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イラストで「社会的に意義のある仕事」をする。法廷画家・榎本よしたかに聞く

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

 

「イラスト」と一言でいっても、世の中ではいろいろな場所でイラストが使われており、使われる場所に応じた画風が求められます。

 

そんなイラストが使われる場所の一つに「法廷」があります。テレビのニュースやワイドショーなどで、裁判の様子が描かれたイラストを見たことはありませんか? 当然あのイラストもイラストレーターが描いているのです。

イラストレーターの榎本よしたかさんは2003年から「法廷画家」として活動しています。

日産自動車金融商品取引法違反事件 カルロス・ゴーン法廷画/榎本よしたか

麻薬取締法違反事件 沢尻エリカ被告人法廷画/榎本よしたか

法廷画家にはどんなスキルが必要で、どんな苦労があるのか? そしてぶっちゃけお金はいいのか?  まるっと聞いてきましたよ。

お話を聞いた人

榎本よしたか

イラストレーター。法廷画家。コミカルタッチから報道用裁判スケッチまで幅広いタッチを持ち、テレビ番組用イラストや書籍・広告用イラストなど幅広く手掛ける。

また中学生の時に「ロックマン4」のボスキャラに応募したイラストが「ブライトマン」として採用された経歴あり。

ライター(絵も)


斎藤充博
ライターだけど、マンガ制作もする。ときどきイラスト単体での発注をもらえることもある。イラストはそんなに上手じゃないけど、とにかくがんばって描いています。

法廷画家の仕事の流れ

斎藤
榎本さんの法廷画、たぶんテレビで見たことがあります。法廷画の実際の仕事の流れって、どんな感じなんでしょうか?

榎本
まずテレビの制作スタッフさんから電話がかかってきて、「裁判の日に空いてますか?」という予定を聞かれます。

斎藤
そうか、まず現地に行かなくちゃいけませんもんね。

榎本
そうなんです。僕は、空いていればできる限り法廷画の仕事は受けるようにしています。OKしたら、事件の概要などを調べておきます。

 

斎藤
下調べまでするんですね。

 

榎本
事件の下調べをしなくても法廷画は描けるので、あまりやっている人はいないかもしれません。ここまでするのは僕が少し独特だと思います。

斎藤
当日はどんな感じなのですか?

榎本
テレビの制作スタッフさんと軽く打ち合せをします。たとえば「凶悪な犯罪を犯しているのに、どうも反省している様子がないらしい。裁判中もそうだったらその様子をぜひ絵にして欲しい」というように。

斎藤
なるほど……。

榎本
裁判所には「傍聴席」という、一般見学用の席があります。そこではカメラやスマホなどの電子機器を使うことが禁じられていますが、スケッチブックと鉛筆は持ち込んで使うことができます。

榎本さんが法廷画を描くときに実際に使う道具

 

斎藤
裁判中に法廷画を描き始めるのですね。

榎本
そうです。一つの裁判はだいたい30分以上はかかるのですが、その中で5~10枚程度、軽いスケッチを作っておきます。裁判が終了した後に、テレビの制作スタッフさんに仕上げるものを2~3枚くらい選んでいただきます。

着色する前の法廷画

 

斎藤
榎本さんの描かれている法廷画には色が付いていますよね? どうやって塗っているんですか?

 

榎本
裁判が終わったら、コンビニに行き、コピー機でスキャンしてデジタル化します。そこからはデジタルですね。
使っているのは、LGのgram17という、軽量大画面でバッテリーが持つWindowsのノートパソコンです。それとWacom Intuosという昔ながらの板タブ。ソフトは CLIP STUDIO PAINTです。
東京地裁の地下には飲食スペースがあるんですよ。そこのテーブルに機材を置いて作業ですね。水彩ツールで着色して、デジタルで納品しています。
飲食スペースがない場合でも、イスさえあればノートパソコンを膝の上に乗せて作業します。

 

斎藤
裁判所で全部仕上げているんですね!

