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取扱説明書のイラストを作る「テクニカルイラストレーター」ってどんな仕事?

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

 

僕の知り合いに「テクニカルイラストレーター」のぬっきぃさんという人がいます。テクニカルイラストとは取扱説明書などに載っているような、操作や組み立ての手順を表したイラストのこと。

これらはぬっきぃさんが実際に描いたテクニカルイラストの例です(ただし、描いてある対象は架空のもの)。

 

こうしたイラストは誰でも一度くらいは見たことがあるはずです。ただ、その制作過程についてちゃんと考えたことのある人は、あまりいないのではないでしょうか。

テクニカルイラストを描くのは簡単なのか、難しいのか。どんな苦労があるのか。もしも、なろうとしたらどんなスキルが必要なのか。まるっと聞いてきましたよ。

お話を聞いた人

ぬっきぃ
取扱説明書のイラストを描くテクニカルイラストレーター。マツコの知らない世界「取扱説明書の世界」に出演。他にもコミックエッセイの制作やWebライターなども行う。
ライター(絵も)

斎藤充博
ライターだけど絵やマンガも描く。まずは何も見ずに製品を使い始めて、失敗した後で初めて取扱説明書を読むタイプの人間。

テクニカルイラストの作り方

斎藤
というわけで、今日はぬっきぃさんのお仕事である「テクニカルイラスト」について聞きたいです。テクニカルイラストってどういう手順で作るんでしょうか?

ぬっきぃ
まず、クライアントと描く対象について打合せをします。その後に描く対象を実際に見ます。小さな物だったら自宅に送ってもらったり、大きな物だったら現地に行って操作しているところを見せてもらったりします。

 

斎藤
取材をするんですね。

 

ぬっきぃ
そうです。テクニカルイラストレーターは、描く対象の形や機能をきちんと理解していなくてはいけません。

だから、全工程の中で描く作業よりも取材している時間の方が長いくらいです。私はよく「テクニカルイラストレーターは取材が8割」って言っています。

 

斎藤
確かに、取扱説明書を作る以上、ちゃんと理解して描かないとダメですよね。

 

ぬっきぃ
取材をした後にクライアントと「こういうふうに書きますよ」という打合せをして、Illustratorで描いて納品します。

 

斎藤
一般的にイラストの仕事をする時って「ラフ」を作ることが多いと思うんですが、いまの説明にはなかったですね。ラフは作らないんですか?

ぬっきぃ
これは私の場合だけかもしれませんが、ラフは作っていませんね。

昔は作っていたんですよ。ただ、クライアントにラフを見せても、どうも理解してもらえないことが多くて、ラフ段階の出し戻しが異常に多くなってしまっていたんです。

テクニカルイラストのラフは専門的なので、クライアントにとっては完成のイメージがしづらいんだと思います。

 

斎藤
なるほど……。「完成品を見てもらった方が話が早い」っていうパターンですね。

 

ぬっきぃ
本当にそうですね。ラフを作ることをやめたら、出し戻しが一気に減りました。ただしその分、取材後の打合せは綿密に行っています。描く対象の写真を撮って「この角度からのイラストを描きますよ」と説明したりします。

テクニカルイラストにはルールがある

斎藤
テクニカルイラストならではの描き方ってあるんでしょうか? 説明書などを見ると、なんとなく独特な雰囲気があるな……と思いまして。

 

ぬっきぃ
テクニカルイラストには太い線と細い線の2種類で描くというルールがあります。時々3種類の線で描いているものもありますが、原則は2種類です。

確かに2種類の線を使っている

 

斎藤
確かに、言われてみると2種類になっていますね。なんで2種類なんですか?

 

ぬっきぃ
見せたいところを太い線で描いた方が、分かりやすいってことですね。これを知らない人がテクニカルイラストを描こうとすると「なんとなく説明書っぽいけどちょっと違う」ものができてしまいます。

 

斎藤
このイラストの例だと、接着剤とそれをつける出っ張りが太いですね。確かにここに注目してほしいというのが分かりやすいです。

 

ぬっきぃ
他にも「パースを付けすぎない」などのルールもありますね。これもイラストを分かりやすくするためです。

分かっていない人とのやりとりは「地獄」

斎藤
テクニカルイラストを描くのって、どんなところが大変なんでしょうか? 例えば「こういう物をの描くのは苦手だな」というのはありますか? すごく複雑でめんどくさいやつとか……。

ぬっきぃ
基本的に描けない物はないですね。フリーになる前は「取扱説明書を作る制作会社」に在籍していたんですが、そこではバイクや発電機などの複雑なものも描いていましたし……。複雑な方がもちろん手間はかかるんですが、むしろ張り切って描けます。

 

斎藤
なるほど。なんか少年マンガの主人公みたいな感じですね……。

 

ぬっきぃ
描く対象については関係ないんですが、取材がやりにくい時は大変ですね。

 

