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小説の表紙を描くときの考え方とは?  斎賀時人先生による「ミステリ小説の表紙風イラストコンテスト」選考レポ

 

こんにちは! GENSEKIマガジン編集部です。

GENSEKIではこの度、イラストレーターの斎賀時人先生を審査員にお迎えして「ミステリ小説の表紙風イラストコンテスト」を行いました。

このコンテストには「ミステリ小説の表紙」を意識して、以下のようなルールを設定しています。

  • サイズは縦1748px×横1240px(文庫本サイズ)
  • 主人公ひとりと、その他の登場人物ひとりを入れる
  • 「二人の秘密 ゲンセキイラコン」というロゴを入れる
  • 想定した「年代」「舞台」を説明テキスト欄に記入する

難易度が高いルールでしたが、229と多くの作品が集まりました。応募していただいたみなさま、ありがとうございました!

今回は大賞が1作品、佳作が9作品選ばれています。斎賀時人先生のコメントとあわせて、ご覧ください!

審査員
斎賀時人(Twitter:@tokihito1989年生まれ。兵庫県出身・在住のイラストレーター。嵯峨美術短期大学・非常勤講師 。WEBを中心に作品発表を行なうかたわら、書籍の装画等を手掛けている。

インタビューした人
斎藤充博GENSEKIマガジンの編集スタッフ。趣味はミステリ小説を読むこと。

 

【大賞】単なるイラストではなく「表紙」であることが考え尽くされた作品

二人の秘密/佐藤

年代と舞台
現代日本東京

斎賀
大賞は佐藤さんです。

 

斎藤
銃口をこちらに向けた人、その背後に顔の見えないもう一人の人物……と、ミステリらしい謎を感じさせる表紙ですね。

 

斎賀
まず、この顔の見えない背後の人物が非常に読者の目を惹きますね。この他にも「銃口を向けている人物の表情」「銃口」など重要なポイントがいくつもあるのですが、それが画面上部の中央に集まっています。要素がとても整理されているんです。

 

斎藤
なるほど……。 自然すぎて気づきませんでしたが、確かにその通りになっています。

 

斎賀
それだけでなく、ロゴを入れる位置や、帯を入れる位置もよく計算されています。本来、ロゴの位置や帯のデザインを考えるのはデザイナーや編集者の仕事であることがほとんどです。ただ、このイラストのように「入れるべき場所」があらかじめ決まっている方がデザイナーさんも迷いませんよね。

 

斎藤
一枚のイラストとしてでなく、あくまでも「小説の表紙」であることが考えられているんですね。書店でも目立ちそうです。

 

斎賀
銃や重なっている指など、細かな部分のデッサンも非常に上手いです。

 

受賞者コメント

テーマは「ミステリ小説の表紙風」…本屋さんでたくさんの本が並ぶ中「自分はどんな表紙なら思わず手に取ってしまうだろう」ということを一番最初に考えました。
作画時間は6時間ほどでしたが、レイアウトで悩んでトータル8時間かかりました。
表紙っぽい画面作り、小説なので帯がつくことも仮定して今回の構成にしました。
斎賀時人先生からいただいた審査コメントの中で、画面の構成について触れていただけて嬉しいです。

 

【佳作】「二人の秘密」から多様にイメージを膨らませた9作品

二人の秘密/作歩咲知

年代と舞台
【想定した年代】
18世紀初頭
【想定した舞台】
ヨーロッパ、宮廷

斎賀
最後まで大賞にするか迷った作品です。まず、構図が素晴らしいです。ドレスや髪の毛の広がり、キャラクターの動作をきっちりと見せられています。二人は床に横たわっているのですが、左下に描かれた天秤によって絵全体に立体感が生まれています。

 

斎藤
舞台は18世紀初頭のヨーロッパの宮廷ということで、非常にゴージャスですね。

 

斎賀
きっとこの時代が大好きで、資料をよく読み込まれているのでしょうね。この地域や時代を表すモチーフの一つ一つに、説得力を感じます。

惜しい点を挙げるとすれば、ロゴの視認性が低い点でしょうか。特にサムネイルになると文字を読み取ることが困難です。タイトルは作品の要なので、イラストの中に埋もれてしまわないような工夫が必要になります。

 

斎藤
女性はこっちを見ているのに対して、男性の顔はちょっと虚ろですね。実は既に亡くなっているのかな……? ミステリアスです。

 

斎賀
そうですね。ただこれは読者が迷ってしまうところでもあります。私が描くとしたら、女性と同じように目線を読者に向けるか、目を閉じさせると思います。目を開けて生気がない様子にしたいなら、もっと虚ろな表情をさせてもいいかもしません。

