こんにちは! GENSEKIマガジン編集部です。
イラストレーターのあんよ先生を審査員にお迎えした背景イラストコンテスト「深呼吸したくなる場所」。透き通るような美しい風景を、109作品ご応募いただきました。
どの作品もクオリティが高く、選考は接戦となりました。 テーマを表現する方法、物語を感じるモチーフのアイデアから、背景イラスト業界のお仕事の実際についてにまで、あんよ先生のアドバイスが盛りだくさんのレポートです!
精密機器メーカーで開発職を経験した後、フリーランスのイラストレーターに転身。ゲームやアプリの背景イラスト、小説装画、MV、広告等のイラスト制作、イラスト講師として活動。YouTubeチャンネル『あんよのイラストレーター日記』で背景のイラストメイキングなどを公開中。
インタビューした人
坂本彬
【大賞】深呼吸したくなる、ひんやりとした空気感。テーマにしっかりと向き合った一作
あんよ
大賞はモモソーセージさんの『山道の狐寝入り』です。空気が少しひんやりとした感じ、鳥や虫の声まで想像させてくれるような空気感が、とてもよく表現できています。
手前の階段から奥に続く山道への視線の流れなど、構図もすばらしい作品です。技術的にも申し分ないですね。
坂本
ひんやりとした空気というのは、どうしたら描けるのでしょうか?
あんよ
寒色をうまく使うといいと思います。
このイラストは画面全体に緑色が多いのですが、純粋な緑色ではありません。明るい部分は陽が当たった暖色寄りの緑ですが、影は寒色に寄った緑です。そして影が多いことで、イラスト全体が寒色に寄っています。
坂本
選考にあたっては、最後までかなり悩まれていました。モモソーセージさんが選ばれたポイントはどこだったのでしょうか?
あんよ
今回、どの作品もレベルが高く、正直なところ技術面では順位がつけられませんでした。そのため「テーマに沿っているか」「絵に緩急ができているか」「絵として伝えたいことがあるか」など、技術以外での部分も見て選ばせていただきました。
このイラストは、まさに今回のテーマ「深呼吸したくなる場所」にぴったりだと思います。
このたびは大賞に選出いただき、ありがとうございます!!
「深呼吸したくなる場所」というテーマを考えた時、「緊張」と「緩和」の2つのパターンが思い浮かびました。背景メインで2つのテーマをイラストに入れてしまうと、まとまりの無いイラストになりやすいため、普段であればどちらか1つに絞ると思います。しかし、この2つの対比をうまく描ければ、「緩急」が最高のイラストになると考え、一か八かの挑戦的なイラストを描こうと決めました。
結果、大賞という評価をいただけたということは、自分の限界を突破して120%のイラストを描くことができたのだと思います!
ここ最近、自分のイラストが他の人からどのように見えているのか疑問を感じ、今回のコンテストに応募しました。「深呼吸したくなる場所」というテーマは、自分がイラストを描くときに一番大切にしている「その場にいるような空気感」を最大限に生かせるものでした。そのため、自分の得意分野で挑戦できたこのコンテストで大賞をいただき、大変うれしく思います!
今後もこの経験を胸に、イラストにおけるさまざまな挑戦をして、描き続けていこうと思います。最後に、コンテストを開催してくださったGENSEKI運営の方々、審査していただいたあんよ先生、本当にありがとうございました!
【佳作】どれもが高いクオリティで接戦のなか、空気感とテーマ表現が光った6作品
あんよ
夏の気温と匂いが肌で感じられ、題名がそのまま伝わってくるとても素敵な作品です。描写力も高く、ハイクオリティな作品です。
坂本
写真のように精密ですね。踏切の地面がもりあがっているところなど、リアルです。
あんよ
個人的に、こういったモチーフは大好きです。地面の様子や、遮断機の汚れて削れている感じなど、こまかい部分まで描かれていますね。今回ご応募いただいた写実系のイラストの中でも、いちばん技術レベルが高かったと思います。自分も普段そういった描写を好んで描いているので、目を引かれました。
この背景の描き込みのしかたを見ると、すでに背景描きとして仕事をされていると思います。実は、夏原されこさんの作品はTwitterでも見かけたことがありますが、その時からプロなのではと感じました。
坂本
大賞と最後まで悩まれていましたが、あと一歩、どこが惜しかったのでしょうか?
