こんにちは。ライターの井口です。
前回の記事では大塚隆史監督に、「アニメ化するときに絵柄が変わるのはなぜ?」をはじめとした、アニメの絵柄についてうかがいました。
ところで大塚監督自身は、アニメにおいてどんな仕事をしているのでしょうか? 今回はアニメ監督の役割や、どうやったらなれるのかをインタビューしています。
インタビュー中に監督からは
「アニメを見てつまらないと思ったら、それは監督のせいでいいと思います」
なんて言葉も飛び出しました。
これはいったいどういうことなのか。実は、深い意味があったのです……。
3回にわたって、大塚隆史監督にアニメ業界についてのあれこれをしっかり聞いていきます。
第2回はアニメ業界に興味がある人ならきっと気になる「監督」についておうかがいしております。アニメに興味がある人、アニメ業界に携わりたい人から、実際に現在アニメ業界に携わっている人まで必読の内容となっています!
大塚隆史
アニメ監督。1981年生まれ、大阪府出身。今まで手掛けた作品に『映画 プリキュアオールスターズDX1~3』『スマイルプリキュア!』『劇場版 ONE PIECE STAMPEDE』などがある。2022年には映画『ハケンアニメ!』内の劇中アニメ『運命戦線リデルライト』の監督を務めた。
井口エリ
ライターだけどイラストを描くこともある。神社が好きすぎて神社の授与品の開発に携わっている。アニメ作品での監督の役割
井口
監督というと「アニメ作品の全体をまとめている人なのかな」ぐらいのざっくりとしたイメージしかないのですが、アニメ作品における監督という役割について教えてください。
大塚
まず、映画アニメかテレビシリーズのアニメかで、やることが変わってきます。
映画アニメの場合は、基本的に監督がすべての工程においてチェックを入れます。たとえば宮崎駿監督は、自分でラフの絵を描いて、ストーリーを考えて、絵コンテを描いて、アニメーターを集めて、自分の思い通りの映像を作りあげることで知られています。
テレビシリーズのアニメの場合は、監督は全体的なビジョンを作って、そのビジョン通りに動いているか確認することになります。工程の中で、重要なところが間違っていないかをチェックして、細かいところはそれぞれのプロにお任せするという形になりますね。
井口
なぜ映画とテレビで違ってくるのでしょうか?
大塚
テレビシリーズのアニメの場合はあまりにも膨大な作業量になり、映画アニメのように監督がすべての工程をチェックするには難しいからです。
井口
なるほど……。ただ、どちらにせよ、具体的に何しているのかは、ちょっとわかりにくいような……。
大塚
そうですよね。具体的に「この場面で流れる音楽を作った」とか、「この場面の絵を描いた」と言えたら、伝わりやすいのですが……。これは仕方のない部分かもしれません。
アニメがつまらなかったら、監督のせいと言い切れる
大塚
ただ、監督という役割を理解していただく上で、あえてこんなことを言ってみます。……井口さんはいままで何かアニメを見て「つまらない」と思ったことはありますか?
井口
それは、あるかもしれません……。
大塚
アニメを1話分最後まで見て、つまらないと思ったら、それは監督のせいでいいと思います。
井口
ええーーー!?? どういうことですか?
大塚
なぜなら、その作品をおもしろくできた可能性があるのは、監督だけなんです。脚本家さんが作品全体をおもしろくできるかというとそうではないし、キャラクターデザイナーさんもおもしろさまでは引き受けることができない。アニメーターさんや声優さんもそうです。
井口
監督が作品全体に与える影響力は強いし、責任重大ですね……。ただ、逆におもしろかったら監督の手柄にはなりますよね?
大塚
おもしろいときには、手柄は監督だけのものではないんですね。原作自体のおもしろさや、演出家さんや、アニメーターさんや、声優さんや、編集さんなど、スタッフのがんばりのおかげですよね。
井口
そうなんですね!
大塚
監督という役割は、良くも悪くも評価されがちではあります。実際にはいろいろな要因が関わっているので、「作品がおもしろかったのは誰の功績か」を考えると、すごく難しいんです。でも、おもしろくなかったら、それは監督のせいでいいです。これは監督である立場から、断言します。
ポイント!
- おもしろかったら……スタッフのおかげ!
- つまらなかったら……監督のせい!
井口
だんだんなんとなく監督の仕事のイメージがわかってきたような気がします。監督はたとえば「船長」に近いのかなと思いました。作品の方向性を指し示すような存在という意味で。
大塚
そうですね。アニメに関わるスタッフって、船にたとえると「僕は筋肉がすごいからいくらでも漕げます!」みたいな、何か一つの分野に特化した人がたくさんいるんです。
だけど「僕はいくらでも漕ぎます!」という人はどこに向かって漕げばいいのかわかってなかったりする。そこで監督は「ここに行こう」という明確な目標を示しています。
井口
大塚監督は『劇場版 ONE PIECE STAMPEDE』も監督されていますが、監督自身がルフィみたいですね!
