こんにちは、GENSEKIマガジン編集部です。
GENSEKIでは3回にわたってピクセルアートコンテストを行ってきました。第三弾は「あなたの本当に好きなもの」。
今回は審査員のモトクロス斉藤先生に、「好き」のプレゼン力に優れたコンテスト受賞作品について深掘りして解説していただきました。
ドット絵だけにとどまらない、「好き」を作品の魅力に変える方法をたくさんお話していただいています。イラストレーターにとって、役立つ情報満載の記事です!
お話を聞いた人モトクロス斉藤(X:@moot_sai/Instagram/Web)
日常の空気感とストリートカルチャーを感じる作品を主とするピクセルアーティスト。
グラフィックデザインを専攻後ピクセルアートと出会い、精力的に活動。
ポカリスウェット、新潮文庫、NHK、PUMA、神聖かまってちゃん・auなどに作品を提供。
インタビューした人サイトウ
GENSEKIマガジンの運営サポートスタッフ。
鑑賞者とのコミュニケーションを意識する
サイトウ
ピクセルアートコンテスト「あなたの本当に好きなもの」で受賞したのは、どういった作品だったのでしょうか。
モトクロス斉藤
見ている側に「こういうところが好きなんだろうな」というのが伝わってくる、プレゼン力の高い作品です。「なんとなく好き」よりも、細かく「こう好きなんだ」って言われる方が、やっぱりバシッと伝わってくるものがあります。
「好き」というのは、そのモノをただ描くだけでは伝わってきません。どう好きなのか、どのくらい好きなのかを見せることが重要だと思います。
モトクロス斉藤
こちらの作品は、この風景に対する解像度が非常に高いですよね。例えば、右側の看板が雨だれで白く褪せている状態とか、しっかり見ていないと描けないようなポイントがたくさんあります。構図も大人しくしてあって、この風景をお届けしたいという気持ちが伝わってきますよね。
サイトウ
ドット絵らしくありながらも、本当に詳細な描写がされていますね。
モトクロス斉藤
この解像度の高さによって、作者の好きだけで終わらず、見ている側もこの絵について語りたくなる作品になっていると思います。「この看板の感じ、あるあるだよね」「海辺の家って好きなんだよね」とか、そういう話ができる。好きが伝わりすぎて、こっち側の好きまでくすぐってくるんです。
会話でもそうですが、一方的に自分の好きを伝えるよりも、好きを共有していく方が楽しいじゃないですか。そういう会話が起こる、コミュニケーションがすごく上手な絵なんだろうなと思います。
サイトウ
鑑賞者も自分事として捉えられるような絵になっているんですね。
モトクロス斉藤
こちらも、また少し違った形でコミュニケーション上手だと思った作品です。
見ているときにいろんな考察をしちゃったんですよね。旅行者のような格好をしているけど旅先感はあまりないし、新大阪と書いてあるけど背景は新幹線でもないし……不思議な絵だなと。タイトルを見たら「乗り換え」、説明欄には「誰かの日常と自分の非日常が入り混じっている空気感」とあって、全部伝わって来ていたんだと気づきました(笑)。
一瞬「おや?」と考えさせて、「そういうことか!」と気づかせるギミックが良いですね。新聞広告のような、良いプレゼンをされました。
サイトウ
見ている側がおのずと知りたくなって、引き込まれるようなコミュニケーション方法ですね。
モトクロス斉藤
特にうまいと思ったのは文字情報の入れ方です。
電車の車体や空の抜け感を邪魔しない、何もない空間に文字が入っているので、デザイン的にすごくきれいにまとまっています。
サイトウ
文字を絵に取り入れるのは斬新な気がしますが、すごくおしゃれに仕上げられていますね。
モトクロス斉藤
絵のコンセプトにマッチしているんだと思います。慣れない駅に降りて周りを見回すときのあの感じを表現するには、見ている側にも「ここはどこだろう」と思ってもらう必要があったんじゃないでしょうか。そこで、モノローグ的に伝える文字情報というのが活きた。文字は絵と比べて、画面占有率に対する情報量が多いので、この使い方はスマートですね。
技術の高さは表現の幅を広げる
モトクロス斉藤
