筋トレと極真空手にいそしむ漫画家・原作者の成田成哲が「週に6時間」しか働かない理由

漫画家・漫画原作者の成田成哲先生は『筋肉島』など、筋トレをテーマにした作品を描かれています。そして、成田先生自身も筋トレを実践しているかなりのマッチョです。
現在、週刊ヤングマガジンで『始末屋ソウジ』の原作を担当している先生は、どんなふうに仕事と筋トレのバランスをとっているのでしょうか。ご自宅兼仕事場におうかがいしてインタビューしてきました。
お話しをするうちに見えてきたのは「自分の得意なことに仕事を特化するメリット」です。
後半には「漫画家・イラストレーター向けの運動の仕方」も教えていただきました。
お話を聞いた人
成田成哲
漫画家、漫画原作者。代表作に『アビスレイジ』『筋肉島』『始末屋ソウジ』(原作)など。身長176センチ、体重76キロ、体脂肪率13%。
(聞き手:斎藤充博)
週刊連載するも働くのは「週6時間」のみ

――今日はよろしくお願いします。ものすごい筋肉ですね。タンクトップもかっこいいです。
成田
タンクトップは、甘えなんですよ。
――えっ? なんですか?
成田
筋トレの師匠が言っていたんです。「トレーニー(筋トレを実践している人)なら、Tシャツの上からでもわかるくらいの筋肉をつけなくてはいけない。タンクトップを着て筋肉を強調するのは甘えだ」と……。今日は取材ということで、筋肉がわかりやすいようにあえてタンクトップを着ていますが、自分も甘えだとは思っています。
――な、なるほど……。筋トレをしている人の思想の一端を見た思いです。現在、成田先生は 週刊ヤングマガジンで『始末屋ソウジ』の原作を担当されていますよね。週刊連載中なのでなかなかお忙しいとは思いますが、どのようにして筋トレの時間を確保しているのでしょうか?
成田
……そうですね。自分、めっちゃ多く見積もって、週 6 時間ぐらいしか働いてないんですよ。だから、質問の答えとしては「筋トレにはいつでも行ける」になります。
――えっと、週 6 時間ですか? 1日に6時間ではなくて……?
成田
ええ。週 6 時間です。
――でも、週刊連載の『始末屋ソウジ』原作の仕事がありますよね?
成田
そうです。細かく説明しますと……週に1回、編集者と作画の方での打合せをして、プロットを作ります。プロットとは、キャラクターの大まかな行動を表したものですね。この記事だったら「主人公が成田宅に訪問し、インタビューをする」みたいな感じです。これがだいたい1時間から2時間くらいかかります。
その後に自分がテキストでシナリオを作ります。シナリオというのは、いま自分がしゃべっているような具体的なセリフや、細かい動作を書いたものです。
この段階で、漫画になったときのページ割りや「めくり」(漫画が見開きになったときに、一番左下になるコマ。読者に次のページを開かせるための興味を持たせる役割がある)の内容も指定します。シナリオ制作は、かなり長く見積もっても2時間です。
そして、シナリオを編集者に送ったあとに、修正依頼があったりして、それの対応が30分くらいでしょうか。これが1週間の仕事ですね。
――プロットに2時間、シナリオに2時間、修正に30分ですと……。合計で4時間半しかかかっていないような気がするのですが。
成田
そうなりますよね。ただ、それぞれの作業がじゃっかん長引くこともあるので……。盛りに盛って、合計6時間くらいということにしておいてください。
10年間妄想を続けたらシナリオ制作のスピードが上がった
――素朴な疑問なのですが、なぜそこまで速くシナリオを作ることができるのでしょうか?
成田
昔から、漫画家として読み切りを一本描くたびに、その読み切りが連載になった場合の最終話までを妄想して、その作品世界を旅するみたいなことを、なんとなくやっていたんですね。
それを10年くらいしていたら、妄想するスピードがめちゃくちゃ速くなって、シナリオにそのまま落とし込めるようになりました。これはもう特殊能力といえる領域だと思います。
――ものすごいですね……!
成田
同じことを10年くらいやっていると、みんな何かしらの特殊能力って身につくものだと思うんです。ただ、こうした能力って、自分ではなかなか気づけない。友達から「シナリオを書くのがしんどい」って話を聞いて、初めて自分は書くのが速いと気づきました。

