後ろ姿のイラストは「エモさ」が表現できる。さいとうなおき先生「後ろ姿縛り」講評レポート

イラストレーターのさいとうなおき先生が審査員の「縛りイラコン」講評レポート、今回は「後ろ姿縛り」です。
キャラの後ろ姿に込める感情、後ろ姿を見る視点に感じる「エモさ」とストーリー。顔が見えないからこそ表情豊かなイラストの数々を、さいとう先生に講評していただきました!
審査員
さいとうなおき(X:@_NaokiSaito/YouTube)
イラストレーター・ユーチューバー。1982年生まれ、山形県出身。多摩美術大学卒業後、ゲーム会社を経て現在フリーランス。人気カードイラストレーターであり、YouTubeチャンネルの登録者数、約130万人の実績を持つ(2023年3月時点)。『お絵描き上達テクニック』などの情報を発信中。
インタビューした人
ハラサワ
GENSEKIの運営サポートスタッフ。
テーマを極めた一枚。非の打ち所がない傑作

【大賞】近くて遠い天使/カズ
さいとうなおき先生
大賞はカズさんの『近くて遠い天使』です。おめでとうございます!
クラスメイトに抱く恋心を表現しました。
鳥肌が立ちましたね。こんな見せ方があるのか! とアイデアにびっくりしました。
近くて遠い。前の席で距離は近いはずなのに、後ろ姿にすることで遠さを感じます。下敷き越しなのも見事。描かれていることがテーマにばっちり過ぎて、すごい落とし込み方だと思いました。
絵自体もきれいで、非の打ち所がありません。このままポッキーのCMにしてほしいぐらい。本当にすてきです。
ハラサワ
光の感じもきれいです。技術力が高く、絵に真摯に向き合っているのが伝わってきます。
さいとうなおき先生
背景の人物もほとんど後ろ姿で描かれていて、課題にポジティブに取り組まれているのもいいですね。
また、ほとんどが水平垂直のラインで描かれている中、下敷きをちょっとだけ斜めにすることで画面におもしろみを加えています。動きのある画面作りができていて、普段からイラストをおもしろくする工夫を考えているんだろうな、と感心しました。
ハラサワ
絵をさらによくするアドバイスなどはあるでしょうか?
さいとうなおき先生
ないです! 完璧です。……ところで、下敷きを持ってる人はもしかすると女の子かもしれない?
ハラサワ
確かに、爪の丸みがそうとも見えますし、置いてあるペンケースは男女どちらともとれますね。
さいとうなおき先生
そういう、ちょっと含みがあるのもいいですね。いろんな人が感情移入できるようにしているというか、おしゃれな気の使い方をされていますね。
後ろ姿のイラストに宿る感情表現のコツ

【佳作】飛翔の瞬間 /ぺちか
さいとうなおき先生
この絵は素直にいいな、と感じて選びました。
夏の暑さや土埃、汗臭さまで匂い立ってくるような描き方です。しかも表情が見えない「後ろ姿」なことで、絵を見る人の記憶とも重ねやすくなっています。
ハラサワ
後ろ姿は感情移入しやすい、ということでしょうか?
さいとうなおき先生
そうですね……今回のテーマのイラスト全般に言えることですが、後ろ姿の絵は「エモい」気持ちになりやすく、感情が揺さぶられますね。
具体的なキャラクターが描かれないからこそ、実際にはこういうシーンを体験していなくても「自分にもこういう青春あったかも……」とノスタルジーをかき立てられます。
また、この絵を見て荒々しいタッチと「後ろ姿」って相性いいんだ、と思いました。背景も含め、タッチが際立っていますよね。
ハラサワ
タッチがあると雰囲気が出しやすくなるのでしょうか?
さいとうなおき先生
出ることは間違いないと思います。土煙の感じや、ユニフォームのちょっと汚れてる感じまで、よく表現できています。
きれいすぎると「できあがった画像」感が勝ってしまうというか……タッチには感情が乗るので、描く人が強調したい部分を伝えやすいですね。
ハラサワ
絵の技術的な面で、さらによくできるところはあるでしょうか?
さいとうなおき先生
少しだけ気になるとしたら、左端に描かれた人が惜しいかもしれません。見切れすぎていて審判なのかキャッチャーなのか観戦者なのか、どういう人なのかがわかりづらかった。もうすこし画面に入れてわかるように描くか、なくてもいいのかな、と思いました。

