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「会社員のイラストレーター」ってどんなことをしているの? noteのkimさんに聞いてみた

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

 

イラストレーターには「不安定」というイメージがありませんか。たとえば自分の友達が急に「イラストレーターになりたいんだよね」なんて言い出したら、応援したいという気持ちと共に「大丈夫かな?」と思ってしまう人も多いはず。

 

なぜ不安定なイメージがあるのか。それは多くのイラストレーターが「フリーランス」として活動をしているからだと思います。僕もフリーランスではありますが、やっぱりフリーランスが不安定なのは、悲しいけれど事実……。

では「会社員」という立場でイラストレーターの仕事ができればいいのではないか。

 

メディアプラットフォームを展開しているnote株式会社(以下、note)では、正社員のkimさんがイラストを作成しています。

 

これらはkimさんが作成したイラストの例です。noteを使ったことがある人なら、一度くらいは見たことがあるのではないでしょうか。

 

今回はkimさんに「会社員としてのイラストレーター」についてお伺いします。

お話を聞いた人

kim
韓国出身。日本で美大を卒業後、新卒でWeb制作会社へ入社。Webデザイナー兼イラストレーターとしてWebから広告イラスト、モーショングラフィックス制作など幅広い経験を積む。2020年8月よりnoteにイラストレーターとして入社。現在は主にnoteの世界観を表現するためのイラスト制作やイラストシステム開発を担当。
ライター(絵も)

斎藤充博
ライターだけど絵やマンガも描く。フリーランス歴は長く、常に収入は不安定。今年は子どもも産まれた。誰かおれを雇ってくれ。

日本のアニメやイラストレーションを勉強したくて、韓国から日本に渡る

斎藤
まずは、これまでのkimさんのキャリアについて教えていただけますでしょうか。

 

kim
子どもの頃から日本のマンガやアニメが大好きで……(kimさんは韓国人です)。とくに好きなのは『NARUTO』です。作者の岸本先生も大好きです!

将来はイラストを描くような仕事に就きたいと思って、韓国では「韓国アニメーション高校」に通っていました。アニメーションやイラストレーションについて学べる学校です。

 

斎藤
韓国にはそんな高校があるんですね……。進んでいますね。

 

kim
高校卒業後に日本の美大に入学しました。私の中で「アニメやイラストレーションについて学ぶならやっぱり日本に行かなくちゃ」という気持ちがあったんです。

 

斎藤
そうなんですか? 韓国といえばいまWebtoon(スマホで読むための縦読みのマンガ)が流行っていて、韓国のマンガが世界でヒットしている印象があります。

 

kim
私が高校生だったころはWebtoonというサービスが始まったばっかりで、当時の日本のマンガやアニメーションほどの影響力はなかったですね。

漫画家やアニメーターとして最先端のスキルを身に付けるためには、日本に留学するのがベストだと思いました。

 

斎藤
大学では、どんなことを学んでいたんでしょうか?

 

kim
大学ではアート・デザイン表現学科に進学していて、イラストレーションからグラフィックデザイン、映像、Webデザインまで幅広いデザイン領域に触れました。

そして3年生の時に受けていたWebデザインの授業で、実際にWeb制作をしてみて「自分の感性を存分に活かせること」と「作った作品がカタチに残って世界中の人に公開できる」ことに魅力を感じました。

それから、当時「Webデザインブーム」のようなものもあったので、自然とWebデザイナーになりたいと思いました。

 

斎藤
たしかにあったと思います。Webデザインブーム……。

 

kim
そこで、日本のWeb制作会社にWebデザイナーとして入社しました。

Webデザイナーとして就職したもののイラストレーターにキャリアチェンジをしたくなってくる

斎藤
制作会社なら仕事は主にクライアントワークですよね。

 

kim
そうです。仕事のほとんどがクライアントワークになります。ちょっと意外だったのはデザインだけではなくて、イラストを描く仕事もたくさんあったことです。幅広く仕事をしていました。

 

斎藤
「イラストを描けるデザイナー」だったんですね。

 

kim
そのはずだったのですが……。年次が進むにつれて、社内でだんだんイラストの仕事が増えてきて、3年目くらいにはイラスト制作ばかりをしていました。

どうせなら本格的にイラストレーターにキャリアチェンジできないかな、と思うようになったんです。

 

