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マンガ家をやめて「プロアシ」になったら世界が広がった。「背景作画スタジオ」アッツーに聞くアシスタントの世界

こんにちは。ライターの斎藤充博です。

「プロアシ」という言葉をご存じでしょうか。マンガ家のアシスタントは、マンガ家を目指している人が「修行」として行うケースが多いのですが、プロアシはアシスタントを専業で行います。

佐藤敦弘さんこと「アッツー」はそんなプロアシの1人です。これまでに「DEATH NOTE」など超有名なマンガのアシスタントを数多く経験しています。

上記画像は『アンサングヒーロー』(鯛噛)にてアッツーさんが描いた背景。普通にマンガを読んでいると見過ごしてしまいそうですが、改めてみるととても緻密に描かれていることがわかります。

ともすれば「マンガ家になる夢を諦めた人」と思われてしまうプロアシですが、アッツーさんは「アシスタント専業になって本当によかった」と言います。

 

さらにアッツーさんは「背景作画スタジオアッツー」を運営して、現在では50人を超えるスタッフと共に10作品ほどのマンガのアシスタントをしています。

アッツーさんはどのようにしてアシスタントとして成功できたのか。お伺いしてきました。

お話を聞いた人

アッツー(佐藤敦弘)
背景作画歴29年のプロアシスタント。『ROOKIES』『シャーマンキング』『DEATH NOTE』『NARUTO -ナルト- 』など有名作品のアシスタントを数多く経験している。
ライター(絵も)

斎藤充博
ライターだけどマンガも描く。人物を描くのに精一杯で背景はほとんど描いてない。デッサン教室に行ってくじけた経験をしている。

初の投稿作品でアシスタントをする

斎藤
アッツーさんがマンガ家を目指すようになったのは、いつごろでしょうか。

 

アッツー
高校生3年生の時です。雑誌でマンガの賞を見つけて、その賞金が300万だったんです。大きいですよね。小さい頃から絵も描いていたし話も作っていたので、やってみようと。

 

斎藤
どんなマンガを投稿したんですか?

 

アッツー
いまになって語るの、恥ずかしいんですけれども……。『風の谷のナウシカ』のようなファンタジーです。世界の文明が一度滅んで、その後に生きる人達、みたいな。
このマンガは最終候補まで残って、賞金はもらえなかったけど、雑誌に名前が載りました。

 

斎藤
こうなると「いけるかも」って思いますよね。

 

アッツー
その通りです。……ただ、この時のマンガの作り方がちょっと変わっていて。友達との合作だったんです。

僕がシナリオを書いて、友達と2人で絵を入れるのですが、その時にメインキャラクターは友達が描いて、背景とモブは僕が描いていました。最初の投稿作でアシスタントのようなことをやっているという(笑)。

斎藤
確かに、あんまり聞いたことのないスタイル……。なぜそんなことをしたんですか?

アッツー
友達の絵がものすごくうまかったんですよ。だからその絵を活かしたいと思った。

 

斎藤
その後はどんなふうにマンガと関わってきたのでしょうか?

 

アッツー
雑誌や本でマンガの描き方を勉強しまくっていました。マンガ・イラスト系の専門学校にも入ったんですが、あまりにも独学が過ぎて、学校で学ぶことがほとんどなかったくらいです。そして、在学中にアシスタントが決まりました。

斎藤
はじめてのアシスタントはどうでしたか?

 

アッツー
プロの現場に入ってみると、僕は仕事が遅くてまったく使い物にならない。ただ、マメで几帳面な性格ではあったので、仕事は丁寧だったんです。それを見て「育て甲斐がある」って思って育ててくれたんでしょうね。

 

斎藤
『ROOKIES』『シャーマンキング』『DEATH NOTE』『NARUTO -ナルト- 』など週刊少年ジャンプの超メジャー作品のアシスタントもされているとも伺っています。

 

アッツー
週刊少年ジャンプは『ROOKIES』から入りました。そして『ROOKIES』が連載終了して『シャーマンキング』。『シャーマンキング』が連載終了して『DEATH NOTE』、そして『NARUTO -ナルト- 』……というふうに、これらの連載はすべて最終回に立ち会っていました。思い出深いです。

 

アシスタントのお金事情

斎藤
アシスタントってぶっちゃけ、どのくらい稼げるものなのでしょうか。

 

アッツー
アシスタントは基本的には日給なんです。たとえば1日1万円、能力が高ければ2万、3万という感じですね。

 

斎藤
1日1万はちょっと大変そうだけど、2万、3万くらいもらえれば、1か月でけっこう稼げるような気もしますね……。

 

アッツー
ただ、作家さんがネームを作っている段階ではアシスタントは仕事がありませんから。アシスタントは稼働できない日が出てくるんです。それを避けるために複数の作家さんを掛け持ちしたりもするんですが、作家さんの都合で稼働日が決まるのでなかなか難しい。

また、ネットの時代になって、出来高制のようなやり方をとるところも増えています。「トーンを1ページやったら500円」とか。

 

斎藤
なるほど……。厳しそうではありますね。

 

アッツー
ただ、週刊連載のアシスタントに入る場合だと、月給制になっていることも多いです。これだと月の稼働日が少なくても定額で稼げる。収入は安定します。

作家さんによっては制作チームを会社として運営している人もいるので、正社員にしてもらえることもあります。そうなると月に40万から50万くらい稼げるようなこともあります。ボーナスが出る職場も多いと聞きますね。

 

斎藤
普通に会社員のパターンもあるのか……。イメージが変わってきました。

 

アッツー
もう一つ、アシスタントを統括する「チーフアシスタント」になるとさらに報酬は増えます。僕が聞いた例だと1か月に100万稼いでいるチーフアシスタントもいますね。これも極端な例ではありますが。

 

斎藤
100万はすごい……。アシスタントを統括するって、どういうことをするんでしょうか?