【佳作】目指せ一等賞! /きへ@イラストレーター
さいとうなおき先生
この絵は視点がすごくいいですね。年齢的に身体が小さくても「こいつ絶対頼れる」と思える後ろ姿と、それを見ている自分視点。その友情の繋がりがうらやましい、と感じました。
ハラサワ
キャプションもたくさん書かれていて、「チームメイトへの信頼感を表現するのに苦労しました」とあります。
さいとうなおき先生
キャプションを読む前から、書かれていることが伝わってきますね。顔の端にちょっとだけ目が見えていますが、向こうを見ていてこっちを振り返ってない。「後ろは見なくても大丈夫」と思えるほど練習してきたんだなあ、と想像できる。
そういう小さな工夫の積み重ねで、絵を見る人も「友達への信頼感」が受け取れます。
ハラサワ
ポーズも苦労されたそうです。
さいとうなおき先生
メインの子の前傾姿勢がしっかり表現できているので、躍動感が出せています。正面のアングルからこの姿勢を描くのは難しいのですが、よく描けていますね。
こちらに出てきている手もいいですし、体操服や帽子の角度もわかりやすい。顔や髪にあたっている反射光もいいですね。地面からの反射光を受ける下の面を強調していて、より傾きが伝わります。
ハラサワ
影をどう置くかも工夫されたようです。
さいとうなおき先生
かなり考えられた絵だと思います。
ハラサワ
さらに絵を引き上げるアドバイスはあるでしょうか?
さいとうなおき先生
ないですね。無理やり何か言うなら、手前の人が持ってるバトンと、奥の人のタスキの色が似ているので、空間の認識に一瞬混乱するかな……? というぐらい。でも、こんなこと言うのも野暮だと思っていますよ(笑)。
「絵を見る人」を意識して共感を呼ぶ工夫

【佳作】立ってみた /まるまゆ
さいとうなおき先生
いろんな描写から「実際に子育てしてる方の視点」をリアルに感じます。赤ちゃんって、親の日常の中でとても大きい存在。それがうまく絵の中のサイズ感で描かれていて、赤ちゃん中心の生活が伝わってきますね。
ハラサワ
足の間からのぞくお母さんの、うれしさと心配とびっくりが全部入った表情が絶妙です。
さいとうなおき先生
「立ってみた」というタイトルもいいですよね。赤ちゃんって本当に急に立つから、びっくりするんですよね。表情から喜び半分、心配半分というのがよく伝わってきます。
ハラサワ
足首に入った線もかわいいです。
さいとうなおき先生
赤ちゃんっぽさがよく描けていますよね。他にも玄関から勝手に出ないようにつっぱり棒の仕切りがあったり、部屋に描かれたいろんなものから生々しさ、生活のリアルさを感じて、いい絵です。
イラストの背景は、技術以上にそういうことが描けるかが大切かもしれません。うまくなるほど「ここにオムツ描くと構図が…」などと考え始めてしまうので、この気持ちを失くさずにいて欲しいですね。
それから、クマのパンツも効果的。後ろ姿でもこのクマの顔があることでキャッチーに見せられてます。
ハラサワ
パッと目が行きますね。
さいとうなおき先生
これがなかったら少し物足りない絵になっていたかも。ちょっとしたチート技というか、いい工夫ですね。
白いおむつにしていたら、赤ちゃんを育てたことがある人にとってはリアルでエモくても、人によっては臭くて汚いだけのものかもしれない。関係ない人には生々しすぎて、かわいさが伝わらないかもしれません。それをクマのパンツにすることで、どんな人でも感覚的にかわいい、と思うように見せられています。
見る人のことをちゃんと考えて描かれているな、と思いました。
ハラサワ
絵作りが上手なんですね。技術面で、絵をさらによくできる方法はあるでしょうか?
さいとうなおき先生
色の意識かな、と思います。今はグレーが少し汚く見えていて、窓の格子などが絵を邪魔してしまっているかもしれません。薄くしたり色を変えるなどすると、ちょっとした違いでもよくなりそうです。やってみないとわかりませんが、窓枠の茶色の濃さもあるので、背景全体に薄く黄色をかける、などがいいのかな?
そういった「色の奥行き」を意識できると、さらによくなると思います。
世界観に引き込まれるイラストの魅力

