ドット絵の風景と光の描き方。APO+先生に聞く初心者からのステップアップ方法

こんにちは、GENSEKIマガジン編集部です。

GENSEKIでAPO+先生を審査員に迎え、ピクセルアートコンテスト「夏のあの日のこと」を開催しました。本記事では、APO+先生に同コンテストで受賞した作品を例に上げて、ドット絵で描く光と風景のコツ、入門ソフトからステップアップの方法まで伺いました。

目次

▼結果発表と講評コメントはこちら

お話を聞いた人

APO+(X:@APO_PLUS_Web
1991年生まれ。主に風景を中心としたピクセルアートを制作。
MVや広告など幅広く作品を提供しつつ、イベントやライブ配信を通してドット絵の認知拡大に向けた活動も精力的に行っている。


インタビューした人
https://magazine.genseki.me/wp-content/uploads/images/fotolife/g/genseki_msaito/20230919/20230919150037.png
サイトウ
GENSEKIマガジンの運営サポートスタッフ。

まずはピクセルアートの基本を知ろう

サイトウ
初歩的な質問ですが、「ピクセルアート」と「ドット絵」には違いがあるのでしょうか? ほぼ同じものに思えるのですが、どちらの言い方にすべきか悩んでしまいます。

APO+
同じと考えて大丈夫です。以前はファミコンゲームのグラフィックのようなものが「ドット絵」で、そこから一歩踏み込んだ表現や今風にしたものを「ピクセルアート」と呼んでいましたが、今はほとんど同じ意味で扱われることが多いです。

サイトウ
では今回は「ドット絵」で進めます。今回、コンテストの審査ポイントに「ドット絵であるか」とありましたが、 ドット絵かどうかの基準とは、どういったものですか?

APO+
どこかで規定されているわけではなく、描いている人たちの中で「これをしたらドット絵」というだいたいの共通認識があります。その代表的なものが解像度と色数の制限です。

サイトウ
制限がドット絵らしさを出すんですね。

APO+
そもそもドット絵は昔のゲームグラフィックとして使われていたものです。当時のPCやゲーム機は使えるメモリの量がとても少なく、解像度や色数を制限しないと出力すらできませんでした。でも今はその制限なく自由に描けてしまうので、ドット絵を描く際は作家ごとにあえて制限を設けています。

作家それぞれに基準があり、僕は「解像度は長辺で480ピクセル以内、色数は256色(フルカラー)内であまり増やさずに」と意識しています。8年描いてきて、僕にとってそれ以上はドット絵として成立しにくいと感じています。でもあまり厳密には制限しておらず、ピクセルアーティストの中ではかなり制限がゆるい方だと思います。

季節感を演出する配色テクニック

サイトウ
色数が制限された中での色選びは、どう考えたらいいでしょうか?

【大賞】旧居の窓から/319

APO+
テーマから考えるのはいいと思います。大賞の319さんの作品の色の選び方と置き方が上手で、ひと目で配色や空気感にいい印象を受けました。

サイトウ
夏らしいモチーフが特に描かれていないのに、夏らしさを感じますね。

APO+
青と緑の組みあわせが、夏を想起させます。逆に冬なら緑はあまり入らないですよね。個人的にも青みがかった緑が好きなのですが、空の青と植物の青緑、建物の灰色と白など、色のバランスがデザイン的にも気持ちがいい。人物と花のピンクの差し色でリズムが作られているのもいいですね。

色数は64色以下だと思いますが、色の省略がうまく、使用されている色は少ないのに、たくさん色があるように見えます。でも緑には4色ほど使って、チープに見えない工夫もされています。

また、気温が高いときの雲のでき方や、高い位置から陽の光がさしているように影が入っているのも、夏を感じやすいポイントです。

サイトウ
制限がある中でも、テーマらしい配色や光と影の描き方で季節感まで表現できるんですね。

色数制限のコツ:ディザリングの活用法

サイトウ
先ほど「使用されている色は少ないのに、たくさん色があるように見せる」というお話がありましたが、他にはどんなテクニックがあるのでしょうか?