斎藤
基本的にクライアントの会社の製品を取材するわけですよね? 取材がやりにくい状況ってあまり想像がつかないですが。

 

ぬっきぃ
製品を作っているメーカーとの間に広告代理店などの仲介業者が入っていて、そこから発注が来る場合がありますね。描く対象になる製品について仲介業者に細かい質問をしても、ちゃんとした答えが返ってこなくて……。地獄のようなやりとりが続きます。

斎藤
そういう場合があるのか……。僕もライター案件で、頼りにならない仲介業者が入っているときは地獄を見ます。分かる。

 

ぬっきぃ
この場合は最終的に直接メーカーの人とやりとりをさせてもらったんですが、仲介業者に発注している立場の人って、製品の本当に細かいことまで詳しいわけじゃないですよね。引き続き地獄でした……。

製品のことが分かっている人との話が楽しい

斎藤
取材の時は、製品開発に近い立場にいる人に話を聞けるのがいいんでしょうね。

 

ぬっきぃ
そうですね。開発者さんと話ができると話が早いし、楽しいですよね。

私は機械図面も読めるので、描く対象の機械図面は、できるだけ見せてもらうようにしています。すると、製品を外側から見ていただけでは分からない「溝」があったりするんです。

その溝にどういう意味があるのかを開発者に問い合わせると

「ぬっきぃさん、この溝に気がつくとは、お目が高い……」

なんて言って喜んでもらえたり。

 

斎藤
なんというか「理解している者同士」の会話ですね。

 

ぬっきぃ
分かっている人と話ができると、本当に良いですね。

最近、部品が30個くらいあるソーラーパネルのテクニカルイラストを描いたんですが、コロナ禍ということもあって実物を見ることができなかったんです。

でも、先方にお願いしたら私の欲しい写真と図面をちゃんと全部もらえて、滞りなく描けました。

 

斎藤
実物を見ずに描くこともあるんですね。そういう時に「なんでこんな資料が必要なんだ、渡せないぞ」なんて言われたりすると、これも地獄ですね。

 

ぬっきぃ
実際にそういう人もいますね。ただ、実物も見られなくて、図面も見れないとなると、もう私は案件をお断りしてしまいますが……。

 

製品の全部を知っていないと展開図は描けない

斎藤
ちなみに他にも楽しい時ってありますか?

 

ぬっきぃ
作業で言うと、「展開図」を描いている時が楽しいですね。

これも架空の製品の展開図

 

斎藤
展開図……。確かにありますね。描くのが大変なのではと思ってしまいますが、どの辺が楽しいんでしょうか?

 

ぬっきぃ
展開図は製品の部品をすべて見せるイラストなので、その製品のことを知らないと絶対に描けないんです。

 

斎藤
なるほど。「このイラストで知っていることを全部出し切るぞ」的な……。

ぬっきぃ
それに、私は展開図を描くときは「すべての部品が合体しても大丈夫」なように計算して描いているんです。

だから展開図を描いたあとに「一体化しているイラストも欲しい」と言われたら、展開図をちょっと加工すれば「一体化している製品のイラスト」になるんです。

展開図を一体化させていく時って、部品が必要なところに全ハマっていくから、すごく気持ちいいんですよ。

架空の製品の展開図を一体化させたところ

 

斎藤
そういう「収まっていく気持ちよさ」ってなんとなく想像できるような気がします……。

テクニカルイラストレーターの存在を「デイリーポータルZ」で知ってもらった

斎藤
ぬっきぃさんは実際にはどういうものの取扱説明書を描くことが多いんですか?

 

ぬっきぃ

  • 工場や研究所などで使う測定器の説明書
  • 業者さんが使う機械の取り付けマニュアル
  • 雑貨の説明書

だいたいこの3つを同じくらいの比率でやっています。

 

斎藤
どういう経路で仕事が来るのか知りたいです。

ぬっきぃ
フリーランスになったばかりの頃は知り合いから紹介してもらうことが多かったですね。
最近では「デイリーポータルZのスカウターの記事を見た」という人から仕事が来ることも多いです。

 

斎藤
ああ、あの記事! 僕も読みました。

dailyportalz.jp

補足
ぬっきぃさんは有名なおもしろサイトのデイリーポータルZでライターをしていました(今回の記事には全然関係ないのですが、僕もデイリーポータルZでライターをしていました)

そして「プロが描く、ドラゴンボールのスカウターの取扱説明書」は、テクニカルイラストレーターのぬっきぃさんが『ドラゴンボール』のスカウターや『ドラえもん』のスモールライトなど、架空の道具のテクニカルイラストを描くという記事です。こんなん、当然バズるわ。

斎藤
取扱説明書を作る需要は絶対にあるはずだから、あとは「テクニカルイラストレーター」という専門の人がいることを知ってもらえばいいですよね。そういった意味ではこの記事はめっちゃよさそうです。

