こんにちは! GENSEKIマガジン編集部です。
風景イラストレーターのぺい先生を審査員にお迎えして、背景イラストコンテスト「今、行きたい場所」を開催しました。みなさんの心に眠る美しい場所をイラストにしていただき、ありがとうございました!
背景イラストの初心者あるあるから見どころまで、ぺい先生の解説がためになる選考レポートです!
アニメ背景美術監督・風景画イラストレーター。背景美術や美術監督として、多数のアニメ作品に参加。SNSやコミケなどのイベントで風景画家イラストレーターとしても活躍。YouTube配信やオンライン背景講座を通じて、背景イラストの楽しさや技術を伝える情報発信にも注力している。
インタビューした人
坂本彬
GENSEKIマガジンの編集 / ライティング・マーケティングを担当。受賞作品をみてたらめちゃくちゃ旅行に行きたくなった。
【大賞】技術を高めるだけでなく、テーマをしっかりとらえた表現がすばらしい一作
ぺい
大賞は烏さんの『小上がり』です。とにかく描画力が圧倒的で、シンプルに技術で選ぶならこの作品、と感じました。
描写がとても正確ですし、「実家の飲食店」ということなので、実際の場所の写真を資料にされていると思います。ですが、写真をトレースして描いたり、フォトバッシュ(複数の写真をデジタル加工して1枚のイラストにしたもの)したものではなさそうです。
レイアウトを参考に見ているだけで、描画自体は一からしっかりタッチで描かれています。プロのレベルの中でも、かなり高いクオリティだと思います。
坂本
烏さんはフリーですでに背景イラストのお仕事をされているようですね。大賞に選ばれたポイントは、やはり技術力の高さでしょうか?
ぺい
それだけではありません。ここまでクオリティを上げたうえで、テーマと審査のポイントにしっかりあわせてきている点です。
テーマ:「今、行きたい場所」
【審査ポイント】
・テーマを意識した魅力のある世界観を表現できているか
・作品が表現したいものやストーリーが伝わってくるか
・魅力的な色彩、ライティング、構図が考えられているか
作品に空気感があり、思い出があるのだろうな、というバックグラウンドやストーリーが伝わってきます。木目の描き込みひとつとっても、よく知った場所だからこそのリアリティがしっかり表現されています。
それでいて、小物や座椅子、机の反射などは情報量を間引いて上手くデフォルメできています。ハイライトも実際より強く入れて、効果的です。タッチが「イラストとしての良さ」につながっていますね。
坂本
単にリアルなだけではなく、イラストとして成立しているんですね。
ぺい
背景イラストは、写真を参考にするとリアルに描くことができます。その反面、イラストとしてのバランスが崩れ「単なる写真みたいなイラスト」になってしまうことが多いんです。
その点で烏さんは、絵としてのタッチを上手く使って、素敵に仕上げられています。また、反射の色が現実より鮮やかに入っていて、印象的です。
写真を参考にすると色が渋くなりがちなのですが、この絵はしっかりと自分の色が作れています。こういったいろいろな工夫が、絵としての「エモさ」につながっていますね。
この度は大賞をいただき、ありがとうございます。
このコンテストを見たときに、ぱっと実家の風景が思い浮かびました。その中でもこの小上がりは、子供の頃の思い出と懐かしさが詰まった場所で、私にとっては帰りたい、行きたい場所でした。夕方の時間帯にしたのも、絵に温かみを感じてもらおうといろいろ試行錯誤しました。
もともと独学で背景を学んでおり、ぺい先生の動画なども参考にしていたので、ぺい先生審査のコンテストで大賞を取れてうれしいです。この結果に甘んじず、さらなるスキルの向上に努めていきたいです。改めてありがとうございました。
【佳作】初めて見るようでどこか懐かしさを感じる、春夏秋冬のさまざまな景色
ぺい
空気感がとてもいいですね。ストーリーがあり、季節を上手く使って雰囲気を出しています。
技術力もかなり高いです。桜や自然物をこのクオリティで描けるのは、背景イラストのお仕事をされているか、相当するレベルだと思います。
構図もおもしろいですね。手前はしっかり暗く、奥は明るくなっていて、線路があることで視線が奥に続きます。ワクワク感が伝わってきます。
坂本
この素敵な景色に私も行きたくなりました。見つけても自分だけの場所にして、あまり人に教えたくないかもしれません。
ぺい
確かに。たまたま旅行先でこんなところに出会ったら最高ですね。
ぺい
この作品は、他の作品と比べるとそこまでリアルタッチではなく、だからこそのかわいらしい雰囲気があります。やさしい感じが伝わってきますね。パースをしっかり使って描かれていて、技術力も高いです。
坂本
身近な場所がモチーフですね。「ミントフェア」のところで夏とわかります。
誰もいないので、深夜なんでしょうか?