 

二人の秘密/根なし草 

年代と舞台
舞台:戦国時代後期の日本

斎藤
これは浮世絵風と言いますか……和風の絵柄ですね。かっこいいです。

 

斎賀
和風がテーマの応募作品の中でも、インパクトのある絵柄でとても印象に残りました。時代小説の外連味(けれんみ)がよく出ていると思います。

また、単に和風であるだけでなく、モチーフの理解度が非常に高いと感じました。例えば、下の男性が持っているのは「首桶」ですね。

 

斎藤
「首桶」……なるほど、こうした小物はあらかじめ知っていないと、描こうと思わないですよね。

 

斎賀
そうなんです。また、上の人物の刀の握り方など、細部をしっかりと描かれています。日頃から様々な資料に触れておられることが伝わってきますし、この分野に対する愛を感じますね。

 

斎藤
惜しい点などはありますか?

 

斎賀
大きく描かれたホオズキでしょうか。とてもこだわって描かれているのは伝わるのですが、人物に対して若干主張が強過ぎたかもしれません。また、ホオズキに重なったロゴが目立たず沈んでしまっているのも、もったいないです。

 

二人の秘密/洗

年代と舞台
現代日本。

斎賀
構図がとてもよいですね。一番目立つ人物を左端に配置していて、ロゴとのバランスもよく考えられています。また、全体の配色が暗いトーンになっているので、タイトルが引き立ちます。本の表紙として主張すべき箇所を外さない、バランス感覚のよさを感じました。

 

斎藤
私は右の男性が持っている破れた封筒に目が行きました。きっとこれは事件の重要なファクターですよね。それが、帯を外したら見えるようになっています。おもしろいですよね。

 

斎賀
この意味ありげな封筒は良いアクセントだと思います。左側の男性がリュックにつけているお守りもいいですね。

 

斎藤
逆にこうすればよかった、という点はありますか?

 

斎賀
イラストに添えられたあらすじによると、右の男性は刑事です。ただ、普通のスーツを着ているだけなので、一見したところサラリーマンにも見えます。

スーツを着ていることが大切な要素であれば話は別ですが、そうでない場合はいかにも刑事らしさのあるジャケットやコートを羽織らせてみるのはどうでしょうか。カバーイラストでは物語の内容を分かりやすく伝える為に、人物の属性やステータスを少し誇張してみるのも大切だと思います。

 

二人の秘密/しき

年代と舞台
時代:現代〜昭和初期
舞台:日本

斎藤
あらすじには「アンティーク手鏡を巡り2人の少女が時代を超えて様々な出来事に巻き込まれる少し悲しいミステリー」とあります。

 

斎賀
逆光を使って、透明感を強調した描写がとても美しいですね。太極図の配置、泣きぼくろ、手鏡に入ったヒビなどで二人の関係性が繊細に表現されています。

 

斎藤
片方の手鏡が割れているのとか、すごく興味が引かれます。二人の関係は生まれ変わりなのか、それとも子孫なのか……いろいろ想像が膨らみますね。

 

斎賀
惜しい点として、右側の女性のあごのラインや、膝の描写に苦手意識がありそうなところが見受けられます。不得手な自覚がある箇所については事前に集中して練習したり、作画に役立つ資料を多く集めることも作品の質を向上させることにつながります。細部まで自信を持って描き切ることができれば、さらに魅力的な絵になりそうです。

 

二人の秘密/791

年代と舞台
時代ー現代
舞台ー日本

斎藤
明るい色合いの絵なのに、不穏さを感じます。

 

斎賀
色調のコントロールが素晴らしいですね。曇り空でアンニュイな雰囲気作りがうまくいっています。また、飛んでいるカモメが偶然左側の少女の顔を隠しているのですが、これも思わせぶりな良い表現だと思います。

 

斎藤
もっとこうしたらいい、という点はありますか?

 

斎賀
海の中へと向かう足跡が波にさらわれて消えていくような描写があれば、切なさや喪失感をも感じさせる絵になったように思います。

また、遠景には島や灯台、船などを描き入れてもよかったかもしれません。そうすることで海の中にも広がりが出て、まるで飲み込まれてしまいそうな大きさや畏れを表現できたと思います。

 

女主人とメイド/Ruki

年代と舞台
20世紀のイギリス。

斎賀
まず初めに、的確で精緻な技術をお持ちだと感じました。キャラクターの造形も素晴らしく、メイドのフリルなど、こまやかな描写にも意識の高さを感じます。

 

斎藤
美少女二人で、ラノベの表紙として店頭に売っていてもおかしくなさそうですよね。目隠しをしているメイドさんなんて、性癖に刺さる人も多いんじゃないでしょうか。

 

斎賀
それから、光の描写も本当に美しいです。燭台やメイドが手に持っているランプの柔らかい光。幻想的でミステリアスな雰囲気がよく出ていますよね。

 

斎藤
蝶やバラなどの赤もきれいだと思いました。

 

斎賀
そうですね。ただ、蝶の配置に今一つ意図が感じられず、ロゴに中途半端に被っているのがもったいないと感じました。

 

斎藤
なるほど……。他にもこうしたらいい点などはありますか?

