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人気キャラに命を吹き込む「ぬいぐるみクリエイター」せこなおが語るキャラの本質のつかみ方

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

僕の友人に「ぬいぐるみデザイナー」の「せこなお」さんという人がいます。せこなおさんの主な仕事は、企業などから依頼を受けて「既存のキャラクター」をぬいぐるみにすることです。

 

たとえば、企業などのPRキャラクターがぬいぐるみになっていたり、マンガのキャラクターがぬいぐるみになっていることってありますよね。そうしたぬいぐるみのデザインはせこなおさんの仕事かもしれません。

実際にせこなおさんは人気マンガの「ちいかわ」や、SNSで人気のキャラクター「サメにゃん」をぬいぐるみにしたりしています。

ナガノさんの大人気漫画「ちいかわ」のキャラクターぬいぐるみの商品用原型制作(販売元:株式会社グレイ・パーカー・サービス)

SNSやLINEスタンプで大人気の「mofusand」さんのキャラクター「サメにゃん」のぬいぐるみ商品用原型制作(販売元:株式会社グレイ・パーカー・サービス)

 

他にも、こんな有名なキャラクターをぬいぐるみにしています。

  • 三井住友銀行公式キャラクター「ミドすけ」のぬいぐるみ
  • 『あたしンち』(けらえいこ)のコミックス発売記念特典ぬいぐるみ
  • スマホアプリ「なめこ栽培キット」キャラクター「なめこ」マスコット
  • 他多数…

みなさんも一度くらいは、せこなおさんのぬいぐるみを目にしたことがあるかもしれません。

 

さて、一言で「既存のキャラクターをぬいぐるみにする」とは言いましたが、ちょっと考えてみるとなかなか大変そうです。2次元のイラストを3次元のぬいぐるみにする。しかも、この仕事はいわゆる「クライアントワーク」と言われるもの。なにかと関係各所に気を遣う場面も出てきそう。

クライアントワーク

クライアントから依頼されて作品を作ること。作品内容にクライアントの意向を反映しながら進める。反対語として自分の好きなように作品を作る「自主制作」がある。

今回せこなおさんに改めて仕事のお話を聞いてみました。この記事を読むと

  • ぬいぐるみ制作の大変さ
  • 既存のキャラを理解するということ
  • クライアントワークへの心構え
  • 自分のキャラをグッズ展開するときに気をつけること

こんなことがなんとなく理解できるかもしれません。

お話を聞いた人

せこなお
多摩美術大学絵画科油画専攻卒業。キャラクターグッズの企画/デザインの会社を経てぬいぐるみ制作会社にて入社。ぬいぐるみのデザイン、パターンの仕事に10年間携わった後に、フリーランスのぬいぐるみデザイナーとして独立。大手企業や、著名なキャラクターのぬいぐるみ制作実績多数。

ライター

斎藤充博
指圧師、ライター、マンガ制作などをして暮らしている。せこなおさんとたまに酒を飲むことがある。

クライアントワークで大量生産を前提とした型紙から作る

斎藤
というわけで、あらためてせこなおさんのお仕事について教えていただきたいです。すごく有名なキャラクターを多数ぬいぐるみにしていますよね?

 

せこなお
そうですね。企業から依頼を受けて、キャラクターをぬいぐるみにする仕事が多いです。一部はオリジナルもありますが。

 

斎藤
せこなおさんは単にぬいぐるみを作るだけじゃなくて、「ぬいぐるみの型紙」も作っているって聞いたことがあります。それってどういうことですか?

 

せこなお
ぬいぐるみを作るときに型紙は必要になります。洋服を作る際に型紙を使うのと同じことですね。
私の仕事でちょっと特殊かもしれない部分は「大量生産を前提とした型紙」を作って、それをクライアントに納品していることですね。
私の作った型紙をぬいぐるみ工場に渡して、布を切って、縫い合わせて、綿を詰めると、商品としてのぬいぐるみができるという。

 

斎藤
なるほど……。クライアントワークでキャラクターのぬいぐるみ化。そして工場での大量生産。これはいろいろな事情がからむ仕事になりそうな予感がします……。詳しく教えてください。

 

せこなお
大変なことは、いろいろありますね(笑)。話せる範囲で話しますよ!

