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小説の表紙イラストってどう作ってるの? 作家・櫻田智也と一緒に東京創元社の編集者に聞いてみた

こんにちは。ライターでイラストレーターの斎藤充博です。

「小説の表紙イラスト」って、イラストレーターにとっては「やってみたい仕事」の一つではないでしょうか?

文字だけで作られた世界にイラストでイメージを付け加えるなんて、仕事としてなんだか楽しそう。それに小説の表紙は、全国の書店で最大限に目立つように陳列されるわけで、やりがいもありますよね。

 

さて、ここで僕が個人的に気になっている小説のシリーズがあります。虫好きの青年「魞沢泉(えりさわせん)」が事件を推理するミステリ小説の『サーチライトと誘蛾灯』『蟬かえる』です。

このようにいくつかのバージョンがあり、表紙イラストも別に作られています。一連のシリーズなのに、いろいろなイメージがありますね。なぜこのようになっているのでしょうか。

そこで今回は『サーチライトと誘蛾灯』と『蟬かえる』を担当されている、東京創元社の泉元彩希さんにこんな質問をしてみました。

  • 一般的に小説の表紙イラストってどんなふうに作っているの?
  • 『サーチライトと誘蛾灯』と『蟬かえる』の表紙イラストはどう作ったの?

さらに『サーチライトと誘蛾灯』と『蟬かえる』を書いた作家の櫻田智也さんもお迎えして、それぞれの表紙イラストの感想などもおうかがいしています。

 

小説の表紙を書いてみたいイラストレーター、そして櫻田智也さんファンには、必見の内容となっております!

お話を聞いた人

泉元彩希
編集者。東京創元社で国内ミステリを中心とした書籍を担当している。
お話を聞いた人

櫻田智也
ミステリ作家。『蟬かえる』で日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞をW受賞。Webメディア・デイリーポータルZでライターをしていた過去もあり、ライターの斎藤充博とは知りあいの関係。
ライター(絵も)

斎藤充博
ライター、ときどきイラストレーター。ミステリ小説を読むのが趣味。知っている人がミステリ作家になり、さらに高い評価を受けて興奮している。

表紙イラストは小説の「顔」で小説世界を表現するもの

斎藤
「小説の表紙イラスト」について、いろいろ聞いてみようということで。今日はよろしくお願いします。

 

櫻田
「表紙イラスト」に関する知識はほぼゼロなので、今回のテーマは興味ありますね。

 

泉元
表紙イラストをどのように制作しているか、わかりやすくお話ができたらと思っています。

 

斎藤
まずは泉元さんにおうかがいしたいのですが、やっぱり表紙イラストって、本にとって重要なものでしょうか?

泉元
本を作るときには、タイトルや帯のキャッチコピーなど、いろいろと工夫を凝らすポイントはあります。その中でも表紙はいわば「本の顔」になります。書店さんでも、Web上でも、表紙が並んだときに読者の目を引けるかは、とても気にしています。

 

斎藤
すると、表紙イラストは基本的には目立った方がいいわけですね。

 

泉元
そうですね。ただ、単純に目立つよう、派手派手しい色づかいにすればいいというわけでもなくて。まず第一に、小説の世界観を表現しなくてはいけません。

後ほど『サーチライトと誘蛾灯』『蟬かえる』の表紙イラスト制作の例とあわせて、詳しくお話しできればと思うのですが、これがなかなか難しいところではあります。

ミステリ小説の表紙といえば、思い浮かぶのは……

斎藤
次に櫻田さんにおうかがいしたいのですが「表紙イラストが印象に残っているミステリ」ってありますか? 