あんよ
イラストの視点です。この作品は誰かの視点ではなく、あくまで「カメラを通した視点」になっています。それに対し、大賞作品は景色を見ている「そこにいる人の視点」になっていました。
今回のテーマ「深呼吸したくなる」は、その場にいる感覚が重要なポイントのひとつです。その点を考慮してこの選出になりましたが、テーマが違うコンテストであれば、十分大賞になっていた作品だと思います。
あんよ
このイラストを見たとき、営業周りか何か仕事をしたあと木陰でほっと一息、といった場面が思い浮かびました。素敵です。
坂本
光の映り込みもきれいですね。
あんよ
手前の幹の苔が生えている感じなどもいいですね。描画力もかなりあり、木の幹や遠景のビルまでしっかり描かれていて、クオリティの高いイラストです。
坂本
大賞に向けて、さらに磨くといいポイントはあるでしょうか?
あんよ
技術的には十分なので、もっと加えるとしたらストーリーの面ですね。もう少し小物というか……大賞を目指すなら物語を感じるようなモチーフがさらにあるといいと思います。
たとえば自販機を置いて、見る人に「これから買うのか、買ったあとなのか?」という想像を持たせてはどうでしょうか。人を描くのもいいかもしれませんが、このイラストは人がいない穴場の時間、というイメージもある気がするので、無機物がよさそうです。
また、テーマに沿うという意味では、もっとひんやりしたイメージをもたせると、大賞に近づけるのではないかと思います。
あんよ
夏の16~17時ぐらいの、ちょっと暑さが和らいで風が吹いているような、心地よい空気感が伝わってきます。手前の草や雲のタッチで風が表現されている点もいいですね。個人的にも好きな感じです。
坂本
鉄塔がいい雰囲気です。それに、コンテスト応募作品のなかで少し珍しいタッチに感じますね。
あんよ
アナログっぽい作風で、よく考えられたタッチですね。鉄塔もワンポイントになっていて、これが建っているということはちょっと田舎なのかな?と伝わるいいモチーフです。
坂本
イラストをさらによくするためのポイントはあるでしょうか?
あんよ
家に帰る途中の人を入れるなどして、物語を感じさせるようにすると、もっとよくなると思います。
あんよ
冬の朝の独特な空気感と、朝日のやわらかい光が伝わってきます。深呼吸したら冷たいけれど気持ち良いんだろうな、という感覚にさせてくれます。
坂本
雪のフワフワ感が素敵です。イラストレーターさんにとって、雪を描くのは難しいのでしょうか?
あんよ
雪は白で描こうとしがちです。実際には周りの色が反射して白ではなくなるので、どう表現するかが難しい。このイラストでは手前の雪に紫や緑が使われていますが、ごちゃごちゃすることなくきれいになじんでいていいですね。
坂本
イラストをさらによくするためのポイントはあるでしょうか?
あんよ
これも他と同じですが、もう少し物語を感じる小物があるといいと思います。手前に人を描こうとすると大きくなってしまう画角なので、足跡をつけるとか、遠くの景色に街並みやバス停などを描くと「これからあそこに向かうのかな?」というストーリーが出てくると思います。
坂本
先生はどのシチュエーションに対しても、物語を感じられるモチーフをサッと出されますね。今まで描いた経験の引き出しがあるからでしょうか?
あんよ
そうですね……連想ゲームの感覚で想像していくと、思い浮かぶんじゃないかと思います。この絵でいうと「キャプションに朝と書いてあるので、今から家に帰ることはない。朝、外に出ているのなら、これからどこかに行くのかな?」という感じですね。
あんよ
海底の部屋に行ったことがないので、どんな場所だろう? とワクワクさせてくれるイラストです。部屋の中の小物に目をやるのも楽しい1枚だと思いました。
坂本
応募作の中でも少し珍しい雰囲気の場所ですが、選んだポイントはどこですか?