 

斎賀
部屋の内装描写からは時代背景が一目でわかりづらいので、そこが伝わるひと工夫があるとよさそうです。例えば、背景に大きな絵画や鏡を入れてみるのはどうでしょう。また、ランプのデザインが20世紀が舞台とはいえ少々現代的なので、時代を感じられるデザインに変われば全体の世界観が美しくまとまるように思いました。

 

二人の秘密/けんきょう

年代と舞台
【年代】現代
【舞台】日本

斎藤
これはイラストに添えられたあらすじがすごいんです。まず読ませてください。

刑事Aの元に届いた一冊の小説。それは幼馴染である小説家Bの新作だった。中学生の主人公が、ある事件に巻き込まれ殺された友人Cを蘇らせるために仲間と共に異世界に行き龍と戦うファンタジー。

推理作家の彼らしくない設定に戸惑いつつも読み進めていくと、主人公はAと同じ名前。Cは、かつて事故死した筈のクラスメートの名前だった。Cが事件に巻き込まれて殺された?

B、これはどこまでが、いや、どこからが真実なんだ?

すごく凝っていて、よくこんな発想が出てくるな……! と思いました。もう、この物語を読みたいです(笑)。

 

斎賀
日本家屋に和装の男性、洋風の扉、スーツ姿の男性……など、いろいろな要素を一枚の絵にきちんとまとめていて、それでいてうるさく感じられないのがいいですね。

例えば、この日本家屋にはとても説得力があります。こうしたものが細部までしっかり描けているから、全体として破綻なくまとまっているように見えるんですね。

「異世界転生」というジャンルにも代表されるように複数の世界が交差する設定は今や珍しくないので、こういった描写力は常に求められている実感があります。

 

斎藤
ふしぎな設定……と思ったのですが、需要があるんですね。ちなみに惜しい点などはありますでしょうか?

 

斎賀
最初に気になったのは剣と扉のデザインでしょうか。扉は実際にありそうなリアリティのあるデザインなのですが、剣はコミック寄りの描写になっています。ここは剣のデザインも扉の世界観にあわせるとよかったかもしれません。

次に細かな点なのですが、障子に映り込んだ人物が少し窮屈に詰め込まれているように感じました。光源は障子の奥側にあるので、シルエットのみで表現すれば情報量も絞れたように思います。

 

斎藤
なるほど。そうしたこまかい点を調整していくと、さらに良くなりそうですね。

 

二人の秘密/もん田

年代と舞台
現代日本のとある田舎町。

斎藤
こちらもまずは、あらすじを読んでいいでしょうか。

夏休みを迎えた岳(がく)は、祖父・善助(ぜんすけ)のいる田舎町へ帰ってきた。岳が物心ついた頃からずっと、岳と善助は息ぴったりの名コンビ。興味を持ったことにはまず挑戦し、疑問に思ったことはわかるまで追求してきた。

岳の好奇心は身の回りの出来事に留まらず、大学生になった今では考古学専攻。この夏は、自分が生まれ育った町の歴史を知るためのフィールドワークを行うつもりだった。

心地よい風が吹くある日、岳と善助は連れ立って近くの山に登ることにする。
「じいちゃん、これなんだろう? 」
日常に溢れる数々の謎を解き明かしてきた祖父と孫が、次に挑むのは殺人事件!

おじいさんと大学生のさわやかな本格ミステリが浮かんできます。これも読んでみたいです!

 

斎賀
キャラクターに魅力がありますよね。特におじいさんが表紙に登場する作品は総体的に少ないので、とても目を惹きました。デフォルメの仕方がかわいらしく、それでいて「こんなおじいさんっているな」と誰もが思うデザインになっています。

 

斎藤
背景の部屋にはいろいろなものが貼ってあります。こまかく見たくなりますね。

 

斎賀
この室内の描写もいいと思ったポイントです。室内は影になっています。ただ、影だからといって単純に彩度を下げてしまうと、絵が暗い印象になるんですね。この絵は影に青味を足すことで陰鬱な印象にならず、夏のさわやかな風景になっています。

 

斎藤
惜しい点などはありますでしょうか?