【佳作】The Summer Day/高村檸檬

APO+
例えばこの作品は、ディザリングの使い方がおもしろく、とても参考になります。

ディザリングというのは少ない色数で色を多く見せたりグラデーションを表現するためのドット絵のテクニックで、タイルパターンとも言います。

高村さんの絵では特に、空のグラデーションや雲をあえて横縞にして透け感を出すなど、ドット絵らしいおもしろさがふんだんに使われています。

サイトウ
雲のあたりは本当に独特で、高い技術力を感じます。

APO+
あまり見たことがない表現で、デフォルメのセンスも抜群です。このアイデアはとてもおもしろいですね。

ここまでのものを5色程度で描ききるアイデア力と根気はなかなか真似できない技です。ドット絵を描き慣れていることがうかがえますね。

シンプルで魅力的なドットのデフォルメ技

サイトウ
解像度の制限についても教えてください。ドット絵でものを描く技術というのは、デフォルメのうまさなのでしょうか?

APO+
それはあると思います。おずさんの作品も低解像度で技術力が高い作品です。イルカもキャラも、目だけ見てもかなりデフォルメされていますが、かわいいですよね。

【佳作】ドルフィンスイム/おず

サイトウ
横縦の線だけでちゃんと目に見えるのがすごい。ピクセルひとつひとつに意味があるんですね。

APO+
低解像度のドット絵で目を描く場合、横3、縦5ピクセルぐらいしか使えず表現が難しいのですが、本当にうまいと思います。

塗りがベタっとせず透明感があるのもすばらしい。全体が青一色になるところ、人物や身体の影を使ってうまく色幅を出せています。

サイトウ
デフォルメが効いた静止画なのに、今にも動き出しそうです。

APO+
イルカの後ろに水しぶきで波が立つ感じなど、動きのある絵で説得力があります。水面は水平に描きがちなのですが、おずさんは波の形をしっかり捉えられています。

サイトウ
よく観察して構造を理解しているから、デフォルメも描けるのですね。

APO+
今はこういった「昔から続くドット絵」のデフォルメ技術を持っている人は少ないと思います。当たり前だった技術が、これからは誰も持っていないものになるので、デフォルメのうまさは強みになりますね。

【佳作】花畑/ガラムマサラ

APO+
ガラムマサラさんの作品も好例です。表現が難しい低解像度の中、操作画面(UI)がうまくデフォルメされています。写真やビデオが選べるメニュー部分が点で表現されていますが、みんなの記憶にあるものなのでこれだけでもちゃんとわかる。それがこの絵のデフォルメのうまいところです。

サイトウ
鑑賞者の記憶に訴えかけているんですね。
解像度が低い中で、自然の広大な空間や手前と奥との距離感を出すのは難しそうですが、奥行きの表現もきれいですね。

APO+
山を青っぽくして、空気遠近法で遠くに見せています。手前の花だけはディテールを描き込んで手前感を出したり、逆に遠くはただの色の塊にするなどして、遠近のバランスで距離感が出ていますね。

APO+
また、この絵は発想力もすごく、アイデアがおもしろいです。UI右下にひとつ前に試しに撮ったであろう写真が見えていて、撮影する人の存在や前後のストーリーまで表現しています。

おもしろいアイデアというと、先ほどの高村さんの作品もすごい発想をされています。ドット絵として解像度の制限があっても丸く描けるはずの自転車の車輪や太陽をの解像度を、さらに落としてあえてカクカクさせる2段階の仕掛けになっています。

サイトウ
技術力が高いだけでなく、自分なりの表現に落とし込むハイレベルなことまでされているんですね。

イラストのストーリーを想像させる方法

サイトウ
コンテストテーマが「夏のあの日のこと」ということで、ストーリー表現も重要になってくるかと思います。ガラムマサラさんのように、ストーリーを感じさせる方法は他にもありますか?

APO+
例えば大賞作品は、女の子が階段に座っている何でもないワンシーンですが、この「何でもない」という感じが僕の中の夏休みのイメージと合致して、夏のストーリーを感じました。階段というモチーフ自体も夏を感じさせやすいかもしれません。

【佳作】あとは、夏が終わるだけ/杏仁茶

APO+
杏仁茶さんの作品は、イラストでは珍しいコマ割り構成でストーリーを魅せています。夕日や切符、信号機などの配置されたモチーフで「出会いと別れ」や「夏の寂しさ」みたいなものを感じますよね。

キャラや切符などところどころフレームからはみ出させるなど、演出も凝っています。こういったアイデアのおもしろさも、絵を楽しくするポイントですね。

サイトウ
ひとコマずつ見ると、奥の島の距離感などもわずかなドットで描き分けられていてすごいです。

APO+
信号機の奥に海辺が見えて、奥に白い点々とした建物と山があり、距離感があるし水面の反射まできれい。水の表現は難しく、反射を全部描くとやりすぎな印象になってしまうのですが、演出のおいしいところを使えています。全体的にデフォルメとリアルのバランスがうまいですね。

サイトウ
テーマに沿ったモチーフやシチュエーション、演出方法を考えるといいのですね。先生がストーリーを描くときのコツはあるでしょうか?

