GENSEKIマガジン

モノづくりを広げる・支えるメディア

「ちいかわ」や「すみっコぐらし」みたいな大ヒットキャラを作ってみたい! イシイジロウさんに相談してみた

こんにちは。ライターの斎藤充博です。みなさん「かわいいキャラクター」って好きですか?

 

最近だとTwitter発の「ちいかわ」がかなりのブームになっていますよね。僕も「ちいかわ」は大好きで、家にはコミックスがありますし、LINEスタンプも使っています。コンビニに行くとちいかわとのコラボ商品もいろいろあります。

 

さてGENSEKIマガジン読者の皆様、こうした「かわいいキャラクタービジネス」って、ものすごく儲かりそうだな~って思ったことはありませんか?

 

僕も以前からずっとそう思っています。なんなら自分もかわいいキャラを作って、一発当ててみたい。きっとこれを読んでいるGENSEKIマガジン読者のあなたも、一度くらいはそんなことを夢見たことがあるのではないでしょうか。

 

そこで、僕もかわいいキャラクターを作ってみました。その名も「まゆねこ」です。

まゆねこは、「まゆげに気持ちが出る猫」です。なかなかかわいいと思うのですが、これだけではまだキャラクターのかわいさが伝わりきっていない気もして、マンガも描いてみました。

 

Twitter:@3216より

Twitterにこのマンガを投稿してみたところ、以下のような結果に。

ある程度の反応はいただいたものの、正直僕が思っていたほどではありませんでした(「僕が思っていた」=10万リツイートして、書籍化とグッズ化の話が即来る)。

 

この「まゆねこ」はなにがよくなかったのか。

いろいろな商品展開をしているキャラはどんな魅力を秘めているのか。

そして「まゆねこ」はどうすればよくなるのか。

 

そこで今回相談したのは、ゲームデザイナー、脚本家のイシイジロウさん。著作権を利用したキャラクタービジネスに詳しく、ご自身でも多数のキャラクターに関わり、『IPのつくりかたとひろげかた』 (星海社新書)という本も書かれています。

はっきり言って、僕が10秒くらいで考えたまゆねこの相談をするには明らかにオーバースペックな方なのですが……。いいのかな。

お話を聞いた人

イシイジロウ
ゲームデザイナー、脚本家。アドベンチャーゲームを中心に、さまざまな作品のシナリオ・監督・プロデュースを担当する。近年の仕事に『文豪とアルケミスト』の世界観監修、『新サクラ大戦』のストーリー構成などがある。
ライター(絵も)

斎藤充博
ライターだけど、マンガを描いたり、イラストを描いたりする。できればラクして金儲けしたいと思っているので、キャラクターでお金を稼ぐことに興味津々。

斎藤
まずはこの「まゆねこ」の設定とマンガを見ていただいて、率直にどう思いますか?
 
イシイ
おもしろかったですよ。個人的な好き嫌いを言うと「好き」です。
 
斎藤
すると、がんばってマンガを続けていけば、いつかはヒットするでしょうか? 
 
イシイ
こうしたファンシーなキャラクターがヒットするかどうか、というのは本当に予想がつかないんです。
たとえば、最近だと「ちいかわ」がヒットしていますよね? ただ、ちいかわがヒットする前にキャラクターを僕に見せられたとしても、人気が出るかどうかは分からなかったでしょう。
 
斎藤
ちいかわがこんなにヒットするなんて、きっと誰も予想できなかったはず……。キャラクタービジネスはギャンブルの要素もあるとは聞いたことがあります。
 
イシイ
ただ、斎藤さんが考えた「まゆねこ」というキャラクターの立ち上げについて、勝率を高めるための方法や工夫はあるかもしれません。
 
斎藤
やった! ぜひよろしくお願いします!
 

