フリーランス新法のここがわからない! 弁護士に教えてもらおう【イラストレーター・漫画家向け】

2024年11月1日にスタートした、フリーランス新法。施行にあたって公正取引委員会は、フリーランス新法についての特設サイトを開設しました。イラストレーターのBUSONさんを起用し、ユニークな見せ方でフリーランス新法の内容を周知しています。もちろん、クリエイターにとっても必読の内容です。

ただ、イラストレーターや漫画家の取引現場には、そのまま当てはめづらい項目もあります。どのように解釈すればいいのか、普段フリーランスのクリエイターから多く相談を受けている田島佑規弁護士に、お話をうかがいました。
お話を聞いた人
田島佑規(X:@houjichazuki)
弁護士。骨董通り法律事務所に所属。クリエイター関連の法律に対しての造詣が深い。GENSEKIを運営する株式会社viviONの顧問弁護士でもある。
クリエイターはこれまで以上にしっかり契約書を読む必要が出てくる

――2024年11月1日に施行されたフリーランス新法の内容を見て、田島弁護士はどのように感じましたか?
田島弁護士
理念は素晴らしいと思いますが、フリーランスを守る手段としては、疑問に思う部分もあります。特に「書面などによる取引条件の明示」という項目については、やや反対ですね。
書面などによる取引条件の明示
フリーランスに対して業務委託をした場合、直ちに書面または電磁的方法(メール、SNSのメッセージ等)で取引条件を明示する義務があります。明示方法は、口頭での明示はNGで、書面または電磁的方法かを発注事業者が選ぶことができます。公正取引委員会フリーランス法特設サイト より引用
発注のとき、きちんとした契約書や発注書を準備するとなると、企業側は法務部や顧問弁護士の力を借りて、自社に有利な内容の書面を作るはずです。対してフリーランス側はしっかり読んで理解をした上で、自分にとって都合が悪い所は交渉をしなければなりません。フリーランスのほとんどは、いちいち弁護士に確認してもらったりできませんから、自分で一連の対応をすることになるでしょう。
――「フリーランス新法に守られて安心!」ではなく、むしろこれまで以上に、法務に関するスキル・リソースが求められるようになるんですね。
田島弁護士
ありそうなケースをひとつご紹介します。たとえばこれまで、著作権譲渡について取り決めをしていなかった取引があるとします。著作権は、特に譲渡に関する取り決めをしない限り、通常は著作者のもとに残り続けていると考えられるでしょう。
しかし今回、発注者に発注書面の発行が義務付けられ、「ついでに著作権の扱いについても明確にしておこうかな」ということで著作権譲渡についても記載される。
そうするとフリーランス側は、これまで著作権譲渡のことを気にせずに仕事ができていた取引でも、必要に応じて著作権の扱いについて交渉をしなければならない。あるいはきちんと発注書面の中身を読まずにサインをしたところ「今まで著作権譲渡じゃなかったのに気付いたら譲渡することになっていた」なんてこともありえます。
――契約書をきちんと読まずにサインしてしまうケースって、多いのでしょうか?
田島弁護士
そうですね。私のもとに寄せられる契約書関係のトラブルのほとんどは、「読まずにサインをした」「書かれていることをきちんと理解しないままサインした」といったケースです。あとは、甘く見ているケース。「ひどいことが書かれているのはわかっていたが、さすがにこれは無効になるんじゃないか。あとからなんとかなるだろう。」と安易に考えてしまう方も少なくありません。
意外に思われるかもしれませんが、基本的には民法など法律で決められたルールよりも、当事者同士で合意した契約の内容の方が優先されます。
ですから契約書や発注書、仕様書など取引条件が書かれたテキストがでてきた際には、とにかくよく読んで理解して、「これはちょっと困るなあ」と感じることはきちんと伝えて修正してもらう。それだけでもかなりのトラブルが予防できるはずです。
どこからが「不当」? いつからいつまでの「6か月」?
――フリーランス新法の「7つの禁止行為」の中に、「不当な給付内容の変更・やり直し」という項目があります。どういった修正指示が「不当」にあたるのでしょうか?