ぺい
実際に自分がよく行く深夜のコンビニを描いているのかな、という親しみが感じられますね。
これがもし強いコントラストの絵だったら、あまり行きたい場所という感じではなくなってしまいますが、このやさしいコントラストと色味なら行きたくなる。共感できる空気感に仕上がっていて、とてもいいですね。
坂本
この架空のコンビニの名前を見ても、想像が広がりますね。
ぺい
雨上がりの設定にして地面の反射で情報量を増やしているのも、いいポイントになっています。手前に自転車があるのも、ストーリーが広がる感じになっています。
細部まで考えられて、それでいて全体的に力を抜いたような雰囲気が出ているのがいいですね。
ぺい
空気感が見た瞬間に伝わってくる作品です。空気感というのは「こうしたら描ける」と説明できるものではなく、全体が組みあわさって伝わるものです。描こうと思って描けるものではないので、強みになりますね。
坂本
場所は、広いバスターミナルで、奥は海でしょうか? さみしい雰囲気が逆にワクワクしますね。
ぺい
そうですね。実際にある場所かわかりませんが、旅に行った先で、朝一番に出会えそうな景色です。冬の寒い空気が感じられるようです。
海があり、手前に枯れ木をほどよい密度で配置しているので、景色が向こう側に吹き抜けています。奥の広がりをよく表現できていますね。
坂本
こうしたらもっと良くなる、というところはあるでしょうか?
ぺい
影の形が気になりますが、実際の資料がないとなかなか難しい部分です。あと、地面のパースが少し起き上がって見えるので、 黄色いセンターラインの位置をもう少し奥にしたり、カーブしている道路の厚みももっと圧縮すると、画面がすっきり見えると思います。
これだけの空気感が描けるなら、あとは細かい点を改善していけばもっといい絵が描いていけると思います。
ぺい
独特のタッチと世界観が素敵です。ノスタルジックな風景やデフォルメタッチの作品は少なめだったので、印象に残りました。
実際にはない場所を描いているのに、どこか懐かしくなる作品になっているのがいいですね。こうした場所を描けるのは、ニハチさんの中で「行きたい場所」のイメージがしっかり固まっているからだと思います。
坂本
色づかいも独特ですね。
ぺい
このようなタッチを入れすぎない絵柄の場合、色選びが絵の印象にダイレクトに影響します。その点、画面全体をグレーっぽい色味で作りつつ、ところどころに彩度の高い色を入れることで、より独特の世界観が表現できていますね。
古めのポストや、32日のカレンダーなどの小ネタもおもしろい。
坂本
猫についていったら、物語が始まりそうです。ネコの選挙ポスターや、22(にゃんにゃん)という文字もありますね!
ぺい
ゲームのイメージボードになりそうです。猫を入れると一気にストーリーを感じられるので、自分もよくやります。共感してしまいましたね。
ぺい
こういう絵はスケール感が大切なのですが、彩度を落として描き込みのポイントを絞ることで表現できています。空気感も個人的に好みです。
夕日の赤く染まったラインを、線でバッサリ描ききっているのがいいですね。影に寒色を使うことで、画面をかなり安定させて、クオリティ高く見せています。
坂本
不思議な景色ですね……。
ぺい
キャプションに「ベネズエラのギアナ高地にあるエンジェルフォール」とありますが、地球最後の秘境といわれている場所ですね。テーブルマウンテンになっていて、滝の水が落ちる様子もよく観察されています。
ふつうは滝というと一番上から水が落ちてきますが、ここは地盤のゆるい部分が地下水脈になっていて、岩壁の途中から出ているんです。また、出ているところが高すぎて、途中で水しぶきが霧になります。
そういった部分がしっかり描けているので、なんとなく描いたのではなく、本当に好きなんだなということが伝わってきますね。
坂本
自然風景を描くには、実際の知識も必要なのですね。
ぺい
たまたま自分も好きで知っている知識でしたが、自然物はそういった説得力を出すことも大切だと思います。
ぺい
いわゆる「和風ファンタジー」がよく描かれていて、とても雰囲気がある作品です。自分も2年くらい前にこういう絵を描いていた時期があり、共感しました。
手前と奥でしっかり明るさを分けているのも効果的です。地面に提灯の明かりを配置しているのも構成に効いていますね。技術的に高い作品だと思います。
坂本
大賞を目指して、もっと良くなる点はあるでしょうか?
