「漫画を生業にするとはどういうこと?」『路傍のフジイ』の鍋倉夫さんに聞いた【初心者漫画修行 #最終回】

こんにちは、ライターの神田(こうだ)です。
本連載は、「漫画を描くうえでのテクニック」をいろんな漫画家さんに聞いて、漫画の文法や書き方を学んでみようというもの。専門的なものではなく、「漫画ってこんな感じなんだ」と薄もやの中の輪郭をつかんでいきます。
前回はSNSに育児エッセイ漫画を投稿している、漫画家の犬犬さんに「簡単な絵でおもしろい漫画を描く方法」についてお話を伺いました。
漫画を継続するためには、まず自分がしんどくならないようにすることが大事。それでいて、必要なところはフォーマット化して考えるリソースを減らすことで無理なく続けることができると教わりました。加えて、読者にストレスなく漫画を読んでもらうための工夫も肝要です。

そうして前回書き上げたのが犬犬さんのフォーマットを踏襲したこちらの2コマ漫画。力まずとにかくハードルを下げ、絶対に2コマに収めるということを意識しました。「これくらいならいけるぜ!」という手応えを得ました。
SNSで毎日連載して、フォロワーを増やしていったら普段のライター仕事と何か違うことができるようになるのでは? とわくわくした気持ちが湧いてきました。

そして春………。私は前回の連載からひとつも漫画を描かず、現在に至ります。いくらノウハウを学んだところで、結局やらない奴はやらない。

そして、この連載も最終回ということになりました。時の流れは残酷ですね……。
私がくねくねと手をこまねいている間にも、本気で漫画家を志す人は日々漫画を描き、プロの漫画家は心血を注いだ新作を世に送り出している………。
なんでそんなことができるのか? そして自分はどうすればいいのか?

©鍋倉夫/小学館/ビッグコミックスピリッツ
ということで、今回は読書会で顔を合わせたご縁で知り合った鍋倉夫さんにお話を伺いました。現在連載中の『路傍のフジイ』は2026年3月時点で累計部数が130万部を突破しており、疑いようなくトップレベルの漫画家さんです。
「このタイミングで漫画を描かなかったら多分一生漫画家になれないだろうな」
神田
知り合いのライターたちが集まる読書会でお会いしていたのですが、連載の最後に鍋倉夫さんのお話を聞きたいと思い、声をかけさせていただきました。
鍋倉夫
『金閣寺』とか『外套』とか読みましたね。たしかに、あまり漫画の話はしたことがなかったですね。
神田
まず、鍋倉夫さんが漫画を描き始めたのはいつからなんでしょう?
鍋倉夫
大学4年生からですね。落書きレベルの絵は小さい頃から描いていたんですが、ストーリーを考えてコマ割りをして……と本格的に漫画を描き始めたのはその頃からです。
神田
ちなみに大学は漫画やデザイン系のところだったり?
鍋倉夫
いえ、普通の4年制の大学でしたね。とくに漫画サークルなどにも入っていませんでした。
神田
何か漫画を描き始めたきっかけはあったんでしょうか。
鍋倉夫
昔から漫画が好きで、ずっと漫画家になりたいと思っていたんです。でも、アシスタントをするとか専門学校に通うとか、そういう努力をそれまでしていなくて。大学4年生という将来を決める瀬戸際のタイミングで、「このタイミングで漫画を描かなかったら多分一生漫画家になれないだろうな」と思い切って就活を辞めて、漫画に専念することにしました。それが2009年ごろでした。
神田
大学生のときにしっかり決断できるってすごいです。私は授業をサボって『ペルソナ5』をやって、ブログでずっと大学の悪口を書いてました。
鍋倉夫
まあそのブログが今のWebライターの仕事につながっていると思えば……。
神田
そうかもしれません。鍋倉夫さんが漫画家としてデビューしたのはいつだったのでしょう。
鍋倉夫
2011年に3作目で四季賞大賞を受賞したので、それがデビューだと思います。。そこから花沢健吾先生のもとでアシスタントをしつつ、2018年に『リボーンの棋士』の連載が始まり、その後2023年に『路傍のフジイ』を連載開始して現在に至ります。
神田
やはり、漫画家になる定石は賞を獲ることなんですね。私はとくに賞を獲った経験がないのでなんかとんでもないことのように思えます。
鍋倉夫
今だとSNSに漫画を載せて、それから出版社から声がかかることも多いようですが、当時はSNSも今ほど活発ではなかったので、入口がとりあえず新人賞でした。アルバイトしながら独学で漫画を描いて、緊張しながら出版社に持ち込んだことは今でも覚えています。
持ち込みの漫画をほめてもらえたことが最大の幸せ
神田
鍋倉夫さんがこれまで漫画を描いていて、印象的だったことがあれば伺いたいです。
鍋倉夫
アフタヌーン四季賞の大賞をもらった3回目の持ち込みですね。
アフタヌーン編集部にはいままでに3回持ち込んでいて、1回目は箸にも棒にもかかりませんでした。3回目の持ち込みは1回目を持ち込んだときと同じ編集者が見てくれたんです。目の前で作品を読み終わった編集者がすごく前のめりになって「おもしろいです」って言ってくれて。
神田
誰かに褒めてもらった経験ってずっと覚えてますよね。その後の人生の柱になるというか。
鍋倉夫
そして「扉絵でタイトルつけるとしたらどこに付けますか?」と具体的な話をされ、自分の漫画が通用するのかなとドキドキしたことを覚えています。その日の帰り道はずっと心がぽかぽかしていて、今までの人生で一番幸せだったかもしれません。
神田
私は大学生のときに「オモコロ」の運営会社・バーグハンバーグバーグでインターンしてたんですが、目の前で自分のブログを褒めてもらったときはうれしかったな……。
鍋倉夫
自分の作った作品を誰かに見てもらうのってすごく勇気がいることですからね。それゆえ、当時のことはよく覚えていますし、自分の人生のピークだったなと思います。
神田
そこがピークなんですか。では、初めて連載が決まったときや、『路傍のフジイ』が100万部を突破したときってどんな気持ちだったんですか?
鍋倉夫
持ち込みでほめられたときのうれしさは超えてこなかったです。とくに連載が決まったときはうれしさもあったのですが、ホッとしたという気持ちの方が大きかったですね。
神田
『路傍のフジイ』を読んでいるんですが、おもしろさを他人に説明することが難しい漫画ですよね。制作段階で編集者にストーリーを伝える必要もあると思うんですが、どうしていますか?
鍋倉夫
『路傍のフジイ』は難しいですね。特に盛り上がりやオチがない話もありますし。連載の立ち上げに関して言うと、初回のネームを読んでくれた編集長の反応がよくて、作品の意図を汲んでくれたのでスムーズだったんです。
神田
最近読んだ、藤井が陸上部のエースに走り方を乞う話が好きでした。エースには素っ気ない態度を取られてしまうけど、コツコツ努力する。そして、陸上部のエースにも変化が生まれるという。これもおもしろさの説明が難しいです。

