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ギャラの相場は2~3倍。海外案件を多数手掛けるイラストレーターに聞いた海外案件の実際のところ


こんにちは。イラストレーターとライターをしている斎藤充博です。ここしばらく、ちょっと日本の景気がよくないですよね。円安もずっと続いています。(2024年6月現在)。

それなら、日本ではなく、海外からの仕事を獲得するのってどうなんだろう? 日本よりもいろいろな案件がありそうだし、日本よりもギャラがよかったりするかもしれない。ネットがあれば、イラストデータなんてどこにでも送れますしね!

そこで今回は、日本に在住しながら多数の海外案件を手掛けているイラストレーターのタケウマさんに、海外案件の実際のところを教えていただきました。

お話を聞いた人タケウマさん

イラストレーター。1981年生まれ、京都在住。シンプルでスマートな作風が特徴。国内、海外共に多数の案件を手掛ける。


インタビューした人斎藤充博

イラストレーター兼ライター。国内ではそんなに仕事がないけど、海外ならなんとなるのではないか……? なんて甘い考えを持っている。

  • 海外案件のギャラってぶっちゃけいい?
  • 海外案件を請けるにはどうしたらいい?
  • 海外案件を進めるときの注意点は?
  • 海外でウケそうな絵柄って?

こんな疑問がまるっと解決しますよ~!

国内と海外、どっちがいい?

斎藤
タケウマさんの海外案件の例を教えていただけますでしょうか。

 

タケウマ
日本でもよく知られているクライアントの例を挙げると、こんなものがあります。

エールフランスの機内誌のカットイラスト

LUSH原宿店で販売されたknot wrap(風呂敷)のイラスト

スミノフ限定ラベルイラスト

 

タケウマ
この中でも、LUSHとスミノフは日本国内で販売されたものですが、依頼は海外からで契約や打合せは全て英語で行われました。

 

ドイツの経済誌「WirtschaftsWoche」のカットイラスト

タケウマ
海外の書籍や雑誌のカットイラストもよく描いています。文芸よりは実用的なジャンルの方が多いです。文芸は語学力が求められるのか、ハードルも高いと思います。

 

斎藤
どれも知的な雰囲気があって、カッコいいですね。不躾なことをお伺いしてしまうのですが、海外案件って、日本よりもギャラがいいんでしょうか……?

 

タケウマ
僕は海外案件だと、アメリカやヨーロッパ圏からの仕事をよく請けています。ギャラの相場は、アメリカは日本の3倍くらい、ヨーロッパ圏は2~3倍くらいですね。現在はだいぶ円安になっていますが、円安になる前からそのくらいの価格帯でした。

中国やマレーシアなどのアジア圏から依頼を請けたこともあるのですが、そちらは日本と同じくらいという印象です。

 

斎藤
おお……。けっこう違いますね! やっぱりこれからは海外か……?

 

タケウマ

これは感覚的な話ですが、日本はすごくイラストが好きな国という気がするんです。ギャラは海外に比べると低いかもしれませんが、イラストの案件の発生率もすごく多いですよね。だから継続した案件に繋がりやすいと感じます。

海外はギャラはいいですが、イラストレーターの競争はすごく高い気がしています。ドライな面もあって、あっさりと取引が終了することも。

僕は国内も海外も両方やっていますし、一概にどちらかがいい、というのは難しいですね。

SNSとポートフォリオサイトに作品をアップする

斎藤
タケウマさんは、どのようなきっかけで海外案件を手掛けるようになったのでしょうか?

タケウマ
いまから10年くらい前に自分の作品をもっと広めようと思って、海外のSNSやポートフォリオサイトに作品をアップしていました。

ちょうどその頃は海外のクライアントやアートディレクターも日本のイラストレーターに注目していた時期だったようです。そこで交流や投稿をしているとクリエイターを紹介するWebマガジンに掲載されることになりました。そのWebマガジンなどがきっかけで、海外からの仕事が来るようになりました。

 

斎藤
イラストレーターに向いている海外のSNSやポートフォリオサイトってどんなものがあるのでしょうか?