 

櫻田
綾辻行人さんの『十角館の殺人』の文庫版のイラストですね

『十角館の殺人』(綾辻行人/講談社)
この画像は旧版。斎藤の私物です

 

斎藤
いわゆる「新本格ミステリ」(1980年代に始まったミステリ小説のジャンルの一つ、トリックや謎解きを重視したもの)の代表作。ミステリ好きなら、この表紙が頭に浮かぶ人は多いと思います。僕もそうですね。

 

櫻田
古いものもふくめていろいろとミステリは読んでいますが、新本格あたりからは表紙デザインのイメージが統一されるようになってきた記憶があります。僕はちょうどそのころにミステリを読み始めていて、書店でも「これは新本格ミステリっぽいな」という印象で手に取りやすかったですね。

表紙イラスト制作の流れはこんな感じ

斎藤
それでは本題をおうかがいしたいのですが……。表紙イラストはどんな流れで作っていくんでしょうか?

 

泉元
表紙イラストが完成するまでの流れはケースバイケースで、出版社や編集者によっても違うかと思いますので、これから話すことはあくまでも一例と考えてください。

泉元
まず、作家さんが原稿を書き終わった後に、印刷所に原稿のテキストデータを渡します。それから印刷所が、原稿を元に「ゲラ」という校正用の試し刷りの紙を作ります。

ゲラをデザイナーさんに読んでいただいた後、デザイナーさんと打ちあわせをして、本のイメージを詰めていきます。イラストがいいか、写真がいいか。イラストなら、どのようなタッチの方がいいかなど。

 

櫻田
デザイナーさんのイメージを聞くところからなんですね。

 

泉元
原稿を読んでいるときに、すぐ「あのイラストレーターさんにお願いしたい」とイメージが思い浮かび、依頼するケースもあります。

しかし、表紙のいろいろなパターンや可能性を広げたいので、私はまずデザイナーさんのご意見やご提案をうかがってから、イラストレーターさんを決めることが多いですね。

そうして編集者とデザイナーさんとの間でイメージが固まった後、イラストレーターさんに依頼します。

 

斎藤
編集者はどんなふうにイラストを発注するんでしょうか? たとえば、編集者がざっくりとしたラフを作って、それにそって描いてもらうとか……?

 

泉元
依頼段階では、文章でざっくりとした方向性を伝えています。たとえば、「主人公をメインにし、作中の舞台となる街並みを背景に描いてください」など。

イラストレーターさんにゲラをお読みいただき、内容から感じたことも反映していただきたいので、こちらがラフを作るケースは少ないです。

 

斎藤
イラストレーターのイマジネーションが試されますね……!

 

泉元
その後に、イラストレーターさんとデザイナーさんと編集者で、具体的に何を描くかを打ち合わせします。イラストレーターさんと何回かのラフのやりとりを経て、実際に描いていただくという流れです。

普段から本や文芸誌はチェックしている

斎藤
泉元さんは、どんなふうにイラストレーターさんを探しているのでしょうか?

 

泉元
本の表紙や、文芸誌の小説の扉イラストを見て「いいな」と思う人をチェックすることが多いです。やっぱり、実際に作品の内容を表現しているイラストの方が、具体的なイメージが湧きやすいので。

この時に役に立つのがBIRD GRAPHICS BOOK STOREという、いろいろな本の表紙を紹介しているブログです。

 

櫻田
このブログ、よく見かけますよ。個人の方が運営しているんですね。

 

泉元
そうみたいですね。イラストレーターさんやデザイナーさんの、お名前や公式サイトへのリンクも掲載されていて、かなり助かっています。

他にも『イラストレーションファイル』という、さまざまなイラストレーターさんのお仕事を紹介したイラストレーション年鑑や、そのWebサイトもよく見ます。

 

斎藤
TwitterやpixivなどのSNSからイラストレーターを探すことはあるんでしょうか?

 

泉元
本や文芸誌ほどではないのですが、見ていますね。

SNSに掲載されたイラストについては、印象に残っていることがひとつあります。雪乃紗衣さんの『永遠の夏をあとに』という小説の文庫版の表紙イラストを考えている時に、Re°(リド)さんという人気イラストレーターの方がTwitterに上げていたイラストを拝見しました。

デザイナーの西村弘美さんと、「このイラストが作品のイメージにピッタリだ」と意見が一致したので、表紙としてお借りしました。

『永遠の夏をあとに』(雪乃紗衣/東京創元社)

斎藤
するとこれは描き下ろしじゃないんだ。そんなことがあるんですね! 