せこなおさんの実際の仕事現場

ぬいぐるみを作るには

斎藤
まずは、ぬいぐるみを制作する手順について説明させてください。よく考えてみると、ぬいぐるみについて何も知らなくて……。

 

せこなお
まず発注をいただいてキャラクターのイラストをいただきます。次にやるのは「ペーパークラフト」を作ることなんです。

 

斎藤
そこからなんだ!

 

せこなお
そうなんですよ。これでおおまかな形が決まったら、ペーパークラフトをバラバラにして、型紙として仕上げる。

斎藤
なるほど……。

 

せこなお
この型紙を元に、布を切って、縫い上げて、綿を詰めて、ぬいぐるみにします。

斎藤
このぬいぐるみの形って、最初に作ったペーパークラフトとはちょっと違いますよね? 

 

せこなお
違いますね。紙と違って布は伸びるじゃないですか。これがぬいぐるみとして自然な丸みになる場合もあるし、逆にその丸みが作りたい形を邪魔してしまうこともある。
ぬいぐるみって、最終的には綿を詰めてみないと、どんな形になるかはわからないですね。

 

斎藤
綿を詰めた後で「なんか違うな……」って思ったときはどうするんですか?

 

せこなお
その場合はまた最初のペーパークラフトに戻るんですよ。

 

斎藤
大変だ……!

 

せこなお
たとえば、これが粘土の造形だったら、出来あがったものを見て「ちょっとここに粘土を足して調整しよう」みたいなことができますよね。ぬいぐるみはそういうことができないんですよ……。

 

斎藤
だいたい、何回くらいやり直すんですか?

 

せこなお
最近では2回くらいで「自分の作りたい形」を出せるようになりました。

 

斎藤
2回で形が決まるの、すごいと思います!

 

2次元のイラストを3次元のぬいぐるみに「解釈」する

せこなお
ただ、これはあくまでも「自分の作りたい形」ができるということなんですよね。この後に元になったキャラクターの原作者の方の監修が入ります。2次元のイラストから3次元のぬいぐるみにするときは、立体の解釈が原作者の方とズレてしまうこともあるんです。

 

斎藤
ああ~。たとえば、『ドラえもん』のスネ夫の前髪って、立体にしたときにどうなっているんだろうって思いますよね。そういうことですか? 

 

せこなお
たとえるなら、そういうことです。2次元から3次元にすると、辻褄があわなくなることもよくありますよね。

実際の現場であるのは、もうちょっと細かいことです。たとえば、イラストで猫のキャラクターがいるとします。

正面から見た、目や耳のバランスは決まっていますよね。それを参考に作ればいいんです。でも……

  • 頭の厚みはどのくらいあるのか?
  • 耳は平面的なのか? 立体的になっているのか?

こういうことも考えて解釈しなくてはいけません。

 

斎藤
分からない場合は、せこなおさんが「こうした方がこのキャラクターらしくなるはず」と「解釈」をするわけですね。

 

せこなお
そうですね。それが私の仕事だと思っています。

 

斎藤
でも、せこなおさんが解釈せずとも、原作者の人に直接聞いてみたらいいんじゃないでしょうか? 

 

せこなお
原作者さんに確認できるのが一番なので、できる限り確認します。ただ、ほっぺの膨らみ具合などのような細かいことはすべていちいち確認できませんし、原作者さんとのお打ち合わせなしで先に商品のご提案としてお見せするサンプルを作るケースもあります。

原作者の解釈を読み取るには「何も見ずに描けるようにする」

斎藤
ぬいぐるみの制作には、せこなおさんの解釈が原作者と近い必要がありますよね。どうやって原作者の解釈に近づけるようにするんですか?