榎本
そうしないと間に合わないんですよ。裁判が終わってから、テレビの放送まで2時間くらいしかないときもあります。ときどき、翌朝の放送に使うなど、
締め切りに余裕があるときもあります。そんなときは家にスケッチブックを持ち帰って仕上げ作業をしていますね。

 

斎藤
法廷画って独特のタッチがありますよね? あれって決まりがあるんですか?

 

榎本
とにかく速く正確に描くということが求められるので、その結果、みなさんがテレビなどでよく見られる「法廷画タッチ」になると思います。

たとえば、水彩で着色することが多いですよね。水彩は広い面積を一気に塗れますから、これが適しているんです。ただし、みんなが水彩にしているというわけでもなくて、パステルで着色されている法廷画も見たことがあります。

 

斎藤
着色もそうですが、僕なんかは鉛筆のスケッチの時点で「すごいなあ」って思います。

榎本
なるほど。僕はわりと鉛筆のスケッチを描き込む方なんですよ。テレビ局の人からは「もうちょっとサッと描いたライブ感が欲しい」と言われることもあるくらいです。正確に描く必要はあるのですが、写真に近づければいいかというと、どうもそういうものでもないようです。このあたりは微調整の問題ですが……。

法廷画家に必要なスキルは「スピード」

斎藤
法廷画を描くのに必要なスキルはありますか?

榎本

言ってしまうと「対象を見て描くだけ」なので、イラストレーターとしては、そこまで特殊なスキルは必要ないように思います。しかも裁判をしている人は、そこまで激しく動いたりしませんからね。

……ただし、「スピード」が絶対に必要になります。まず、このシーンを描くという判断の速さ。そして、構図を決める速さ。迷ったり悩んだりすると、次の質問に移ってしまいますから。

斎藤
なるほど。うまい人でも、時間内に描けなかったらどうしようもないですもんね。

 

榎本
そうですね。余談ですが、ニュースを見ていると、時々「モノクロの法廷画」が使われていることってありませんか?

あれは法廷画家が着色する時間がなかったので、やむをえずモノクロを流しているケースなのでは思っています。お昼の放送ではモノクロだったものが、夕方の放送では着色されていることもありますから。

 

斎藤
モノクロの法廷画、見たことあります! あれは色が間に合っていなかったのか……。

 

榎本
それともう一つ。テレビで話題になるような裁判には、本当に凄惨な犯罪も多くあります。法廷画家はそんな裁判にも行かなくてはいけません。犯罪のイメージから自分の「心の距離を置く」必要もあります。これをスキルと呼んでいいのかわかりませんが……。

 

斎藤
凄惨な犯罪……?

榎本

そうですね、たとえば……

 

(本当にありとあらゆる意味で凄惨すぎて書けない)

 

斎藤

……僕は推理小説や、ノワール映画などが好きなんですが、フィクションと現実は全然違いますね。なんの救いもストーリーもない。いま、榎本さんにちょっと話を聞いただけなのに、普通に気分が悪いです。

 

榎本
凄惨な事件の詳細な陳述が行われているときに、裁判員がショックを受けて泡を吹いて倒れてしまい、審議が中断されたこともあります。僕も最初はこうした事件の裁判の傍聴をすると、数日間は頭から離れませんでした。

 

斎藤
榎本さんはどうやって克服したんですか?

 

榎本
人類の歴史の中で、凶悪犯ってずっといたのではないでしょうか。もう、人間はそういうものだと思うんです。社会制度が整う以前は、そんな人達も野放しだったはずです。

でも、現在はこうして逮捕されて、法廷で裁かれている。そうならば、社会はよくなっているのではないかと思うようになりました。

 

斎藤
確かに……。さっき凄惨な犯罪の話を聞いて、本当に気分が悪くなりましたが、でもそうした事件が闇に葬られずに、きっちり公開されて裁かれているのは、いいことではありますね。うーん……。

法廷画家を続ける意味

斎藤
法廷画のお仕事って、金額的にはどうなんでしょう? 他のイラストの仕事よりもよかったりしますか?