やっぱり絵がうまいと表現できる幅も増えるということをこちらの絵から感じました。
ゆったりとした空気感が伝わってきますよね。iemon.さんの作品もそうですが、風景を描き込むというのは手間のかかることなので、真正面から向き合って表現している姿からも「好き」が伝わってきます。
サイトウ
空気感を描くというのは確かに技術がいるイメージがあります。
こちらの作品は、特にすることのない状態とコインランドリーという場所が良い感じにマッチしていますね。
モトクロス斉藤
たぶん、描きたい空気感が先にあって、それにあうコインランドリーという場所を選ばれたんだと思います。他のオブジェクトもすべて丁寧に選ばれている感じがして、すごく技術的な考え方で作られた絵ですね。
サイトウ
空気感の表現と描くモチーフについてもう少し詳しく教えてください。
モトクロス斉藤
まず、空気感は色だと僕は思っています。絶望的なことが起きると「世界から彩度が消えた」みたいに言うじゃないですか。晴れやかな気分だとすごく鮮やかになったり。空気感を内包するのは、そういった主観と状態があわさった見え方だと考えていて、その主観の部分を色で表現したいと考えています。
描きたい空気感の色味から決定して、その色味から大きく外れないオブジェクトを入れ込み、メッセージを持たせる、みたいなことは自分もやりますね。
サイトウ
こちらもまたドット絵としての技術の高さを伺える作品です。「好きなものをたくさん詰め込んだ」とのことですが、シンプルにかわいく仕上げられています。
モトクロス斉藤
細かいところがしっかりしているんですよね。好きを詰め込みながらも、この絵のメインである魔女とうさぎに目が行くように描かれています。それ以外のオブジェクトはアウトラインを抜いてあるし、手前の草花の形なども極力シンプルにしてあります。うさぎが草に隠れるといったレイヤーの処理もされているし、技術的な部分がしっかりしているのですごく見やすいです。
サイトウ
描写の取捨選択がうまくされているんですね。
モトクロス斉藤
世界観も統一されていて本当に上手です。ゲームのドット絵っぽく全部がフラットに描かれていて、サイズも小さいのに一つひとつのモノがちゃんと見えます。全部好きということが伝わってきますよね。
サイトウ
このゲームやってみたいなって気持ちにさせられます。
モトクロス斉藤
そう思わせられた時点で、プレゼンとして花丸ですよね。
「好きなモノを描きました。全部魅力的でしょ?(ドン!)」みたいな描き方って難しいけど、できちゃえば最強なので(笑)。
コンテンツを知らない人にも魅力を届ける工夫
サイトウ
好きなものがニッチである場合もありますよね。見ている側がよく知らないものでも、魅力的に見せられるような方法はありますか?
モトクロス斉藤
そこに悩んでいる人も多いと思うので答えはないですね。よくあるのは、キャッチーなものと組み合わせたり、見た目をポップにするというやり方ですが、やりようはいろいろあると思います。
個人的には、リアルに描いた作品が魅力的に映ることが多いです。その人が好きな空気感を伝えてくれた方が楽しいと思うので、真摯にそのものに向き合って描かれたものが見たいですね。
モトクロス斉藤
こちらの作品は印象的でした。僕は麻雀をやらないので、この場面がどんな状況なのかわかりません。でも描写の端々から、あるある感やその場の雰囲気が伝わってきました。
例えば、手積みでやっているから牌の山がちょっと崩れているんだろうな、とか。自分の手牌は種類ごとに分かれてズレていたり、逆に奥の人の手配はぴっちり並んでいたりして、それぞれの性格が現れているのかな、とか。
サイトウ
八筒(パーピン)を待っているようですが、手牌の中でも少し手前に置かれて目に留まりやすくなっていますね。描かれているもの自体はシンプルなのに、情報が詰まっています。
モトクロス斉藤
奥をよく見ると八筒が捨てられていたり……麻雀を知っている人が見たら、もっとあるあるが含まれていると思うんですよね。わからない人間にも一枚絵でそれを伝えられているのが、プレゼン成功って感じです。
麻雀をやっているスタッフに聞いてみました。ご興味のある方は読んでみてください!