7つの禁止行為
フリーランスに対して1か月以上の業務を委託した場合には、7つの行為が禁止されています。
①受領拒否(注文した物品または情報成果物の受領を拒むこと)
②報酬の減額(あらかじめ定めた報酬を減額すること)
③返品(受け取った物品を返品すること)
④買いたたき(類似品等の価格または市価に比べて、著しく低い報酬を不当に定めること)
⑤購入・利用強制(指定する物・役務を強制的に購入・利用させること)
⑥不当な経済上の利益の提供要請(金銭、労務の提供等をさせること)
⑦不当な給付内容の変更・やり直し(費用を負担せずに注文内容を変更し、または受領後にやり直しをさせること)公正取引委員会フリーランス法特設サイト より引用、背景色は編集部
田島弁護士
クリエイティブな取引において、修正指示が不当かどうかを判断するのは難しいですよね。フリーランス新法はあらゆる職種を想定したルールなので、かならずしもクリエイターの事情をすべてカバーできているわけではありません。
現時点でのガイドラインを見る限りでは、少なくとも一度受け取って納品完了とした制作物に対して、後から「やっぱりこれは直してください」と追加報酬なく修正させることは不当だと言えそうです。そもそもクリエイティブな仕事は、何度かのラリーを経て完成度を上げていくもの。その一つひとつの修正指示が不当かどうか、納品前に判断するのは難しいケースも多いと思います。
――売れっ子のクリエイターにも、「修正回数を決めない」という人はいますね。
田島弁護士
とはいえ自衛の観点から、受注の段階で「一度ラフを提案してから納品までの修正は何回を想定しています」と伝えておくなど、ひとつ目安となるラインを引いておくことは大事かなと思います。そうすれば修正がふくらんだとき、回数を根拠に追加費用を交渉しやすくなりますから。
――一方で「7つの禁止行為」の買いたたきの項目には、「類似品等の価格または市価に比べて、著しく低い報酬を不当に定めること」との説明があります。これも、「不当」や「著しく低い」の基準が難しいですね。
田島弁護士
ひとつ判断基準になるのは、その対価を決めるにあたって十分な協議が行われたかどうかです。発注側から「ロゴ1つ5万円で作ってください」とだけ伝えて交渉の余地なく終わりではなく、少なくとも「こちらとしては予算は5万円で考えていますがいかがですか? また著作権は譲渡でお願いしたいですが、その点も踏まえて良いですか?」といったやりとりを十分に行うことが必要といえそうです。
もちろん協議さえしていれば、相場に対して安すぎてもいいというわけではありません。ただ相場といっても、クリエイターによってもまちまちですよね。「自分は駆け出しだから、実績作りのためにまずは安くてもいい」という人もいれば、「ある程度実績ができてきたから単価を上げたい」という人もいる。発注金額そのものよりは、その金額が決まったプロセスで判断されることになると思います。
――あとは、複数の項目で「フリーランスに対して6か月以上の業務を委託している場合」という表記が登場します。この6か月とは、具体的にどの期間を指しているのでしょうか?
中途解除等の事前予告・理由開示
フリーランスに対して6か月以上の業務を委託している場合で、その業務委託に関する契約を解除する場合や更新しない場合、少なくとも30日前までに、①書面②ファクシミリ③電子メール等による方法でその旨を予告しなければなりません。公正取引委員会フリーランス法特設サイト より引用、背景色は編集部
田島弁護士
これは明確に決まっていて、発注日から納品日(あるいは納品予定日)までの期間を指します。たとえば10月1日に発注を行い、「5月1日までに納品してください」と伝えた、あるいは実際の納品日が5月1日になった。するとこの取引は7か月の業務委託となり、この表記の対象となります。
――一つひとつの仕事は短期間で単発だけど、いつも発注してくれるお得意様の企業についてはどうでしょうか?
田島弁護士
別途基本契約などを結んでいないのであれば、その一つひとつの取引でカウントします。1回発注があり、1か月後に納品した。その評判がよかったので、またすぐ次の発注をもらえた。それもまた1か月で納品した、それをたくさん繰り返したとしても、あくまで業務委託期間は1か月とカウントされます。
法律のせいにして交渉すればいい

――まだ新しい法律ですから、取引先がフリーランス新法を知らないケースもあると思います。その場合はどうしたらよいでしょうか?