 

榎本
具体的にはちょっと言えないんですが……。
お話しした通り、外出をして裁判を傍聴するという拘束時間があります。それを考えると、家でイラストを描いていた方がいいくらいです。

斎藤
すると、なぜ榎本さんは法廷画家を続けているんですか?

榎本
一番大きいのは、社会的な意義があることです。社会に影響を与えた事件の
裁判がどのように行われているのかを知るのは国民の「知る権利」の一つです。

また、裁判所は国会や内閣と同じように権力の一つでもあります。国民にはその権力がどのように行使されているのを監視する必要があります。

斎藤
そうか、イラストといっても、報道に使われるものですもんね。

榎本
裁判にカメラが入れるようになれば、本当は法廷画家なんていらないんです。その方が報道として正確ですからね。でも、まだまだそうはならないと思います。法廷画家がイラストで伝えていく必要はあると思うんです。

斎藤
榎本さん個人のキャリアには法廷画の仕事は役に立っていますか?

 

榎本
やっぱり他の人と違うことをしているという点で、話題にしてもらえたり、経歴のスパイスにはなりますね。

それから、テレビのバラエティ番組用に、芸能人が裁判にかけられている風のイラストの注文をいただいたこともあります。

無罪の主張が認められず今にもキレそうな顔で裁判長を睨むマツコ被告人/榎本よしたか

 

榎本
こんな絵を描いていいのかな? と思ったんですが、放送を見るとウケていましたし、マツコさんにも気に入ってもらえたそうです。よかったです。

 

斎藤
こういうの描けるの、めっちゃおもしろいですね(笑)。

 

榎本
他に、こんなLINEスタンプを作ったこともありました。

法廷画風裁判スタンプ - LINE スタンプ | LINE STORE

 

斎藤
本物の法廷画家がこういうスタンプ作るのズルい(笑)。売れそう。

 

榎本
これは人気が出ましたね。ただし、この後にゲームの「逆転裁判」のLINEスタンプが発売されてしまい、そちらの方に人気を奪われてしまいましたが……(笑)。

自己表現よりも「人に必要とされるイラスト」

斎藤
榎本さんは法廷画家以外にもイラストの仕事を多数していて、タッチもたくさんありますよね。今後「こういう絵を描きたい」とか「こんな仕事をしたい」というのはありますか?

榎本さんのタッチの一部/榎本よしたか

 

榎本
僕にはイラストを通じて自己表現をしたいという気持ちがそんなに強くはないんです。また、僕のほうから「こういう仕事をしたい」ということもあまりありません。

ただ、「イラストが必要な人に、その人が欲しがっているイラストを提供する」仕事ができているのが一番だと思っています。

 

斎藤
マーケットインのような発想ですね。

 

榎本
僕は家具メーカーに勤めていたことがありましたが、仕入れにも在庫の保管にもお金がかかります。父は遊漁船の仕事をしていましが、こちらは天候に左右されてしまいます。

イラストの仕事は、仕入れは発生しないし、在庫もありません。天候のように自分でコントロールできない要素もほぼないです。

こんないい仕事はないですよ。今後も必要なイラストを提供できる技術を身につけていって、長くイラストレーターを続けていきたいと思っています。

榎本さんの自宅アトリエでの作業風景。ディスプレイは4枚。デスクは昇降式。タブレットはWacom Intuos。デスクトップパソコンは自作機。

 

斎藤
長くイラストレーターを続けるためにしている工夫などはありますか?