 

タケウマ
Instagram、Pinterest、Tumbler、Behance、ArtStation、Dribbbleなどですね。こうしたサービスは無料で使えるので、一通り試してみるといいのではないでしょうか。特にBehanceは海外のクライアントやアートディレクターがよく見ていると思います。

 

斎藤
けっこう手間だな……と思ってしまいますが、作品を広める手間を惜しんではいけませんね。

 

タケウマ
それから、こうしたサービスにイラストをアップするときには、できるだけしっかりと英語でキャプションを書いておいた方がいいと思います。

 

斎藤
英語力をPRするわけですね。

タケウマ
そうですね。僕ら日本人が、海外の人のイラストを見ても「この人に日本語のメールを書いても大丈夫かな?」って思うじゃないですか。そのときに、キャプションが日本語であったり、「日本の仕事をしたいです」みたいな一言が添えてあるだけでも、だいぶ印象が変わるはずです。

海外のエージェンシーと契約する

タケウマ
その後、SNSやポートフォリオサイトを見たアメリカのB&Aというイラストエージェンシーから「エージェント契約をしないか」というオファーがありました。そこと契約をして、いまではエージェンシーを経由した仕事がほとんどになります。 

 

斎藤
エージェント契約……。どんな感じなんでしょうか?  なんか海外の人とエージェント契約って不安になりそうです。

 

タケウマ
エージェンシーに所属すると、ギャラ全部が自分の取り分にならないというデメリットはあります。

ただ、エージェンシーを通すことで、個人だとつながれないようなクライアントと仕事ができるメリットがあります。これは僕には所属する大きな動機でした。それに、ちょっとあやしい案件が発生したときも、エージェンシーがしっかり対応してくれます。

日本にもエージェンシーはありますし、過去に所属していたこともあります。また、所属していないエージェンシーから仕事を仲介してもらったことはあります。比較すると僕が所属する海外のエージェンシーはよりクリエーターサイドに立ってくれます。

 

斎藤
エージェント契約をしたい人はどうすればいいのでしょうか? SNSやポートフォリオサイトで見つけてもらうしかないのでしょうか?

 

タケウマ
イラストエージェンシーは「ポートフォリオレビュー」といって、オープンに作家を募集していることがあるんです。

有名な海外のイラストレーターのプロフィールを調べると「〇〇というエージェンシーに登録しています」と書いてあることもあるので、そうやってエージェンシーを調べて売り込みをかけるのもいいと思います。

単純ですが「illustration agent」や「illustration rep」などのワードで検索して会社を探してみるのもいいと思います。ちなみに「rep」とは個人や小規模でやっているエージェンシーのことです。

案件の進め方は国内も海外もだいたいは同じ、だけど……

斎藤
実際に案件を獲得できたとして、どんな流れで進むのでしょうか?

 

タケウマ
基本的には日本と同じです。まずはメールで打合せをします。リモートミーティングを希望されることもあるんですが、僕は会話で打合せができるほどの英語力がないので、基本的には文章で送ってもらっています。その後は、ラフを描いて、修正依頼に対応して、清書して納品します。

エージェントを介する場合は、あとの事務処理は全てエージェントが行いますが、エージェントを通さない場合はクライアントへインボイス(請求書)を送ります。

 

斎藤
仕事をしていて、英語で困ったことはありますか?