 

せこなお

まず、アニメや3Dモデルやイラスト集など、手に入る資料はなるべく集めていろいろな角度からの見え方の確認をします。マンガなら全巻読んだり、キャラクター設定を見たりして、キャラクターの内面や性格のようなものも把握するようにします。

そして、対象のキャラクターを何度も模写して、何も見ずに描けるようにします。そうやって、キャラクターの本質的な部分をつかむんです。

斎藤
……すごい。『HUNTER×HUNTER』のクラピカみたいですね。

 

せこなお
『HUNTER×HUNTER』は知ってますが、 なんでですか?

 

斎藤
クラピカは「鎖」を具現化する能力があるじゃないですか。その能力を身につけるときに一日中本物の鎖をいじったり、写生したりしていたそうです。そうすると、だんだんと鎖の夢を見て、次には鎖の幻覚を見て、それがいつの間にか具現化した鎖になる。
……つまり、せこなおさんは具現化系の能力者なんですよ!!!

 

せこなお
なるほど(笑)。似てますね。逆にクラピカもぬいぐるみを作れるかもしれない(笑)。

 

斎藤
完全に話がそれましたが、そうやって「キャラクターの本質」をつかむ努力をしているというわけですね。

 

せこなお
そうですね。さっきは、キャラクターの解釈について、分かったようなことを言ってしまいましたが、これは答えのない世界です。
作者さんに見ていただいたときに「このキャラって立体にするとこういう形だったんですね」みたいに感心してもらえることもあります。それは作者の方がぼんやりと考えていた部分を私が具体化できたということですよね。こういうときはきっと正解なんだと思います。
その一方で、案件によっては、どうしてもなかなか似なくて、何回もやり直すこともあります。こういうときは本当に苦しいですね。

大量生産の「個体差」を前提とした設計をする

斎藤
ここまではキャラクターを2次元から3次元にする話ですよね。想像でしかないですが、たとえばフィギュアの原型師さんなども同じようなことを考えていると思うんです。「ぬいぐるみ」ならではの難しい点や、苦労はありますか?

 

せこなお
ぬいぐるみならではの特徴は、生産するときにどうしても手作りになることですね。

 

斎藤
あれ? ぬいぐるみって工場で大量生産するんじゃないんですか?

 

せこなお
大量生産といっても、結局ぬいぐるみは工場で人が一つ一つ作るんですよ。

 

斎藤
ああ……! そうか。ぬいぐるみの生産風景をまったく想像してなかった。

 

せこなお
手作りなんですよ。人が作るので、どうしても個体差ができてしまうんですね。
複雑な形にすればするほど個体差が出やすいし、あまりばらつきが出ると不良品にもつながります。コストも高くなります。

 

斎藤
単純な形にすると個体差は出なくなる……?

 

せこなお
そうですね。ただ、それだと表現の幅が狭まってしまう。キャラクターを再現するための表現の幅、生産での再現性、コスト、の3点を考慮して型紙を作ります。

 

斎藤
こうしたことも、せこなおさんの仕事になるか……。難しそう。

 

せこなお
このバランスは本当に難しくて……。ただ、キャラクターによっては「多少の個体差が出ていても全体のかわいさにはあまり影響しない」ということもあります。そういったことも考慮します。

 

斎藤
そこは原作のキャラクターの個性の「強さ」みたいなものも影響しそうですね。キャラクター論みたいな話になりそう。

 

ぬいぐるみで難しいのは「へこみ」!

斎藤
ちなみに、ぬいぐるみにするときに物理的に難しい表現ってありますか? 

 

せこなお
ぬいぐるみで難しいのは「へこみ」です。ぬいぐるみって内側から綿で圧をかけて仕上げるから、へこませるのは難しいんですよね。

 

斎藤
そうか、言われてみるとその通りですね。どうやって、へこませるんですか?

