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100年前の「現代漫画の祖」はこんなにおもしろい! 『正チャンの冒険』とは?

こんにちは。ライターの斎藤充博です。みなさん、漫画好きですか? いまの世の中、いろいろな漫画がありますよね。

対象においては、少年漫画、少女漫画、児童向け漫画、青年向け漫画……。形式においても、本だったり、Webtoonだったり、インスタの一コマだったり、と本当に多種多様でとても言いつくせるものではありません。

それでは、こうした現代の漫画のルーツはどんなものだったのでしょうか? そこにはきっと、漫画という文化を読み解くヒントがあるはずです。

そこで今日は「現代漫画の祖」と言われている『正チャンの冒険』を紹介させてください。『正チャンの冒険』、漫画の文化の中で重要と言うだけでなく、めちゃくちゃおもしろいんですよ……!

ライター(絵も)

斎藤充博(X:@3216Web
ライターだけど絵やマンガも描く。

『正チャンの冒険』という、超おもしろファンタジー冒険漫画

『正チャンの冒険』は1923年(いまから100年前)に連載されていた4コマ漫画です。掲載誌は『アサヒグラフ』という朝日新聞社が創刊した日刊の雑誌でした。

日刊で読む4コマ漫画というと『コボちゃん』とか『ののちゃん』のような、生活に密着したほのぼのとした内容を想像しますよね? でも、『正チャンの冒険』はまったく違うんです。ちょっと見てください。びっくりしますよ。

超でかい毛虫と戦う!!!

深海でガイコツと遭遇する!!!

魔王の城に攻め込む!!!

そうなんです。『正チャンの冒険』は、冒険ファンタジーなんです。これが100年前の雑誌に掲載されていました。もうちょっと見ていきましょうか。

正チャンを待ち受ける敵たち

『正チャンの冒険』は、4コマをいくつか繰り返して、短いストーリーを作っています。そして多くの場合「正チャンが敵を倒す」という、ジャンプのバトル漫画のような形式になっています。この敵がとても多彩なんです。

ドラクエの中盤以降に出てきそうなモンスターみたいな敵。作中でこの敵は「ケモノ」と呼ばれているのですが、まったく動物には見えません。それを投げ飛ばす正チャンもすごい。

なんと魔王とも戦います。さっき、魔王の城が出てきましたが、そこに住んでいるのがこいつです。魔王というよりも原始人に見えるんですが、いろいろな魔王観があってもいいのだと思います。

空を飛ぶ天狗の生首です。これはかなり強そう……! と思いきや、

その辺にあった棒でたたき割られてしまいます。正チャンの構え、一分のスキもないですね……。

男の中の男、正チャン

紹介の順番が完全に前後してしまった気がするのですが、この物語の主人公は「正チャン」といいます。一見、かわいらしい男の子なのですが、その言動は男気にあふれまくっています。

敵のアジトに潜入して見つかってしまった正チャン。拳銃を突きつけられているのにもかかわらず、口元にわずかな笑みを浮かべながら「命がほしけりゃボクのをとるがよい」! 本当の強者のみが持つ余裕を感じさせます。

子どもをさらいに来る幽霊と対峙したときのセリフが「お前のほしい子どもはここにいる」。つまり、まず自分からさらえ、ということです。

キャプションの「ヅカヅカ」もいいですね。正チャンに迷いなしです。もちろんこの後に幽霊は退治されてしまいます。

道ばたにいるおじさんに「世の中にこわいものはないです」。うん、そりゃそうだろうな。納得です。

調子のいい相棒、リス

ここまで読んでくれた人は気づかれたと思いますが、正チャンには仲間がいます。リスです。なんかリスっぽく見えないけど、リスなんです。このリスが大変にいい味出しています。

戦闘能力のないリスは、正チャンが戦っている時には一歩後ろに下がっています。でも何もしないわけでなく「たのむよー しっかりたのむよー」と、正チャンをしっかり応援しています

「とても強いな」敵を投げ飛ばした瞬間にこんな合いの手が入ったら、正チャンもテンション上がるでしょうね。

戦いだけではありません。「いいな! とてもキレイだな! うまいな!」と、正チャンのバイオリンをベタ褒めです。褒め方に具体性が一切ないのが気になるのですが、きっとリスなりに感動しているのでしょう

こんなリスにもしっかりと役立つ場面があります。正チャンが縄で縛られていると、歯で縄を食い切ってくれるんです。さすが、げっ歯類!