 

榎本
時代から極端に取り残されたイラストを描かないように、常に調査をしています。

たとえば、おばあちゃんのイラストを注文されたときに、「ひっつめ髪にお団子」の人を描いてしまいそうになったりすることってあると思うんですよ。でも、そんな人はいまどこにもいないじゃないですか。

斎藤
確かに! 描いてしまう気持ちもわかるし、実際にいないのもわかる。

榎本

あとは、お母さんを描こうとして『ちびまる子ちゃん』に出てくるお母さんのようなパーマの女性を描いてしまうとか。こんな髪型のお母さんも、いまはまず見ませんよね。

でも、自分の頭の中の情報だけで描いてしまうと、こういうことが起こってしまうんです。変化に対して敏感でいたいですね。

 

自分より少し実力が上の人と交流を持ってみてほしい

 

斎藤
これからイラストレーターになろうとする人に、なにかアドバイスをお願いしたいです。

 

榎本
いまからイラストレーターを目指す人は、本当に恵まれていると思います。技術的なことはYouTubeでかなりのことが学べますから。たんにイラストレーターになるだけだったら、美大や専門学校に行く必要性は少ないと思います。

 

斎藤
やるかどうかは、自分にかかっていると言えそうですね。

榎本
それから、自分の実力よりも上の人と交流を持って、アドバイスをもらうようにしてみたらいいんじゃないかと思うんです。未熟なときは、判断も未熟だし、価値基準も未熟です。その未熟さに自分ではなかなか気づけない。

それに、ちょっとでも絵が描けると、一般の人からは「上手だね」褒められやすいと思うんです。でもそれを真に受けて天狗になってしまうと危険ですね。成長が止まってしまうから。慢心は敵です

斎藤
そういうのはイラストレーターに限らず、いろいろなところでよくありますね……。

榎本
その一方で、うまい人を見て、へこんでしまうっていうのもちょっともったいないですよね。

昨日の自分よりもうまくなっていたら、それでいいと思うんです。そんな経験を積み重ねていったら、だんだんといい仕事がゲットできて、長く続けられるんじゃないでしょうか。

 

斎藤
最後に無茶振りをさせてもらっていいでしょうか? 先ほどの「自分の実力よりも上の人と交流」ということで、僕のイラストに榎本さんからのアドバイスをいただきたいです。ときどきイラストを描くのですが、もっとよくなりたいです。

ゲンセキマガジンの過去記事「人気キャラに命を吹き込む『ぬいぐるみクリエイター』せこなおが語るキャラの本質のつかみ方」 のイラストを見ていただきました

 

榎本
なるほど……。斎藤さんが伝えようとしていることが、きっちり問題なく伝わっているイラストです。描き文字もイラストにあっていると思います。この記事を見る限り、十分なんじゃないかなと思います。

 

斎藤
いろいろな人からそう言っていただけることが多いんですが……。僕としてはもうちょっとイラストレーターっぽいというか、プロっぽい絵になれたらと思うんです。

 

榎本
なるほど。絵がうまい人とはどういう人かと知り合いの絵描きに聞いたとき、「同じ絵が描ける人だ」と答えていて、言い得て妙だなと思いました。
漫画家さんの描くキャラの顔は安定していますよね。描くたびに印象が違うなんてことがない。それは同じ顔がちゃんと何度も描けるってことです。
斎藤さんのキャラクターもおおむね安定しているんですが、横顔がやや不安定だなと感じました。そこが安定するとぐっとプロっぽい絵になりますよ。 

 

斎藤
確かに……。自分の中で「うまく描けた横顔」と「なんか迷いがある横顔」ってあります!!! 完全に見抜かれた気分です。

 


 

というわけで法廷画家の榎本よしたかさんでした。

 

イラストというとつい「自己表現」のように考えてしまいがちですが、榎本さんは「イラストを通じて自己表現をしたいという気持ちはない」「イラストの仕事は割のいい商売」と語っていました。

そんな「自分」にこだわらない榎本さんの姿勢が、法廷画家を始め、いろいろな仕事を呼び寄せているのでしょう。

お話を聞いた人

榎本よしたか

Web:yoshitakaworks.com
Twitter:@YoshitakaWorks

今回のインタビューでは話題に上がりませんでしたが、榎本よしたかさんは壮絶な人生を送った後にイラストレーターとして成功されています。半生を綴ったコミックエッセイが販売されていますので、榎本さんに興味が出た人はぜひ読んでみてください。

トコノクボ くじけない心の描き方(Amazon)

企画・取材・執筆:斎藤充博