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アニメ業界で働くって、どんな感じ?『スマイルプリキュア!』大塚監督に聞くフリーランスのサバイバル術

こんにちは。ライターの井口エリです。3回連続のインタビューも最終回です。今回は大塚監督に「アニメ業界で働くこと」についてお伺いしました。

そしてお話は業界を生き抜いてきた大塚監督ならではの「フリーランスのサバイバル術」にまで移っていきます。アニメ業界には関係ないフリーライターの私にとっても、大変勉強になるお話でした……!

\大塚隆史監督3回連続インタビューシリーズ!/

記事3本にわたって、大塚隆史監督にアニメ業界についてのあれこれをしっかり聞いていきます。
第3回はアニメ業界と、そこで働くためのサバイバル術についておうかがいしています。アニメ業界に携わりたい人だけでなく、フリーランスとして働くすべての人にも役に立つ内容です。

お話を聞いた人

大塚隆史

アニメ監督。1981年生まれ、大阪府出身。今まで手掛けた作品に『映画 プリキュアオールスターズDX1~3』『スマイルプリキュア!』『劇場版 ONE PIECE STAMPEDE』などがある。2022年には映画『ハケンアニメ!』内の劇中アニメ『運命戦線リデルライト』の監督を務めた。

ライター

井口エリ

ライターだけどイラストを描くこともある。神社が好きすぎて神社の授与品の開発に携わっている。

アニメ業界で働きたい! どうすればいい?

井口
GENSEKIの読者の中には、アニメ業界にあこがれている人は多いと思います。アニメ業界で働くにはどうしたらいいでしょうか。

 

大塚
アニメ業界での働き方には、大きく2つあります。「会社員」と「フリーランス(個人事業主)」です。まずは、僕がオススメする「会社員」としてアニメ業界で働く方法についてお話ししますね。

 

井口
お願いします!  

……ところで、前回の記事で大塚監督自身も専門学校のアニメーション学科を卒業されたとおうかがいしています。やっぱりアニメ業界で働くには、専門学校に入らなくちゃダメですよね?

 

大塚
いえ。これは僕の考えですが、専門学校で学ぶことは必ずしも必要だとは思っていません。

 

井口
そうなんですか!

 

大塚
これから言うことは「現在の僕だったらこうするかもしれない」というやり方です。

僕が就職するころはそうではありませんでしたが、現在ではアニメの専門学校に行かなくても、個人で求人情報をつかむことができます。

そこで「契約社員」や「社員」と書いている募集に応募するんです。これは比較的大手のアニメ会社に多い求人ですね。狭き門にはなってしまいますが。

この時のポイントは「アニメーターの募集でなくてもいいから応募する」ことです。たとえば、制作、進行、仕上、撮影などにも応募してみる。

 

井口
監督、ちょっと待ってください……。「アニメ会社で働きたい」と言っている人は、たいていやりたいことが決まっていると思うんですが……。

 

大塚
そうですよね。でも、ここではあえて「会社員としてアニメ会社で働く」ことを最優先とします。そして、採用されたら、まずは配属された部署である程度ちゃんと仕事ができるようになりましょう。それが本来の自分の希望でない部署でなくても、です。

そうすれば、希望する部署や役職への異動を申し出た時にも、決して無下にはされずに、話を聞いてもらえる可能性があります。とにかく応募して「潜り込む」努力をするんです。

井口
とりあえず業界に入ってしまうことが必要なんですね。

 

大塚
会社に入ると業界の雰囲気がわかるようになってきます。周りの人の会話から、アニメ制作はどんな流れで行われているのか、どんなアニメーターに仕事が振られているのかなどが生々しくわかります。

これはやり方の一つではありますが、いろいろな方法があると思うので、自分で工夫してみることも必要です。まず、そのためにはとっとと会社に入り込むことが必要なのです。

ポイント!

  • アニメ業界に入るにはいろいろな方法がある

一般企業に就職したけど、やっぱりアニメ業界に入りたい……。転職できる?