「自分を表現する」「ターゲットを楽しませる」監督としての作品との関わり方
井口
大塚監督ならではの作品の関わり方のスタンスなどはあるのでしょうか。
大塚
僕は、アニメ監督には2つのタイプがいると思っています。「自分の世界観を表現したいタイプ」と「ターゲットを楽しませたいタイプ」です。
僕は後者ですね。つまり自分自身は好きな展開ではないけれど「作品のターゲットである子どもたちはこっちの方が楽しいだろう」と思ったら、躊躇なくそっちを選びます。
井口
2つのタイプ……。もう少し詳しく教えてください。
大塚
たとえば、いろんなちびっこを集めて砂場で遊んでいたとしますよね。たぶん「自分の世界観を表現したいタイプ」の監督は、自分の作りたい見事な砂の城を作ろうとすると思うんです。
「ターゲットを楽しませたいタイプ」である僕は、砂の城を作りたくても、ここにいる子たちはトンネル作って水を流した方が喜ぶだろうなぁと思ったら、トンネルを作ります。
井口
なるほど……。
大塚
そして、業界全体でみると僕のようなタイプの監督は意外と少ないみたいなんです。作品のターゲットのことはもちろん考えるけど、やっぱり自分の世界観を表現したい、という人が多いような気もします。
もちろん、それで素晴らしい作品が生まれることも多いです。ただ、時には自分本位な、いわゆる「爆死する作品」が生まれてしまうこともあります。
井口
爆死する作品はこうして生まれる……。
大塚
僕としては、みんなが楽しめるものを作りたいと思っていて、それでいままでずっとやってきていますね。
ポイント!
- 「自分の世界観を表現したいタイプ」と「ターゲットを楽しませたいタイプ」の2種類の監督がある
監督が「楽しさ」に全振りした『スマイルプリキュア!』
井口
「プリキュア」シリーズって基本的には女児に向けた作品ですよね。そうした自分自身は対象ではないような層に向けた作品って、どう考えて作っているんでしょうか。
大塚
おっしゃる通り、「プリキュア」のターゲットは幼稚園前後の女児です。自分は男性だし、女児が喜びそうなものって、考えても正直わからないんですよね。これを補うために、女性のデザイナーさんに協力をお願いしました。
井口
「自分ではわからない」とすぐに認識して、その領域が得意な人に協力してもらったんですね。
大塚
お願いしたところ、僕が逆立ちしても出せそうにないアイデアがたくさん出てきました。女児が好きになりそうな細やかな仕草や、衣装のひらひらしたかわいい感じなどです。
やっぱり、自分が持ってないものは出せないんです。出そうと努力することも必要かもしれませんが、自然に出せる人にお願いした方が、圧倒的に良いものができるんですよね。
ポイント!
- 自分にないものは人に任せてみる
大塚
女児に受け入れられるようなデザインの部分はある程度おまかせして、僕はどうしたらおもしろいものになるのかを考えました。そこで僕は「楽しい」という感情に全振りすることにしたんです。楽しいという感情って、男女問わないものです。
井口
「楽しいプリキュア」に全振り!
大塚
幼少期の自分の感情に立ち返ってみて、子ども心に「楽しい」かどうかを考えてみる。これなら男性である僕であっても、できるのではないかと思いました。その結果、わちゃわちゃしたギャグマンガみたいな、楽しいプリキュアになったと思っています。
井口
たしかに『スマイルプリキュア!』のキャラクターたちは表情豊かでわちゃわちゃしていますよね。修学旅行回の星空みゆきちゃん(キュアハッピー)が大凶を引いた時の変顔などはいまだにファンの間で語り継がれています。こうやって作られていたんですね~!
監督って、どんな流れでなれるの?
井口
大塚監督はどういう流れで監督への道を進まれたのでしょうか。
大塚
専門学校のアニメーション学科を卒業した後に、あるアニメスタジオに入って、制作「動画」を経験しました。動画というのは、実際にアニメの中で使われる絵を描く仕事です。多くの新人はここから始まります。
その後に東映アニメーションで、演出助手という役職になりました。演出というのは、テレビで言えば1話ごとの監督のような存在です。その助手である演出助手は、その名の通り演出をサポートするポジションです。
いろいろな人の演出方法を見て勉強しながら、演出になる機会を待っていました。そんな時、演出を担当する予定だった人が体調不良で急に降板することになり、演出助手だった僕に話が来たんです。
急なことでしたが、このチャンスをものにしようとがんばり、実際にしっかりとやり遂げることができて、次回以降も演出として仕事を任されるようになりました。
井口
ピンチの時に大塚監督に声がかかったのは、それまでの信頼と実績、そしてご縁ですよね。すごい。
大塚
そう言えるかもしれません。そして、演出を続けていく中で、監督をやってみないかという話があり、今に至ります。
ポイント!
- 監督になるには「演出助手→演出→監督」という流れがある
大塚
僕が初めて監督として関わった作品は映画『プリキュアオールスターズDX みんなともだちっ☆奇跡の全員大集合!』でした。演出として仕事を続けていた僕に声がかかったんです。
当時僕は27歳の若手でした。他に適した人がいれば、僕には話は回ってこなかったと思います。本当に人生って自分では、コントロールできないなと思います。運ですね。
井口
タイミングにも恵まれたんですね。
大塚
そうですね。ただラッキーが発生したときに、しっかりそのチャンスを拾えるように日ごろから準備しておくことは大事ですね。
井口
監督は運だとおっしゃいますが、そういう場面でしっかりプロデューサーから名前が挙がるのはご自身の実力ではないかと思います。
大塚監督はとにかく言語化が上手で、例を挙げての説明がすごくわかりやすかったです。こうして積極的に言語化してくれる人とであれば、仕事もしやすいのでは……?
今回はアニメ作品での監督の役割についてうかがいました。次回はアニメ業界で働くことについて聞いていきます。絵がうまくない、自分はもう社会人だから、とアニメ業界をあきらめた人も必見です。