GENSEKIマガジン

モノづくりを広げる・支えるメディア

「個性は作るものではなく、見つかるもの」 カメントツ先生に聞く【漫画お仕事道】第2回

 

「漫画を仕事にしたいけど、どうしたらいいかわからない……」そんな悩みを持っている人はいませんか。

この連載では、『こぐまのケーキ屋さん』などで知られる大人気漫画家のカメントツ先生に「漫画をお仕事にするために必要なことについての質問」に答えていただきました。

今回のテーマは漫画を描きだしてからの悩みです。漫画を描き始めて直面するさまざまな悩みに答えていただきました。第一線で活躍するプロの知見、ぜひ参考にしてください!

第1回「漫画を描くのに必要な道具や資質」
第2回「漫画を描きだしてからの悩み」(この記事)
第3回「デビューするにはどうしたらいいのか」
第4回「SNSや収入など漫画家Q&A」

答えてくれた人カメントツ(X:@Computerozi
漫画家。愛知県出身。2015年より『オモコロ』にて漫画家の活動をスタート。2017年にTwitter(現X)で発表した『こぐまのケーキ屋さん』が大ヒット。

 

Q.漫画家として個性を出していくにはどうしたらいいですか?

A.個性は出すものじゃないよ。出るもの。

 

ーー漫画家として個性を出していくにはどうしたらいいか悩んでいます。

 

カメントツ先生
作家や作品の個性って、あるのが当たり前で、あったほうがいい、生まれつき持っているもの……みたいなイメージあるけど、ぜんぜんそんなことないよ。

むしろ自分で獲得しようとする「個性」って個性じゃなくて「キャラ作り」ですよね。そんな人格の付け焼き刃で騙せるほど漫画の読者は甘くない。自分で作った個性だと思っているものは、読者からすれば手癖くらいにしか感じられないんじゃないかなーと。

読者を楽しませるため手を変え品を変える。それを繰り返す中で、自分なりのやり方が見つかって、それこそが個性のタネになるんだと思うんです。能動的に生み出すものというよりは、”見つかるもの”です。

自分で意識してる個性は、むしろ自分を縛ることもあります。たぶん個性やエゴよりも優先すべきものがある職業なんじゃないかなーと思います。

さまざまなものに興味を持って、多角的に試行回数を増やして、そこから自分の型に自覚的になったらステップアップして「この人が描いたんだ」とわかるような色使いやキャラクターを出していくことで、だんだんと個性を育てていけると思います。

 

ーー個性は生み出すものより”見つかるもの”という言葉に勇気をもらいました……。

 

カメントツ先生
「自分は平凡だし漫画描く意味あるのかな」と悩む人も多いかもしれませんが、外から見るとめちゃめちゃ個性的だった、みたいなこともあります。

だから、まず自分のクセに自覚的になったほうがいいと思いますね。それに無理に個性を出そうとがんばっている姿は読者に絶対勘付かれます。

テレビでタレントさんがキャラ作ってるのに気づいた時の不自然な感じって、誰でも経験したことあるでしょ?

あれはあれで高度なテクニックなんだけど、そういうノイズに読者はとても敏感です。だから、下心を出すよりは、淡々と今できることをこなすほうがいいと思います。

多くの読者は作者の個性を知りたいんじゃなくて、おもしろい漫画を読みたいんじゃないかな。

 

Q.絵が下手すぎて漫画になっている気がしません……。

A.絵はさほど重要ではないのでそこまで悩まなくてもいい。続けていくうちに上達して型ができてくるはず。大切なのは人格。

 

ーー自分の画力があまりにも低くて、漫画になっている気がしません。どうしたらいいのでしょう。

 

カメントツ先生
画力で悩む人は多いですが、この世に絵のうまい人なんてごまんといます。そういう人たちと張りあうのはものすごく大変です。

むしろ別に絵は普通だったり、一般的に「ヘタ」と感じられるのにめちゃくちゃ売れている作品がたくさんあります。質問されている方もきっとそれは知っているはずです。だから、漫画になっていないような気がする理由は、おそらく他にあるのではないでしょうか。

漫画は絵以外にも情報を補足するテクニックがいくつもあります。
一例を挙げると、広大で湿った洞窟では「ピチョーーン……」という擬音を描きます。これは湿っていて反響する場所である説明です(同じ効果に銭湯の「カコーーン……」があります)

「キンコンカンー」となれば学校、「チュンチュン」となれば朝……みたいなのはおなじみですよね。他にも情報を補足するテクニックはいろいろあります。

それらを意識したり、同じシチュエーションの漫画を思い出したりして、自分に不足している部分を補ってみてはいかがでしょうか?

ちなみに……これは日本橋ヨヲコ先生の『G戦場ヘヴンズドア』からの引用ですが、漫画家にもっとも必要なものは”人格”なんですよね。

 

ーー人格に優れていて、性格がいい人が漫画家になれる、という意味でしょうか?