田島弁護士
しっかり意識している会社もあれば、中にはごく一部であると願いたいですが、「知ったことか」というスタンスの会社もいると思います。
でも、今までは取引条件を受注前に確認することや、支払い遅延や未払いに対して明確な後ろ盾なく交渉していくしかなかったところに、フリーランス新法ができたことで、法律のせいにして交渉できるようになったという点は大きいと思います。
取引相手との関係性から、なかなか自分の希望としては言い出しにくいということもあったかと思いますが、例えば「自分としてはあまりうるさく言いたくないんですが、法律がそうなっているからこの点はお願いしますね」などと言えるようになったのは、非常に良いことだと思います。
――確かに、その方が言いやすいです。
田島弁護士
逆に法律を引き合いに出しても、「そんなものは知らん」という態度をとってくる会社とは、いずれ大きなトラブルになる可能性が高いようにも思えますので、リスク回避の観点からそもそも取引をやめた方が良いですよね。
――フリーランス新法をどう扱っているかに、企業側のリテラシーが表れそうですね。でも実際にフリーランス新法を守ってくれないときは、どうすれば良いのでしょうか?
田島弁護士
一応フリーランス向けの行政窓口もあるものの、行政は聞き取った情報をもとに、間接的な働きかけをするだけなんです。たとえば報酬未払いを相談したとすると、その企業に調査が入って、フリーランス新法に違反している実態が認められれば相応のペナルティが課されることもあるわけですが、フリーランス自身にとっては肝心の未払いとなっている報酬を自分の代わりに取ってきてくれるわけではありません。
――「今困っていること」を直接解決してくれるわけではないんですね。
田島弁護士
まずは企業側の窓口に相談することが一つ考えられるかと思います。企業によっては、フリーランス新法違反などがあったときのための相談窓口を用意していることもありますし、そうでなくても大抵の会社はホームページの問い合わせフォームや、代表の連絡先があります。
特に「会社は良心的で、担当者だけに問題がある」という場合は、迅速に対応してもらえる可能性も十分考えられるでしょう。ただこれもリスクはあって、会社に告げることで「この人とは以前トラブルになったことがあるから、次からはお願いしないようにしよう」と、発注控えにつながる可能性はあります。
いずれにしても完全な匿名・ノーリスクでの通報は、現状難しく、その後の関係性に一定の影響を与えることは覚悟する必要があるといえそうです。
――フリーランス新法ができたとしても、最終的には自分の身は自分で守らなければいけない、と。
田島弁護士
はい、そこは注意しておいてほしいところです。ただこうした法律ができたことでフリーランスとの取引適正化に関する世の中全体の意識が上がるでしょうし、過去に誰かが行政などに通報して改善された企業の仕事を、自分が受けることもあると思います。
フリーランス新法違反を行政に通報することで直接的に自分が恩恵を受けることは限られるかもしれませんが、まわりまわってより良い状況が作られていく面はあると思います。
「いいのが描けたら持ってきて」は業務委託?

――最近Xで「漫画単行本の表紙の原稿料を出版社が出してくれない」というトピックが話題になっていました。フリーランス新法は、こういった問題にも関わってくるのでしょうか?
田島弁護士
発注者が「この業務をやってください」と依頼をして、受注者が「わかりました」と返事をして引き受け、作業をする。まずこの流れが大原則です。漫画の表紙についても、出版社が「描いてください」と依頼し、引き受けて描き始めたのであれば、業務委託でありフリーランス新法の対象となります。
一方、出版社側は依頼をしておらず、漫画家が「でも表紙デザインはあった方が良いよな」と考えて自分で描いたのであれば、業務委託とはなりません。それを見せられた出版社が「あ、それいいですね。じゃあ表紙に使わせてください」という話を持ち出したら、それは業務を委託する契約ではなく、表紙の使用許可をもらうための契約であり、フリーランス新法の対象ではありません。
――自分と出版社のどちらが著作権を持っているかは、関係ないんですね。
田島弁護士
はい、関係ありません。相手の依頼をもとに手を動かしたかどうかがすべてです。あとは漫画家の世界だと、「良いのが描けたら持ってきてよ」みたいなケースがありますよね。「何日に編集部の会議があるから、もしそこまでにくれたら上に提案してみるよ」とか。
――ああ、ありますね。
田島弁護士
それで、その日までに漫画を用意したとします。それがボツになっちゃったとして原稿料を払わなきゃいけないのかというと、そうではないんです。
出版社は業務として描くことをお願いしたわけではないし、漫画家側も描かない自由がある中で自ら任意で描いたと考えられ、「業務委託ではない」という判断になろうかと思います。
――こうした業態ごとのケースについて、今後法律の条文が修正されたり加筆されたりすることはあるのでしょうか?