 

アッツー
たとえば、作家さんから「横断歩道を描いて」という指示があったとします。実際に描くのはアシスタントですよね。チーフはその横断歩道のできあがりを細かくチェックします。角度、ベタの入れ方、トーンの貼り方、汚し方……全部です。責任も重たいです。

 

斎藤
まさに制作会社の中間管理職みたいなイメージですね。

 

プロアシに転向した理由は「作家として描きたいものがない」

斎藤
最初にマンガ家を目指していたアッツーさんは、なぜプロアシになろうと思ったんでしょうか?

 

アッツー
33歳の時に、はじめてマンガ家として連載することができました。でも連載中に気づいてしまったんですよ。「自分は描きたいことがないな」って……。

 

斎藤
うーん……。どういうことでしょうか?

アッツー
創作をする人って、いい意味で我の強い人が多いと思うんです。たとえば他人のマンガを読んでも「おれだったらこう描くのに」みたいに考えたりする。そういう感情が自分の創作の元になったりするわけですよね。

 

斎藤
なるほど。なんとなく分かるような気もします。

 

アッツー

ただ、僕はそういうことがなくて。……自分の作品を連載している時もつい「他の先生の絵」ばかりが頭に浮かぶんです。自分独自の表現が浮かばなくなってきてしまった。

そうすると、もうマンガ家でいることがおもしろくない。連載もお願いして自分から降りさせてもらったんです。

斎藤
ずっと目指していたマンガ家になれたのに、ぜんぜん楽しくないことに気づいてしまったんですね。そのときはショックだったんじゃないでしょうか?

アッツー
それが全然そんなこともなかったんです。むしろマンガ家に向いていないことに気づいけて、とてもラクになりました。

当時はアシスタントとしてもかなり稼いでいたので、自分の連載とアシスタントを並行して行っていたんです。今後は「マンガ家として売れるために努力をする」のか「アシスタントとして技術を磨くか」ということを考えなくてはいけませんでした。

 

斎藤
その時点は両方やれていても、いつかはどちらかを選ばなくてはいけないですよね。

 

アッツー
そうです。そして「マンガ家はやっていけない」と明確に分かったことで、アシスタントに気持ちも時間も集中できるようになったんです。あのまま向いていないことを続けていたら、もう自分が壊れてしまっていたと思います。

 

斎藤
僕がこんなことを言うのも偉そうですが……。お話しを聞いていて「マンガ家を諦めた」というよりは、「マンガ家を卒業してプロアシになった」という感じがしました。

 

アッツー
それはいい言い方ですね(笑)。でも一度経験して次に行けたというのは、本当によかったと思っています。

50名を超すアシスタント集団「背景作画スタジオアッツー」を創設

斎藤
現在アッツーさんは50名を超えるアシスタントが参加する「背景作画スタジオアッツー」を運営されています。これはどんな組織なんでしょうか?

 

アッツー
僕は「アッツーとコウセイのヘタッピ漫画道場」というYouTubeチャンネルを運営しています。僕が講師になってマンガ家になりたい人にマンガを教えているんです。

アッツーとコウセイのヘタッピ漫画道場「漫画道【1】〜デビューへの軌跡」より

アッツー
そしてその中の受講生の一人だった鯛噛(タイガミ)君が『アンサングヒーロー』というマンガでデビューが決まりました。すごくうれしかったし、僕も他の受講生もその人のマンガを手伝いたい。ただ、アシスタントに入ったことがない人も多かったので、僕がチーフになってアシスタントを教育しながら制作を進めていきました。

 

斎藤
すると『アンサングヒーロー』を作るために「背景作画スタジオアッツー」ができたということでしょうか。

 

アッツー
いえ。この段階では単に仲間同士でアシスタントをしていたというだけで「背景作画スタジオアッツー」ができるのはこの後ですね。

『アンサングヒーロー』は1年くらいで連載が終了してしまいました。それくらいだと、新人のアシスタント達は、だいぶ描けるようになってきたけど、独り立ちできるようなレベルではありません。

そこで僕が「背景作画スタジオアッツー」を作って、僕が取ってきたアシスタントの仕事を彼らと一緒にやっていこうと。

アッツー
最初は6人くらい。そのメンバーで1~2作品のアシスタントをしてみたら、けっこう仕事を回していける。そこから規模をどんどん大きくして、いまは50人ほどで10作品ほどのアシスタントをしています。

作品の進行管理と演出の提案もできる

斎藤
まず、アッツーさんが仕事をたくさんとってこれるのがすごいですよね。大前提としてアシスタントとしての技術が高いことがあると思いますが、なにか秘訣があるんでしょうか?