3つのキャラクターを成功例として考える

イシイ
「まゆねこ」のようなファンシーキャラクターには大きく分けて3つの成功パターンがあると考えています。

イシイ
それは
  • 「スヌーピー」タイプ
  • 「すみっコぐらし」タイプ
  • 「ちいかわ」タイプ
です。これらのキャラはそれぞれキャラクターとして成功している構造が違うんです。これらを分析していきましょう。
 
斎藤
どれもシンプルでかわいいキャラということで人気が出ていると思っていました。違いがあるなんて考えたことなかったな……。
 

「スヌーピー」タイプ

イシイ
スヌーピーは、非常に完成度の高い1枚の絵つまり「デザイン」で勝負するパターンのキャラクターです。
 
斎藤
1枚の絵で勝負する……? どういうことですか???
 
イシイ
それには、まず人がキャラクターを好きになる過程について説明させてください。
多くの場合、人はキャラクターを好きになる時に、そのキャラクターが登場する「ストーリー」やそのキャラクターの「設定」を通して、感情移入するんです。
 
斎藤
ああ、なるほど……。
例えば、こういうことでいいでしょうか? 僕はマーベルのキャラクターのアイアンマンが大好きなんです。それは映画の『アイアンマン』や、アイアンマンが出てくる映画『アベンジャーズ』を見たから。
映画を見た後は、アイアンマンの無機質な表情がすごくかっこよく感じたんです。でも、映画を見る前は、あのアイアンマンのキャラクターを見ても、なんとも思いませんでした。
 
イシイ
まさにそういうことですね。
ところがスヌーピーに関して言うと、スヌーピーが出てくる物語『ピーナッツ』に触れたことのない人も多いのではないでしょうか。それなのに、みんなに好かれている。
 
斎藤
確かに! 僕も小さい頃にスヌーピーのグッズを持っていましたが『ピーナッツ』はその時点で読んだことがありませんでした。
大人になってから『ピーナッツ』を読んでみて、「スヌーピーってこんなシニカルなキャラクターだったのか……」とびっくりした記憶があります。
物語も設定も何も知らないのに、キャラクターだけを好きになるのは、ちょっと不思議ですよね。
 
イシイ
これはスヌーピーが1枚の絵のみでデザインとしての魅力が成立するくらいの完成度を持っているからなんです。そして、その絵がハンカチだったり、コップだったり、いろんなところにプリントされて、みんなが買っていく。特にぬいぐるみの人気は世代を超えていますよね。
 
斎藤
なるほど~。そう考えると本当にすごいな。
 
イシイ
斎藤さんのまゆねこがそこまでの完成度を持っているかというと……。
 
斎藤
完成度が明らかに足りてないですね……。1枚の絵だけじゃ厳しいです。

「すみっコぐらし」タイプ

斎藤
1枚の絵だけでは厳しいというのは、僕もなんとなく認識していました。それで冒頭に提示したような4コママンガも作っておいたんです。
「表情がまゆげに出ちゃう猫」という設定のストーリーなんですが、こういうことって、みんな日常でありえるじゃないですか。そこに共感してもらえるかなあ……と思って。
 
イシイ
なるほど。そこで「すみっコぐらし」タイプを考えていきましょう。
すみっコぐらしはキャラクター自体がもちろんかわいいのですが、それだけではありません。設定に共感を誘う仕掛けがあります。
 
斎藤
仕掛け?
 
イシイ
すみっコぐらしにはキャラが複数いて「真ん中じゃなくて、すみっこの方にいるようなキャラクター」ばかりを集めていますよね。
 
斎藤
そうですね。「えびふらいのしっぽ」とか「ほこり」なんてキャラがいますよね。
「しろくま」は普通に見えるけど、「寒がりで北から逃げてきた」という設定があります。
「ねこ」も普通ですが、恥ずかしがり屋で自分の体型を気にしているという設定がありますね。全体的にネガティブ。
 
イシイ
ここで斎藤さんに質問なのですが、「すみっこの方にいるキャラクター」って、マジョリティでしょうか、マイノリティでしょうか?
 
