GENSEKIマガジン

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透明感と奥行きを兼ね備えたイラストが紡ぎ出す「おとぎの国」ーイラストレーター・田中舞

GENSEKIコンテスト「夜と涙」冬野夜空140字小説挿絵大賞で、特賞を受賞した田中舞氏。

奥行きがあり、透明度の高い色彩のイラストたちからは異世界感すら感じられる。

今回は受賞作品を筆頭に、作品へのこだわりや、イラストレーターの友人達との交流、尊敬する中村佑介氏とのエピソードなど、詳しく話を伺った。

審査の先を意識したイラストレーション

『君がいない街で』
「夜と涙」140字小説挿絵大賞 受賞作品

ーーこの度は「冬野夜空140字小説挿絵大賞」ご受賞おめでとうございます。
早速ですが、今回受賞された絵について詳しくお話を聞かせてください。

田中:ありがとうございます。今回、選べる3つの140字小説の中から、一番時間の奥行きを感じられた「ドライブ」をテーマにイラストを描きました。
受賞イラストは、スターツ出版文庫の公式TikTokアカウントで140字小説とあわせて動画化されるということで、スマホサイズの縦長の構図で瞬間的にその物語をイメージできるかが焦点でした。実際に家族が車に乗って、モデルになってもらいながら、収まり良く一番意図の伝わりやすい構図を探しました

 

ーー使われる媒体のサイズや構図を想定されていたんですね。TikTok用のお仕事をされたご経験があったからでしょうか?

田中:それが、TikTok用イラストのお仕事は、GENSEKIさんのコンテスト受賞より後に制作したものなんです。
受賞と関係なく、たまたまご縁があってお受けしたのですが、今回のコンテストで描いた経験が活きて、要領を得ることができた気がします。
TikTokは世代的に身近なSNSではなかったのですが、コンテストをきっかけに道がひらけて、実際にお仕事で制作に携わり、面白い世界だなと感じました。

 

ーー細部の描き込みがすごいですよね。フロントガラスの映り込みも美しいです。映っている観覧車は、最初から使おうと決めていたんでしょうか。

田中:初めはビル街とか、東京タワーやスカイツリーなど構想があったのですが、小説の、人によってイメージが違う光景を、具体的に表現してしまうのに違和感を感じていて、抽象的でわかりやすいモチーフとして観覧車を思いつきました。
それに観覧車はデートで実際に行ったり乗ったりする方も多いので、共感してもらいやすいかな、と思って選んでいます。

 

ーーイラストのスパイスとして、すごく深いところまで考えていらっしゃいますね。人物と車の質感の対比にも感動しました。

田中:今回のコンテストではストーリーが決まっていたので、イラストを見る方がその先を想像できるような「余白作り」を、より意識できました。

質感については、実は今回はじめて車を描いたことで、家族に「人物より無機物の方がうまいんじゃない?」と言われました(笑)元々描いたことがなく、無機質なモチーフは苦手だと思っていたんです。
色々な絵を描いてきましたが、背景や小道具に焦点をあててこなかったので、実際に挑戦してみたら車の曇った反射の光とガラスの反射の光の描きわけが楽しくて。
今回は現実にあるモチーフなので、違和感を感じないよう、よりリアリティのある描き方をしています。

 

ーーこだわって描き込んだ部分があるのに、ちゃんとメインの人物が目に1番に飛び込んでくるバランスが素晴らしいですね。

田中:そこは結構こだわりました。多分別れてしまった彼女のことを思い浮かべ、景色を眺めながら、思わずほろり…というような表情を出すのに、かなり試行錯誤しています。車のフロントガラスやワイパーは、結構すぐ描けたんですが、人物の表情は課題でしたね。

 

ーーすごく素敵な表情だと思いました。どこをとってもこだわりの詰まった作品だと思います。このイラストの制作時間はどれくらいかかりましたか?