ぺい
床の反射がもう少しきれいに入ると、もっと良くなると思います。また、奥の地面が少し持ち上がっていて、空間の広がりの妨げになっている部分も改善できるでしょう。
地面が持ち上がってしまう現象は、この作品や先ほどの『バス』以外の応募作でも見かけました。背景イラストの初心者のころにありがちなので、気をつけたいところです。
坂本
この作品にも猫がいますね。しっぽが2本あります。
ぺい
なるほど、猫又(猫の妖怪)なんですね。この独特な世界観に一役買っていますね。
ぺい
空気感とストーリーがあり、情緒的な感じが好きです。奥にかけて川がS字に流れているので、奥行きもしっかり出せていますね。
坂本
まさに「行きたい場所」だなと感じました。
ぺい
タイトルに『温泉』とありますが、温泉に入ったときに見た景色が、心の中ではこんな感じだったのだろうな、と伝わってきます。自分の心情や思い出を絵で表現したのが、しっかり伝わってくる作品ですね。
【総評】思いを表現する「自分なりの描き方」を探求しよう
坂本
イラコン全体を振り返って、いかがでしたか?
ぺい
こんなにたくさんの作品が集まって、とてもうれしかったです。みなさんの思い出の場所を描いてくれたことや、絵に込めた思いがタッチから伝わってきて、すごく感動しました。
それから、上手い方がたくさんいらっしゃって驚きました。背景イラストの業界がコンテストをきっかけにどんどん盛り上がっていくとうれしいですね。
坂本
今行きたい「場所」だけでなく「季節」もありました。思い出とセットというのもよく伝わってきて、どの作品も行きたくなる場所でしたね。
ぺい
みなさん思い出にプラス補正の工夫をして、よく表現されていましたね。
坂本
背景イラストのお仕事でよく使われるようなサイズを設定したのですが、投稿規格と比率が違い、選考から外れてしまった作品があったのは残念でした。
ぺい
残念ですが、仕方のないことでした。仕事をしていく上で、仕様を守るのは大切なことです。
坂本
今回、ぺい先生にもイラストコンテストのために背景イラストを描きおろしていただきました。こちらの風景はどんな思いで描かれたのでしょうか?
ぺい
これは、八ヶ岳連峰の赤岳(長野県)に登ったときのことを思い出して描きました。
早朝4時に尾根に登って、雲海の中で朝日を見たんです。
行くのがなかなか大変な場所なので「いつかまたこの景色を見たい」という気持ちを込めました。
岩肌の感じや雪が積もっている部分などは、絵としてかっこよくなるよう自分なりにアレンジしてあります。
坂本
こんなところで朝日を見られたら気持ちいいでしょうね。工夫されたそうですが、自然物を描くのは人工物より難しいですか?
ぺい
人工物は「こういったものはこう描く」というノウハウがあるので、数をこなせば最低限のレベルに達することができます。「人工物の方が難しい、パースが……」とおっしゃる方もいますが、パースは読み書き計算と同じように、やれば誰でも覚えられるものです。
自然物はそういったノウハウが作りづらく、感覚的に描くところがあります。ブラシのタッチなども自由度が高すぎて「木を1本描く」といっても全員違った木ができあがります。
ある程度の描き方はありますが、最後は自分の経験と知識をフル動員しないと描けません。
初心者のうちは、自分なりの描き方を見つけるのに時間がかかりますね。
坂本
自然物は実際に見に行くことも大切でしょうか?
ぺい
「観察」が大切です。形のとらえどころがないものをよく観察して、形や特徴を自分なりに理解して、とらえているように見せるのが重要です。形やライティングを上手くデフォルメして描く作業が必要になってくると思います。
坂本
背景イラストについて、たくさんの貴重なお話をありがとうございました!
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