斎藤
そう思うのは自然ですよね。

 

kim
またこのタイミングで「Uber」のイラストシステムの事例について調べる機会がありました。

イラストシステム

大きなチームでイラストの一貫性を保つための方法。イラストのトンマナや使用ガイドラインを作成したり、ゲームの「キャラメイキング」のようにイラストの部品を組み替えることで新しいイラストを作ったりする。それぞれの具体例は後述。

kim
こうしたイラストシステムを作る仕事なら、イラスト、デザイン、設計など、私のやってきたことが最大限に生かせるかもしれないと思ったんです。ただ、日本や韓国ではこうしたイラストシステムを作る事例は少なくて……。ちょっと諦めていたんです。

斎藤
ひょっとすると、その時にnoteの募集記事を見たという感じでしょうか……? 募集記事にイラストシステムの作成と書いてあったのを僕も見ました。

note.com

noteのイラストレーター募集記事。界隈では話題になりました。

 

kim
その通りです。「運命かも!」って思って、迷わずに応募しました。

スタッフにヒアリングを繰り返して作成したnoteのイラストシステム

斎藤
kimさんが入社して作成したイラストシステムってどんな感じのものなんでしょうか?

 

kim
こちらはプロダクトデザイナーとエンジニア向けのシステムです。背景や人物を入れ替えるだけで必要に応じたイラストを作成できます。

kim
こちらはグラフィックデザイナー向けです。関節や小物などを入れ替えることもできます。

 

斎藤
使う人のスキルに応じて2種類作っているとは……。大変だったんじゃないでしょうか。

 

kim
もちろん大変なこともありました(笑)。これまでの私は手描きでイラストを描くことが多かったんです。でもイラストシステムを作るには、Illustratorを使ってベクターで描かなくてはいけないんですね。これはちょっと苦労しました。

 

斎藤
ベクター……。僕もちょっと触ったことはあるのですが、やっぱり難しいですよね。

 

kim
また、noteのミッションにあった画風にたどりつくまでに、試行錯誤を繰り返していた時期もありました。

 

斎藤
画風はどんなふうに作っていくんでしょうか?

 

kim
まずは、デザイナーさんとブレインストーミングや議論を重ねて、みんながイメージしている「noteらしさ」をキーワードとして抽出するんです。

そして、noteの「デザイン原則ver0.1」と抽出した「メインキーワード」に基づき、以下のような5つのイラスト原則を定義します。

斎藤
こうした原則を作った上で、画風に反映させるというわけですね。

kim
私としては、いろいろな画風を考えること自体は好きなのですが……。それでもやっぱり大変な作業ではありましたね。

 

斎藤
いろいろな改善を日々されていると思うんですが、現在のnoteさんのイラストシステムにはどんな課題がありますか?

 

kim
いまのところは、非デザイナー職の方がイラストシステムについて詳しくは知っていないというのが課題ですね。

私としてはみんなに使ってもらって、その過程でイラストのトンマナ習得や、インナーブランディング(社内のブランディング浸透)にもつなげていきたいのですが……。そこまでは至っていません。

ここは、私がもうちょっと社内の発信をがんばらないといけないところなのかもしれません。

 

斎藤
イラストレーターとして社内発信をしていく必要があるんですね。こうした部分は会社の外側からは想像がしにくい部分かも……。

会社員として働くことのメリットとデメリット

斎藤
noteで会社員として仕事をされていて、どんなメリットがありましたか? 



kim
いろいろな企画の最初の段階から、自分のアイデアを出していけたのがすごくよかったです。物づくりの根底になる部分に携われたと思います。

経営層とイラストについて議論ができるのもよかったですね。本当に細かい点まで話しあえる環境です。

 

斎藤
なるほど……。それは前職の制作会社のようなクライアントワークではなく、事業会社の中の人ならではですね。

 

kim
業務の中でブランディングのスキルがついてきたことも実感しています。弊社の代表はブランディングに詳しくて、意見を交わしながらいろいろなことを学びました。

 

斎藤
それから、もちろん正社員ということでフリーランスよりは安定していますよね……?

kim
それはもちろんです。

 

斎藤
逆に、デメリットの方はどうでしょうか?

kim
デメリットといいますか……。自分の中で「難しいな」と思っていることについて話します。

多くのユーザーさんがnoteのサービスを使っているので「人を傷つける表現をしていないか」というのは常に意識しながら描いています。

 

斎藤
なるほど……。noteくらいの規模のサービスだと、個人としてイラストを描いている場合とは、責任感が大きく違ってくるでしょうね。

 

kim
その他に、会社員として働く時に悩むところですと……。業界によってはブランドの世界観を守るために、画風を大幅に変更できず、アレンジしながら描くこともあります。純粋なイラストレーターとしてのスキルアップの限界を感じることがあるかもしれません。

 

斎藤
正直なところ、安定と引き換えに、ちょっとマンネリ化することもありそうですよね。kimさんはそういうときにどうしますか?