 

泉元
イメージにあえば、既存の作品をお借りする場合もあります。

さらにこの表紙は、毎日新聞の「COVER DESIGN」という連載で取り上げていただきました。この連載はグラフィックデザイナーの鈴木成一さんが、魅力的なデザインの本を紹介する内容で、
「文庫本という限られた矩形(くけい)にもかかわらず、伝えるべき『だいじなもの』が慎重に的確に選ばれ、無駄を許さない緊張感に満ちている」
と評していただきました。

読者の方からSNSで表紙の感想をいただくことはあっても、デザイナーの方に連載という形で取り上げていただいたのは初めてで、忘れられない経験です。

 

斎藤
すごいですね。なんかもう奇跡みたいな話!

仕事をしたいのは「小説を読み込んでくれる」イラストレーターさん

斎藤
どういったイラストレーターさんと仕事がしたいとか、こういうスキルがあるといいとか、ありますか?

泉元
小説にちゃんと興味があって、作品を読み込んでいただけることが一番大事だと思います。

表紙イラストにはいろいろなパターンが考えられます。

「小説の特定の場面を描くか、作品全体のイメージを描くか?」
「人物メインにするか、背景込みにするか?」
「人物の顔はハッキリ描くか、抽象的にするか?」

やっぱり小説を読み込む力がないと、こういったイメージを編集者やデザイナーさんとすりあわせるのが難しくなってしまうんです。

 

斎藤
読み込む力……。なるほど。

 

泉元
弊社で何度もお仕事をご一緒した、丹地陽子さんというイラストレーターさんがいらっしゃいます。丹地さんはいろいろなタッチをお持ちで、小説の内容によって使い分けていただいているんです。たとえば、以下のような感じですね。

『アリス殺し』(小林泰三/東京創元社)

『配達あかずきん―成風堂書店事件メモ』(大崎梢/東京創元社)

『現代詩人探偵』(紅玉いづき/東京創元社)

斎藤
これ、同じ人が描いているのか~! こういう方だと、小説を読み込んでいただいた上で、画風も含めて相談できそうですよね。

 

泉元
作品の内容ごとに様々なタッチで描きわけてくださるので、イラストレーターさんの候補で悩んだときに、「丹地さんにお願いすれば間違いない」という想いから依頼したこともあったかと思います。打合せの時もいろいろなご提案をいただいています。


櫻田
イラストレーターさんは、単純に依頼を受けたものを描くというわけではないんですね。たしかに小説を読んだ上で自分自身のアイデアがないと、なかなか大変そうです。

サーチライトと誘蛾灯(Kindle版)

斎藤
ここからは、櫻田さんの著書の表紙イラストが、それぞれどんなふうに作られたかを聞いていきたいと思います。まずはKindle版の『サーチライトと誘蛾灯』から。

 

泉元
『ミステリーズ!vol.61』に掲載した受賞作を、その後電子書籍化しました。その際、『ミステリーズ!』に掲載したモノクロの扉イラストを、弊社装幀室で着色しました。

『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也/東京創元社)

斎藤
暗がりの中を光に向かって歩いていく男性。やわらかい雰囲気のイラストですが、ミステリらしい不穏さもあると思いました。

泉元
受賞した際の選評では、人物の会話のユーモラスさなどが評価されていました。そこで、イラストもやわらかい雰囲気がいいだろうと考え、他社さんの文芸誌の小説の扉でイメージに合うイラストを描いていた、泉雅史さんにお願いしました。

 

斎藤
このおじいちゃんは登場人物の吉森さんですよね。櫻田さんの脳内イメージとあっていましたか?

