞬間は全部メモるのがおすすめです。髪型がかっこいい、服がかわいい、眼鏡の形がいい。そういうことを貯めて、組み合わせていけば、自分が大好きなものが詰まったキャラが作れます。
――自分の「好き」が見つかっても、うまく貫けない人も多いのではと思います。どうすればいいでしょうか?
アストラ芦魔
好きって思っているのをダメ出しされると、自分の感覚が信じられなくなってしまいますよね。でも、言われたことばかりをやっていると自分の軸がなくなってしまいます。
この状態が続くと自信も意欲もなくなってしまうので、いったん仕事や人の目を気にせずに自由に描く期間を設けてみるのが良かったです。私はそれで『ストーカー女と暗殺者の話』を描いてみたときに、少し抜け出せたように感じました。
ダメ出しやボツになることはこれからもよくあると思うので、それで元気がなくなった時は初心に帰って自分の気持ちを確かめるのが必要なのかもしれません。定期的に必要になる気がします。
それでうまくいくかどうかはわかりませんが、元気がないよりは元気のある状態のほうが可能性があるのではないかと思っています。
取材協力
アストラ芦魔
Web:ASTRA ASSIMA Portfolio
X:@ito203
この記事を読んだ人におすすめの記事
-
2024.12.12
-
2022.1.17
-
2023.11.22
-
2024.8.1
-
2022.7.25
-
2023.1.12