 

カメントツ先生
そういう話じゃなくて、サービス精神とか、ストイックさとか、自己研鑽できるとか、そういう総合的な性格や、生活を含む人生そのものが漫画のためにデザインされているかどうか……という話だと僕は解釈しています。

そこの基盤があると「こうしたらもっとおもしろくなる」「こうしたら読者に喜んでもらえる」など先回りして考えられるようになります。その上で、画力以外のアプローチも見つかってくるはずです。まずは、立ち止まって考えてみることが大事なのではないでしょうか。

そこまで考えて、それでもやっぱり絵がうまくなりたいのなら、とにかく描いて、他の漫画を読んでいいところを探して、自分の作風にフィードバックしていくしかないと思います。

 

Q.4コマ漫画やショート漫画のようなものは描けるけど、長い投稿作品がどうしてもできません……。

A.長編を描くためにはまず短編をしっかり描けるように。心の機微を意識して展開を設計すると読者に納得感を与える長編が描けるようになるはず。

 

ーー4コマやショート漫画は描けるけど、16ページくらいの長編がなかなか描けません。

 

カメントツ先生
読者は4ページ何も起こらないと読むのをやめるとよく言われます。その4ページ内で読者をドキッとさせたり、続きが気になる仕掛けを入れたりできれば、基本的に何ページでも長くできるはずです。だから流れとしては短いものからマスターしていって、だんだんページ数を伸ばしていくといいでしょう。

それに、別に短編を描くことが悪いわけではまったくないんです。たしかに4ページだと商業に載せにくい問題はあるんですが、描き続ければスキルはしっかり身につきます。

長編が描けない人は、まず短編も描けていないということが往々にしてあるかもしれません。短編をしっかり構成して、勘所をつかんでいくと、長編も描けるようになります。短編を書く回数をこなすことは大事だと思います。

 

ーーなるほど。何か長編を描くときに気をつけるポイントはありますか?

 

カメントツ先生
4ページ読むのと16ページ読むのでは、読者の負担は大きく異なりますよね。その点でいうと、16ページ読んだ読者としては読んだ分だけ納得したいわけです。だから、しっかりした読後感を与えることが重要だと思います。

ポピュラーなテーマとしては「最初は凝り固まっていた登場人物の心が読み進めていくうちにほぐれてくる」とか、人の心の変化を長編でしっかり見せることです。

舞台が中世だろうと、宇宙だろうと、読者にとっては「知らない人の知らない話」です。

その障害がいかに困難だったか、乗り越えるために何を獲得して、何を捨てたのか、世にある物語のあるエンタメの多くがその点を明確にしています。

主人公の心境や、強大な敵を倒すことで誰が喜ぶのか、逆に誰かが悲しんだりするかも。人の心が変わる瞬間を描かないと、読者も没入できないはずです。

読者もそういう心が揺れ動く瞬間が見たいので、そこの起伏をうまく設計できると長編も駆けるようになってくるのではないかと思います。

 

ーー心……。

 

カメントツ先生
人の心を変えられるような漫画は、自分の心が変わったことがある人にしか描けません。そうしたときめきには人ぞれぞれの個性が出てくるはずです。

 

Q.作品ができたけど人に見せるのが怖いんです……。

A.見せたくない理由を自分の中ではっきりさせるべき。今は失敗するコストも下がっているので試行回数を増やしていこう。

 

ーー作品ができたんですが人に見せるのが怖くて……。どうしたらいいですか?

 

カメントツ先生
これはけっこう根深い問題で、僕が講師をしていた大学の生徒にも多かったです。人に見せるのが怖くて留年しちゃう人もいたりして。

僕からすると「はやく誰かに見せてフィードバックもらって次の作品に生かしたほうがいいよ」って思っちゃうんですけど、一概にそうも言えないですね。表現は自由でいい。学生の場合、必ずしも商業に結びつけるのが目的ではないので。

たぶん「人に見せたくない」という思いにも段階があって、極端な例でいうとヘンリー・ダーガー(画家。60年以上、誰にも見せることなく一人で15,000ページものテキストと、300点以上の挿絵を含む物語を作った)のように、人に知られずに自分の世界をつきつめたい人もいると思うんです。

強烈な閉鎖性。まったく他者を介入させる気のない作品作りです。むしろ見つかる事に恐怖すら感じているのでしょう。

だけど、ほとんどの人はダーガーと違って「褒められたいのに厳しい意見を言われるのが怖い」とか「自分の未熟な作品を見られるのが恥ずかしい」くらいだと思います。

まずは、なぜ見せたくないかの理由をはっきりさせた上で、自分の中でどうしたいかを考えたほうがいいですね。

 

ーーとはいえ時間をかけて描いたものがスベるのは怖くて……。

 

カメントツ先生
気持ちはわかりますけど、やっぱりスベった回数がその人の財産になりますからね。一回もミスせずにデビューして、そのあとすごい挫折を味わうほうが漫画家人生としてはちょっと怖いですよ。

それに「スベるコスト」も年々下がってます。僕らの前の世代の漫画家って、1年とか2年とか、がんばって読み切りを描いて、また時間が経って、やっと雑誌に載るわけです。そしてスベってしまうなんてこと、ザラにありましたから。スベるのに2年かかるってすごく悲しいじゃないですか。

 

ーーそんな状況になったら心が折れちゃうかもしれません。

 

カメントツ先生
今は、4ページの漫画を描いて、次の日Twitterにアップして反応をもらうことができます。スベるまでのスパンがすごく短くなってるんですよ。僕もTwitterにはずいぶん育てられましたし。

失敗せずに前に進めるはずがないので、自分はスーパーヒーローじゃないということをどこかで自覚することです。泥臭くやって、いわゆる”死に覚え”していくしかないんですよね。

 

第1回「漫画を描くのに必要な道具や資質」
第2回「漫画を描きだしてからの悩み」(この記事)
第3回「デビューするにはどうしたらいいのか」
第4回「SNSや収入など漫画家Q&A」


執筆神田匠(X:@gogonocoda

イラスト穀物かじつ(X:@k_kajitsu

編集斎藤充博(X:@3216