APO+
そもそもどんな絵にもストーリーはあると思うのですが、その上で僕がよくやる手法は「ちょっと違和感のあるものを入れる」です。

海辺のイラストならビーチボールやスイカがあればストーリーはわかります。ただしありきたりな印象になってしまうので、さらに見る人が予測できないようなものを置くと、より深いストーリーが作れると思います。砂浜に旗のついた冷蔵庫が落ちてると「どうしてここにこんなものが?」と想像しやすくなりますよね。

サイトウ
ひっかかりを作るんですね。

https://img.genseki.me/LIGHTBASE.gif
APO+先生の作品(アニメーション)

APO+
そうです。僕は「フックを作る」とよく言いますが、例えばこの絵なら

・学校の中に植物が生えている
・人物が学校にそぐわない姿
・校舎の壁に機械がくくりつけてある
・建物の中に水が流れている

などですね。

ドット絵の風景と光の描き方

サイトウ
どうしたらドット絵で風景が描けるようになるでしょうか?

APO+
それは逆で、「風景を描くこと」を理解すれば、ドット絵に関わらず描けるようになると思います。ドット絵は水彩画やペン画などと同じ、あくまで技法の一つです。

日本ではイラストを描き始めるときに「キャラクターイラスト」から入ることが多いので、キャラと風景は描き方や考え方が全く違うと知る必要があります。

キャラクターイラストは多くの場合、誇張表現されていて鼻や目などは記号化され、色々なものがデフォルメや省略されることが多いです。対して風景イラストはキャラクターイラストと違い、実体的なものです。光の法則など現実に忠実な描き方が多く必要になります。それをさらにドット絵で、となると「低解像度でいかにリアルを抽象的に表現するか」がポイントになります。

サイトウ
最初からデフォルメするキャラとは、スタートの考え方から違うのですね。難しそうです……。

APO+
説明すると難しく聞こえますが、実際はそんなに難しくありません。風景を描く感覚が身に付けば、ドットで描くのも変わらないと思います。

サイトウ
まず風景の描き方を学べば、ドット絵でもどんなツールでも表現できる、という順番なんですね。

先生のイラストは光もとてもきれいで、風景を描くには光と影の表現も大切に感じます。普段から意識していることはありますか?

APO+
特別に意識したことはないですが、絵を描くこと自体が「この光の感じきれいだな、あの影かっこいいな」と思うところからスタートしています。

サイトウ
杏仁茶さんの作品なども、光のフレアや反射が描かれていて美しかったです。

APO+
光が夕日の暖色で、影は青みがかっているのもいいポイントですね。外の場合は光が当たるところは光の色になりますが、当たらない影は空が拡散した色が影響します。

根本的な話になりますが、そもそも目に見えるものは全て、光が反射することで見えています。あくまで僕個人の感覚ですが「風景を描く」イコール「光を描く」ことだとも思っています。

イラストとアートの境界、高解像度のテクニック

サイトウ
まだドットを描き慣れていないうちに大きい絵を描こうとすると、ドット絵というより「描いた後で解像度を下げた絵」のようになってしまうこともありますよね。高解像度でもドット絵らしさを保つポイントはどこなのでしょうか?

【佳作】コンテスト用イラスト/反り

APO+
反りさんの作品はドット絵としてはかなり解像度が高く、葉のすじひとつひとつまで細かいドットで描かれていますが、タイルパターンのようなドット絵らしい技術を使って描かれているのがポイントです。

少ない色数で描いて、色のバランスでもドット絵らしさを保っています。

サイトウ
独特な世界観が作品として昇華されていると感じます。

APO+
イラストレーションは「画面の中を説明できる」という特徴がありますが、その枠に収まりきらない美術的な表現を感じます。説明できないモチーフを入れたり、見切れていたり、いい意味で気になります。

サイトウ
応募作品一覧でも珍しい作風で目立っていました。高解像度では、ドット絵の技術を残して新しい魅力が作れるんですね。

APO+
今はイラストとアートの境目がだんだんなくなってきているので、この作風は時代にあっていておもしろいですね。

ドット絵の学び方とステップアップ方法

サイトウ
ドット絵といっても本当にいろいろな作風があり、技術や基礎力などいろいろなお話がありました。
これから描きたい人は、どこから手をつければいいですか?