©鍋倉夫/小学館/ビッグコミックスピリッツ
鍋倉夫
言葉で説明するとこぼれ落ちてしまう、そうした等身大の心の機微をすくい取ることを大事にしたいなと思っています。
「すげえおもしろい」という感動を自分で再現したい
神田
いろいろ聞いて思いましたが、漫画って難しいし大変すぎる!!!! ストーリーを考え、それを編集者にわかる形でおもしろさを伝え、コマ割りして作画し、読者におもしろいと思ってもらえるものを作る……そんな総合芸術が漫画なんだなと思いました。
鍋倉夫
確かにこうやって列挙すると漫画はやることがめちゃくちゃ多いですね。
神田
あくまで自分の引き出しを増やしたいという浅ましい気持ちで「漫画描きてー」と思っていた自分が恥ずかしいです。
鍋倉夫
神田さんは何か漫画でやりたいことがあったんですか?
神田
いや、とくになかったですね。描いてみて「これ楽しい!」とは思ったんですが、漫画を通じて表現したいものってずっとなかったかもしれない。Web記事でもそうなんですが、「創作することで自分の中から何が出てくるんだろう」という好奇心だけですね。
鍋倉夫
僕も実はあんまり「これを表現したい」というものがないタイプです。何を描きたいというよりも、今まで漫画をいっぱい読んできた中で、「これすげえおもしろい」という感動を自分で再現したいという気持ちが強いですね。
だから、僕が好きな『シグルイ』とか『狂死郎2030』みたいな、読んでいて圧倒される傑作を自分でも描きたいなと思っています。
神田
めちゃくちゃわかります。私も今までいろんなおもしろい記事を読んできて、すごいライターに出会って、そういう傑作に私がどこまで肉薄できるのだろうかという気持ちで記事を書いています。
変なことを聞きますが、鍋倉夫さんは漫画を描くことに飽きたりしないんでしょうか?
鍋倉夫
飽きは今のところないですね。締め切りに追われてる状況がイヤになることはありますが。
神田
私はけっこうWebライティングの仕事には飽きていて。業界の閉塞感も相まって、これを続けていてもブレイクスルーがあるのだろうかと思うことがあります。収入構造もメディア依存型の仕事ですし。
鍋倉夫
Webメディアはどこも苦しいと聞きます。
神田
私は今8割方が無記名のインタビュー記事制作や裏方仕事で、残り2割は自分の作家性やキャラクターを出す仕事をしています。真面目な記事はもう何の苦労もなく書けるのですが、ライターの仕事を長く続けるには作家的な個性を大事にしたほうがいいと思い、そこを漫画で拡張できないかなという趣旨だったんです。だって漫画はネタも絵も全部作家性がにじむものだから。
鍋倉夫
漫画はアウトプットのフォーマットも違いますし、届く層も記事とは少し変わりますからね。
神田
ただ、通常の仕事が詰まってて漫画や自分の個性を出す仕事はまったくできてないのですが……。つまんないものを作りたくないというプレッシャーもあるし。
鍋倉夫
プレッシャーは僕もありますね。いわゆる“ハズレ回”を描きたくないという気持ちがある。締め切りが近づくたびに毎回「助けてくれ!」と思いながら描いています。最終的には「どうにでもなれ!」と奮い立つしかないのですが。
神田
やっぱそうですよね。私が活動しているオモコロでは「怖いかもしれないけど、つまんない記事は誰も読まないから大丈夫」という言葉が昔からずっと受け継がれています。
鍋倉夫
そのメンタリティが大事ですよね。何かに飽きてるんだったら、少しでも自分の心が動くことをやったほうがいいですよ。
目標はない、ずっと漫画を描き続けていたい
神田
最近、周りの編集者やライターがみんな“上がり”の話をし始めています。漫画家やライターといった個人クリエイターは何をしたら“上がり”だと思いますか?
鍋倉夫
難しいですね。一般的にはもう創作をしなくても食べていける状態のことだと思うのですが、あんまり考えたことなかったです。
神田
鍋倉夫さんは漫画を描き続けた果てにこうなりたい、という目標はありますか?
鍋倉夫