タケウマ
なきにしもあらず……くらいのイメージですね。僕は英文を翻訳サイトで必ず一度は翻訳するようにしています。ただ、翻訳サイトが間違えることもあるんですね。なので「何か文章が変だな」と思ったら別の翻訳サイトを使って二重チェックします。また、エージェント契約などの重要な場面では翻訳家に有償で翻訳を依頼することもあります。

 

斎藤
インボイスは発注者の国の形式に沿った形式にしなくてはいけませんよね? ちょっと大変そうです。

 

タケウマ
インボイスの形式はネットで調べるとすぐに出てきます。そういった形式をマネしても、いままで特に問題になったことはないですね。

 

斎藤
海外だと時差を意識しなくてはいけないこともありそうです。

タケウマ
そうですね。深夜にメールが来ることもあります。それだけなら特段大変ではないのですが、海外案件だと一般的に日本よりも納期がかなり短いことが多いんです。「明日までにラフを提出してくれ」というのもままあります。

 

斎藤
それはキツい……!

 

タケウマ
想像ですが、クリエイティブに対するリスペクトは思っている以上に高いのだと思います。ギャラの相場が高いのも、そのあたりが理由にありそうですね。

ドイツの洗濯のやり方って? 生活習慣の違いに要注意

斎藤
タケウマさんが海外案件に取り組むときに気をつけていることはありますか?

 

タケウマ
第一に考えなくてはいけないのは、海外は日本と生活習慣が違うということです。例えばドイツからの案件で「家庭で洗濯物を干しているところを描いてほしい」という依頼が来たとします。ところが、日本の洗濯とドイツの洗濯のやり方は同じとは限りません。

使っている洗濯機が同じだったとしても、干す場所、干し方など細かいところで異なることも多々あります。それを踏まえずに自分の生活だけをイメージして描くと「本当にプロフェッショナルなのか?」なんて思われてしまうでしょうね。

 

斎藤
ドイツの細かい生活習慣について調べるのって難しそうですね。ググればどうにかなるのかな……。

 

タケウマ
普通のGoogle検索だけだとちょっと物足りないので、調べる先の検索エンジンや、たとえばドイツ版のGoogleなどを使って調べるといいと思います。

 

斎藤
なるほど! そうした違いって、いろいろとありそうですね。

タケウマ
そうですね。他にも「公園で子ども達が『キャッチ』をして遊んでいる場面を描いてほしい」という依頼がありました。キャッチボールのことかな、と思っていたんですが、調べてみるとフリスビーのことだったんです。

それ以外にも、少し前にXで流れてきましたが、ドイツではケーキにフォークをさした状態で供するのも普通になってきているとか、思いもよらない違いがあります。

 

斎藤
これは気づくのが難しそうですね。違和感があったら何でも調べておかないと失敗してしまいそう。

できるだけ「フラット」に描く。考え方の違いも要注意

タケウマ
文化や考え方の違いについても気をつけておかなくてはいけません。特に人種や性に対しては、国内の案件よりもフラットに描く必要があることが多いですね。

例えば、女性を描くときにグラビアモデルのように胸を強調したり、手足を長くしたりしないようにします。アフリカ系のアメリカ人を描くときにも、ステレオタイプなイメージのように唇を分厚く描くのは好まれないことが多いです。

 

斎藤
このあたり、ちゃんと意識をアップデートしておく必要がありそうですね。

 

タケウマ
他にもちょっと特殊な事情として、イギリスのクライアントからは「ブルドッグを描かないようにしてほしい」という要望もありました。

 

斎藤
ブルドッグ? なぜ……???

 

タケウマ
ブルドッグは人為的に交配されて作られた犬種なんです。国によっては動物愛護の観点から、特に理由がなくブルドッグやスコティッシュフォールドを描くのはあまりよくないこととされています。

もちろん、ブルドッグを描く必要があるなら問題ありません。でも、公園の絵を描くように依頼されたときに、なんとなくブルドッグを散歩させている人を描くと、まず理由を聞かれ、別の犬種にして欲しいという修正依頼が来るでしょうね。

 

斎藤
さっきの性や人種の描き方については思い至ることができそうですが、ブルドッグについては全く思いつきもしませんでした……。

 

タケウマ
なかなか難しいですよね。ただ、こういったことは案件やクライアントの考え方にもよります。ラフを提出したときにクライアントから要望があったら指摘してくれるので、そこまでナーバスにならなくても大丈夫かなとは思います。

国内と海外で求められるテイストの違い

斎藤
海外でウケそうなテイストってあるんでしょうか?