あんよ
空気感を想像したくなった点です。今までの作品は空気感で選んでいましたが、この作品は行ったことがない場所を描いているので、どんな空気感かわかりません。
でもモチーフがきちんと描かれているので、「本や植物の匂いがするのかな?」とか「でも地下だからちょっとカビくさいのかな?」とか、想像したくなる。「こういう場所なんだよ」という説明がイラストでしっかり表現されていてよかったです。
坂本
絵ですべて描ききっていて、説明文はないのもミステリアスですね。ちなみに、先生はこの作品にどんな物語を感じましたか?
あんよ
研究所ということは仕事場で……。日が差しているので朝とか昼休み終わりぐらいの、出社すぐかな? 普段の寝泊りもここなのか、普段は地上にいるのか、なども気になりますね。
今回なんとかさんはもう1枚応募してくださいました。2枚のうち、研究所のほうが空気感がよかったです。奥の海の青と手前の部屋の暖色が補色になっているので、きれいに見えるのかなと思います。
坂本
こうするともっとよくなる、という点はあるでしょうか?
あんよ
「部屋」というのはよく描けていたのですが、配置された細かいモチーフが当たり障りないものなので「この部屋で何をしているのか?」があと一歩、想像しにくいところです。実験中なら実験器具を置くなど、何をしているのか時間軸の前後が想像できると、もっとよくなると思います。
あんよ
暖かい日差しと水辺の涼しさや滝の音が伝わってくる作品です。ファンタジー系で、手前の崩れた建物などからストーリーも感じます。
坂本
遠くの建物や虹と月など、何があるのだろう? と思わせられます。大賞をめざして、さらに工夫できる点はあるでしょうか?
あんよ
このイラストも、テーマが違っていたら十分大賞が狙えると思います。ただ、技術的には接戦なのでテーマ性で選ぶ、という段階になったとき、今回のテーマに対してファンタジーは弱いかもしれません。
大賞候補の2作品は、誰でも行ったことがありそうな現実に即した場所のイラストで、空気感が想像しやすく、共感しやすい。反面、ファンタジーだとその空気感は見る人の想像にゆだねられるので、どうしても伝わりづらくなってしまう。
坂本
深呼吸の前に、絵に秘められたストーリーをいろいろと考えてしまいそうですね。どう描けば伝わりやすくなるでしょうか?
あんよ
ファンタジーは想像の余地が広すぎるので、もうすこし要素を絞るといいと思います。これは個人的な感性の問題かもしれないのですが……例えば奥の建物も廃墟にして文明が崩壊している世界に限定するなど、見る人がもうちょっと想像しやすいようにしてあげると、いいかもしれません。
【総評】技術力を磨いた上で、テーマに沿う意識や空気感を大切に
坂本
イラコン全体を振り返って、いかがでしたか?
あんよ
本当にどの作品もレベルが高く、選考はかなり悩みました。技術面だけでは選べなかったため、審査ポイントに重きをおいて選出しました。
・テーマに沿ったイラストになっているか
・背景が主役になっているか
・時間帯や季節感などの環境が意識されているか
坂本
みなさん技術が非常に高いので、よりテーマ性が重要になったんですね。空気感は、どのように描けるのでしょうか?
あんよ
空気感というのは抽象的で、「ここに、この色を置いたら空気感が出せる」といった普遍的なテクニックはありません。そんな中で私が普段の制作で気にしているのは、光の描き方です。たとえば影をはっきり描くと、光が強いという表現にもなり、夏を思わせます。ボヤっと描くと曇りや雨の天気を表現できます。そういった部分に気を付けるだけでも、空気感は出てくるんじゃないかと思います。
あとは、やはりその景色に近いところを自分が体験したことがあると、説得力が出やすいですね。
坂本
あんよ先生のイラストはどれも「ここ行きたい!」と思わせられます。同様に今回のコンテストは本当に気持ちのいいテーマで、応募作品はどれも素敵でした。
あんよ
技術面だけで見たら受賞できる作品はもっと多かったですが、今回のコンテストを通して「テーマをいかにして伝えるか」改めて考えるきっかけになってくれれば、うれしいです。
坂本
今回、先生にもコンテストのためにイラストを描きおろしていただきました。どんなコンセプトやイメージで描かれたのでしょうか?