う〜ん、60代、70代になっても漫画を描き続けていたらカッコいいなと思うんですが、目標と言われると想像つかないですね。
神田
わかりやすい例だとドラマ化、映画化とか?
鍋倉夫
映画化はすごいことですが、それがゴールではないですからね。漫画を描き続けていたらいつの間にかそうなっている、という感じだと思います。
神田
私から見たら映画化されたら“上がり”だなと思いますが、やっぱそうじゃないですよね。ずっとみんな創作を続けているわけですし。
鍋倉夫
過去に傑作を描いて、現在も新作を描いている漫画家ってたくさんいるわけじゃないですか。そういう人たちはもうお金や名誉を目標にしてないですよね。漫画を描くこと自体が好きで、描きたいことがあって漫画を描き続けている人が、結果的に“上がり”の状態になってるというか。これはどの分野でも同じな気がします。
神田
ゴールラインを切るのではなく、いつの間にかゾーンにいたという感じ。“上がり”は自分じゃなく周りが判断することなのかも。
鍋倉夫
神田さんが思う“上がり”って何ですか?
神田
なんだろう。金銭的に満たされていつでも好きなことができつつ、周りに友達がいて自分が快い状態にずっとあることなのかも。文章を書くのは好きなので、この仕事を長く続けることができればいいなと思っています。
鍋倉夫
やはり経済的な話とは切り離せないものなんでしょうね。“上がり”は。
神田
大谷翔平はもう野球をやらなくても暮らしていける収入も名誉もあるけど、本人は絶対“上がり”だと思ってないでしょうからね。
鍋倉夫
急に大谷翔平が出てきましたね。
神田
仕事で大谷翔平の記事を書いていたら好きになっていました。
自分の存在を前に出してアウトプットを続ける
神田
最後に「これから成し遂げたいこと」を伺いたいと思います。
鍋倉夫
やっぱり、漫画家としておもしろい漫画を描くことに尽きますかね。ずっと夢だった漫画家になれて、今連載できてる時点でかなり満たされているわけですから。
神田
私もそうかも。ずっと文章を書くことを続けて、常におもしろいものを書き続けられる状態にあることこそが成し遂げたいことですかね。生活や自分がつまらない状態になりたくない。
鍋倉夫
漫画家もライターも、創作をする人は自分の存在を前に出してアウトプットを続けることが何より大事だと思います。それがヒットするかは別として、創作を続けることで見えてくる地平もありますし、後悔は少ないと思います。
それに、何か描きたいものがなくなったり嫌になったりしたら、すっぱり辞めて別のことを始めるのもかっこいいなと最近思うようになりました。矛盾するんですけど、描き続けたいという気持ちと、嫌だったら別に辞めればいいしという気持ちが両方あります。
神田
こだわりすぎないのも大事かも。これからも何か心が動くことを見つけて、アウトプットを続けたいなと思います。あ、最後に成し遂げたいことを思い出しました。
鍋倉夫
いったい何でしょう。
神田
大谷翔平に会うことです。
鍋倉夫
ロサンゼルスのスタジアムに行けば会えますよ。
おわりに
ということで、漫画家の鍋倉夫さんに創作を続けることと、クリエイターの“上がり”とは何かということについてお伺いしました。
やっぱり自分が前に出て何かやらないと。これからも私は何か創作を続けるだろうし、その上で自分が快い状態であり続けるために何ができるかを考えて生きていくのだと思います。連載は最後となりますが、ずっと悩んでいたことを鍋倉夫さんに相談することができてよかったなとひしひしと感じます。
お絵かき修行や漫画修行と言いつつ、まったく絵も漫画も描かない成り行き任せの連載を許してくれたGENSEKIマガジン、関わってくれた方々、そして読者のみなさん、ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!
執筆・イラスト
神田匠(X:@gogonocoda)
協力
鍋倉夫(X:@nabekurao)
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