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まず、7~8巡目でここまできれいな手牌は激アツ。もし一発で八筒をツモった場合、計11翻となり三倍満(高打点)になります。また、この人はほぼ幺九牌(一、九、字牌)しか捨てていない状態で立直(リーチ)してるので、ロンできる可能性もかなり高め。
見ただけで「おっ」とわくわくするイラストですね。
モトクロス斉藤
また、黒いアウトラインでビシッと整えられた描き方から、昔ながらのゲームセンターを想起させられました。麻雀というオブジェクトとこのドット絵感が噛み合っていて、より魅力的な一枚になっています。
モトクロス斉藤
こちらはまた違った見せ方で魅力を表現している作品ですね。
僕は競馬も詳しくないので、上から見る競馬場の魅力って自分の中には全くない視点でした。本当に好きじゃないとモチーフとして選ばないと思います。でもこうしてみると、ゲームのコース選択画面みたいでかっこいいですよね。
サイトウ
こちらの作品もドット絵らしさを活かした見せ方ですね。
モトクロス斉藤
自分が使っているドット絵というツールをちゃんと理解している感じがします。
かぬさんは、直球に馬を描いた絵も応募してくれましたが、こちらも順当に魅力的だと思います。そこにとどまらず、「こういうのも絵として魅力的ですよね」ってお届けしてくれたのが良かったですね。視点の使い方が武器になりそうです。
デザインで魅力的に見せる
モトクロス斉藤
ブリスターパックみたいに、オブジェクト一つひとつがきれいに並んでいる様子って、すごく魅力的に見えませんか? こちらの作品は、すべての解像度感が統一されつつ丁寧に描かれていることで、そういった「並んだもの好き」的な気持ちをちゃんと刺激してくれています。
サイトウ
パズルのように敷き詰められていてかわいいです。
モトクロス斉藤
メインの女の子がしっかり描き込まれているのも良いことだと思います。真ん中にどんと置かれて、他のものより手数や色味も多く入っているので、まず最初に女の子に目が行く。そして次にその周りを構成するオブジェクトに目が行って、学校に関わるコレクションなんだなと物語がわかっていく。ただ好きなものを描いているだけでなく、デザイン的な構成がしっかりしています。
サイトウ
主役が主役然としていて、周りのものがそれをちゃんと引き立てる存在になっているんですね。
自分の「好き」が世界観を作る
サイトウ
直球で好きを表現するというのは、勇気や技術が必要な気がします。
好きなものを前面に押し出さずとも、作品に取り入れられるような方法はありますか?
モトクロス斉藤
僕がよくやる方法として、風景の中に違和感がない程度に入れ込むというやり方があります。絵の主題には直接の関係がない自分の趣味を入れちゃう感じです。
モトクロス斉藤
こちらの作品はそのやり方に近いと思いました。
後ろにジャズのアルバムが飾られていますが、別にジャズでなくても絵としては成立しますよね。他にも、ギターやアンプ、観葉植物と全部本当に好きじゃないと描かないだろうというチョイスがされています。
引いて見てみると、ジャズのアルバムの部分だけちょっと手数が多く見えませんか? これ描きたくて描いてるな、僕もやっちゃうわって思いました(笑)。窓の雨だれもきれいに描写されているし、「描きたい」という意思がすごく感じられて良いです。
サイトウ
確かに……! 背景に好きが散りばめられている感じがします。
モトクロス斉藤
さらに、この方法だと好きなものが世界観も作ってくれるんですよね。
この絵の女の子はジャズ好きなんだろうなとか、ギタリストなんだろうなとか、自然と世界観が広がるので、やっていて楽しい方法でもあります。
サイトウ
ちょっと入れちゃおうかな? と、気軽にできて楽しそうです。
モトクロス斉藤
絵の主題と自分の入れ込みたいものを綿密に絡ませるのってすごく難しいんですよね。この方法は自分の好きなものを作品に入れ込みやすいのでおすすめです。同じくGENSEKIで審査員をされていたTAOさんとか、背景を描きこむタイプの人はやってる印象がありますね。
お仕事でも、依頼されたコンセプトがズレない程度に、少しだけ自由なモノを描けると楽しくなります。もちろん、あまりにも主題から外れたものは描いちゃダメなので、モチーフを選ぶ目線も鋭くなって良いのではないでしょうか。
「見る力」を身に付けるには
サイトウ
絵としての魅力を上げるポイントはありますか?