田中:ラフから完成まで、総時間で言うと1ヶ月ぐらいです。この絵を描いていた時もweb広告イラストのお仕事を受けていて、何枚か同時進行で少しずつ描き進めたので、正確な時間はわかりませんが、冬野夜空先生の小説ストーリーがわかりやすかったので、描きやすくて筆が進んだ印象があります。

 

ーーお仕事と並行して作業されていたのですね。普段はどれくらいイラストを描く時間があるのでしょうか?

田中:平日に6-7時間ほど絵を描く時間があり、仕事のイラストと、コンテストのイラスト、練習用のスケッチも少し描いて…というスケジュール感です。

 

大人になってから、改めて自分の中にあるものを描いてみたかった

『紅』

ーー絵を本格的に描き始めたきっかけはありましたでしょうか?

田中:絵を描き始めたきっかけは、幼少期に当時人気だったキャラクターを描いたら、周りの友達が「私にも描いて」と言ってくれたことが今まで描き続けている礎になっているかと思います。

中学生の頃にデジタルに触れてからは二次創作のイラストを描くのが好きで、仕事にしたいという気持ちはなく、純粋に楽しんで描いていましたね。

その後社会人になって、絵とは違う分野の仕事に就いていたのもあって、10年近く絵を描いていませんでした。当時は「私はもう絵を描かないだろうな」とも思っていたんです。

 

ーーそこから何がきっかけで今に至ったのでしょうか。

田中:結婚・出産し、家族の都合で全国各地に転勤する様になった中、友人が在宅で仕事を始めたと言うのを聞いて、「私も何かやりたい」と思ったことが最初のきっかけです。

子育ての傍ら手芸したり、子ども服を作ったりしている時に「そういえば私、絵を描いてたな」とふと思い出して、すぐにパソコンとペンタブを買いました。

それが2019年の年末ぐらいで、2020年の年明け締切のイラストコンテストに間に合うよう、本格的に描き始めました。以前のような二次創作でなかったのは、多分、自分の中にあるものを描いてみたかったのだと思います。

 

ーーこれまで描かれている中で、ご自身の作風やこだわり、気をつけていることなどはありますか。

田中:正直まだ、「これが私の作風」というものがないんです。
今やっていることは、自分の中で「実験と学習」みたいなイメージで、まだまだ過程の段階だと思っています。

あえて言うのであれば、一つ一つ丁寧に描くことを意識していますね。今回のドライブのイラストも、丁寧に描くことをより強く意識するきっかけになったと思います。車の質感を描いているときに、私ってこんなに描けるんだという自信になり、自分には何が描けるか挑戦してみたい気持ちも湧きました。

 

ーーたくさん描かれている、おとぎ話をモチーフにしたイラストも素敵ですね。

田中:これは、中村佑介先生のTwitterスペースの合評会に参加した時に、中村先生から「シンデレラや白雪姫のような、物語の絵を描いてみてはどうか?」というアドバイスを受けて挑戦したイラスト達です。
初めはただ自分の思う様にぼんやり描いていたのですが、中村先生がはっきり目的を定めて下さったので、今の自分に発展できたんだと思っています。

 

『人魚姫』

ーー中村先生の的確なアドバイスが効いたのですね。

田中:今回受賞した作品にも共通しますが、おとぎ話のシリーズでイラストを描き始めてから、背景にある物語が瞬間的に伝わるイラストになるよう、気をつけるようになりました。

 

ーー特に気に入っている作品はありますか?

田中:おとぎ話のイラストの中でも、特に人魚姫の絵は、背景や鱗一つ一つまで描き込みながら、ストーリー重視のイラストにチャレンジするようになった作品です。
丁寧に描き込んで足し算しつつ、そこからさらに引いていくことで瞬間的に伝わる絵になったと思います。
中村先生にも褒めていただいて、自分のイラストの転機とも言える作品でした。

 

「絵は人を喜ばせる」ことを再認識

『なついあつ』

 

ーー尊敬している作家さんなどはいらっしゃいますでしょうか?