井口
ちなみに社会人になって、別業種を経験してからのアニメ業界への転職は、難しいでしょうか……?

 

大塚
社会人経験を経てアニメ業界に来る人もいます。大学を出て一般企業に入ったけど、やっぱり諦められなくて転職してきた人や、20代後半になってから別業種であるアニメ業界に転職してくる人もいました。遅咲きかもしれませんが、難しくはないです。

 

井口
では、一度社会に出たからといって、アニメ業界を諦めることはないんですね?

 

大塚
個人的には、新卒でない人もアニメ作りに関心があれば、ぜひアニメ業界に入ってきてほしいんです。

ポイント!

  • アニメ業界は一般企業から転職してくる人もいる

大塚
それこそアニメに限らずですが、1度きりの自分の人生なので、後悔があるならやってみたらいい。ドアの前で悩んでいるだけじゃなくて、今からでもドアを叩いてみればいいと思うんです。

ドアを開けてもらえなかったら、それはそれで諦めがつくはず。もちろん、自分でどうにかしてこじ開けようとしてもいいと思うんですよ。

井口
おお……。勇気づけられる人も多いんじゃないでしょうか。

 

大塚
ただ、アニメ業界は大変で独特ではあるので、同業者の人からは「大塚さん、それは、逆にドアを叩いたことを後悔するかもよ?」なんて言われてしまいそうですが(笑)。

 「アニメ業界はブラック」は本当?

井口
ここでどうしても気になることがあります。アニメ業界に入ったとしても、「アニメ業界はブラック」と言われることもありますよね。 実際にアニメ業界で働いている監督は、どう思いますか?

 

大塚
これにはいろいろ思うところがあるのですが「ブラックになるかどうかは自分次第」というのが僕の個人的な見解です。

井口
自分次第……?

 

大塚
ブラックの特徴の一つに、労働基準法に違反していることがあると思います。

会社員としてアニメ制作をしている人が、労働基準法に違反するような働き方をさせられていたら、ブラックの可能性があります。しかし、労働基準法が適用されるのは、会社員だけです。個人事業主であるフリーランスには適用されません(ただし、会社員のような時間拘束などを受ける場合は、実態に応じて判断されます)。

 

井口
ちょっと難しい話ですが「フリーランスと会社員は一概には比べられない」と理解しました。

大塚
まずはそれで大丈夫です。このようなフリーランスは、基本的に「成果物を納品すること」で報酬を得ています。

「どのような働き方をして成果物を作ったか」は関係ありません。だから僕が徹夜しようが、土日も働こうが、怠けていようが、それは自由で、まったく問題ありません。

ポイント!

  • 会社員は法律に守られる部分が多い
  • フリーランスは自由に働ける

アニメ業界は実力主義!

井口
アニメ業界は働き方だけでなく、賃金の安さも話題になることが多いです。この点について監督はどのように考えられていますか?

 

大塚
こちらも同じように、会社員と個人事業主であるフリーランスを分けて考える必要があると思っています。

まず、会社員だったらその会社の規模に応じた給与が毎月支給されるという形になります。そして、個人事業主であるフリーランスの報酬は「技術」や「信用」が大きく関係するんです。

たとえば「経験は長くて長時間働いているけど、技術も信用もないフリーランス」だったら、やっぱり報酬を上げることは難しいですよね。ましてや実力がなくて、仕事を教えてもらっているような新人だったら、「仕事をやらせてもらえるだけでもありがたい」となってしまいます。

 

井口
一口にアニメーターといっても、さまざまな働き方をする人がいるわけですね。

 

大塚
その一方で、フリーランスは実力を伸ばしたら伸ばした分だけ、対価を得られる仕事ではあります。  自分のがんばりの裁量によって自由に収入も変えられ、自分の人生の時間を自由に使える。むしろ働き方に縛られない自由な業界です。


井口
本当に実力主義の世界ですね。

ポイント!