 

櫻田
以前から、頭の中で具体的な像はあまりイメージしないで小説を書くタイプなんです。小説の中でも、吉森さんについても外見の描写はほとんどなくて、おじいちゃんで腕章をつけていることくらいでしたかね。描いていただいて「なるほど、こうなっているのか」なんて思いました。

 

斎藤
そして、シリーズを通しての主人公である魞沢くんはまだ出てきていません……。

 

櫻田
僕は魞沢の情報をほとんど小説の中に書いていないので、イラストに描きようがないのかな、と思った記憶があります。

『ミステリーズ!』にシリーズの短編を5編書き、どれも泉さんに挿画を描いていただいているんですが、魞沢の姿はハッキリとはないです。このシリーズの挿画を描くのは、なかなか大変だったんじゃないでしょうか。

 

泉元
泉さんに描いていただいたのは、結果的に物語が本格的に始まる前、冒頭のシーンが多くなりましたね。

 

斎藤
「物語の冒頭部分」を描いているのは、ミステリというジャンルだからというのもありそうですね。

サーチライトと誘蛾灯(単行本版)

『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也/東京創元社)

斎藤
次は単行本の『サーチライトと誘蛾灯』。先ほどの受賞作を含む連作短編集です。小説に登場した要素が幾何学的にデフォルメされて、画面いっぱいに配置されています。

 

櫻田
これは初めての紙の本で、表紙ができた時はうれしかったですね。本屋さんで目立ちそうって思いました。

 

泉元
公園の周囲を、物語の登場人物達が廻っているイメージです。作品から感じたユーモラスさを意識して、楽しげでポップなイラストを依頼しました。

 

斎藤
僕は本を見たときに「パズラー」(ミステリ小説のジャンルの一つ、特に謎解きの論理性を重視したもの)を意識しているのかな、と思いました。こんなふうに要素が画面いっぱいに敷き詰められているのって、パズルっぽいですよね。

 

泉元
イラストをお願いしたのは、北澤平祐さんです。新潮社さんから出ている『本にだって雄と雌があります』(小田雅久仁さん)や『これはペンです』(円城塔さん)など、北澤平祐さんが表紙を手掛けている、モチーフが敷きつめられたにぎやかなイラストを拝見してお願いしました。

『本にだって雄と雌があります』(小田雅久仁/新潮社)

『これはペンです』(円城塔/新潮社)

斎藤
なるほど……。タッチは違いますが、イラストも画面いっぱいに要素が配置されているのが共通していますね。こんなふうに編集者は発想を得ているのか……。

サーチライトと誘蛾灯(文庫版)

『サーチライトと誘蛾灯』(櫻田智也/東京創元社)

斎藤
『サーチライトと誘蛾灯』の文庫版です。幻想的な雰囲気の夜の公園に、虫たちが集まっている。ここで表紙の雰囲気が変わりましたね。

 

泉元
ここまではユーモラスさや楽しげな雰囲気を意識していました。ただ、櫻田さん作品のメインとなる部分は、意外な真相や謎解きといった、読み応えのある本格ミステリなんです。

いままでの方向性だと、読者が表紙から受けるイメージとずれてしまうかもしれない……と思いました。そこで、ミステリらしさ、謎めいた雰囲気が伝わるようなシリアスな方向性に変えたんです。

櫻田
実は、表紙イラストの方向性は、どこかで変更することにはなるんだろうな……とは思っていました。

『サーチライトと誘蛾灯』の後半や、当時準備していた『蟬かえる』に収録する小説は、初期からトーンが変わっていってしまったんです。

少年マンガでよくあるじゃないですか。ギャグマンガから始まっていったのに、途中でストーリーマンガになっていく……みたいな。あんな感じです。

 

泉元
ここからは、謎めいた雰囲気や、せっかく昆虫が関わるミステリなので、きれいな昆虫をイラストでも見せたいと思いました。

デザイナーの長﨑綾さん(next door design所属)に相談して、ご提案いただいたイラストレーターが河合真維さんです。ミステリアスな雰囲気で、かつ昆虫や植物を美しく描ける作品がイメージにあうなと。