そもそもリスが喋っているのって、なんかおかしくないか? そう思う人もいるかもしれません。でも、この世界では動物はみんな喋ります。ほら、上の画像ではみんなで新聞を読んで談話していますよ。

『正チャンの冒険』を復刻した編集部に話を聞いてみました

なんとこの『正チャンの冒険』は2023年11月22日に復刊します(この記事はその告知というわけです)。いままではなかなか読めなかったのですが、気軽に読めるようになりました。

しかし、なぜ100年前の漫画を復刊するのか。そして100年前の漫画を復刊するって、どんな作業なのか。『正チャンの冒険』を出版するレーベル「viviON THOTH」編集部に聞いてみました。

お話を聞いた人

viviON THOTH編集 後藤さん

viviON THOTHデザイナー 斎藤さん

――『正チャンの冒険』読みました。100年前の漫画が、こんなにおもしろいとは……。正直に言っちゃうと、意外に感じました。

 

後藤
『正チャンの冒険』は連載当時から子どもたちを中心に、ものすごく人気がありました。それに、現代の目線で読んでみるとまた違った味も感じられますよね。

――お二人は『正チャンの冒険』のどんなところが好きですか?

 

後藤
連載開始時に正チャンというキャラクターのプロフィールは何もないんですね。謎の少年である正チャンがいろいろなところに冒険に出掛けて、子ども達の心をつかんでいくのがすごいと思います。

現代の基準から見ると、正チャンってけっこう乱暴者に見えるところもあります。そういったギャップも見どころです。

その一方で、100年前から「戦争は愚かなもの」と言っているところが感慨深いです。いまでも色あせない普遍的なテーマを扱っていると思います。
 
斎藤
先ほど後藤さんも言っていましたが、正チャンもリスもいまの視点でみると乱暴ですよね。でも、あれが昔の「かっこいい男」なんだろうなと思います。そういったところから、当時の日本人の感覚が見えてくるのがおもしろいです。

でも、ただ乱暴なだけではもちろんなくて、不屈なんです。地震ですべてを失って、家を建て直すために、クズ拾いから始める。そして、成り上がっていく……。こんなところに当時の日本の活力が見えてきます。

 

後藤 
絵に関して言うと、シンプルに描かれているようですごく描写が細かいですよね。船とか、車とか、軍服などが特に顕著です。

後藤
それから、女の子の洋服もかわいいですね。当時としてはすごくハイカラだったのではないでしょうか。

 

斎藤
絵柄だと、私はリスがなんの説明もなく2足歩行しているのが好きです。あと、場面によって耳が長くなったり短くなったりして、リスっていったいなんなんだろう……と思うことも(笑)。

関東大震災と正チャン

後藤
当時の時事を漫画の中に取り上げているのも興味深いです。1923年に関東大震災が起こり、そのときにアサヒグラフは一時休刊してしまいました。『正チャンの冒険』はアサヒグラフから朝日新聞に掲載誌を変えました。

そのときに掲載されたお話が「ジシンノヌシ」(地震の主)です。

――これ、読みました。大地震が起きて、正チャンが地底に飲み込まれてしまう話ですよね。これ、関東大震災のことだったのか……!
 
後藤
そうですね。この後に正チャンは地底で地震を起こしていた「地震の主」を倒すことになります。


――現実に大地震が起こって、被害を受けている人がいる中で発表するエピソードとしては、なかなかすごいですね。
 
後藤
恐らく、当時は正チャンの活躍にみんなスカッとしたと思うんですよ。「私たちを苦しめた地震の主を正チャンが退治してくれた」って。
 
――現代で同じような話を描いたら、きっとみんなはポジティブには受け止めてくれなさそう……。
 
後藤
そのあたりの感覚の違いも、興味深いところですよね。

「現代漫画の祖」である正チャン

――『正チャンの冒険』は「現代漫画の祖」と言われていると聞いています。これってどういうことでしょうか? 

後藤
「現代漫画の祖」については、諸説あるんです。我々の方でも調べてみたのですが、明治時代には現代の形に近い「吹き出しを使った漫画」が海外ではすでにあるんですね。ただし、そうした漫画は大人向けの風刺といった内容でした。

『正チャンの冒険』は、ストーリーがあって、一貫したキャラクターがいて、日刊連載されています。日本でこうした形式をとった初めての漫画が『正チャンの冒険』であることは、まず間違いないと思います。
 
――なるほど。何をもって「祖」とするかは難しそうですが、当時の読者達にとって確実に新しいものではあったんですね。
 
後藤
連載当時は子どもを中心にかなりの人気だったようです。正チャンのかぶっている丸いポンポンのついた帽子は「正チャン帽」と言われるようになりました。

――「正チャン帽」! 僕も小さい頃、スキーに行くときにこういう形の帽子をかぶっていたら、祖父母に「正チャン帽」って言われたことがあります。

 

後藤
朝日新聞社主催で読者イベントが行われたこともあります。それを見ると、みんな正チャンのかっこうをして写真を撮っているんですよ。

これって100年前のオフ会で、さらに100年前のコスプレイベントだったんじゃないかって思っています。確認したわけではないんですが、きっと史上初だったのではないのでしょうか。
 

――100年前からみんなそんなことをしていたんだ……。すごい。
 
後藤
さらに、1924年には宝塚歌劇団で舞台になっています。これは日本で初めての漫画のメディアミックスで、さらに2.5次元化ですよね。
 
――現代のカルチャーそのまんまですね。そういった周辺の盛り上がりも含めて、すごく画期的だったわけですね。

『正チャンの冒険』を現代に蘇らせるために

――100年前の漫画を復刊するって、なかなか大変だったのではないでしょうか?
 