  • フリーランスは本当に厳しい世界だけど、やりがいもある

大塚
もちろん、現実はそうもいかない部分もあります。アニメの制作費は十分とはいえないと感じますし、過密なスケジュールのせいでフリーランスが大変な思いをしている現場もあります。こうした部分は、業界としての改善を望みたいです。

ただ、僕自身は自由に憧れて、この世界に飛び込んだようなところもあります。「アニメ業界はブラック」と当たり前のように言われるのは、僕は違うと思うんです。

アニメ業界でサバイバルするためにどうすればいい?

井口
自由と大変さの両方がありますね。フリーランスとしてアニメ業界で働く時の注意点や、監督が感じる業界の問題点などはありますか?

 

大塚
アニメ業界で働く人は交渉が苦手だったり、交渉を嫌悪している人が少なくありません。でも、条件が悪いと感じたら、しっかり交渉をしてください。それもフリーランスの仕事の一つです。

また「交渉が苦手」であることにつけ込んでくる悪い業界人もいるので、十分に注意してほしいです。

 

井口
ちゃんと考えてないと、悪い業界人に引っかかるわけですね。怖い!

 

大塚
そして、僕が言っていることも「結果的にアニメ業界でサバイバルできた人間の意見」であると思うんです。やっぱり業界に馴染めずに去っていった方も多くいます。

業界に入る前にしっかりと調べ、業界に入ったあとも常にいろんな就業形態の人と話し、いろいろな考え方や実践方法を知り、自分なりに考えることが大事です。

ポイント!

  • フリーランスとして条件を交渉することが必要
  • 「働き方」については、常にアンテナを張っておく

井口
このような環境の中で、フリーランスがよい条件で仕事をしていくには、どうすればいいでしょうか。

 

大塚
まず、悪い条件の仕事が来たら、「できません」と断りましょう。もちろん、いろいろな事情はあると思うんです。「悪い条件でも金銭的に受けざるを得ない」とか、「断ると干されるかもしれない」とか……。それでも、やっぱり自分の身を守るために、断る必要があります。

 

井口
条件を上げるには、まずは断ること……。

 

大塚
次に「その条件ではできないが、このくらいの条件だったらできる」と提案してみてください。これが「交渉」ですね。


フリーランスとしてサバイバルするための交渉術

井口
交渉って、なかなか難しいと思うのですが、なにかコツのようなものはありますか?

大塚
まず、交渉に見合う必要な実力を自分がつけていることは必須です。

 

井口
先ほど監督が言っていた「技術」や「信用」ですね。

 

大塚
そうですね。そして、いろいろな会社と取引をした方がいいと思います。自分の収入が分散していたら「交渉が失敗してこの会社に干されたら、どうしよう」という心配も減ると思うんです。

 

井口
なるほど……。取引先を増やすにはどうしたらいいでしょうか?

 

大塚
アニメ業界では、関わった作品は自分のポートフォリオになり、作品を見た方から仕事の問い合わせが来ることもあるんです。いろいろな作品でがんばれば、見つけてもらえる可能性が上がりますね。

 

井口
最初は「与えられている自分の仕事をがんばる」ところから、ということになりそうですね。

 

大塚
また、交渉の考え方の一つとして「報酬の価格を決めるのは、自分自身ではなくて世間の相場である」ということを覚えておいてみてください。

たとえば、A社から25万で絵コンテを依頼されている。でも、もしB社から100万で依頼されているとしたら……。A社に対しては「B社からは100万と言われています」と言えますね。

実際に100万円で受けられるかどうかはわかりませんが、少なくとも自分には100万円の価値があるということですから、交渉はしやすくなりますよね。

 

井口
なるほど~。ここでも、複数の会社と取引をすることがきいてきそうですね。そして、監督が「ブラックになるかどうかは自分次第」と言っていた意味がなんとなくわかったような気がします。

ポイント!

交渉に必要なのは……

  • 実力をつける
  • 取引している会社を増やす
  • 自分自身の相場を上げる

大塚監督が仕事を受ける基準とは?

井口
大塚監督自身もフリーランスですよね。仕事を受ける基準などはありますか?