河合真維さんのWebページより

斎藤
河合さんのWebページを拝見したのですが、トップに掲載されているイラストの「虫」や「木」のイメージが共通していますね。

河合真維さんからもコメントをいただいています。

これまで女性を描くことが多く、アウトドアファッションの男性を主人公に描くのは初めてのことでしたので、ご依頼をいただいた時とてもわくわくしました。
作中で大きなキーワードとなる虫たちが魅力的に見えるように、また何かが起きそうなミステリアスな雰囲気の中にも、魞沢くんのコミカルで親しみやすそうな印象が残るといいなと意識したことをよく覚えています。

斎藤
今回から、主人公の魞沢くんが表紙に登場するようになりましたよね。読者としてはちょっとびっくりしました。

 

櫻田
僕も魞沢が描かれることは想像していませんでした。ただ、作中ではほとんど情報がない人物なのに、ちゃんと絵にしてくれたんだな、と感動した覚えがあります。

 

斎藤
主人公がイラスト化されたことに対して、作家としてはちょっと抵抗があったりはしませんでしたか……?

 

櫻田
正直なところ、具体的な「顔」や「表情」がないっていうのはありがたかったな、とは思いました。このあたりの加減は、さすがだと思います。

 

泉元
魞沢くんがどんな人物なのかは、作中ではハッキリ描かれていないんですが、やっぱり主人公ですからね。顔は明確に描かないけど、カッコよくしてください、とお願いしました。編集者として、そこは人の目を引いてナンボという意識がありますね。

斎藤
表紙の魞沢くんは体型だけでかっこいいですよね。読者として「こんなにかっこよかったんだ」と思った記憶があります。ただ、作中に魞沢くんの容姿に関する情報はほぼないので「イメージと違う!」みたいなことにもならないですよね。

蟬かえる(単行本版)

『蟬かえる』(櫻田智也/東京創元社)

斎藤
『蟬かえる』の単行本版です。幻想的な風景の中で、川辺でチョウと戯れている魞沢くん。本人は楽しそうですが、寂しそうにも見えます。

 

泉元
文庫版の『サーチライトと誘蛾灯』でシリーズのイメージが決定しましたので、引き続き表紙イラストは河合真維さんにお願いしました。

今回ちょっと悩んだのが「虫」の扱いです。『サーチライトと誘蛾灯』の時には、出てくるのがカブトムシとか、チョウとか、わりときれいなイメージのものだったんです。

 

斎藤
『蟬かえる』に出てくるのは、セミ、フンコロガシ、クモ、ハエですもんね。ちょっと苦手な人も出てきそう。ホタルなどきれいな虫もいますが。

 

泉元
どうしたものかとデザイナーの岩郷重力+WONDER WORKZ。さんに相談したところ、「虫をリアルに描くことはせず、表紙なので手に取りやすい、かつ河合さんのタッチにあう、幻想的な美しいイメージイラストにするのはどうか」ということになりました。

 

斎藤
なるほど。そして、魞沢くんがいる場所が、ちょっと現実にはありそうにない感じですね。小説のワンシーンでもない。

 

泉元
河合さんの作風を最大限に活かしていただきました。空の色も川も幻想的な色づかいです。木も曲がりくねっているし、草むらの色あいや地形も現実にはありえないですよね。

参考にさせていただいたのが、河合さんのWebサイトに掲載されていた、以下の2点のイラストです。

『Voyage』(河合真維)

泉元
こちらは「太陽、空、海」が幻想的な色づかいで描かれています。

『Into the Night Blue』(河合真維)

泉元
こちらは「木や地面、花」の配色が鮮やかで、「現実ではありえない光景」を描いていますが、美しいですよね。

 