――成田先生は漫画の連載をされていましたよね。そういった場合、ネームでの原作をするのが一般的なのかなと思いましたが、なぜシナリオ(テキスト)で原作をされているのでしょうか?
成田
漫画家なのでもちろんネームは切れるんですけど、ネームを切る作業があまり好きじゃないんですよ。
自分は、シナリオに含まれる要素――セリフや動作やページ割りを、頭の中ですべて作ることができます。ただ、そこまで決まっていると、ネームを起すときに、頭の中のものをただ機械的に書き出すだけになってしまうので、おもしろくないんですね。
それに、ネームで原作を作ると、作画の人が改めてネームを作り直すこともあります。それが無駄に思えてしまって。自分はシナリオに専念すれば、だいぶ効率がいいなと思って、シナリオ原作で携わらせていただいています。
――なるほど。得意なことだけをやっているんですね。
成田
こんなふうにしていたら、現在シナリオが7週間分先行してる状態です。もういつでも旅行に行けてしまうんですよ。……改めて話してみると、やっぱり自分ってちょっと変ですよね? 速すぎる。仕事がすぐ終わっちゃうんで、もう半分くらいニートみたいになってますから。
――ニートではないと思うのですが、たしかに時間は有り余っていますね。他のお仕事をしようとは思わないのですか?
成田
『始末屋ソウジ』の原作の原稿料と、過去作品の印税などを含めて、月収はだいたい30万円くらいなんです。これでも普通に暮らせるといえば暮らせるのですが……。時間はあるし、もっと働いた方がいいですよね。やっぱり、原作を3本くらいは走らせたいと思っています。そのための企画も作ってるところです。
――3本同時というのもすごいです。
成田
同じように原作を3本走らせたとしても6時間×3本で、週の労働時間は18時間。まだ余裕はありますよ。
筋トレと極真空手を交互に行う日々
――筋トレは「いつでも行ける」ということですが、毎日筋トレしているのでしょうか?
成田
自分は2日に1回くらい筋トレをするという感じです。
一般的な例として、胸の筋トレをするとしましょう。胸を本気で追い込むと次の日は胸が動かなくなってしまうんですよ。だから同じ部位のトレーニングは毎日できないんですね。そこで、1 日や2日休ませてトレーニングすることになります。
ただ、筋トレを本気でやっている人は、休ませている時間がもったいないんですね。だから、部位ごとに分けて筋トレをするんです。「上半身をやったら、次の日に上半身は休ませて、下半身の筋トレをする」というように。それをどんどん細かくして「腕をやる日」「腹をやる日」「足をやる日」というように区切って、毎日筋トレができるようにする。
自分は、そこまでは細かくやっていなくて、2日に1回です。そこまで本気にならなくても、このくらいの筋肉はつきますよ。

――壁に空手の道着がかかっているのが気になるのですが、空手もされているのでしょうか?
成田
そうです。時間が余っているので、最近は筋トレをやらない日は極真空手の道場に行っています。
――さきほど、筋トレの翌日は体が動きにくくなってしまうというお話をうかがいましたが、空手に行くのは大丈夫なんでしょうか? 極真といったら、フルコンタクト空手(実際に打撃を当てる格闘技)ですよね。
成田
そうなんです。大変ですね。やっぱりめちゃくちゃ疲れます。怪我もしますし。極真空手を始めてからは、筋トレの負荷はちょっと下げて「次の日でも動かなくはない」くらいにしています。


自分の著作がきっかけで筋トレにハマった
――成田先生は、なぜここまで筋トレをするようになったのでしょうか?
成田
漫画家としての最初の作品『マッチョグルメ』がきっかけでした。この作品は筋トレやボディビルをモチーフにしていたのですが、この時点では筋トレにそこまで興味はありませんでした。
――拝読してはいたのですが、きっと筋トレをしている人が描いたのだろうと思っていました。違ったんですね。
成田
この作品は自分の実体験からのものではないんです。筋トレも、ただ鍛えて、体が痛くなるだけで、楽しくないだろうと思っていました。
ただ、この作品を描いたことでさまざまなマッチョと知り合えるようになりまして。その中の一人にテストステロンさんというマッチョインフルエンサーの方がいました。
――有名な方ですよね。筋トレに詳しくない私も存じ上げています。
成田
テストステロンさんに食事に誘われて、ステーキを食べたんですが、そのときにすごく筋トレを勧められたんですよね。「絶対楽しいですよ」って。その他のマッチョにも、どんどん勧められるようになってきて。そこで試しにやってみたら、見事にハマってしまいました。
子どもの頃って、いろいろなことで成長を感じられていたのですが、大人になってから成長を実感する機会ってあまりないと思うんですよね。でも、筋トレをすると成長が明確にわかる。これがおもしろいですね。マッチョがのめりこんでしまうのもわかります。27歳のときに始めて、現在まで7年間、ずっと筋トレしています。
筋トレをすると漫画を描いても疲れない
――特に漫画家・イラストレーターが筋トレをするメリットはあるのでしょうか。
成田
自分が漫画を週刊連載しているときには、1日14時間くらいは机に向かっていました。そのときは首や腰がずっと痛かったんですが、筋トレを始めたら症状がなくなりました。
それに、筋肉の知識がつくことによって、描くときの姿勢を意識するようになりました。漫画家にしてもイラストレーターにしても、前傾の姿勢で絵を描く人が多いですよね。でも、前傾だと首にも腰にも大きな負担がかかるんです。
そこで自分は後傾で描くようにしました。まず使用するのは板タブです。それに後傾に適した机とイスもそろえました。モニターアームなども導入しました。おかげで自分はどこにも支障なく絵を描けています。