 

ぬっきぃ
そうですね。

時々テクニカルイラストレーターでない一般のイラストレーターさんにテクニカルイラストの依頼が行くことがあるんですよ。

でも、イラストレーターさんはテクニカルイラストのルールや作る手順をを知らないので、相当大変だと思います。

 

斎藤
いままで話を聞いてきた感じだと、まったくの別物ですよね。

 

ぬっきぃ
実は、知り合いのイラストレーターがテクニカルイラストの案件を請けてしまって、結局イラストを完成できずに、私が途中から相談に乗ったことがあります。

 

斎藤
ああ、やっぱり難しいんですね。

 

ぬっきぃ
私が引き継いで描こうかという話も出たんですが、結局料金面で折り合いませんでした。描く対象の取材をするので、どうしても一般のイラストよりは料金がかかります。

斎藤
取材を綿密にして、全部理解した上で描くわけですから、一般的なイラストカットとは料金が違うのは当然ですよね。その辺りも理解が進んでほしいところ……。

テクニカルイラストレーターに興味を持った人へ

斎藤
この記事を読んでテクニカルイラストレーターに興味を持った人に「こういう人はテクニカルイラストレーターに向いているかもしれない」っていうのはありますか?

ぬっきぃ
まず「無機質な物をルールを守って描くのが好きな人」ですね。

説明書の制作会社にいた頃に「イラスト描けます」と言って入ってくる人は何人かいたんです。

ただ……「描くのが無機質なばっかりでつまらない」とか「自分の思った通りに描けないのか」ということで、辞めてしまうんですね。

斎藤
実際に辞めちゃった人を見てきた上での言葉、説得力あるな~。

 

ぬっきぃ
それから「コミュニケーション能力」も重要です。テクニカルイラストレーターはクライアントに描く対象について取材しなくてはいけないので。「描いていることだけが好き」というだけでは厳しいと思います。

 

斎藤
取材が8割という話ですもんね。

 

ぬっきぃ
そして、これがとても重要なのですが……「機械製図」が分かった方がいいですね。

 

斎藤
機械図面って、記号がいっぱい描いてあるやつですよね? 

 

ぬっきぃ
そうですね。「ここにこういう部品を使います」ということを表示してある図面です。描く対象の実物を見られず、機械図面だけを渡されて、テクニカルイラストに起こしてくださいという依頼があるんです。だから、機械図面は分からないとダメかも。

 

斎藤
あー。それでは分からないと絶対にダメだ……! ぬっきぃさんは機械図面の読み方をどこで身につけたんですか?

 

ぬっきぃ
私は工業高校で身につけました。他にも工学系の勉強をした人は、分かるかもしれません。

最後に、テクニカルイラストレーターは人の命に関わる仕事ということをきちんと認識してほしいですね。それだけでもイラストの質がまったく変わってくると思います。

 

斎藤
本当にいろいろな技術や覚悟が必要な仕事ですね。失礼ながら、説明書のイラストがこんなに大変だなんて思っていませんでした。

 

ぬっきぃ
実は私自身も取扱説明書の制作会社にいた頃、テクニカルイラストについてそんなに深く考えていなかったんですよ。「説明書なんてどうせ誰も見ないだろ」って思っていました。

会社の同僚もモチベーションが低くて、みんな同じようなことを言っていました。

斎藤
むしろ、説明書のイラストって、いろいろな人にじっくりと見られるような気がします。

 

ぬっきぃ
本当はそうですよね。それなのに、私はモチベーションが低いまま取扱説明書の制作会社を辞めてしまって、テクニカルイラストとまったく関係のない工場の仕事に就くことになります。

そうしたら、その職場で取扱説明書が必要になって、私が作ることになりました。作ってみたら周りから「分かりやすい!」ってすごく評判が良かったんです。その時にやっと「これはすごいスキルなんだな」って分かりました。

斎藤
ちょっと「異世界転生もの」みたいな雰囲気ありますね。自分のスキルが大したことないと思っていたのに、環境が変わったらその大切さに気づいた、みたいな……。

 

ぬっきぃ
そうかもしれませんね(笑)。

 


 

というわけでテクニカルイラストレーターのぬっきぃさんでした。

何気ない取扱説明書のイラストも、多くの手順、さまざまなスキル、そして「人の命がかかっている」という覚悟から生まれていることが分かりました。

今後は「取扱説明書のイラスト」をじっくり見てしまいそうです。

お話を聞いた人

ぬっきぃ
Web:テクニカルイラストレーターぬっきぃ web site
Twitter:@nukkey2013
BOOTH:カドヤキソバ

nukkey2017.booth.pm

ぬっきぃさんが作っている同人誌「取扱説明書の作り方」がBOOTHで販売されています。今回の記事とあわせて読むと、よりテクニカルイラストについて理解が深まるかもしれません。
企画・取材・執筆:斎藤充博