斎藤
すみっこにいるのだから、マイノリティだと思うのですが……。
 
イシイ
そう思いがちですよね。でも、世の中のほとんどの人は「真ん中」にはいなくて、「すみっこ」の方にいるんです。だからすみっこの方が、意外とマジョリティなんですね。
 
斎藤
ああ~。確かにそうですね! これが共感される仕掛けというわけか。
 

イシイ
例えば、アイドルグループでも「みんなセンターを目指せ!」みたいな世界があったじゃないですか。

でも、それに対抗する気持ちとして「別にセンターじゃなくてもいいじゃない」とか「最終的には一番すみっこにいる存在でもいいじゃない」というのはみんながきっとどこかに感じていたと思うんです。

そんな気持ちをキャラの世界観として提示できているわけです。

 

斎藤
人々の気持ちを「世界観として提示する」……。考えたことなかった……。

「ちいかわ」タイプ

斎藤
3つのタイプのうちの最後、「ちいかわ」タイプというのはどういうものなのでしょうか。ちいかわとすみっコぐらしって、構造がそんなに違うのかな、って思っていますが……。
 
イシイ
ちいかわはSNS発のキャラクターで、SNSで読み切れる小さなマンガのストーリーが付いている。そして、ちいかわの最大の特徴は「なんかイジってみたくなる」というところにあると僕は思うんです。
 
斎藤
「なんかイジってみたくなる」というのはすごくよく分かります。
ちいかわの世界では、ちいかわ達が基本的にひどい目に遭っていますよね。日常のちょっとしたつらいことがあったり、本気で死にそうになったり、「ちいかわ」という生き物のあり方が悲劇のように思えたり……。
そのイジられている様子が、かわいそうなんだけど、おもしろいし、かわいいです。
 
イシイ
そうですよね。ちいかわはショートマンガで「キャラクターをイジる世界に共感する」という楽しみ方を提示しています。
これはスヌーピーのような1枚の絵や、すみっコぐらしのような設定だけではなかなか表現できません。どうしてもストーリーが必要になってきます。
そのストーリーをSNSの形式に合わせた非常に短いもので成立させているのが、すごいところです。
 
斎藤
なるほど……。

まゆねこはどのタイプ?

斎藤
3つのタイプの解説をいただいて、まゆねこが「スヌーピー」タイプでないことは明確に分かりました。それでは「すみっコぐらし」タイプと、「ちいかわ」タイプのどちらになるんでしょうか?

 

イシイ
現状の設定やマンガを読む限りでは、まだどちらの方向にも固まっていないと思います。これから斎藤さんの作りやすい方向に行けるのではないでしょうか。

 

斎藤
「すみっコぐらし」タイプか、「ちいかわ」タイプか、どっちが行きやすいんだろう……?

 
イシイ
「すみっコぐらし」タイプを志向する場合は、「すみっコは自分自身だ」と思えるようにすることがポイントですね。
 
斎藤
まゆねこは「気持ちがまゆげに出ちゃう猫」だから、「わたしも気持ちが顔に出ちゃうのよね」って共感してもらえばいいですかね?
 
イシイ
まずそれが必要ですね。ただそれだけだと「日常のネガティブなこと」を単に消費者に突きつけているだけになってしまうんです。
「日常のネガティブなこと」を肯定してあげられるといいですね。
「すみっコぐらし」には「真ん中にいなくても、すみっこだっていいじゃない」というメッセージがあると思います。こんなふうに肯定してみたらどうでしょうか。
 
斎藤
すると……。「まゆねこ」の場合は「気持ちが顔に出ちゃってもいいじゃない」というメッセージにすればいいですね。
 
イシイ
そうですね。さらに、キャラクターの説明の文章も単なる解説じゃなくて、メッセージにするのはどうでしょう。

斎藤
変えてみたらすごくよくなりました!!! このキャラクターを好きな人同士で共感しあえるような気がする。
 
イシイ
「ちいかわ」タイプを志向する場合には注意点があります。「ちいかわ」を読んだ人は「ちいかわは自分自身だ」というふうに共感するわけではないんです。どちらかというと「ちいかわをイジっている世界そのもの」にメタな視点で共感しているはずです。
 