【佳作】帰り道 /六基
さいとうなおき先生
ディストピア風な、近未来を思わせる絵ですね。この世界に住む人々の物語が感じられます。「ここは貧民層の街なのかな? この人たちの先が見たい、こういう漫画を読んでみたい」と引き込まれました。
ハラサワ
手前の子は泥を踏んで泣いてしまったんですね。人物の演技が細やかです。
さいとうなおき先生
奥のお兄ちゃんも、リュックを前に背負っておんぶできるようにしてますよね。「こうしてるってことは、こうなんだろうな」というのが描けています。
ハラサワ
描写の密度が高いのに、メインにちゃんと目線が行きますね。
さいとうなおき先生
遠景のビルのぼかし方も絶妙です。ここはどんな街なんだろう? たくさんビルが建っているけど、あまりきらびやかじゃなくて、もしかすると奥も手前も全体的に貧民街的なのかもしれない……?
ハラサワ
ビルもしっかりサビや汚れが描かれています。画面下の手前には、ビルと対照的な平屋がありますね。
さいとうなおき先生
格差が描かれているようで、そうじゃないのかもしれませんね。都会で暮らせば給与は高いかもしれないけど、支出も多いし精神的にも大変そうとか、この子たちは都会には住んでなさそう。でも、もしかして逆に平屋の方がリッチなのかも? など、物語をいろいろと考えさせられます。
それくらい描き切っていて、ワクワクさせられるイラストです。

【佳作】軽キャンでネコと海にきた /A3
さいとうなおき先生
夢が詰まっていて、すごくいいですよね。コンセプトにワクワクさせられて選んだので、僕の負けです(笑)。
「そうそう、これをしたかったんだよ!」という理想の世界が描かれています。天窓が空いていて陽が差し込む感じもいい。真夏にリアルにやったら絶対暑いし、日焼けが大変なことになりそう(笑)。地元の人は絶対こんなことしなさそう。寒い時期に見るからいいのかも。
ある意味ファンタジーですが、イラストとして楽しすぎます。
ハラサワ
絵ならではの魅力が詰まっているんですね。
さいとうなおき先生
色にもワクワクさせられました。奥の景色はいかにも暑い夏だけど、手前の空間はちょっと涼しそう。ゼリーもファンタジックでいいですよね。キャンピングカーで、手前の冷蔵庫で冷やしてたのかな?
そういう涼しさと暑さの色のバランス、絵作りが絶妙です。
ハラサワ
服の透け感にもこだわったそうです。
さいとうなおき先生
これは僕の想像ですが、この子はこのとき色気とかファッションとか、人の目なんて考えてなさそう。そんな魅力を狙って作らなくても楽しめる絵だから、Tシャツとか着てラフな感じでも十分、なんて思います。
ハラサワ
技術的にもっとよくできるアドバイスはありますか?
さいとうなおき先生
次のステップとしては、浮き輪と猫の二つでしょうか。さわやかなイラストの中で浮き輪がどっしりとしていて、若干イラストを重たくしているかもしれません。こういうモチーフが描かれていてもいいと思いますが、存在感が強すぎるのかも。
猫は首と肩が埋まりすぎているのか、形が少し気になります。描写をもっとがんばってみてください。
ハラサワ
後ろ姿だからこそ、シルエット感が大事なんですね。
さいとうなおき先生
そうですね。でも、いい絵なことは間違いないですよ。
後ろ姿のイラストは「エモさ」を出しやすい
ハラサワ
今回は600件近い、たくさんのご応募をいただきました。
さいとうなおき先生
僕自身は「後ろ姿」あまりキャッチーではないお題だと思っていたので、これだけ多くの人に描いてもらえたのは驚きでした。
コンテストのお題にすることで挑戦してもらえたのもよかったですね。普段は後ろ姿を描く機会が少ないかもしれませんが、どんどん描いていった方がいいテーマかもしれない、と思えた応募作品一覧でした。
ハラサワ
後ろ姿の絵は感情を乗せやすい、というのは思ってもみなかったです。
さいとうなおき先生
キャラクターの顔が見えないことで、自分の記憶と結びつけて心を動かす「エモさ」のきっかけが作れる、というのはいい発見でしたね。
▼コンテストページ
【定期開催】さいとうなおき先生の縛りイラコン
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執筆
kao(X:@kaosketch/Web/GENSEKI)
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