 

アッツー
僕は編集者から新人の作家さんを紹介してもらうことが多いんです。新人さんは連載をするときにスケジュール管理をどうしたらいいか分からないことが多くて、その部分は僕がまとめています。そういう部分は買われていると思います。

 

斎藤
それは強い! 編集者からしたら、アッツーさんに進行管理を丸投げできている状態ですよね。

 

アッツー
作家さんからの演出の相談に乗ることもあります。たとえば「勢いよく相手を殴るシーンを描きたいけど、どんなふうに表現すればカッコよくできるかわからない」というような相談があるんですね。そういう時は僕の方で演出案を3パターンほど考えて提出したり。

 

斎藤
作家さんからしても助かりそうですね。技術的な面だけでなく、精神的な助けにもなりそう……。

CLIP STUDIO PAINTさえ使えれば参加可能、海外からも

斎藤
50名ほどのスタッフはどんなふうに仕事をしているんでしょうか?

 

アッツー
基本的にリモートで仕事をしています。北海道から沖縄までいますし、中には海外から参加している人もいます。ブラジル人と台湾人。2人とも日本語がしゃべれて、現地から参加してくれています。

 

斎藤
めちゃくちゃすごい。なんでそんなに人が集まるんでしょうか?

アッツー
うちは「CLIP STUDIO PAINT」というマンガ制作ソフトさえ使えれば、基本的には入れます。だから間口は相当広いです。報酬は出来高制にしているので、できなかったら0円になってしまいますが、入れることは入れるので。

 

斎藤
できなかったら0円か……。

 

アッツー
それは本当に悩ましいところですよね。出来高制だとできる人は稼げるのですが、初心者は稼げません。ただし、日給制にしてしまうと入れる人を相当厳選しなくてはいけなくなります。そうすると、間口が狭くなってしまうんです。

 

斎藤
初心者の人にチャンスを提供したい、という意志があるのですね。

 

根気よくリテイクを出し続けて成長してもらう

斎藤
アッツーさんはどんなふうに初心者に仕事を回しているんでしょうか?

 

アッツー
とりあえず描いてもらってみて、それを僕がチェックし、リテイク(やり直しの指示)を出します。このときにおかしい部分を一つ一つ根気よく潰していくイメージです。はじめての人だとリテイクが数十回に及ぶことも珍しくないです。

斎藤
リテイクを受ける方もつらいと思いますが、数十回のチェックをするアッツーさんも大変……!

 

アッツー
同業者からは「月謝もらってもいいんじゃないの?」って言われているくらいです。でも、もらうつもりはないので、無料の学校みたいにとらえてもらえればと思っています。

リテイクを受ける側は、最初は本当に大変で耐えるしかないけど、メリットは大きいんです。

アマチュアの人は自分の感覚を頼りに描くわけですが、その感覚自体がちょっと未熟なんですよね。プロの世界に入ることで、だんだんと感覚が磨かれていくわけです。

厳しいかもしれませんが絵の仕事は、どこもこういう厳しさがあると思います。

 

斎藤
確かに、初心者の人にとっては成長できそう……。ただ、この体制はアッツーさん的にはどうでしょうか? 業務管理と指導の負担も相当大きいのでは?

 

アッツー
現在は僕の労働時間の半分が業務管理と指導になっています。ただ、管理だけでまわるのだったらそれでもいいと思っているくらいです。実際はそうも行かないので、僕が描いているケースも多いのですが。

 

斎藤
なるほど……。今後アッツーさんの目標などはありますか?

 

アッツー
このスタジオのスタッフから、作家としてデビューする人が出てほしいですよね。そうしたら、その人はスタジオからは卒業してしまいますが、スタジオのみんなでその人のアシスタントをできる。

そんなふうにして「背景作画スタジオアッツー」をどんどん大きくして、マンガ業界に貢献できたらと思っています。

 

斎藤
アシスタント専業として道を決めて進んでいったからこそ、見える世界かもしれませんね。

 


 

というわけでマンガ家からアシスタント専業へ。そして「背景作画スタジオアッツー」を運営しているアッツーさんでした。

 

夢だった仕事を実際にしてみると、思っていたことと違ったり、意外と自分が向いていなかったり……なんてことはきっと誰にでもあると思います。

 

そんな時に、現在の状況と自分の気持ちをきちんと把握して、目指している方向を変えられるのは素晴らしいことなのではないでしょうか。

お話を聞いた人

アッツー(佐藤敦弘)
Twitter:アッツー(背景作画スタジオアッツー
YouTube:アッツ―とコウセイのヘタッピ漫画道場

背景作画スタジオアッツーではスタッフを募集中です。詳しくはこちらのnoteよりご確認ください。

漫画背景ギルド「スタジオ🐶アッツー」スタッフ募集中|「ヘタ漫」アッツー|note


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企画・取材・執筆:斎藤充博

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