タケウマ
国内だと「わかりやすく誤解のないように描く」ことを要求される場ってよくあると思うんです。でも海外だと「説明過多な絵は子どもっぽく見えるから止めてほしい」と言われることがありますね。

特に僕は「コンセプチュアルイラストレーション」という、例え話のようなイラストを描くことが多いんです。

「マッスルな体型を誇る男性の旧来的な食事は肉&肉であったが、さまざまな知見から肉だけの偏食は最早良くない」という内容のコラムのイラスト

 

タケウマ
例え話って、解釈の余地があるから、見た人に誤解を与える可能性もあるんですね。それでも海外のクライアントは「ちゃんと理解してくれる人に向けてのイラストだから問題ない」というスタイルを取ってくれることが多いです。

 

斎藤
確かに見た人に一瞬考えさせるようなイラストって、海外っぽいように感じます。

 

タケウマ
ただ、こういった方針の違いは大抵のイラストレーターだったら対応できるとは思います。逆に、国内の案件で「もっと絵をわかりやすくしてほしい」と言われる方が難しいことがありますね。

 

斎藤
なるほど。その辺りは人によって向き不向きがありそうですね。……ちなみにお伺いしたいのですが、私の絵って海外でウケそうですかね? 

斎藤充博公式ホームページのトップイラスト

タケウマ
やわらかくて、大らかで、優しい絵ですね。国内での需要はすごくありそうです。ただ、海外では先ほど言ったように「子どもっぽい」と受け取られてしまう可能性がありますね。

また、あくまでも僕の知っている範囲に限りますが、海外の案件は、日本では好まれる「ユルさ」に対する許容度が低いと感じます。全体としてはやわらかい絵でも、スタイル自体はかっちりしている、という。このまま普通にプレゼンするよりは、付加価値やできることをしっかりと説明することも必要かなと思います。

 

斎藤
なるほど~! いやあ、やっぱり難しそうですね……。

 

タケウマ
海外で受け入れられそうな絵にあわせるとしたら、線の太さを半分くらいにして、少しシャープなイメージを出せるといいかもしれません。もっとも僕が関わることが多いジャンル(実用系)での話ですが。

逆にこの絵柄のおもしろさを前面に押し出すという手もあります。その場合は攻めの姿勢でプレゼンする必要がありますね。

 

作品『街』より

タケウマ
例えば、このカエルがすごくいいのでビールのラベルにしてみるのはどうでしょう? あるいは、SUZURIでTシャツにしてみて、その画像をSNSやポートフォリオサイトに載せるとか。この絵が使われている状況をイメージしてもらえるようにすると、可能性がもっと出てくるのではないかと思います。

 

斎藤
SUZURIでTシャツにするのは簡単ですね。さっそくやってみます~! 個人的な話まで聞いていただいて、ありがとうございました!

作ってみました!(SUZURI

 


 

というわけで、海外案件を多数手掛けているタケウマさんでした。言語の壁がないイラストなら世界中どこの案件でも受けられるのでは、なんて思っていたのですが、やはり国内と海外ではいろいろな違いがありますね。

タケウマさんに「海外案件を受けていてよかったことは何ですか?」と最後に聞いたところ「海外の文化やイラストに触れることで、自分自身の見識が広がったことです」と答えていただきました。こうした違いを積極的に楽しめるイラストレーターは、海外の案件に向いているのかもしれません。

お話を聞いた人

タケウマ

Web:Studio-Takeuma official site

X:@StudioTakeuma

Instaglam:@studio_takeuma

(タケウマさんより)

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取材・執筆・イラスト
斎藤充博(X:@3216WebGENSEKI