――かなりの投資ですね。
成田
こうした道具はRPG でいうところの装備なんですよ。ちゃんと整えないと旅は続けられないし、強いモンスターも倒せない。漫画家として成功しようとしたら、出し渋ってはいけないですよ。
漫画家の平均寿命は58歳なんて話を聞いたことがあります。あくまでも噂レベルですし、昔の話だとは思うのですが、体の負担が大きいから短くなってしまうんだと思うんですよね。
自分は体を鍛えているし、漫画を描くのに負担をかけない姿勢を追求しています。90歳まで漫画を描くつもりです。90歳まで仕事をするなら、いまのうちからそんなに焦らなくてもいい。精神面でも余裕が出てきています。
筋トレを作品に取り入れる
――成田先生には『筋肉島』など筋トレをテーマにした作品もありますよね。
成田
筋トレをしていたからこそ出てきた作品ではありますね。筋トレってすごくおもしろいんですよ。筋トレ自体もおもしろいですし、筋トレをしている人たちもおもしろい。
――たしかに、成田さんのお話もかなりおもしろいです。
成田
自分のしゃべっていることって、多分ちょっと変に聞こえると思うんですよね。でも、筋トレをやりこんでいる人は、自分の5倍くらいは変なこと言っていますよ。そんな人たちの発言を作品に取り込んだりしていました。
――『筋肉島』に関しては「現実には絶対にありえない筋力」が出てきますよね。筋肉ヤグラのように。実際に筋トレに打ち込んでいる人は、ああいった突拍子もないことを思いつくのは逆に大変なのではと思いました。
成田
それは、その通りですね。描いていて「こんなに重いもの持ち上げられるわけないだろ」って頭をよぎるんです。そういった思いに関しては……がんばって外しましたッ!!!
――(声が急に高くなった)!
成田
キリンの首ってすごく長いじゃないですか。あんな感じで「筋肉島の人たちも独自の進化をしたら、筋肉が発達してもおかしくないよな! よし、じゃあ普通の人間の100倍くらいの力があることにしよう!! カチッ!」 ってタガを外して。
漫画の世界にはドラゴンボールみたいな絶対にありえないものだってあるわけですから。タガを外すことも必要なんです。
漫画家とイラストレーターにおすすめのトレーニング
――運動不足の漫画家やイラストレーターに「こういうところから始められるといい」というおすすめの筋トレはありますか?
成田
運動不足なら、筋トレよりも軽いジョギングなどの有酸素運動から始めるのがいいかもしれませんね。筋トレをするにも最低限の体力をつけた方がいいです。それで興味が出てきたら、ジムに入会してマシンで筋トレをするのが一番かんたんです。
――ジムですか。ちょっとハードルが高いような……。家の中で行える気軽な筋トレなどはどうでしょうか?

成田
ジムに入会するのって、精神的なハードルは高いかもしれませんが、実際のトレーニングのハードルとしてはとても低いんです。逆に、家で自重(自分自身の体重)を使って行うトレーニングはハードルが高いと言えるでしょう。
家で自重を使ったトレーニングをしようとすると、まず正確なフォームを知らなくてはいけません。これが初心者には難しいです。そして、自重を使ったトレーニングというと「腕立て伏せ」が思いつくと思うのですが、腕立て伏せを1回もできない人ってけっこういますよね。運動をしていない人にとって、自重はけっこう重たいんです。
ジムに行ってマシンを動かすと、何も知らない人でも正確なフォームが自然と行えます。それにマシンの負荷を最低にすれば、腕立て伏せなどの自重トレーニングよりもずっと負荷が軽い運動をすることが可能です。
――なるほど。筋トレのマシンを使うほうが、ラクなんですね。
成田
そうですね。それに、背中にある広背筋や脊柱起立筋は、漫画家やイラストレーターが仕事をする上で鍛えておくといい筋肉なのですが、これを家で鍛えるのはなかなか難しい。
ジムに行かないとしたら、公園で雲梯(うんてい)を使って懸垂するくらいしかやり方が思いつかないのですが……雲梯のある公園に行くのも大変ですよね。懸垂も一回もできない人もいると思います。
ジムならこうした筋肉を鍛えるラットプルダウンというマシンはたいていあるので、それを使えばかんたんです。
――ジムって、マッチョの人が行くところだと思っていました。
成田
「運動不足の人が低い負荷で運動をしにいってもいい」と考え方を変えたほうがいいですね。実際に、「チョコザップ」や「カーブス」のような手軽なジムも増えているじゃないですか。そういったところから始めてみるのもいいのではないかと思います。料金もきっと安いですよね。
最初の1か月くらいは、体がどうしても痛くなると思います。でも、そこさえ乗り越えてしまえば大丈夫ですから。筋トレを一日の締めにやると、体が疲れて最高によく眠れるようになりますよ。
――お話を聞いていると、なんだかジムに行きたくなってきました。以前、通っていて挫折してしまったのですが、もう一回入会するのもありかも、と。
成田
……そういえば、せっかく来ていただいたのに、なんのおかまいもしていませんでした。EAA(筋トレする人が飲む必須アミノ酸を含んだ飲み物。高価)くらいしかないんですが、いかがですか? ラフランス味ですが、大丈夫でしょうか?
――いただきます。おいしいです……!
取材協力
成田成哲
X:@bisekai1
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