斎藤
大変だったのは、原稿を集めることです。なにしろ、100年前の漫画ということで原稿は存在していませんでしたから。
 
――原稿が存在していないのに、どうやって復刊するんですか?

 

斎藤
『正チャンの冒険』が掲載されていたアサヒグラフや朝日新聞は、国会図書館でマイクロフィルムになって保管されています。このマイクロフィルムを一度紙に出力して、スキャンして、デジタルデータにするんです。

 ――ものすごく大変そうですね!
 
斎藤
『正チャンの冒険』は866本あります。毎日国会図書館に通い詰めて、データ化していきました。
 
――データ化さえしてしまえば、あとは通常の本作りと変わらないですか?
 
斎藤
この後も大変でした。マイクロフィルムのデータはきれいではなく、かなり粗くて、読みにくい部分もあるので、全体的に修復を行っています。

まずは、紙のザラザラした質感をきれいにして、紙の歪みを修整します。

そして、漫画のコマが一列だったり、「田」の字のようになっていたりするので、コマごとに切り分けてすべて一列にします。

 

――全部手作業になりますよね。気が遠くなる……。

 

斎藤
作業はまだあります。『正チャンの冒険』は、基本的にすべてカタカナの旧仮名遣いで書かれています。そこで文字を解読して、現代の仮名遣いに直すんです。

マイクロフィルム化した際に、一部の文字が消えてしまっていたりもするので、そういった部分の補完も行いました。絵も一部修復しています。消えている線を描き足したり、正チャンの服を塗りつぶしたり……。

左:マイクロフィルムをスキャンしたもの。右:修復したもの。

 

斎藤
なんだかんだで、1年以上かかりました。100年前の漫画ではありますが、こうした作業を入れることにより、見やすくなっていると思います。私の手首と肘はもう爆発しそうになりましたが(笑)!

 
――単純な復刊ではなくて、死蔵してしまったものを現代に蘇らせているんですね。
 
斎藤
古い絵画の修復みたいなものだと思うんですよね。以前、スペインで古いキリストの絵画を素人のおばあちゃんがが修復したら、めちゃくちゃになってしまった、というニュースが話題になったじゃないですか。手を入れすぎると、ああなりかねないなって思いながら、慎重に作業していました。 

現代に『正チャンの冒険』を復刊させる意義とは

――ここまで苦労して復刊させたのはなぜでしょうか?
 
後藤
viviON THOTHは令和にできたばかりの出版レーベルです(2022年に発足)。そんな出版社だからこそ、日本の漫画の歴史にリスペクトを払いたい、文化としての活動にかかわりたいと思いました。
 
――『正チャンの冒険』をどういう人達に読んでほしいですか?
 
後藤
この漫画を「懐かしい」と思える人は、もうみんなこの世にはいないと思うんですね。だから、漫画の歴史を知っておきたい人に読んでほしいです。
それから、正チャンのちょっと古い表現を「エモい」と感じてくれる若い人にも読んでもらいたいです。
 
斎藤
漫画は、いま日本のカルチャーとして世界に広がっていますからね。そんなカルチャーの礎として、海外の人にも読んでもらえたらうれしいなって思います。
 


後藤
『正チャンの冒険』の帯のイラストは、荒木飛呂彦先生に描いていただいています。実は荒木飛呂彦先生は漫画家になりたてのころに椛島勝一氏の絵を模写していたそうなんです。

荒木先生が椛島勝一氏の絵に影響を受けている可能性もあるかもしれませんよね。さらに荒木飛呂彦先生から影響を受けて漫画を描いている人もたくさんいるはずです。

こんなふうに古い漫画の遺伝子のようなものが、現代にも受け継がれて広がっているのではないかって思うんです。だとしたら、私たちが復刊させた意味も十分にあるのではないでしょうか。

 

<『正チャンの冒険』特設サイトはこちら>

というわけで、100年前に生まれた現代漫画の祖『正チャンの冒険』の紹介でした。『正チャンの冒険』は11月22日から発売されます。さらに銀座 蔦屋書店ではグッズの先行販売も始まっています。

 

Tシャツ3,300円

缶バッチ770円

 

「現代漫画の祖」に興味がある人も、正チャンの男気に惚れた人も、リスの調子の良さが気になる人も、ぜひぜひチェックしてみてください~!