田中:先ほどお話しした自分自身とのエピソードも含めて、やっぱり中村佑介先生です。
あとは、好きな作家さんでもあり、お友達でもある夢子さん。すごく活躍されているイラストレーターさんで、私が将来こういう仕事がしたいな、というのを実現されています。Twitterのスペースでお話しさせていただいて、同世代で話も弾み、仲良くなって、考え方や表現の仕方を学ばせてもらったりと、イラスト活動の刺激を受けています。

 

ーーひとつ大きな目標として、中村佑介先生がいて、身近なところでは夢子さんと歩みを共にされているのですね。

田中:そうですね。あとは漫画家のキリさんも、中村先生のスペースがきっかけでよくお話ししています。絵で人を楽しませるのが上手な方で、ポジティブな感情を揺さぶることができるんです。キリさん自身も面白い方で、私にもいろんな提案をしてくださいます。楽しい中でも、仕事におけるスタンスやアドバイスはすごく勉強させてもらっています。

 

ーー田中さんや夢子さんとはまた違うタッチの方ですね。

田中:そうですね。肩の力を抜いて描くことや、絵は人を喜ばせることができるんだということを教えてもらいました。キリさんのアドバイスをもとにして、焼きなすの作り方や、道を歩いている人の姿などの日常絵にチャレンジしています。

 

ーー田中さんは、SNSを交流の場としてかなり活用されていらっしゃるのですね。

田中:そうですね。SNSは積極的にフォロワーさんを増やしたり、営業としての試みはあまりせず、あくまでコミュニケーションツールとして使っています。

SNSで絵を通じて知り合えたお友達のいろんな意見を聞いたり、情報を共有できたり、単純に話ができるのが、気持ちのリフレッシュにもなっています。

 

「手にとってもらえるイラスト」を描きたい

『海と女の子』

 

ーーイラストを描いていて、幸せだなと感じる時はどんな時ですか?

田中:今回のコンテストもそうですが、頑張った作品を評価していただけるのはもちろんのこと、想定してなかった相手にも喜んで貰える時、自分の繋がりの枠を越えた誰かに良いと言ってもらえた時は感動しますね。

フォロワーの方から、お子さんが「本の表紙だったら欲しい」と言ってくださったと聞いた時はグッとくるものがありました。

 

ーーそれは嬉しいですね。逆に辛い時はどんな時でしょうか。

田中:幸せな時の話にもつながりますが、やはり「評価される」=努力賞、ではなく、頑張って描いた作品が必ず評価されるわけではないので、自分の中で想いを込めた作品の評価が気持ちに比例しなかった時はがっくりきてしまいますね。
それでも、描けば描くほどたくさん課題が見えて、次に活きてくるので、その気持ちをバネにして次の作品を描くように心がけています。

 

ーー今後やってみたいお仕事はありますか?

田中:やっぱり物語を表現する挿画です。本の表紙を描いてみたいと思っています。いつかその本を自分の娘が手にとってくれる日が来たら、より嬉しいですね。あいうえおがやっと読めるようになったくらいなので、まだまだ先の話ですが、娘を含めた身近な人が手に取れる存在になることが一つの夢なので、その目標を目指して、この仕事を長く続けていきたいです。

 

 

一度筆を置いた時期を経て、家族や自身の環境の変化がまた描き始めるきっかけになったという田中舞氏。

細部まで美しく描かれた透明感のあるイラストはもちろん、TikTokでの映像漫画作品など、作風やメディア展開は多岐に及ぶ。活躍が今後も楽しみだ。

インタビューに答えてくれた人

田中舞(Twitter:@snails0106/Instagram:@snails0106

フリーランスのイラストレーター・漫画家として、WEB広告、TikTokd動画などで活躍。物語の奥行きを感じさせるイラストで、おとぎ話の挿画のような世界観を得意とする。

執筆者

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なかじまはるな (Twitter:@tuesdaywassunny/Instagram:@haruna_nkjm
イラスト/デザイン/ライティング
育児絵日記、今日の服、絵本、教材挿絵、コラムイラスト、ロゴ作成、グッズ制作…
ポップで優しいイラストが得意な何でも屋さんです。

編集者

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kao(twitter:@kaosketch
イラストレーター・GENSEKIインタビューライター。空気感や表情が伝わる表現を目指す。
ファンタジーとSFが好き。名古屋在住。