 

せこなお
中に布を渡して引っ張ったりしますね。でもその場合、布の逆側もへこむことになります。

 

斎藤
ああ……。確かにそうなりますね。設計の段階でめちゃくちゃ頭使いそう。

 

せこなお
パペット(操り人形)の口のようなものだったら、単純に内側に硬い素材を入れたりもします。ただし、硬い素材を使うと抱き心地に影響するので、通常のぬいぐるみに使える状況は限られますね。

人はぬいぐるみの「触り心地」を求めている

斎藤
話を聞いていて、ぬいぐるみってめちゃくちゃ大変ってことがわかりました。……そこでふと思ったんですが、ここまでしてぬいぐるみを作る意味ってなんでしょうかね?

 

せこなお
企業がキャラクターのグッズ展開をしようとしますよね。フィギュア、バッチ、エコバッグ……いろいろな可能性があるんですが、ぬいぐるみはやっぱり候補に入ってくることが多いですね。

 

斎藤
人々はどうしてぬいぐるみを求めるんでしょうか?

 

せこなお
ぬいぐるみは触り心地がやわらかくて、生き物に近いと思うんです。やっぱり好きなキャラクターを生き物に近い存在にして、手元に置いておきたい、一緒に寝たい、という気持ちがあると思うんです。

斎藤
言われてみると、ぬいぐるみって「触る」ものですよね。

 

せこなお
フィギュアの方がぬいぐるみよりもはるかに精巧に作れるし、大量生産のブレもないんですよ。見た目ではそっちの方がいい。それでもぬいぐるみが求められるのは「やわらかい」という魅力があるだと思います。

 

斎藤
確かに、フィギュアって触るというよりも、立体を見て楽しむものかもしれない。

 

せこなお
最近「癒やし系のロボット」って増えているじゃないですか。そういったロボットの外側にやわらかい布をかぶせて、触り心地をよくするような仕事もしています。

 

斎藤
まさに人が触り心地を求めている例ですね……。

 

キャラグッズの展開を成功させるには?

斎藤
ゲンセキマガジンの読者は、自分のオリジナルキャラクターを持っていて、いずれはグッズ展開できれば……と考えている人も多いと思うんです。自分のキャラがグッズ展開ということになった場合、気をつけておいた方がいいことってありますか?

 

せこなお
一番重要なのは、自分の中でそのキャラクターが確立しているかということだと思います。

 

斎藤
それはどういうことですか?

 

せこなお
キャラクターの性質について、自分ですべて理解していて、それを人に伝えられるといいと思います。そうすると、できあがってきたグッズを見たときに「ここをこうして欲しい」と具体的な修正指示が出せる。そうした方がいいものができると思うんですよ。

 

斎藤
なるほど……。クライアントワークであいまいな指示って、ちょっと難しいですもんね。僕もライターとしてあいまいな指示をもらうと、悩みます。そういうコミュニケーションのズレが積み重なると、つらいことになりがち。
……ライターもけっこうそういう場面があるので、いろいろな仕事で「あるある」なのかもしれませんね。

 


 

というわけでぬいぐるみをクリエイターのせこなおさんでした。

「キャラクターのぬいぐるみ」なんて、どこにでもあるようなものの気がしていましたが、膨大な手間と絶え間ない工夫の積み重ねで作られているということがよくわかりました。家にあるぬいぐるみ、大事にしよう……。

キャラグッズを展開するときに「自分の中でそのキャラクターが確立している」ということが重要という話も興味深かったです。

僕もときどきマンガを描くのですが、いつかせこなおさんにぬいぐるみを作ってもらえるようになる日はくるんでしょうか。そしてその時に、ちゃんと自分のキャラを説明できるかな……なんて思いました。

お話を聞いた人

せこなお
WEB:セコナオワークス
Twitter:@sekonao

 

せこなおさんオリジナルぬいぐるみが2022年秋頃発売予定です!