APO+
本来「絵を描いて完成させる」のは大変なことですが、ドット絵は16×16や32×32ピクセルのマスを埋めるだけで完成できます。スマホひとつで誰でも描けるので、絵を始めるにはうってつけ。敷居が低く楽しいものなので、まずはチャレンジして欲しいです。

極めようと思うと難しくなりますが、噛めば噛むほど味が出ますよ。

サイトウ
ドット絵の描き方はどう学んでいけばいいでしょうか?

APO+
「ドット絵の共通認識」のバランス感覚を掴むのがいいと思います。

Xでフォロワーの多いピクセルアーティストや、それこそイルカの絵のおずさんのようにコンテストの受賞作品など、うまいと言われるドット絵をたくさん見てください。

古いゲームのドット絵から学ぶのもいいでしょう。『ボクらの太陽』や『ポケットモンスター』などをはじめとした、ゲームボーイアドバンスのゲームは個人的におすすめです。色数も多く表現も豊かですが、制限の中で描かれていて、今の時代にドット絵を描く際に得られるものが多いです。

実は、僕や次の審査員のモトクロス斉藤さん(X:@moot_sai)の作風は応用が多く、「ドット絵の共通認識」からあえて崩しているところが多いです。初心者の方がいきなりマネをしようとすると難しいかもしれません。

サイトウ
ゲームのマネから入る学びはおもしろそうです。初心者入門におすすめのドット絵ソフトはありますか?

APO+
描き始めは「dotpict」が使いやすいと思います。最初から解像度や色数が制限されていて、見本も豊富です。模写勉強がしやすいのもドット絵のいいところですね。

サイトウ
慣れたらソフトを変えていけばいいのですね。先生は何で描かれていますか?

APO+
僕は長く描き続けてドット絵の作り方も複雑になっているので、いくつもソフトを使うようになりました。今はBlender、Photoshop、Aseprite、Adobe After Effectsの4つで、やりたい作業にあわせてソフトを変えています。

例えばBlenderの3Dで空間を作って他のソフトでアタリとして読み込んだり、Adobe After Effectsならキラキラとしたパーティクルを飛ばす、などです。詳しくはCGWORLD.jpさんのインタビュー記事でもお見せしていますので、興味がある方は見てみてください。

https://img.genseki.me/SUMMER_V.gif

APO+先生の作品(アニメーション)

サイトウ
今イラストやゲームなどでドット絵をかなり見かけますが、流行でしょうか。描き慣れてきたときに他の人との差別化するのも、難しそうです。

APO+
僕が描き始めたのは8年前で、そのころからずっと「流行っているね」と言われています(笑)。描く人は確実に増えましたね。描き慣れたドット絵が増えて、新しさを出すのは難しくなってきました。

僕は「ドット絵で誰も描いていないものを描こう」と始めて、それこそモトクロス斉藤さんとは長い間競い合うように描いていました。パースを効かせたドット絵もそのときにはありませんでしたが、今では珍しくなくなりました。

サイトウ
技術が狩りつくされてしまった、というような……。

APO+
その通りです。なので、次は自分が「何を描くか」を出していく段階かもしれません。

色のバランスやモチーフ選びといったその人なりの「強み」。例えば、前回の審査員のななみ雪さんなら「キャラクターイラスト」だし、僕は「風景」という個性があります。


どんなイラストもそれぞれに必ず個性があります。自分の強みにいち早く気づくのが、これからのイラストレーターに重要だと思います。

サイトウ
次回のピクセルアートコンテスト「あなたの本当に好きなもの」は、まさに作家性を突き詰めるコンテストです。

APO+
モトクロス斉藤さんらしいコンテストですね。彼は自分の趣味がしっかりあって、レコードや楽器など自分の好きなものを描くことが好きな人です。自分の個性を見つけるのに、いいテーマだと思います。

▼ピクセルアートコンテスト 

https://img.genseki.me/compes/compe_ogp_1721897677_NkxoQi9uSI.png

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執筆

kao(X:@kaosketchWebGENSEKI

編集

斎藤充博(X:@3216WebGENSEKI

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