斎藤
おもしろいですね。河合さんからのコメントをいただいています。

幻想的なイメージをとても大切にした作品です。 収録されている5編の中でも「ホタル計画」の美しい情景描写が非常に印象的で、 水辺にふわふわと浮かび上がる蛍の光を主なモチーフにしています。 ミステリアスな雰囲気を感じる色彩と、その中で蝶と遊ぶラフなポージングで 無邪気な魞沢くんらしさがでるように意識して描きました。

櫻田
僕は魞沢の寂しさを、表紙でバンと打ち出していただけたと思いました。すごくしっくりきていています。

 

斎藤
たしかに、魞沢くんはコミカルだけど、寂しいですよね。『蟬かえる』ではその寂しさが作品全体に漂っています。それが表紙イラストにも表現されているのは、きっと正解なんでしょうね。

蟬かえる(文庫版)

『蟬かえる』(櫻田智也/東京創元社)

斎藤
最後に『蟬かえる』の文庫版です。不思議な色の空の元で魞沢くんがトンボと戯れています。そして画面いっぱいのホタル。 幻想的な方向性がより一層強調されているように思いました。

 

泉元
引き続きイラストは河合真維さんです。

表紙イラストのイメージが変遷していったのは、櫻田さんがお書きになっていくうちに、作品全体のトーンが変わっていったこととも関係していると思うんです。

ありがたいことに『蟬かえる』は、単行本刊行後に多くの方からご好評をいただき、その結果、ミステリの大きな賞である第74回日本推理作家協会賞と、第21回本格ミステリ大賞を受賞するという、栄誉にあずかりました。

作品が広がっていく中で、読者の方から、「とても感動した」「悲しい事件だったけど、謎解きした後の魞沢くんの優しさに胸を打たれた」という多くの感想をいただきました。そのときに「櫻田さんの小説の本質はユーモアではなく、ペーソスなんだ」と気づいたんです。

魞沢くんが、人間の愛おしさや悲しみを秘めた事件の謎を解く上で、傷ついた事件関係者に優しくよりそう。切なさと温かさですね。魞沢くんシリーズはこの方向性でいいんだなと、単行本を刊行した際の反響から、作品のイメージがやっとつかめたと思いました。

 

斎藤
河合真維さんからのコメントです。

『サーチライトと誘蛾灯』(文庫版)と並べて対になるように、 また『蟬かえる』(単行本版)の幻想的なイメージもそのまま大切に描いた作品です。
絵の具で描いているのですが、鮮やかなピンクのグラデーションがイメージ通り出せた時に、ひとりテンションが上がっていたことが思い出深いです。 夕暮れ時の情景の美しさや切なさ、魞沢くんの優しい雰囲気が伝わるイラストになっていたらいいなと思います。

泉元
文庫版の『サーチライトと誘蛾灯』が寒色系だったので、文庫版の『蟬かえる』は暖色系にしたらいいんじゃないか、という話を打ち合せでしましたね。書店さんの店頭で、どちらも並べて展開していただくことを想定して、カラーリングが対になるように。

この表紙に関しては打合せも短くて、いただいたラフも一発で決まりました。私、河合さん、長﨑さんと全員のイメージが固まっていたんだと思います。

 

櫻田
『蟬かえる』の単行本版に引き続いて、幻想的な雰囲気があって、うれしかったです。色あいもすごく好きです。

魞沢が、彼岸との境界線に立っているような感じがありますよね。ミステリの探偵役としては、すごくいい立ち位置。

 

斎藤
彼岸との境界……。表題作の『蟬かえる』で描かれているイメージと共通しているような印象もありますね。

 

櫻田
魞沢が中心に描かれているんだけど、キャラクターっぽくない感じも作者としては安心しますね。

斎藤
『蟬かえる』の文庫版の法月綸太郎さん解説の中に、櫻田さんは「登場人物の過剰な“キャラ立ち”を避けたい」と語っていた、という文章がありますね。

 