 

kim
プライベートで自分の絵を描くのが一番いいと思います。実際、知り合いから副業としてイラストを描く仕事をもらっていて、いい気分転換になっています。

 

斎藤
ちなみに、kimさんの元々の画風ってどんなものなのでしょうか?

kim
ちょっと恥ずかしいのですが……(笑)。こんな感じです。

斎藤
線の強弱がある画風なんですね! 仕事で描かれている絵とはやっぱりちょっと違いますね。

こういう人が会社員に向いている

斎藤
会社員という立場でイラストレーターをやりたい人っておそらくたくさんいると思うんです。「こんな人が向いていそう」っていうのはありますか?

kim
常にチームメンバーと協力する仕事なので、コミュニケーション力が高いといいですね。それから、いろいろな属性の多様な意見を吸収してイラストで表現できる柔軟性とスキルが必要だと思います。「自分の考えにこだわりが強い」と少し大変かもしれません。 

 

斎藤
これは偏見になってしまうかもしれないですけど……。イラストレーターの方は、こだわりが強い人も多そうな気もしています。

 

kim
フリーランスで働くとしたら、こだわりが強いのはすごく大事ですし、大切にした方がいいと思うんですよ。ただ、会社員としては会社のミッションやビジョンに繋がるイラストを作る必要があるので、できるだけいろいろな視点からの意見を吸収できた方がいいですね。

 

斎藤
なるほど……。フリーランスと正社員で正反対の資質が必要になるわけですね。

 

kim
他にも、プロジェクトをリードできるディレクション能力や、自分の意思決定を最後までやりきれる責任感と行動力、長く事業サービスに向き合えることも大事になってくると思います。 

 

斎藤
話をお伺いしていて、やっぱり会社の中で仕事をするには、イラストのスキルだけでなく「人との関わり方」が重視されるのかなと思いました。

 

kimさんのキャリア展望

斎藤
今後「こんな仕事をしていきたい」というのはありますか?

 

kim
個人的には将来的にもブランディングに関わる仕事をしたいと思っていています。ブランドらしいイラストだけではなくて、グラフィックデザインだったり、Webデザインだったり、ノベルティのデザインだったり、いろんな媒体に展開できる仕事がしたいです。

 

斎藤
イラストレーターに限定していないんですね。kimさんの前職のデザイナーともかぶるけれども、ちょっと違うというか……。

 

kim
そうですね。イラストとデザインを掛けあわせて、どっちもできるような仕事をしたいなって思っています。「BX(ブランド体験)デザイナー」という職種があるのですが、私のやりたいことは、ここに近いかもしれません。

 

斎藤
「BXデザイナー」という言葉を初めて聞きました……。(検索する)なるほど「ブランド体験」をデザインする人のことなんですね。いろいろな媒体において一貫したイメージのブランド経験を設計する、と……。なるほど……。

これは今後絶対に「来る」仕事ですよ! とくに根拠はないですが、そんな感じがします!

 

kim
でも、ですね……。キャリアの最後には、自分の画風でフリーランスのイラストレーターになりたいという夢もあるんです。なので、プライベートでも引き続き活動していきたいです。

 

斎藤
堅実な仕事をおさえておきながら、自分の夢も捨てていないの、すごくいいと思います!

 


 

というわけで、noteでイラストレーターをしているkimさんでした。kimさんのお仕事はイラストを描くだけでなく「イラストシステムの作成」なども含まれるので、一般的なイメージのイラストレーターとはちょっと違ったかもしれません。

でもこれは「イラストレーターの能力を生かすと、イラストを描く以上の大きな仕事ができる」ということなのだと思います。最後のkimさんが語ってくれたBXデザイナーもそうですよね。

kimさんと話していて、イラストレーターという仕事の可能性を見たような気がしました。

取材協力

note株式会社

Web:note
Twitter:@note_PR

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採用情報 - note株式会社

企画・取材・執筆:斎藤充博