 

大塚
僕の場合、仕事を受けるかを3つの基準で考えています。この中のどれか一つでもあれば、前向きに考えるようにしていますね。

  • 作品が好き
  • 報酬がいい
  • その人と仕事をやりたいか

 

井口
何か一つではなく、3つの基準で多角的に考えているんですね。

大塚
この考え方は、先輩監督である伊藤尚往さんに昔教わったものです。このどれかがあれば、受けた後で「ちょっと大変だな」という思いがよぎっても、それが気持ちの受け皿になるんです。

たとえば「大変だけど、好きな作品に関われてうれしい」とか「大変だけど、報酬がいいからがんばろう」とか「大変だけど、あの人と仕事をしたい」とか……。

 

井口
「気持ちの受け皿」大事ですよね……。逆に監督の中で受けないようにしている仕事はありますか?

 

大塚
僕が受けない仕事は3つの基準に一つも当てはまらないものです。つまり「興味の湧かない作品や企画で、報酬が低かったり提示がない、そして関わっている人に関心が持てない仕事」ですね。

 

井口
アニメ業界だけじゃなく、フリーランスで仕事を受けるにあたってどの分野でも参考になりそうなお話です。

 

大塚
そうかもしれません。ただ、こうした基準はあくまでも原則的なものです。この作品を受けることが、自分の将来において価値が出るかもしれない……というのも、考える基準になることがあります。

アニメ業界に向いている人、求められている人

井口
実際にアニメ業界の中で働いていて「アニメ業界で働くのにこんな人が向いていそう」というのはありますか?

 

大塚
向いているのは、やっぱりアニメに魅力を感じている人です。興味があるならアニメ制作はとても楽しいし、やりがいもある仕事です。特に締め切り前の雑多な感じは、「文化祭の最終日」をやっているような感じですごく楽しいんです。

……ただ、これが40代くらいになると、体力が低下するのと、毎回経験しているので刺激が減って、だんだんと辛くなってしまうのですが(笑)。

井口
それでは、監督から見て「こんな人材に需要がありそう」というのはありますか?

 

大塚
アニメの仕事をする人って、一般の世界とはちょっと違う、職人気質な人が多いんですね。たとえば、3日間寝ずに集中して絵を描けちゃう、でもコミュニケーションが苦手だったり、スケジュール管理ができなかったり……。

そんな中で、コミュニケーションが取れてスケジュール管理ができる人、責任感が強く真面目な人は、すごく助かります。そういう人は光り輝いて見えるくらいです。

井口
うっ、私はライターですが、ライターの間でもそういうことがあるので、耳が痛い……! ある意味、クリエイターあるあるなのかもしれません……。

ポイント!

こんな人はアニメ業界に向いているかも?

  • アニメが好きな人
  • コミュニケーションがとれる人
  • スケジュール管理ができる人
  • 責任感があり真面目な人

大塚
自分がアニメの仕事をする上でどんな能力を発揮できるかというのは、入ってみないとわからない部分も多いと思います。

向いているかどうかわからない人でも、実際にアニメ会社に入ってみたら、そこで自分の能力を見つけられるかもしれない。

自分も最初はどんな能力を持っているかわからなかったけど、入ってみたら意外と自分のような作品作りをする人が少なかったんです(前回の記事)。それが自分の強みになりました。

 

井口
能力を開花できるかは自分次第ですが、やはり好きなアニメに関わることができるアニメ業界は素敵な仕事だと思いました。大塚監督、ありがとうございました!

 


 

アニメ業界に行きたいならまずは業界に入ること、そして独立したらはしっかり交渉すること。特に今回のフリーランスとして報酬を上げる交渉の話は、アニメ業界でなくてもすべてのクリエイターに参考になる話でした。

 

無理なく長く働くためには、実力を上げるだけではなく、交渉力を磨くことも必要だと気づかされました。交渉、大事ですね!

お話を聞いた人

大塚隆史
Twitter:@takaswy1981
書籍:アニメができるまで|株式会社 飛鳥新社

企画・編集・イラスト:斎藤充博
取材・執筆:井口エリ(ちぷたそ)