櫻田
そういう気持ちはあります。いまは小説でもキャラ立ちがすごくて、表紙のカバーでも美少年だったり、美少女を打ち出すのが当たり前になっているじゃないですか。

でも、40歳を過ぎてデビューすると、そういう世間の主流じゃないところでいきたいな、っていうのもあって……。僕が単純にあまのじゃくなんですが。

こんな話を泉元さんや河合さんにしたことはなかったのですが、いつの間にか意をくんでいただいて、ありがたかったです。

『蟬かえる』(櫻田智也/東京創元社)
戻って表紙イラストを確認したくなる方もいるんじゃないかと思いまして、もう一度載せておきます

斎藤
僕はこの表紙を見て「魞沢くんがTHE NORTH FACE着てる!」って思いました。ジャケットの柄が似ていますよね。

 

泉元
ザ・ノース……?

 

櫻田
アウトドアブランドですね。僕ね、普段THE NORTH FACEを着てるんですよ。「どっかで見られたのか?」って思いました(笑)。

斎藤
そういう、作者の行動が行間から染みだして、河合さんに描かせているのかもしれない……(笑)。

作家はイラストに影響を受ける?

斎藤
ちょっと聞いてみたいことがあります。魞沢くんがイラストに描かれるようになってから、櫻田さんの方で小説に影響を受けたことはありますか?

 

櫻田
影響、受けちゃってるんですよ。イラストの魞沢は、シルエットだけでちょっとかっこいいじゃないですか。

『紙魚の手帖』(『ミステリーズ!』を継いで創刊した総合文芸誌)から、掲載していただいている短編の扉イラストは全て河合さんにお願いしているのですが、最新短編での魞沢は、かっこいい人になっちゃっている。外見の描写は相変わらず増えていないんですが、キザなことを言ったりするようになりました。

 

斎藤
おお……! また魞沢くんがちょっと変遷していきますね。

 

櫻田
それから、小説の中で魞沢は帽子をかぶるようになりました。これは完全に河合さんのイラストから思いついたことです。ストーリーに帽子がからんでくるものもありますね。

泉元
帽子の件、初めて聞きました。小説とイラストが共鳴しあって、いい作品ができていく……という、一つの例だと思います。河合さんもこのエピソードを知ったら喜ぶと思います。

 


 

というわけで、表紙イラストの作り方と、櫻田さんの著作の表紙イラストの経緯でした。

編集者は、表紙イラストで小説の世界観を示す一方で、書店での目立ち方を気にしなくてはいけません。

作者は、自分の小説の登場人物がどう描かれているかはやっぱり気になるし、イラストから影響を受けることもあるようです。

そしてイラストレーターは、そんな関係者の熱意と、なによりも小説の世界観を理解する必要があります。

みんな協力して一つの仕事を進めているのですが、僕には関係者全員で真剣勝負をしているようにも感じられます。小説の表紙イラストも、いままでとはちょっと違って見えてきそうですね。

 

最後に櫻田さんに「次回作の刊行時期はいつですか?」と聞いたところ「現在、がんばっています!」との返事のみが返ってきました。がんばっているそうですよ!

取材協力

東京創元社
Web:東京創元社
Twitter:@tokyosogensha

櫻田智也
Twitter:@annoyance2

河合真維
Web:KAWAI MAI PORTFOLIO
Twitter:@kawai_mai
記事内でご紹介させていただいた方々

RE°(リド)
Web:rido-re ページ!
Twitter: @all_need_is


丹地陽子
Web:tanji.jp
Twitter: @yokotanji


泉雅史
Web:Izumi Masashi Illustration


北澤平祐
Web:北澤平祐(イラストレーター)オフィシャルサイト・Heisuke Kitazawa or PCP Illustrations
Twitter:@nevermindpcp

 

西村弘美
Web:西村弘美の仕事


長﨑綾
Web: next door design


岩郷重力+WONDER WORKZ。

企画・取材・執筆・イラスト:斎藤充博