田島弁護士
すぐさま条文が変わるようなことはないと思いますが、より細かな業界ごとのガイドラインが策定されたり、個別事情に応じた裁判例などが増えたりすることで、より業界ごとの個別事情にあわせた運用や判断をしやすくなるといったことはあると思います。正直なところこの法律って、各業界の個別事情を十分に踏まえて制定されたというよりも、かなり急いで作られたような印象もあります。
たとえば、ある事業者に対するインタビューへの出演依頼や取材依頼などもフリーランス新法の対象になることが考えられますが、インタビューの内容や取材内容が、リアルな声を聞きたいといったドキュメンタリー的な側面がある場合、お金などの報酬を渡してしまうと忖度して発言内容に影響が及んでしまう可能性がありますよね。
こういったケースでは、無償での出演依頼や取材依頼であることに意味があるように思いますが、「無償だと買いたたきに該当してしまうのか? いくらか報酬を払わないといけないのか?」といった疑問がでてくることも予想されます。こうした疑問に対して、どう対処すればいいのか、各業界で一つひとつ事例を積み上げたり議論したりしながら、フリーランスの方が安心して働ける環境整備という目的に向かってみんなで育てていく法律だと私は思っています。
フリーランス新法で発注控えは起こる?
――フリーランス新法がスタートしたことで、企業がフリーランスに対して発注を控えるようなこともあり得るのでしょうか?
田島弁護士
発注先を個人から企業に切り替えるケースは、なくはないかもしれませんが、あまり考えにくいでしょう。というのもフリーランス新法の内容って、きちんとした取引をしている会社だったら当然守るべきルールなんですよね。発注を控えるほどでもないと思います。
むしろ予想できるのは、これまで契約書や発注書がなかった、あっても内容がすごくふわっとしていた会社から、突然すごくしっかりした文書やテキストが出てくる事態です。そして、その企業の法務体制のレベルにもよりますが、自分の業務とあまり関係がない業務委託契約書が出てきたり、取引実態からかけ離れた内容の文書が出てくるようなことも増えるかもしれません。
――そもそも文書を送ってくる担当者が、よくわかっていないケースもありますもんね。
田島弁護士
はい。契約書などの文書を読んでみると意味がよくわからない文章になっていたり、今回の取引とあっていない内容になっていたりすることもよくありますので、そういう所も含めて契約書や発注に関する文書がでてきた際にはよく読んで、疑問に思ったことはしっかりクリアにする必要があります。
これからはこれまで以上に契約に関する書類を目にすることが増えることが予想されますので、どうしてもそこに一定の時間やコストをかけざるを得なくなります。最初のうちは、フリーランス側も大変という状況が予想されますね。
――フリーランス側は、どこまで法令順守を意識すべきなんでしょうか? 信頼できるお得意先だったら、少しくらいの不備があっても目をつぶってしまいたいのですが……。
田島弁護士
買いたたきなどの禁止行為については、仮にフリーランス側が納得していても、発注側においては法律違反であることに変わりはありません。ただ受注者であるフリーランス側が指摘したり通報したりしない限り、その取引が問題として顕在化することはまずないでしょう。
フリーランス側がなにか特別に法令順守を意識しないといけなくなるというよりは、これまで通り仕事をして、もし納得いかないことが発生したときに、フリーランス新法に照らし合わせて考えてみる。それで発注側の行為が法律違反に該当するならそこを突いて交渉などをしていく。こういう頭の使い方になると思います。
――となると、自分が納得して気持ちよく取り組めているうちは、あまり気にしなくても良いでしょうか?
田島弁護士
そう思います。この法律は発注者側が遵守するべき内容を定めたもので、守っていないと発注者が刺されてしまうことがあるよというものですから、受注側であるフリーランスとしては、特に気にならないのであれば積極的に法律違反を指摘する必要もないでしょう。
ただ業界全体のためを考えるなら、なるべく「フリーランス新法をみんなで守ろう、守っていない人たちにはNOを突きつけよう」という雰囲気を作った方がいいのかもしれません。
フリーランスの方が身に着けるべき法務知識については、著書の『クリエイター六法 受注から制作、納品までに潜むトラブル対策55』に詳しく書いています。それこそ契約書の読み方、交渉の仕方、過度な修正をどうやって防ぐかなどにも触れていますので、ぜひ参考にしていただけたらと思います。
聞き手・編集
斎藤充博(X:@3216/Web/GENSEKI)
構成
ヒガキユウカ(X:@hi_ko1208)
イラスト
かちこ(X:@nao_riorio24/GENSEKI)
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