斎藤
ああ……。なるほど。分かります。読んでいると「あの過酷な世界と一緒になって、ちいかわをイジりたくなってくる」といいますか。
「ちいかわ」タイプを志向する場合は、まゆねこが表情に気持ちがでちゃうせいで、メチャクチャひどい目に遭うことになりそうです。
それは描いていて楽しそうだな……。どっちがいいんだろう?
 
イシイ
先ほども言ったように、まだどちらとも言えませんよね。ただ、どちらかを志向した方が、既存の成功例に近い形にはなると思います。

個人クリエイターは成功例にとらわれないというやり方もある

イシイ
ここまでいろいろ話してきました。ただ、これは企業などの案件で、準備に数千万、数億円かかるようなときに、できるだけ投資に見合った勝率を高めるために考えることです。
たとえば、キャラものの映画を作ったときに「映画はすごくおもしろくてヒットしましたが、グッズは売れませんでした」ということでは企業は困ってしまいます。
 
斎藤
映画はヒットしているのに、グッズは売れないパターンなんてあるんですか? 
 
イシイ
あえて極端な例を考えてみましょう。
手塚治虫の「鉄腕アトム」は素晴らしい作品です。キャラクターとしても人気があって、人形などがありますよね。アトムの絵が入ったグッズを身につける人もいるでしょう。
ところが、同じ手塚治虫でも「奇子(あやこ)」はどうでしょうか? こちらも名作ではありますが、奇子の人形を買ったり、グッズを身につけたいと思う人は少ないと思うんです。
『奇子』(手塚治虫)
戦後間もない頃、天外家という旧家に生まれた奇子。奇子は明るく育っていたものの、とある事件を目撃したために、地下の土蔵に幽閉されてしまうことに……。
斎藤
確かに名作なんですが、グッズを買う人は限られそう……。
 
イシイ
このように「奇子」はキャラクターとして展開できていないんです。それでもやっぱり「奇子」が名作であることに代わりはありません。
個人のクリエイターがキャラクター展開を意識しすぎると、こうした作品も生まれなくなってしまう可能性があります。
 
斎藤
確かに「奇子」を考えるときにキャラクター展開のことまで考えていたら、あのストーリーは生まれなかったでしょうね……。

イシイ
ここまで解説してきたことと相反するようですが、マンガ家さんやイラストレーターさんが行う小規模なキャラクター展開だったら、投資に見合った勝率のことなどあえて考えないのもありです。
キャラグッズ展開がそれほどできなかったとしても、自分の描いたマンガがある程度読まれるとしたら、それでももう充分という考えもあると思うんですよね。
自分の得意なことをやって、思いっきり尖ってみる。それは個人で行うプロジェクトの強さです。
 

「まゆねこ」はどうするのか

というわけでイシイジロウさんにお話しをうかがってきました。まとめてみると
  • ファンシーキャラクターの成功例として3つのパターンがある。
    参考にすると勝率が上がりそう。
    「スヌーピー」タイプ
    「すみっコぐらし」タイプ
    「ちいかわ」タイプ

  • ただし個人ならこのパターンにとらわれずに思い切りやってみるのもあり。

いろいろな知見を得られたのですが、ここからどうするのかは自分次第。悩ましいです。

Twitter:@3216より

試しに「すみっコぐらし」(キャラクターに共感してもらう)の方向性でいってみたのですが、どうでしょうかね……?

お話を聞いた人

イシイジロウ
Twitter:@jiro_ishii

今回の話に関連するイシイジロウさんの著書
IPのつくりかたとひろげかた (星海社新書) 
ストーリーのつくりかたとひろげかた (星海社新書) 
企画・取材・執筆:斎藤充博