あんよ
今回のコンテスト規定のヨコ長サイズは、広い空間を描いた方が絵として映える構図です。それでどんな絵を描こう?と考えたとき、自分がペンタブで一番初めに描いたヨコ構図の絵を思い出しました。
草原に雲と1本だけ朽ちた電柱が立っているだけのシンプルな絵で、今見るとつたない出来なので、リメイクしようと思いました。私自身も日頃から、空気感を大切にしたいと思って描いています。
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背景イラストの仕事とはどんなもの?依頼されるためには
坂本
今回のコンテストはゲームの背景イラストによくあるヨコ構図の16:9の比率に設定しました。背景イラストをタテ構図で描くことはありますか?
あんよ
最近のイラストはスマホやSNSで見られる前提なので、タテ構図で描くことも多いです。ヨコ構図だとサムネイルが切れたり、タップしてもフルで画面に出ないことがあり、SNSの活動上では敬遠されがちです。
ただ、仕事においてはタテ構図の需要は一部のソーシャルゲームに限られてしまい、PCなどハードのあるほとんどのゲームはヨコ構図です。背景イラストとしてもヨコ構図の方が空間の広がりを表現しやすいため、SNS投稿と仕事は切り離して考えるのがいいと思います。
坂本
タテヨコどちらも、比率は16:9なのでしょうか?
あんよ
それ以外の比率だと、A4やB5などの白銀比で描くことも多いです。本にしやすいのもありますし、16:9では比率の差が大きいので、差が小さい白銀比の方がすっきりおさまりやすい。描くモチーフによってはそちらのほうがやりやすいことがあります。
坂本
ちなみに、背景イラストは、どういったジャンルのお仕事が多いのでしょうか??
あんよ
ゲーム背景のお仕事はけっこう多いです。ゲームにもいろいろあり、スマホのソーシャルゲームのほか、PCゲームや、ゲーム機用のコンシューマーゲームもあります。最近は、教育関係の学習アプリなどにも背景イラストの仕事がありますね。
坂本
アニメや動画にも背景はたくさん出てきますが、フリーランスでも仕事の依頼をいただけるものなのでしょうか?
あんよ
アニメ業界はあまり外に発注せず、もともとその会社にいた人など、縁がある方が描いている印象です。私は経験がないですが、私の周りではVTuberの背景などを請ける方も増えてきたと聞きます。
また、背景にプラスして人物が描けるスキルがあると、挿画や広告などのPR系のお仕事もあります。
人が少し描けるだけで、お仕事の幅はけっこう広がると思います。
坂本
背景イラストを描く人ははどのようにお仕事獲得を行うのでしょうか? どんどん描いて発表して、依頼を待つ形がいいですか?
あんよ
私の場合は、SNSやYouTubeで自分がしていることを発信していました。自分の知っている同業の人たちからも、営業で仕事をもらったという話はあまり聞きません。最近のゲームではかなり描き込みが求められますし、営業に使う時間があるなら全部、まずは自分の技術の向上に使って、どんどん描いてSNSなどで発表していくといいと思います。
坂本
求められる技術まで到達することが鍵なのですね。
あんよ
そうだと思います。逆に背景を描く人は少ないので、ある程度技術がつけばキャラクターイラストより依頼は来やすいと思います。
坂本
背景イラストについてから、業界のお仕事についてまで、貴重なお話をありがとうございました! 背景イラコンは、今後も開催していきたいと思います。
背景イラコンレポート
執筆
kao(Twitter:@kaosketch/Web)
編集
斎藤充博(Twitter:@3216)