モトクロス斉藤
絵の練習=見る練習だと思うんです。描く力っていうのはある程度まで行くとみんな一緒になるので、見る力がすごく大切になると思います。見る力が強ければ、描くべき部分や省略できる部分が見えてきて、好きなものの魅力をもっと引き出せる部分がもっとわかってきます。ドット絵に限らず、他の絵でも言えることだと思いますね。
サイトウ
具体的な練習方法はありますか?
モトクロス斉藤
ドット絵なら、横500pxくらいの「めちゃくちゃ大きいキャンバスで描いてみる」。大きいサイズだと描いても描いても埋まらないので、細かいところまで描かないと間が持たないんですよ。そういうときに目の解像度が上がっていって、描くべき部分の取捨選択もできるようになっていきますね。
ここまで好きを入れ込む話をしてきましたが、興味のないものへの解像度を上げる必要性もあります。僕は女の子を描きますけど、「描かなきゃウケないかも……」 みたいな強迫観念で描いてる節が少しあるんですよ。それでも、描くのであればちゃんと魅力的に描かないとあまり意味がないと思っています。
……ただ、これは最近僕がそうなってきたから言えちゃうコメントではあるんですけど、そこまで描きたくないものなら、いっそ描かないという選択肢もあると思いますね。
サイトウ
そこも取捨選択ですね。
イラストでよりよいコミュニケーションをするために
サイトウ
プレゼンやコミュニケーションという言葉がたくさん出てきましたが、作品を発表する上で大切な意識なのでしょうか?
モトクロス斉藤
絵って誰にも見せなければ自己満足でも良いんですけど、「見て見て!」が発生した段階でコミュニケーションツールになっちゃうんですよね。
例えば、小学校の図工の時間にザリガニの絵をがんばって描いて、先生に見せる。そのときに「それはサワガニだね」なんて言われたら、すごく嫌だと思うんです。
サイトウ
あ〜、ちょっとわかります。
モトクロス斉藤
図工の時間でもないのに、絵をわざわざ人に見せるのであれば、「何を描いたかを理解してもらう」ということは、担保しないといけないですよね。
そこで上手に描くというのも大事なんですけど、何をどう表現するか、その絵を見た人にどう思ってほしいか、というところまで考えられるとすごく良いです。「楽しそうなザリガニだね!」と思ってほしいから笑顔のザリガニを描く、みたいな。
サイトウ
なるほど……。
コミュニケーションは、モトクロス先生ご自身も作品制作の際にやはり意識されていますか?
モトクロス斉藤
めっちゃしますね。僕の場合は好きを押し付けすぎないように気を付けないと、すごく独りよがりな絵になってしまうので……。いつも鑑賞者の人にどう見えるか、顔を伺うような気持ちで描いてます(笑)。
もともと広告デザインをやっていたのですが、当時は我を出しすぎるなってずっと言われていました。
広告は、クライアントや世間にどう思われるかを一番に考えて作るのが大切なんですよね。その視点をベースにイラストレーターになったので、やっぱり気を遣います。
サイトウ
仕事を受けるクリエイターとしては大事な考え方ですね。
イラストを描いていて、独りよがりになっていると思うのはどんなときでしょうか?
モトクロス斉藤
たとえば、夜に描いた絵を翌朝見て、「すごく色がくすんでいるな……」と認識したときですね。僕は彩度低めな絵が好きなんですが、イラストでもデザインでも、一般的に喜ばれることは少ないです。色は派手な方がパッと目に入りやすく印象が良いので。
サイトウ
世間の需要と自分の好みの差で葛藤する人は多そうです。
モトクロス斉藤
まあこれは、お仕事を受けるようになったタイミングで葛藤すればいいことだと思います。後々学んでいけばいいです。
▼結果発表と講評コメントはこちら
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執筆
GENSEKIマガジン編集部