凄腕の漫画家・イラストレーターを目指すための「GENSEKI塾」。今回は、手癖でテキトーに描いてしまいがちな「耳」に注目。さまざまな漫画家さんたちが描く「耳」を本気で観察していきます。
■登場人物
原石巌(げんせき いわお)
「GENSEKI塾」の塾長。メチャクチャ漫画を読んで研究をしている理論バカだが、絵は描けない。
真賀角男(まが かくお)
唯一の塾生。漫画で一発当ててドリーミングな生活を送る「漫画王」を目指しているが、できるだけ努力はしたくないと思っている。
塾長! おかげさまで、右向きの顔も描けるようになりましたよ!
ま… …まあ、何とか描けてるようだな。ところで……君の描く「耳」、どうしてのっぺりしてるんだ?
え、耳!? 耳なんて意識したこともなかった。そんなところ、誰も見てないでしょ?
バカモーン! 漫画の歴史は、耳をどう表現するかの歴史。耳を制する者、漫画を制すだ!
(ホントか……?)
ということで今回は、耳の歴史を学んでいくぞ。
※「耳」は手癖で描かれることが多いパーツなので、同じ漫画家さん、同じ作品でもコマによって全然違ったりもします(アシスタントさんが描いているケースも!?)。あくまで「耳」考察の一例として読んでください!
まず、実際の「耳」はこんな感じだろ?
いや、それはわかってるけど、こんなややこしいもの、イチイチ描いてられないでしょ。
そう、だから先駆者たちは、ややこしい「耳」をいかに簡単に、それらしく描くか試行錯誤を続けてきたのだ!
そんな大げさな話なの!?
まず、戦前・戦中の漫画で描かれている「耳」はこんな感じだった。
耳の中を描いていなかったり、「)」みたいな線がチョロッと入っている程度。さらに、こんな耳も見受けられたぞ。
うわー、適当。「○」はともかくとして「)))」って……。
耳のゴチャゴチャしている感じを何とか表現しようという意志は伝わってくるが、技術がまったく追いついてない感じだな。
これなら何にも描かない方がまだマシなんじゃ……!?
そして、戦後。日本の漫画を一気に進化させた漫画の神・手塚治虫先生が登場する。神が描いていた耳はこんな感じ!(『マアチャンの日記帳』(1946年)、『新宝島』(1947年)のころ)
あんま戦前の耳と変わらないよ?
デビュー直後の耳だからな……。ただ、戦前の多くの漫画家が「耳輪」に注目していたのに対し、手塚先生は「くぼみ」に注目しているのがわかるだろう。
ああ、「(」の方向が逆だ!
???……どこが!?
微妙!
おそらく「耳輪脚」を表現したと思われるこの線が登場したのだ。さすが医師免許を持っているだけあって、人体の形を的確に把握しているな!
大げさな……。
さらに『鉄腕アトム』(1952年~)あたりになると、この線がググーッと伸びて「6」に近い表現となっている。これは「耳輪」と「耳輪脚」さらに「耳の穴」をまとめてシンプルに表現した秀逸な表現! この「6」型は以降、漫画においてのスタンダードな「耳」表現となっていく。
確かに「6」の耳はいまだによく見るね。
手塚治虫先生から強い影響を受けたトキワ荘出身の漫画家たちの絵を分析すると、「耳」まで手塚先生の影響下にあることがよくわかるぞ。
面白いのが、藤子不二雄Ⓐ先生と藤子・F・不二雄先生。コンビで描いていた『オバケのQ太郎』の頃は両者とも「6」型の耳を描いていたのに、それぞれ作品を分けて描くようになって以降は明確に違う「耳」を描くようになっているのだ。
それでも、どちらも手塚先生から派生したタイプの耳を描いているあたり、影響の大きさを感じさせるなぁ~。
さて続いて、劇画の生みの親である、さいとう・たかを先生の「耳」。
従来の漫画とは比べものにならないくらい、写実的な絵を特徴のひとつとしている劇画だが、さいとう・たかを先生デビュー初期の「耳」は意外とシンプル。ただ、手塚治虫先生の影響を受けつつも、「次のステージに行くぞ!」という意気込みは感じるな。
で、代表作『ゴルゴ13』(1969年〜)の頃になると、グッと複雑で写実的な「耳」になっている。手塚治虫先生の「6」型をベースにしつつも、「耳輪脚」「耳珠」「対珠」あたりを描き込んでいるな。
ちなみに手塚治虫先生は、さいとう・たかお先生たちが起こした劇画ブームに影響を受けて以降、「耳」もアップデートしている。
「耳輪」と「耳輪脚」「耳の穴」に加え「対珠」らしき線も描かれているのだ。
神も進化を続けているのかー。
次は、圧倒的な画力で現代的な漫画の絵を確立したと言われている大友克洋先生と鳥山明先生の「耳」! まずは大友克洋先生から。
写実的な画風で漫画界に衝撃を与えた大友克洋先生だが、「耳」の描写は意外とラフだ(『AKIRA』(1982年〜)のころ)。
「耳珠」は描かれているけど、あとはざっくり渦巻きっぽい模様がかかれているだけだね。
それでも、「耳」にまで細かい線で印影やニュアンスをつけているあたり、さすがとしか言いようがないな。
意外と細かいパーツまで描き込んでいるのが鳥山明先生。二頭身~三頭身くらいのギャグタッチなキャラが多い『Dr.スランプ』(1980年〜)において、ここまで細かく耳を描いているのだ。
それでいてスッキリとうるさくなっていないのがスゴイ! さすがデザイナー出身!
『ドラゴンボール』(1984年〜)の後期になると、さらに耳の書き込みが細かくなっている。
実際の人間の耳に含まれるパーツを、ほぼすべて描いているのでは……。
鳥山先生の耳へのこだわりよ!
お次は最近の漫画の耳だ。
写実的な「耳」、デザインっぽくまとめた「耳」、個性的すぎる「耳」。いろいろあるけれど、全般的に、「耳」を細かく描き込んでいるのが最近の傾向だ。
改めて見ると、色んな耳があるんだなぁ〜。
もうひとつ、注目している「耳」がこの連載をしているGENSEKIの顧問でもある中村佑介先生の「耳」!
……なに? 耳から出ているこのクルッとした線。耳毛?
本人に確認したところ、
絵はテーマやモチーフもあるのですが、それは知識が必要なものなので、もう少し原始的で直接的な「線による脳への快楽」も同時に追求しています。
その、一番わかりやすいかたちが「一筆書き」だと思っているので、立体感や整合性をときに無視して、線の連続や交差を多用していく中で、現在のこのような耳のかたちになりました。
最終的には全部の線をつなげたいとすら思っています。
ということらしいぞ。年代を追って、耳の変遷を見ていくと、より意図がわかるんじゃないかな。
どんどん耳がアップデートされていってる! みんな、色んなことを考えて耳を描いているんだなぁ〜!
どうだ? 漫画やイラストにおける「耳」の重要度がわかっただろう。
はいッ! 僕もしっかり耳を描きましたよ!
……耳ばっかりリアルに描いても、絵柄とのバランスが取れていないと気持ち悪いだけなんだよな……。
ええーっ、がんばって描いたのに!(耳だけ)
それでは次回、絵柄と耳のバランスを考えていこう!
執筆者
著・漫画
北村ヂン (twitter @punxjk)
漫画家やイラストレーターの絵柄を研究するライター&イラストレーター。気になる絵は定規片手に比率を分析しながら鑑賞しています。