 

斎賀
まず、男の子は大学生という設定なのですが、絵柄がかわいらしいために実年齢よりずいぶん幼く見えてしまうところでしょうか。内容と表紙の齟齬はできる限り避けたいので、絵柄を変えずに衣服やアクセサリーの描写によって年齢を描き分けるのも一つの手段かもしれません。

それから、読者は男の子が指をさした先に注目するので、おじいさんが手に持つキーアイテムはもっと目立つものを選んだほうが良かったように思います。

 

二人の秘密/Sprout

年代と舞台
【年代・舞台】
19世紀イギリス

斎賀
この作品は、作風が完成されてますね。1枚の完成度が高いです。キャンバス地にクレヨンで描いたようなタッチが美しく、絵のテーマとタッチがピッタリとあっています。

 

斎藤
この二人のキャラクターも雰囲気があるなと思いました。

 

斎賀
素敵なキャラクターデザインです。肖像画の無機質な表情でも、それぞれの人物の魅力が伝わってきます。

 

斎藤
いろんな絵があって……よく見ると絵じゃないのもある、という感じですね。

 

斎賀
そうですね。そこが少し気になるところでもあります。蝋燭に炎がともっているのですが、これは絵ではない本物の火なので、額縁に反射光を描くなどして周りを照らしているような表現があると一層雰囲気が出そうです。

また、思わせぶりな小物がたくさん描かれているのですが、何をキーアイテムにしたかったのかが今一つ伝わってきません。例えば、蝶の数を増やして額縁からあふれさせ、他の絵の一部を隠してしまうとか……。そのように違和感を強調すれば、読者の興味を惹くフックになったことでしょう。

 

斎藤
なるほど。読者は「なんだろう?」という気持ちになりそうですね。

 

斎賀
本当にちょっとした点ではあるのですが、このようなこだわりが絵の魅力や強度にもつながっていくように思います。

 

【総評】仕事を依頼された時には「自分に有利な展開」に持っていこう

斎藤
コンテスト全体の総評をお願いします。

 

斎賀
こんなにたくさんの作品が集まるとは思っていなかったので、まずは参加してくださった皆さんに心から感謝を申し上げます。『二人の秘密』というあえて漠然として自由度の高いテーマを設定しましたが、たくさんの独創的な物語や世界観を見せてくださり本当にうれしく思っています。

斎賀
今回、私もサンプルイラストを制作しましたが、あまり設定は作りこまずに「ミステリー」と「二人の秘密」というテーマから連想したモチーフを素直に表現することに注力しました。

けれどみなさんの作品を拝見しながら「こんな考え方もあったのか」「確かにこれもミステリーだ」と新鮮に驚かされてばかりで、私の視野もぐっと広がったように思います。

 

斎藤
斎賀先生は多くの小説の表紙を手掛けられていますが、ご自身で気を配っている点はありますか?

 

斎賀
小説の表紙は基本的に「自分の描きたいものを描く」のではなく、「依頼されたものを描く」ことになります。その時に自分の引き出しの中身を上手く使って、どれだけ有利な展開に持っていけるかが腕の見せ所だと思っています。

 

斎藤
それは、どういったことでしょうか?

 

斎賀
例えば明るく爽やかなタッチに仕上げるのが得意な人に、ダークなミステリ小説の表紙の依頼が来たとします。その時にむりやり絵のトーンを暗くして自分の強みを捨ててしまうのではなく、明るい中にも不穏で何かが起こりそうな雰囲気を出していくように趣向を変えるんです。

今回さまざまなアドバイスの中でも触れたように、ちょっとした小物の配置や描写、目線や指先の仕草だけで、「謎」や「違和感」を演出することが可能です。

クライアントから構図や色味の要望がある場合でも、自分の強みを生かしたプランを別途提案することでそちらが採用されることもよくあります。打ち合わせから参加する場合は自分に何が描けるのか、どのような表現が得意なのかを具体的に提示することで、よりクオリティが高く魅力的なカバーイラストの完成につながっていきます。

その一方で、日頃から興味のあるジャンルだけではなくさまざまな作品に触れて自分の絵にも取り入れられそうな要素を考え学ぶ癖をつけてみてください。その積み重ねが本番の仕事でも自然と生きてくるはずです。

 

斎藤
何気なく見ている本の表紙イラストにも、制作している方のさまざまな工夫がつまっているということがよくわかりました。今日はありがとうございました。

 


 

執筆斎藤充博(Twitter:@3216